125話:開戦
今回参加した《死亡遊戯》の戦場は深い密林だった。
その前の市街地もそうだが、ホントに色んな舞台があるようだ。
森人の領域に良く似た深緑の中を走る。
もし仮に、ウィリアムの奴もこのゲームに参加している場合は若干面倒だな。
明らかにこの戦場は糞エルフの得意分野だ。
「協力関係になったなら警戒する必要は無いんじゃないか?」と。
そう考えるのはちょっと危ない。
ウィリアムにとって協力関係は「そうした方が自分に利益がある」からだ。
万が一、それを継続する事に不利益があると判断すればどうなるか。
簡単には裏切らないかもしれない。
逆にこっちの背中を狙う機会があれば即座に撃ってくる可能性もある。
「アイツはそういう事をする」って意味ではこれ以上なく信頼できる相手だ。
まぁ向こうも似たような事考えてる気もするが。
俺の方は別にウィリアムが撃って来てもやる事は変わらんしな。
とりあえず、目の前の戦場を片付けるだけだ。
「っと」
そんな事を考えていると、視界の端で銃火が閃いた。
待ち伏せしていたらしい何人かの闘士が、手にした銃で弾丸をばら撒く。
此処は森の中、身を隠せる場所には事欠かない。
無数に並ぶ木々を遮蔽にノコノコやって来た敵を狙い打ちにする。
戦術としては基本で間違っちゃいない。
だが遮蔽物が多ければ、その分だけ銃で狙うのは難しくなる。
俺は即座に太い木を盾にして襲撃者の弾を防ぐ。
「回り込め! 弾を切らすなよ!」
奇襲の初撃は失敗した形だが、相手は存外冷静だ。
ぱっと見て敵の総数は五人ぐらい。
今回の《死亡遊戯》も前と同じで勝利枠は二人のはず。
最初っから
どっちかは分からんが、どっちにしろ全員敵だしな。
剣を握る手に力を込めて、俺はそれを横薙ぎに振り抜く。
斬り裂いたのは今まさに盾として使っていた木の一本。
竜の鱗も断つ刃は、太い幹の殆どを抉り裂く。
此処にダメ押しの蹴りを叩き込めば、メキメキと音を立てて木は倒れ込む。
いきなりの事に、襲撃者達は当然泡を食った。
倒れる木に連中が気を取られている隙に、俺は一気に駆け抜けた。
先ず反射的に離れようとした男の胴体を断ち割る。
直ぐ近くにいたもう一人がそれに反応するより早く、手にした銃ごと両腕を斬り落とした。
そのまま足を止めず、残る敵の数を視線で追う。
見える範囲では後三人。
突然二人やられた事に動揺したようだが、戦意は失っていないようだ。
うん、やっぱりなかなか歯応えがあるな。
それはそれとして、此処で余り時間を取るつもりもない。
「《
一瞬木を遮蔽にしながら、視界内の一人へ向けて魔法を投射する。
放たれるのは力場の矢。
武装から此方に飛び道具は無いと敵は思い込んでいたはずだ。
無防備に銃を構えていた一人が、俺の放った魔法の矢に手足や胸を撃ち抜かれる。
これで残るは二人。
まだ抵抗するかと思ったが、三人目が倒れた瞬間にソイツらは逃げ出した。
割と慣れた動きで、木々の隙間に入り込むように駆けていく。
「まぁ賢明だな」
もし判断に迷うようなら、その時点でもう一人ぐらい落とせただろう。
あっという間に逃げ去った敵を見送りつつ、周囲への警戒も同時に行う。
目の前にいる敵は倒すが、別に全員仕留める必要はない。
この《死亡遊戯》では「最後の勝利者枠まで生き残った者」が勝ちだ。
敵を倒して減らすのはあくまで勝つ為の手段だ。
周りに他の気配はない。ないが、一応警戒して手近な木の影に身を隠す。
そうしてから手首に嵌められている輪っか――《死亡遊戯》用の端末を確認する。
浮かびあがる表示では、最初五十だった参戦者がもう三十に減った事を示していた。
まだ戦場に入ってそんな経ってないはずだが。
「今回は特にペースが速いような気がするな」
そうは言ってもまだ数える程しか参加してないわけだが。
人数の確認も大事だが、地図の方も気に掛けておく必要がある。
自分の現在位置と、其処が侵入禁止を示す黒エリアからどの程度の距離かを見る。
今はまだ近くはないが、さりとて安全と言える程には離れていない。
さっさと移動しておくべきだろう。
「よし、行くか」
他に誰もいないので、自然と独り言が多くなるのが微妙に寂しい。
まぁこればっかりは仕方がない。
今回の《死亡遊戯》が終わったら、アウローラ達をその分構えば良いしな。
そんな事を考えながら、俺は再び密林の戦場を走る。
戦場の範囲が狭くなっていく為か、他の場所からの戦火の音が良く聞こえてくる。
後は先に来た相手が残した罠の置き土産も増えてくる。
剣で切り払ったり適当に踏み潰したり。
後は待ち伏せ目的の闘士も偶に見かけるので、それも切り殺しておく。
うん、今のところは順調だな。
遭遇している敵も悪くはないが小粒な相手ばかり。
そういうのが減って行けば、残るのは必然的に相応の実力者だけになってくる。
参加者の数字も最初は派手に下がったが、今はペースも落ち着いて……。
「……ん?」
ちらりと、走りながら端末の数字を確認した時。
目に入った数字の表示は二十ほど。
その数字が一気に十ぐらいまで落ちたように見えた。
機械の誤動作か目の錯覚か。
一瞬そう考えたが、やはり表示されている数字は変わらない。
ほんの少しの間に十人近くが脱落したのか。
こう、嫌な予感で背筋がちょっとざわざわする。
「む」
そんな確信めいた勘とは別に。
ふと感じた強い敵意に俺は足を止めた。
隠す気は毛頭ない感じの、武器の先端を突き付けるような感覚。
俺が気付いたのに合わせて、その相手は此方の進路を塞ぐ形で姿を見せる。
相手は二人で、その片方には見覚えがあった。
「よう、昨日ぶりか?」
「あぁ。縁ってのはあるもんだな」
ソイツは昨夜の《死亡遊戯》で戦った岩人の男だ。
当然「残機」は使っていたようで、負傷の類は残っていない。
もう一人は岩人に比べれば随分小柄な相手だった。
人間の俺と比較してもかなり背が低いが、女子供というわけじゃない。
それは全身を機械的な装甲で固めた
人間や森人に比べると手足も短く小柄な亜人種。
しかし肉体の頑強さは折り紙付きで、その腕力は岩人にも引けを取らないだろう。
自分の身長の倍以上はあるだろう
それを片手で軽々扱いながら、鉱人の男は油断なく俺を見ていた。
「コイツがお前さんを倒した男か、ゴライアス」
「あぁそうだ。油断はしてくれるなよゲオルグの旦那」
「誰にモノを言うておるんだ」
岩人の男――どうやらゴライアスという名前らしい。
彼はもう一人の鉱人、ゲオルグに対して注意を促した。
「今回は相方付きか?」
「《死亡遊戯》は協力するのも時には必要だからな。
そういうお前は一人旅か?」
「別に友達がいないワケじゃないぞ?」
まぁあの糞エルフは間違っても友達じゃないけど。
俺とゴライアスは軽口を交わしながら、互いに距離を測る。
剣で切り掛かるにしても魔法を飛ばすにしても、既に此方は間合いの内。
相手もその気になれば一息で潰せる距離だろう。
互いに動けば即開戦が可能な状況。
他にどう敵が潜んでいるかも分からないワケだが。
「――さて、やるか」
「あぁ、やるか」
合意の言葉は極めて簡潔だった。
瞬間、爆発にも似た衝撃が森を震わせる。
先手を取ったのはゴライアスではなくゲオルグ。
重装備、かつ鉱人はその手足の短さ故に動きが鈍いのが常識だ。
その当たり前を食い破る勢いで戦斧が襲って来る。
凄まじい加速だが、受け止めるのは難しくない。
だが防いだと同時に、今度は岩人の拳か蹴りが飛んでくる。
俺は振り下ろされた一撃を先ず紙一重で躱して……。
「キエエエェェ!!」
奇怪な叫びと共に、俺を追う形で戦斧が横に払われる。
大上段から放たれたはずの渾身の一撃。
それを俺が避けた瞬間に無理やり曲げやがった。
身体が捩じ切れてもおかしくない所業だ。
回避は困難と判断し、その一振りは剣の腹で受け止める。
同時に後ろへ跳ぶ形で地を蹴って、斧の勢いに乗って距離を取る。
そうしている間にもゴライアスが動く。
俺が避ける位置を予測していたか、巨体が既に近くまで迫っていた。
叩き込まれる拳を剣で弾き落とす。
手首からぶった切るつもりで当てるが、岩人は上手く刃先を逸らしている。
「やっぱりやるなぁ」
「テメェもなっ!!」
叫ぶように応じながら、ゴライアスは鋭い蹴りを放つ。
視界の端で回り込むゲオルグの姿も捉える。
蹴りを受けても避けても、戦斧の追撃が狙って来る算段か。
それならば。
「《
ゴライアスの蹴りを片腕で受け止めながら。
俺は《力ある言葉》を唱える。
火球の出現位置は俺とゴライアスの中間。
ソレに敵の二人が反応するよりも早く、炎は音を立てて破裂した。
「ぐっ……!?」
撒き散らされる熱と爆風。
ゲオルグは思わず足を止め、炙られたゴライアスは焦げた状態で地を転がる。
俺は爆発の圧力に逆らわず後方へ跳び、そのまま両足で着地する。
ちょっとバランスが危うかったが気にしない。
炎の威力は大半を鎧で防いだのでダメージは殆どない。
「チッ、あのナリで魔法を使うのかよ」
「だから言っただろうが、まだ耳が遠くなる歳じゃねェだろ」
「すまんが俄かに信じ難かったのでな」
驚いた様子のゲオルグに、ゴライアスは軽く毒吐く。
至近距離から炎を被ったはずだが、岩人はまだまだ元気そうだ。
流石に
あのゲオルグとやらもかなり腕の良い戦士だ。
身体能力の高さは何か身体に施してるんだろうな。
お互いにまた距離が開いた状態で睨み合う。
「さて……」
一人ずつなら既に終わってるだろうが、二人同時はなかなか手強い。
個人の実力は当然として、意外と連携にも慣れてるようだ。
普段もこんな感じで共闘してる間柄なのかもしれない。
それはまぁどうでも良い。
このまま戦うとして、仮に崩すとしたらゴライアスの方だな。
先程の《火球》で多少の
兎に角片方を潰せればその時点で勝負は決まる。
相手もその辺は分かっているはずだ。
ならば狙うのは、一人を囮にして無理やり俺の隙を突く辺りか。
「残機」があるからこそできる死を前提にした自爆戦術。
実際、やられたらかなり面倒だな。
「……どうした、来ねェのかよ」
ジリジリと。
拳を構えながら、本当に少しずつ距離を詰めるゴライアス。
口から出た挑発めいた言葉は聞き流す。
ゲオルグは変わらず戦斧を肩に担ぎ、いつでも突撃できる状態だ。
位置的にゴライアスが盾となり、ゲオルグが矛として一撃を喰らわせる形か。
その上で、盾役のゴライアス自身はただで殺られるつもりは無いらしい。
戦意に滾るその眼が強く物語っていた。
だから俺は、それを迎撃する為に剣を構える。
「来るのはそっちからだろ? ビビってるワケじゃないならな」
「ハッ! 上等だ――!!」
逆に軽く煽る言葉を口にすれば、ゴライアスは雄叫びと共に地を蹴る。
最高速度まで加速するのはほんの一瞬。
自分の護りは何も考えていない、全ての力を託した拳。
――振り下ろされる鉄槌を剣で叩き、返す刀でゴライアスを斬り伏せる。
そのまま盾の背後から迫るゲオルグを迎撃する。
刃と拳が実際に触れ合うまでの時間。
俺はそこまでの過程を予想し、いざ実行に移そうとして――。
「っ……!?」
全身を氷に貫かれたような戦慄が襲った。
頭で考えるのも惜しいと、兎に角強引に回避を行う。
ゴライアスもまた俺と同じ「予感」を感じ取っていたようだ。
真っ直ぐ此方に向かっていた身体を無理やり捻って地面に倒れ込む。
ほんの僅かな差だが、遅れてゲオルグも足を止めた。
――その瞬間、ゲオルグの戦斧がバラバラに「切り刻まれた」。
それを握っていた手も含めてだ。
「ッ、何だこりゃ……!?」
「下がってろゲオルグ!」
ゴライアスが警告するまでもなく、ゲオルグは即座に後方へと下がる。
何が起こったのか、この時点では理解出来なかった。
「ヤバいモノが来る」という予感だけを根拠にした回避行動。
派手に地に転がった――というだけでは説明が付かない、鎧の表面に刻まれた無数の刀傷。
それと同じものがゴライアスの岩肌にも見られる。
さながら、死神が風と共に横切ったかのような。
「……今ので一人も仕留められないとは、流石だね」
聞こえて来た声には覚えがある。
まぁ何事もなくお別れなんてあり得ないのは分かっていた。
分かっていたが、それにしても早すぎるだろ。
「おや――其処にいるのはレックス君。
どうかな、私とちょーっと遊びましょう?」
木々の隙間から這い出る幽鬼の如き灰色の姿。
細身の剣を片手に揺らしながら、ドロシアは死神のように優しく笑っていた。
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