18話:車上の攻防
道行きは大変順調だった。
優秀な淑女二人のおかげで、障害はヒョイヒョイ乗り越え先へと進める。
「それでも、遠からず気付かれるだろうから警戒は頼むぜ」
とはイーリスの言だ。
当然それは俺の役目なので、後ろを付いてく間も警戒は怠らない。
「下」の方で感じた視線のようなもの。
その時から大分先へは進んだが、今のところ同じ感覚は受けていない。
諦めたなら良いんだが、そんな都合の良い話もないだろう。
どのタイミングで仕掛けてくるのか。
何にせよ、それをどうにかするのが俺の仕事だ。
「――ボーっとしてるけど、大丈夫?」
少し思考に意識を傾けていると、アウローラが顔を覗き込んで来た。
視界を埋めるその顔は、また心配そうに曇っている。
だからそれを和らげようと、俺は彼女の頭を軽く撫でて。
「大丈夫だ。ちょっと周りを気にしてただけだな」
「そう? それなら良いけど……」
「異常があったら直ぐに知らせる。――それより、また凄いよな。コレ」
勘違いとはいえ、暗い顔にさせたままにするのは不本意だ。
なので話題を変える為に、俺はその場で視線を巡らせる。
其処は広い――此処に来るまでも、何度も広い場所は見て来たが。
それらとはまた異なる広大な空間だった。
巨大な通路とか、坑道と言えば良いんだろうか。
凹凸のない、綺麗に整備された横穴が遥か先まで続いている。
俺達がいるのは、その巨大坑道の中。
空間の大部分を占めるように横たわるのは、黒くて長大な「何か」。
初見時は
「これが上層に向かう定期便――物資輸送用の大型貨物列車だ」
と、イーリスが説明してくれた。
当然良く分からなかったが、とりあえず乗り物であるらしい。
見れば坑道内には鉄の線が敷かれており、この百足モドキについた車輪がその上に乗っかっている。
成る程、車輪が付いてるなら確かに乗り物なのだろう。
知っていても精々馬車が限界の頭では、理解し切るのはとても無理そうだったが。
警備に立っていた連中は、アウローラの魔法で誤魔化して切り抜けて来た。
そして現在、一番先頭でイーリスは作業を行っている。
目的地の確認とか、途中の監視を誤魔化すとか色々あるらしい。
その間、俺とアウローラは万一に備えて「れっしゃ」の屋根の上で待機していた。
「こんな大きな乗り物まで作るなんて、時間の流れは侮れないわね」
「さんぜんねんだもんなぁ」
イーリスの説明では、この「れっしゃ」に乗っているのは警備の人員以外は大半が荷物であるらしい。
もし仮にそのスペースに人間を乗せたとしたら、一体何人ぐらい運べるのだろう。
数字がデカくなり過ぎてまったく想像もつかない。
「……ねぇ」
「ん?」
視線はぼんやりと「れっしゃ」と坑道の様子を眺めていたが。
傍らに立つアウローラに呼びかけられて、そっちの方へと顔を向ける。
彼女は俺を見上げながら、小さく首を傾げて。
「見知らぬ世界はどう? 楽しい?」
そんな事を聞いて来た。
答えは、特に考えるまでもなく出て来た。
「あぁ」
そう応えながら、軽く頷く。
イーリスが聞いたら怒るかもしれないので、大きな声じゃ言えないが。
アウローラの髪をわしゃりと撫でながら、密やかに笑う。
「想像してたのとは大分違うが、冒険してるな。俺達」
「――ええ。ホント、想像してたのとは随分違うけど」
クスクスと、アウローラは童女にような笑みを見せる。
どうやら聞いて来た彼女の方も、俺と似たような気持ちであるらしい。
それは何とも嬉しい話に思えた。
「おーい、イチャついてるとこ悪いけど、そろそろ時間だ!
結構派手に動くから、バランス崩してスッ転ぶなよ!」
足下にある屋根の下。
中で作業をしていたイーリスが、扉から顔を覗かせつつ出発を伝えて来た。
俺がそれに応じるよりも早く、その言葉通りに世界が大きく揺れる。
音自体は静かなものだった。
眠っていた蛇が目覚めるように、ゆっくりと「れっしゃ」が動き出す。
「おぉ……」
本当にこんなデカいものが動くんだな。
驚く俺とは無関係に、黒い巨体は徐々に速度を上げていく。
速い。それこそ馬車なんて目じゃないぐらいに。
全身に風を感じながら、俺はアウローラの身体を片手で抱き寄せておいた。
「? レックス?」
「一応、飛ばないようにな」
アウローラさんはかなり軽いし。
多分、そんな事しなくとも平気ではあるだろうが、一応は。
「……そうね」
ほんのり照れた様子で、アウローラは自分から身を寄せて来た。
ガタンゴトンと、風に混じって「れっしゃ」は低い音を響かせている。
「ちょっと風が強いから、掴まらせて貰うわね」
「おう」
此処まで大分楽をしてきたし、そのぐらいはしなくては。
彼女の背に支えるように手を回して、暫し佇む。
「れっしゃ」の加速も収まり、安定した速度で広い坑道を駆け抜けていく。
これで景色が良ければ言う事無しだったが贅沢は言えまい。
代り映えのしない壁や天井を眺めるだけの時間が、どれだけ過ぎたか。
「……ん?」
それはほんの少しの違和感だった。
具体的にどうとは言えないが、僅かに空気が変わった気がする。
その変化は、傍にいるアウローラも感じ取ったらしい。
俺からそっと身を離しつつ、足下のイーリスに向けて呼びかける。
「イーリス、何か変わった事はない?」
「変わった事? 何も――いや、ちょっと待て」
呑気に返って来た声は、直ぐに緊張を帯び始めた。
俺では見ても分からないが、イーリスも中で色々とやっているようだ。
ほんの数秒だけ挟まる沈黙。
それからイーリスは、叫ぶように現状を報告する。
「バレた! 警備の《牙》連中がこっちに向かって来てる!」
「あら。思ったより早かったわね」
のんびりと景色を楽しむのも、どうやら此処までのようだ。
俺は腰の鞘から剣を抜き、迎え撃つ為に一歩前に出る。
車輪と風の音に紛れて響く、複数の重い足音。
さて、お仕事の時間だ。
「手助けは必要?」
「危なそうなら手伝ってくれ」
アウローラの問いにそう答えを返し、俺は屋根を蹴って走り出した。
最初に目指すのは、今俺達がいる先頭と繋がった二番目の車体。
その車体の屋根に踏み込む手前で軽く跳躍する。
風を全身で受けながらの浮遊感。
重量でそれを振り切り、着地と同時に手にした剣を足下に突き刺した。
鋼と肉を貫いた感触。それとくぐもった悲鳴。
俺は動きを止めず、剣を屋根に突き刺した状態のまま走る。
竜の鱗さえ切り裂く刃の前に、多少分厚い金属板など紙切れと変わらない。
ガリガリと屋根は引き裂かれていく。その下にいた連中ごと、だ。
「先ずは三人か?」
手応えからして、恐らくそのぐらいだろう。
屋根の端から端まで走り抜けてから、改めて血に染まった剣を引き抜く。
さて、全部で何人ぐらいになるやら。
「っと……!」
突き刺さる殺意を感じ、反射的にその場にしゃがみ込む。
ほぼ同時に熱い銃弾の雨が俺の頭上を突き抜けた。
「いたぞ!」
「撃て! 奴を此方に近付けるな!」
見れば後方の車体で、複数人の《牙》が屋根に上がってきている最中だった。
先に上っていた二人ほどが、ゴツい銃を構えて弾をばら撒いて来る。
出鱈目に撃っているように見えて、狙いは極めて正確だ。
俺は跳ねたり転がったりと、兎に角銃撃に捕まらないように逃げ回る。
「くそっ、なんだあの動き……!?」
「ふざけてるのにクリーンヒット無しか、化け物が!」
《牙》は口々に好き勝手言いながら、数の利を生かして攻撃を途切れさせない。
ぱっと見て、新たに上がって来たのも含めて五人か六人。
幾らこの「れっしゃ」がデカいとはいえ、完全武装のゴツい兵士がそれだけ並べば窮屈だろう。
逆に此方にとって、この場は十分な広さのある一本道。
戦う条件としてはなかなかだ。
この場で俺が妨げている限り、敵が後ろに抜ける事もない。
とはいえあの連中に梃子摺ってる間に、屋根の下を新手が通ってしまう危険もある。
「なら、さっさと片付けるか」
その為に、俺は真っ直ぐ《牙》の一団へと駆け出す。
正面から突っ込んでくる事は、敵も当然想定していただろう。
さながら壁を作るようなイメージで、それぞれが銃弾を広い範囲に撃ち放つ。
人間一人が抜けるような隙間は何処にもない。
だが狙いを広げた事で密度は薄く、弾が飛んでくるのも一方向だけ。
それな十分ら対処は可能だ。
「ふっ……!」
息を鋭く吐き出して、神経を集中させる。
体勢を低くして相手から見える身体の面積を減らし、その上で剣を閃かせる。
弾く。弾く。偶に転がって、素早く起き上がりながら弾く。
剣一本で防げる数には限度があるので、鎧の強度にも頼っていく。
人を殺すには十分過ぎる死の豪雨を、俺は全力のゴリ押しで跳ね除ける。
「嘘だろ……!?」
悲鳴に近い《牙》の声は、思った以上に間近で聞こえた。
残念ながら嘘ではない。現実だ。
それを教える為にも剣でぶった斬り、更にぶった斬ってぶった斬る。
数が不明な以上、余り時間は掛けられない。
『レックス!』
「お? イーリスか、どうした。ってか声どっから出してんだ?」
抵抗する暇を与えないよう一団を蹴散らしたところで、何処からかイーリスの声が響いた。
何か少し雑音が混じっているので、肉声というわけでは無さそうだ。
『それは列車の設備を使って――って、それはどうでもいいっ。戦闘ヘリが二機!
トンネル抜けた先で、小型の奴だが近づいて来てる! 気を付けろ!』
「せんとーへり?」
知らない単語にはちゃんと説明を付けて欲しいが、そんな暇はないようだ。
イーリスが叫んだ直後、視界が一気に開けた。
先ほどまでの坑道も大概広かったが、目の前の光景は桁が違う。
一瞬外に出たかと錯覚するが――其処は所謂「吹き抜け」のような場所だった。
恐らくは中層から上層の間に造られた、だだっ広い空間。
其処には外壁沿いに螺旋状の道が幾つも伸びており、俺達の「れっしゃ」もその一つを走っている。
成る程、確かにこれは生身で上層に向かうのは厳しいだろう。
そうやって見回していると、風を切り裂いて何かが飛んでくるのが見えた。
印象としては、あのドローンとかいうのに近い。
色は黒。鳥というより虫に似た
頭にある知識と比べると、多分
中には人間――《牙》と同じ武装の奴が何人か乗り込んでいるようだ。
ソイツらの銃と、ついでに「せんとうへり」自身に付いたゴツい銃がこっちに狙いを付けていた。
「ホント色々出てくるな……!」
思わず毒を吐きながら、俺は再び走り出す。
派手な音を立てて、足下の車体に容赦なく風穴が空いていく。
乗ってる《牙》の銃はまだしも、あの「せんとうへり」についてる銃に捕まるのはヤバそうだ。
二匹の不細工な飛竜は、「れっしゃ」にピタリと張り付くように飛び続ける。
逃げ回る俺を追い詰めようと、微妙に位置は変えてはいるようだが。
『やっぱり手伝う?』
「いや、もうちょっと頑張る」
今度はアウローラの声が頭の中に聞こえて来た。
こっちは魔法による《
向こうも一応確認するぐらいのノリなのか、特に心配した様子は感じない。
それならば、俺の方も信頼に応える必要があるな。
「さて……」
確認するのは、二匹の「せんとうへり」の位置関係だ。
この速さで飛んだら激突しそうなものだが、まるで空中で静止してるように動きにブレがない。
視線を向けながら逃げる、逃げる。兎に角逃げ回る。
幸い、敵は俺を最優先で潰す目標と見てくれているようだ。
兎に角殺すと言わんばかりに敵意と銃弾が、文字通り雨のように降り注ぐ。
車体はボロボロで、そろそろ此方が逃げ回るスペースも無くなってきた。
だから。
「賭けだな……!」
俺は上に跳んでみる事にした。
記憶はないが、身体は何となく覚えている。
例えドラゴン未満の飛竜でも、弓も無しに高く飛ばれたら手も足も出ない。
だが遥か頭上ではなく、此方を仕留める為に高度を下げた状態なら?
それならば届く。ギリギリ届く。
気合いを入れて高く跳べば、剣を届かせる事は十分可能だ。
「はぁ……!?」
身を乗り出して銃を向けていた《牙》の一人が、素っ頓狂な声を上げる。
まさかジャンプして来るとは思っていなかったか。
慌てて避けようとする「せんとうへり」――が、少しばかり遅い。
一部に指を引っ掛けそのまま掴むと、その金属製の身体に思い切り剣を突き刺した。
何処が急所とか分からんので、兎に角滅茶苦茶刺しまくる。
貫通した刃が、中にいる《牙》にも刺さっているようだが気にしない。
時間としては瞬き数回程度の間。
動きのおかしくなった「せんとうへり」を蹴り飛ばし、再び「れっしゃ」の屋根に戻る。
「まず一匹」
失速して遥か底へと落下する姿を視界の端で確認しながら、残る一匹を見る。
いきなり片割れが死んだ事に、少なからず動揺したようだ。
銃撃を中断し、一旦距離を置こうとしているが――。
「逃がすかよ」
新手と合流でもされたらそれこそ面倒だ。
此処で潰す。その為の行動を、俺は躊躇なく実行する。
具体的には、思い切り剣を投げつけた。
それは真っ直ぐに、後ろに下がろうとしていた「せんとうへり」の正面を捉える。
透明な硝子を貫いて、一番前に乗っていた《牙》らしい相手を刺し殺す。
同時に、俺は全力で走り出した。
動きを大きく乱した「せんとうへり」は、ガクッと高度を下げる。
そのタイミングに合わせて、俺は再度大跳躍を決めた。
「よっ……!」
揺れる鋼の身体に飛び移り、先ずは刺さった剣を最優先で引き抜く。
これで無くしましたー、とかやった日には比喩抜きで殺されてしまう。
それから剣を横薙ぎに振り抜き、ダメ押しに「せんとうへり」を大きく切り裂く。
とりあえずはこれぐらいで良いだろう。
落下に巻き込まれる前に、全力で蹴飛ばして飛び退いた。
「よしっ」
『よしじゃないわよ???』
二匹目の始末も付いたところで、お怒りの声も頭に届いて来た。
いやホントに反省はしてるんですよ?
『私も多少乱暴に扱うぐらいは大目に見るけど、投げるのだけは止めて欲しいんだけど??』
「無くさないよう全力で気を付けてはいるんで……!」
『そういう問題じゃないんですけど???』
うーんこれは激おこの気配だ。
逃げ回っている内に結構離れてしまったが、とりあえず先頭に戻って――。
「…………」
『? ちょっと、レックス?』
「悪い、新手だ」
突き刺さる視線。気配。
それは覚えのあるものだった。
感じ取ったのは、本当に一瞬の事だが。
「――――」
いつの間に、其処にいたのか。
爆ぜた「せんとうへり」の炎で浮かび上がるように、黒い刃が佇んでいた。
距離は丁度車体一つ分。良く見れば、それは人影であると分かる。
これまで見た《鱗》や《牙》のように、ゴツゴツした武装は見当たらない。
黒一色で統一した仕立ての良い服。
全体的に細身で、身体付きからして女だろうか。
紐で纏めた長い黒髪が、風の中で靡いているが見える。
その顔は黒く染めた無貌の仮面で覆っている為、表情も伺えない。
確かなのは、鋭く食い込む「爪」のような殺意だけ。
「一応、どちら様か聞いても良いか?」
「――――」
試しに声を掛けてみたが、返ってくるのは無言。
言葉はない。ただ、俺の呼びかけに答えるように一つの音が響く。
ソイツ――仮に「黒仮面」と呼ぶが、ソイツの両腕を覆う物。
五本の鋭い「爪」を備えた、漆黒の籠手。
その爪同士が軽く擦れ合った金属音。
それが戦いの合図だった。
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