436話:《最強最古》と竜殺し


 星が空からこぼれ落ちる。

 瞬く光が弧を描き、輝く軌跡を夜の天蓋に残していく。

 それだけなら、実に美しい光景だった。

 けど、その星の光は全てが物理的な脅威を伴ってるなら話は別だ。

 魔法の力で構築された偽物の夜空。

 それを支配するのは、黄金の翼を広げる女王様だ。

 初めて見る姿だし、感じる力のデカさも半端じゃない。

 これまで戦った大真竜や、大陸の外の神様。

 ソイツらと比較しても、更に頭ひとつは抜け出るヤバさだった。


「星に潰されて死ぬがいい、人間!!」

「アウローラのお願いでも、それは聞いてやれんなぁ!」


 距離は遠い。

 アウローラが立っているのは、森の木々よりも高い空の上。

 そこに留まりながら、彼女は右腕を振るう。

 よく見ると、両腕や両足も星を散りばめた夜空を固めたような色をしていた。

 頭上から墜ちてくるだけでなく、その腕の星も煌めきを放つ。

 見えたのは細かなつぶて

 夜の腕から流れる、超高速の星の弾丸だ。

 空から叩き落とす《流星ミーティア》の巨大な質量攻撃。

 そこに加えて、魔弾を連続で撃ち込む十字砲火。

 なかなか本気の殺意だな。


「っと……!」


 だからこっちも、最初から全力で挑んでいく。

 まぁ、手加減なんて考える余裕は最初っから無いだけだが。

 先ずは地面を転がり、見えた星の礫を回避する。

 《流星》は威力と範囲はヤバいが、地上に着弾するまでは少し間がある。

 アウローラも、その時間差を埋めるために射撃を仕掛けたのだろう。

 それで撃ち殺せれば良し、そうでなくとも足止めにはなる。

 だから俺は、一秒でも止まらずに走り回る。


「ちょこまかと……っ!」


 心底忌々しげに、腹の底から出てくる唸り声。

 言いながらも、アウローラの方も一瞬たりとて手は緩めない。

 確実に、落下する《流星》で押し潰そうと。

 俺の動きを阻むため、魔弾を雨の如く浴びせかけてくる。

 《流星》の質量に比べれば、そっちの威力は低い。

 それでも、一発一発が太い木の幹を簡単に抉り飛ばすような弾丸だ。

 可能な限り避けてはいるが、流石に全て回避するのは困難。

 だから躱しきれない分は、剣で叩き落とすか鎧の表面で受け流していく。

 装甲の上を、魔弾がガリガリと音を立てて弾かれる。

 《人界》にいた時の状態なら、これでもう甲冑が破損していただろう。

 しかし、今は軽く擦れた傷が残る程度。

 アストレアが施してくれた強化は、その役割をこれ以上なく果たしてくれていた。


「ありがとうな……!」


 届くワケではないが、自然と礼の言葉を口にして。

 俺は暗い森の中を駆ける。

 避けて、弾いて、避けて、避けて、また弾く。

 流れる一秒が、主観の上では何倍にも引き伸ばされる感覚。

 魔弾の対処をしながら空を見た。

 落下する複数の《流星》。

 比較的に「小粒」なモノは、もう間もなく地上に落ちる。

 目標としての照準が固定ロックされてるため、全ての星は俺に向かってくる。

 いやまったく、情熱的過ぎてちょっとばかり困るな。


「おい、レックス!! 死ぬなよっ!?」

「がんばる!」


 そう叫んだイーリスは、今はボレアスの背にしがみついていた。

 アウローラの敵意ヘイトは、今は完全にこっちに集中している状態だ。

 巻き添えさえ喰らわなければ、向こうは大丈夫だろう。

 最悪、ボレアスが守ってくれるだろうしな。

 だから俺は、自分の身を守ることに集中する。


「無駄に足掻くな、鬱陶しい!!」


 苛立つアウローラの声。

 それが耳に届くのとほぼ同時に、《流星》もまた大地に届いた。

 先ずは、割りと小さめな星の群れ。

 流石に数えてる余裕はないが、多分合わせて十数個ほどだろうか。

 この森も大概広いが、それでも更地になりそうな物量だ。


「人間一人に向けて良い火力じゃないよなぁ……!」


 と、愚痴っても仕方がない。

 走る脚に力を入れて、ついでに身体の内を流れる魔力を意識する。


「《跳躍ジャンプ》!!」


 そして、術式を発動する《力ある言葉》を口にした。

 使い慣れた脚力の強化。

 既に施されているオーティヌスの魔法と合わせ、効果は更に倍増する。

 加速。

 地面を抉る勢いで蹴り、俺は一気に加速した。

 墜ちてくる星々の先頭集団。

 照準を合わせたはずの目標が、いきなり落下軌道から大きく逸れたのだ。

 それに対し、向こうも自動で補正が入るようだが――間に合わない。


「ッ……!!」


 背中を押す熱と衝撃。

 ギリギリだったが、最初の直撃は避けられた。

 それでも、余波だけでも人間が死ぬには十分過ぎる威力だ。

 爆発の音は凄まじく、鼓膜がぶっ壊れた錯覚に陥る。

 大気は炸裂し、地面は砕けて大小の破片を辺りに撒き散らす。

 俺は衝撃に逆らわず、前に向けて自分から飛んだ。

 飛んでくる破片に関しては、装甲が防いでくれると信じて祈る。

 天地の向きさえ見失いそうになるが、それは気合でどうにかした。

 アウローラの攻撃は、まだ終わっていないんだ。


「竜殺し!!」


 ボレアスの声は力強く、星の落下の最中でも良く響く。

 ちゃんと見えてはいないが、彼女が何をしてくれたかは分かる。

 さっきと同じく、《竜王の吐息》でデカい星を砕いてくれたのだ。

 おかげでどうにかできる可能性が、少しだけ高くなった。

 本当に少しだけかもしれないが、ゼロに比べれば無限大だ。

 両足を地面に触れさせ、走り続けながら「ソレ」を見る。

 竜の吐息を受けて、砕けた星の断片。

 ロマンチックさなんて何処にもない、物理的に死をもたらす雨だ。

 大きい破片は、つい先ほど着弾した星と変わらない。

 それよりもずっと細かい欠片は、それこそ数えるのが馬鹿らしい量だった。

 走る。走る。走る!

 視界の端には、夜空に立つアウローラを捉えたまま。

 仮に、そちらから少しでも意識を外せば――。


「はァッ!!」


 こっちを向いた指先から放たれる極光。

 狙い撃つ《竜王の吐息》。

 気合いと共に剣で切り払えば、散った光の粒が大気や地面を焼き焦がす。

 装甲の表面も軽くあぶられるが、この程度ならば問題はない。

 ついでに、墜ちてきた星の断片も叩き切った。

 回避行動を続ける俺を見ながら、アウローラは顔を歪めて舌打ちする。


「本当にしぶとい……!」

「それだけが取り柄だからなぁ!」


 叫ぶように言って、同じぐらいの声で笑う。

 落ちた星に大地が抉られて、爆発した炎と衝撃がばら撒かれる。

 これが何度も、規模の大小を問わずに連続する。

 森だったはずの場所は、今はもう見るも無残な有り様だ。

 そんな地獄の中を、俺はひたすら走り回った。

 強化された甲冑と肉体に、じわじわと熱が浸透してくる。

 弱火でじっくり焼かれてる食材になった気分だ。

 ……いや、でもアレだな。

 アウローラは、俺のことを食べたがっていた。

 案外これは、本当に調理のつもりかもしれないな。


「なぁ」

「……何だ?」

?」

「――――」


 戯言をほざくな、と。

 そんな感じで、向こうは切って捨てるつもりだったのだろう。

 けれど、アウローラは口を半端に開いた状態で絶句してしまった。

 図星――というよりは。

 俺を「食べたい」という欲求を、今まで意識せずにも抑え込んでたか。

 それを、こっちがわざわざ指摘したせいで自覚したようだ。

 小さく喉を鳴らす動きが目に入ってしまった。

 うん、そういう欲求に素直なところは可愛いもんだ。

 けど。


「悪いな、こんな状況じゃなきゃちょっとぐらいは良いんだけどな。

 今は流石に、素直に食べられてやるワケには行かないんだよ。

 あ、無理やり来る分には好きにして良いぞ?」

「ッ――――黙れ、戯言も大概にしておけよこの大馬鹿人間がっ!!」


 ブチギレられてしまった。

 屈辱と羞恥で顔を真っ赤に染めて。

 頭に血が上った様子で、アウローラは更に星を落として来た。

 数も、多分さっき対処した以上だ。

 ホント、ここの土地が全部残らず更地になりそうだ。

 いや穴ボコだらけだから、更地よりも酷いか?


「殺す、殺す……!!

 私の頭の中をかき混ぜるな!!

 お前を見ているだけでも、思考が乱れておかしくなりそうだ……!」

「そうか」


 つまり、そんだけ思われてるって事だな。

 忘れても、色々と昔の「アウローラじゃない頃」に戻ったとしても。

 それでも「俺」は、彼女の中にいるらしい。

 であればやっぱり、彼女は「アウローラ」のままだ。

 俺という存在が、「アウローラ」を刺激する事ができるのなら。

 助けられるはずだと、改めて確信を深めた。

 とはいえ、こっちは死なないように頑張るだけだが……!


「……よし」


 小さく呟く声。

 流石に、俺の耳には音としては届いていない。

 ただ何となく、気配で分かる。

 ボレアスの背にしがみついたイーリスが、そう言ったのだと。

 降り注ぐ星の雨。

 それに焼かれぬよう、ボレアスは翼を広げて空にいる。

 イーリスはその後ろから、アウローラのことを見ていた。

 今の彼女の目に何が見えているのか。

 俺には分からないし、他の誰にも分からないかもしれない。

 ただ一つ、確かなのは。


 ――そら、いい加減に戻ってこいよ。

 こんな破壊活動繰り返して、人様に迷惑かけてんじゃねぇよバカっ!」

「っ……!?」


 イーリスの「力」が、今のアウローラを助ける最大の手段である事。

 ここまで、アウローラは俺を抹殺する事だけに集中していた。

 しかしその意識が、弾かれたようにイーリスに向けられる。

 不快さも露わに、その顔を大きく歪めて。


「貴様……! 私の魂に、触れるつもりかっ!!」

「ボケて思い出せねェようだから、こっちが外から刺激してやってんだよ!

 面倒くせェし大変なんだ、あんまり手間かけさせんな!」

「身の程知らずの愚か者が!!」


 これ以上ないほどの憤怒。

 叫び声は大気を震わせ、夜を宿した腕と翼で星が煌めいた。

 礫の如き星の魔弾。

 イーリスを射殺するべく、それらを無数に放ったのだ。

 無論、保護者がそれをただ黙って見ているはずもなかった。


「ハッハッハッハ、余裕がないなぁ長子殿!!」


 わざとらしくボレアスは嘲り笑う。

 裸体の多くを強靭な鱗で多い、伸ばした爪で魔弾の雨を迎え撃つ。

 強烈な貫通力を持つ礫も、《北の王》を容易くは貫けない。

 背に負ったイーリスを守りながら、ボレアスは星の礫を尽く叩き落としていく。

 それだけでなく、炎の《吐息》を反撃とばかりに浴びせかけた。


「最強の頂点であるなら、もっと堂々と振る舞うべきではないかね!!」

「……図に乗るなよ、《北の王》」


 度を越した怒りは、熱ではなく冷たさを帯びる。

 鉄をも溶かす炎熱を、指先だけで引き裂く。

 かざした右腕には、《吐息》とは異なる蒼白い閃光が収束していた。

 範囲を拡大化した《分解》の魔法だ。

 仮にボレアスがそれを耐えても、余波だけで十分にイーリスが死ぬ。

 距離とタイミング的にも回避は不可能だと。

 そう判断して、アウローラは笑う。


「塵となって、己の罪深さを悔い改めろ」


 一方的に処刑を告げる声。

 冷たい嘲笑を向けられて――イーリスは、笑っていた。

 ボレアスも、同じように笑っている。

 二人の表情は、どちらも俺から良く見えていた。


「オイオイ、我らにばかり構っていて良いのか?」

「あぁ、全くだよな。一番目ェ離しちゃダメな奴が他にいるだろ」

「ッ――――!?」


 挑発じみた言葉に、アウローラは身を震わせる。

 彼女は勢い良く振り向く。

 丁度、同じ高さに「駆け上がった」俺と目が合った。

 なので、こっちも兜の下で笑っておいた。


「よう、久しぶり!」

「馬鹿な、どうやって……!?」

はあったから、なんとかな!」


 信じられないと、驚愕している表情が物語る。

 ――落下してくる星を蹴っての大跳躍。

 正直できるか分からなかったが、頑張れば何とかなるもんだ。

 アウローラは俺から完全に注意を外していたため、対応が間に合わない。


「おおおぉぉぉぉッ!!」


 気合を叫び、真っ直ぐ放った一閃。

 振り下ろした剣は、彼女の背にある翼の一つを捉えた。

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