12話:強襲
酔漢の喧騒に満たされていた店内は、今や阿鼻叫喚の修羅場と化していた。
敵は先ほど切り捨てたのと、特に武装していないデブを除いて六人。
一人殺られて逃げ出さない根性は認めるが、此方のやる事は変わらない。
「クソッ、本当にイカれてやがんのかコイツ……!」
髪を赤だの金だので派手に染めた男が、そう叫びながら銃を向ける。
イーリスが持ってるような、確か「拳銃」という奴だったか。
彼女のよりもこっちの方がゴツくてデカい。
当然、放たれる礫――いや、弾の威力も見た目相応に高いだろう。
だから剣の刃で、撃ち込まれたのを一通り弾いておいた。
「はっ……!?」
目の前で何が起こったのか。
理解出来ずに驚愕する男の顔を、そのまま横一文字に切り裂く。
初見では驚いたが、銃という奴を防ぐのも何だかんだで慣れて来た気がする。
あの《鱗》とかいう奴が持っていた銃で囲まれると、流石にまだ厳しいだろうが。
「一度に飛んでくる数が少なければ、まぁ何とでもなるな」
「このっ……!」
あっという間に二人を殺った事で、
周囲の敵から注意は外さぬまま、チラリと他二人の様子も見る。
アウローラは修羅場のど真ん中でも、何処吹く風と涼しい顔で佇んでいる。
どういう原理かは分からないが、攻撃などを受けた様子もない。
イーリスの方は流石に修羅場慣れしているようだ。
敵の眼をこっちに引いている分もあり、上手くテーブルとかを盾にしながら立ち回っている。
その狙いは、今さらながら泡を喰っている標的のクライブだ。
待ち伏せて簡単に終わらせるつもりだったろうが、御愁傷様である。
「囲め! 囲め!」
残る敵は五人。
その内、客に扮していた三人がこっちを包囲するように動く。
正面からでは防がれると見た上での対応だろう。
悪くはない――が。
「よっと!」
男達の銃が火を吹くと同時に、俺は勢い良く床を転がった。
囲んで狙おうが、このぐらいの人数なら抜ける隙間は余裕であるのだ。
「ぐぁっ!?」
逆に向こうは、半端な連携が災いしたようだ。
味方の撃った弾が脚に当たり、呻きながら一人膝を付く。
――これはチャンスだな。
そう考えると同時に、転がった先にあった椅子を片手で引っ掴む。
それから腕の力だけで、思いっ切りそいつの顔面にぶつけておいた。
これで数秒、敵の手数が減る。
体勢は低いままに剣を構える此方へと、残る二人が銃を向け直す。
まだバランスが整っていない、今を好機と見たか。
「くたばれっ!!」
「嫌だね」
一人の男は気合いと共に銃を撃ち、もう一人は必死な様子で何度も引き金を引く。
位置は良し。上手く行くかはまぁ運次第だ。
ほんの僅かな思考の中で、俺は手にした剣を閃かせる。
硬い感触と腕にかかる衝撃。
確かに不安定な体勢だが、弾を防げないとは言っていない。
ついでに。
「ぅ、ぁ……!?」
信じられないモノを見た表情のまま、片方の男が崩れ落ちた。
脳天を弾に――俺が弾き返した、仲間の撃った弾に撃ち抜かれて、だ。
行けそうだから試しにやってみたが、これはなかなかのラッキーヒットだな。
「嘘だろ……!?」
何が起こったのか、残る男は理解出来ていないようだった。
親切に教えてやる義理はないので、そのまま床を蹴って距離を詰める。
慌てて弾を撃ち返してくるが、狙いも甘いので鎧の表面で軽く受け流した。
椅子をブチ当てた男も、視界の端でようやく復帰したのが見える。
とはいえ遅いし、先ずは目の前の相手を斬ってから――。
「っ!?」
其処で不意に、横っ面を叩くような衝撃が走った。
撃たれた。それは間違いない。
やったのはイーリスの対応をしていた、クライブの護衛らしき男の一人。
どうやら他の連中がバタバタ死ぬのを見て、慌てて此方の対応に入ったようだ。
それは見えていたし、撃ってきたのも気付いてはいた。
だから剣で防いだつもりだったのだが。
「何だ今の……!」
何故か弾を弾き切れず、文字通り横から殴られた形で床に転がる。
見れば、直ぐ近くにいた男――さっきまで斬り殺す予定だった相手も、血を流して倒れている。
どうやら向こうは向こうで、味方の攻撃の巻き添えを喰らったらしい。
「クライブさん! 早く店の奥へ逃げろ!」
俺を撃った護衛役は、手にした銃の一部を手で引くような動作を見せた。
銃。ソイツが持っているのも、恐らく銃だろう。
けれど今まで見た物とは違い、太くて長い筒のような形状をしている。
明らかに他の倍はありそうな銃の穴を、護衛役は此方に向けて来た。
「っと……!」
弾が来る。だから火が爆ぜるのと同時に、その場から飛び退く。
見れば、先ほど俺がいた床には小さく細かい穴が幾つも穿たれていた。
どうやら一度に細かい弾を無数にばら撒く代物らしい。
「成る程、色々あるなぁ」
「化け物が……!」
護衛は苦々しく叫び、また銃の一部を操作する。
訓練された動作だ。手慣れていて、素早く正確なのが分かる。
だが、その動きはどうしたって攻撃の間に空白を作る。
その隙を見逃す理由もないので、此方から距離を詰めていく。
「死ね! 死ねよっ!」
横から残りの男が撃ってくるが、それは片手間に弾く。
護衛役はギリギリで弾込めが間に合った銃を、急いで此方に向けてくるが――。
「なっ……!?」
こっちの方が、ほんの少しだけ早かった。
弾が出る瞬間に、銃の先を掴んで思い切り逸らしてやる。
角度は、足が潰れてその場から動けなかった男の方を向く形で。
火と音が間近で弾けたので、少し頭がクラっと来た。
まぁ剣の切っ先で、胴の真ん中を貫かれた護衛役に比べたらマシだろうが。
「さて」
これで五人。あと一人は、此方には来なかった護衛役の片割れ。
そっちは相方と異なり、引き続きイーリスの相手をしていたはずだ。
「……ホント、マジで化け物みたいな戦いぶりだったな」
――が、どうやら大きな問題はなかったらしい。
倒れた最後の一人を軽く足蹴にしながら、イーリスは自分の銃に弾を込め直していた。
「そこそこ出来る感じだったが、あの《鱗》とかいう連中よりは弱かったしな」
「都市の正規兵と比べりゃな。ま、それは良いや」
視線を向けるのは、血が飛び散って死体が転がる鉄火場の跡ではない。
臆病者が一人逃げ去った、店の奥へと通じる通路。
あの体型にしては随分と逃げ足が早い。
「追うぞ。此処で抑える」
「逃げ足早そうだが大丈夫か?」
「問題ねぇよ、直ぐ追い付ける」
そう言って、イーリスはずんずんと通路に入っていく。
「あ、終わった?」
のんびりと休憩していた空気で、アウローラが今さらのように声をかけて来た。
彼女にとって、今のは修羅場でも何でもなかったようだ。
「あぁ、残るは目標のデブを抑えるだけだ」
「それなら簡単に済みそうね? まだ先は長いんだから、手早く片付けましょう」
そう言って、アウローラはくすりと笑った。
確かに、今はまだ本命の為の準備を始めた段階だ。
ならばこんなところで時間を食うわけにはいかないか。
そんな思考を巡らせつつ、先を行くイーリスの後を付いて行く。
店の奥も意外と広く、恐らくは密談とかに使う部屋などが多く存在するようだ。
その辺は非合法な仕事を取り扱う店なら珍しくない。
部外者が入り込んだなら一瞬迷いそうだが、イーリスは躊躇いなく進んでいく。
そして。
「よう」
当然のように一番奥。
他よりもずっと分厚い扉だったが、剣の一振りであっさり破る事が出来た。
最早遮る役目を果たさなくなった扉を踏み越えて、先頭のイーリスが部屋の中へと押し入る。
然程広くない個室には、俺には良く分からない金属の塊――「機械」とやらが幾つも置かれていた。
それ以外には何かが書かれた紙束が、そこら中に幾つも散らばっている。
お世辞にも片付いてるとは言い難いその部屋の片隅。
クライブは呼吸を荒げた状態で、床の一部を引っぺがしている最中だった。
逃走用の隠し通路か。イーリスはこれの存在も知っていたようだ。
紙束を含めた荷物を大事そうに抱えていたクライブは、押し入ってきた面子を見て絶望的な顔をする。
「な、な、な」
「自分の所有している土地やら物件やらの権利書。
後は自分の「得意先」である、後ろ暗い顧客のリストと取引の記録。
竜に睨まれた蛙とでも言えばいいか。
固まって声を震わせているクライブに、イーリスは牙を向くような笑顔を見せる。
銃はピタリと相手の頭辺りを狙い、ゆっくりと近付いていく。
「それらがありゃ此処で逃げても幾らでも再起できるが、逆にそれがなきゃお前はおしまいだもんなぁ。
全部放り投げるわけにはいかなかった。お間抜けな話じゃねぇか、オイ」
「い、イーリス、な、何か誤解があると思うんだ」
「うるせェよ。三秒以内に《ボックス》を出しな。頭に風穴開けて欲しいンなら別だが」
脅されて、クライブは素早く懐から四角い箱を取り出した。
イーリスが持っていたのと同じ奴か。
片手でそれを受け取って、その表面にイーリスはちらりと視線を落とす。
「い、イーリスよ。今回は俺が悪かったよ。謝るよ。
ついつい、「上」が提示してきた金額に目が曇っちまったんだ」
「ふぅん」
「お前の事は大事なビジネスパートナーだと思ってる、本当さ! だから、なぁ?
見逃してくれよ、そしたら幾らでも金は払って良いし、お前のする事にだって協力する!」
「そうかい」
「第一、その《ボックス》を漁ったってお前が欲しい
中層へのルートなんて重要なネタ、其処に入れとくわけねェだろ?」
「へぇ」
「もし疑うんなら好きなだけ調べろよ!
「もう終わった」
「……あ?」
必死にまくしたてるクライブを突き放すように、イーリスは淡々と告げる。
「中層に繋がるルートは、お前にとっちゃ商売をする上で必須の代物だ。
まさか単純な一本道でもあるまいし、可能ならいつでも閲覧出来るようにしたい。
だから他の財産とは違って、自分の商売道具として扱ってるはずだ」
「い、イーリス?」
「まぁ当然、他の情報と違って厳重に
目を細め、ニヤリと笑うイーリス。
それからクライブの箱――《ボックス》を、無造作に元の持ち主の前に放り捨てた。
「全部、吸い上げさせて貰った。ご協力感謝するよ、クライブ」
「な……な、え? い、何時の間に、どうやって……?」
向こうとしては、情報提供もちらつかせて交渉や時間稼ぎをしたかったのだろう。
それについてもこの場はイーリスの方が上手だったようだ。
こっちも正直、彼女が何をしたのかとかさっぱり分からなかったが。
「さて、これでテメェはもう用済みなんだが――」
「ま、待て、待ってくれイーリス」
「もう一つだけ聞いてやるから、今度は素直に答えろよ」
はて、まだ確認するような事はあったか。
こっちは少し首を傾げるが、此処はイーリスの仕切りに任せた方が良いだろう。
アウローラがまた退屈そうな顔をし始めたが、此処は我慢時だ。
「テメェはオレの首に賞金が懸かったから、オレの事を《鱗》の奴らに売り飛ばした。そうだな?」
「悪かった、悪かったよイーリス。ほんの出来心で」
「質問にだけ答えろ。テメェはさっき「上」がどうのと言ってたが――そりゃ、誰だ?」
立ち位置的に、俺の方からはイーリスの表情は隠れて良く見えない。
ただ、その絞り出すような声に乗った感情だけは、何となく察しがついた。
恐らくは、怒りだ。
だが真竜だのに向ける、理不尽に対する怒りとはまた少し違う。
もっと重く深い、根源的な怒りのようにも感じた。
「誰が、オレに賞金を懸けて捕まえようとさせた。答えろ、三秒以内だ」
「く、詳しくは知らねェよ! ただちょっと前にそういう情報が入ってきたんだよ!」
「情報? 言えよ、どんな情報だ」
「お、お前の顔を写した画像だ。それと一緒に、『この女の身柄や情報を提供した者に賞金を与える』ってな」
「……ガセネタとかじゃないよな」
「本当だ! 間違いなく発信元は「上」からだったし、実際に《鱗》の連中も動いただろ!?
俺も重要な情報提供って事で結構な額を貰って――」
失言に気付いたか、クライブは慌てて自分の口を抑える。
背景は未だに不明瞭だが、少なくとも都市上層の誰かがイーリスを狙った事だけは確かなようだ。
イーリス自身、それについて何か心当たりがあるようにも見えるが。
それは本人が話す気になるまで、此方で突く事もないだろう。
「……そうか」
ぽつりと、イーリスは小さく呟いて。
それから手にした銃を、改めてクライブの額に押しつけた。
「! おい、待て、待ってくれ!」
「うるせェ、まさかホントに助けて貰えるとか思ってたのか?」
裏切りで散々な目に遭った以上、それは正当な報復だろう。
襲撃したのはこっちとはいえ、向こうも待ち伏せてやる気満々だったのだから言い訳も糞もない。
それでもクライブは、一縷の望みに賭けて必死に命乞いを続ける。
「なぁ頼む! 殺さないでくれ! 金なら、金なら幾らでも払うから……!」
「そんで此処で見逃せば、また金目当てでオレの首を狙うんだろうが。生かしておく理由がねェよ、カス」
正論を忌々し気に吐き捨てて。
イーリスは銃の引き金を絞ろうとする――が。
「………ッ!!」
ピリッと、背筋に軽い電気が走ったような感覚。
それを感じた瞬間には、頭で考えるよりも身体が動いていた。
殆ど反射的に傍にいるアウローラの身体を抱え、半ばタックルするような形でイーリスを押し倒す。
いきなりの行動に、肝が鋼鉄なアウローラとは異なりイーリスは目を白黒させて。
「ちょ、お前、突然何――!?」
文句の言葉は、部屋が粉砕される轟音によって掻き消された。
何が起こったかはサッパリ分からない。
一つだけ確かなのは、俺達が攻撃を受けているという事実だけだ。
「良く気が付いたわね」
「嫌な予感がしたんだよ……!」
大変申し訳ないが、女子二人に覆いかぶさる形でギリギリまで体勢を低くする。
そのすぐ上辺りを、部屋をボロクズに変える嵐が吹き荒れていた。
クライブは、当然の事ながら死んでいた。
胸の辺りから綺麗に吹き飛んで、壊れた玩具のように床に転がっている。
まったく、何処のどいつの仕業だ。
此方はさっぱり分からないが、イーリスの方には心当たりがあるようだった。
俺の身体の陰で、緊張と戦慄で硬くなった表情のまま。
畏怖を込めて、その名を呟いた。
「《
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