13話:牙
程なくして、暴力の嵐は一度途切れる。
穴だらけにされた部屋の中で、俺は可能な限り素早く立ち上がった。
剣を構え、女子二人を背に庇う。
どうやら今回の敵は、これまでで一番厄介な相手のようだ。
「全員、動くな。抵抗は無駄だ」
激しい銃撃によって広げられた入り口。
埃と煙で遮られた向こう側から、「ソレ」は姿を見せた。
パッと見では人間とは思えなかった。
重い足音を立てながら入ってくる、全身を隙間なく分厚い装甲で覆った怪物。
一応人型ではあるが、人間というより
仮に中身が人だとして、あんな甲冑より更にゴツい鎧を着て動けるものなのか。
此方がそう考えている間に、入ってきたお客さんの数は三人。
まだ姿は見えてないが、あと数人は後方に控えている気配を感じる。
「……成る程、コイツらが《牙》か」
「
淡々と響く無感情な男の声。
言っているのは恐らくイーリスの事だろう。
装甲の怪物――《牙》は、手にした銃を素早く此方に向けて来た。
その形状は、やはり今まで見て来た銃とは異なる。
近いのは《鱗》とかいう連中が持っていた物だが、同じかどうかは分からない。
どうあれ、下手に動けばまた先ほどの嵐に晒されてしまいそうだ。
「武器を置け。抵抗しなければ手荒な真似はしない」
「……女一人捕まえるのに、《牙》まで出張ってくるのかよ。
オレも随分VIP待遇だなオイ」
俺の後ろで、イーリスが呻くように言った。
かなりの恐怖を感じているのは背中越しにも伝わってくる。
それを無理やり抑え込む為にも、敢えて強気な言葉を口にしているようだ。
「武器を置け。これは警告だ。従うなら殺しはしない」
しかし《牙》はそれには乗らず、あくまで自分達の役目だけを口にする。
成る程、これは厄介だ。
装備の質もだが、練度や意識の高さも今までとは違う。
連中が直ぐに仕掛けて来ないのは、イーリスを生かしたまま捕らえるのが目的だからか。
先の攻撃も、あくまで俺みたいな邪魔な障害物を除く為だったのだろう。
「……さて」
そう、向こうに用事があるのはイーリスだけだ。
口ではああ言っているが、武装を解除した時点でこっちは障害物ではなくなる。
そうなったらどうなるかは、まぁ簡単に想像出来る。
生かしておく理由なんぞ欠片もないから、それはしょうがない。
だからと言ってこっちが素直に従う理由もないわけだが。
「悪いが、アウローラ」
「良いわよ。仕方ないわね」
まだちゃんと言っていないが、アウローラは即答してきた。
その上で此方の意図を正確に汲んでくれたようで、イーリスを自分の方へと引っ張る。
緊張で身を硬くしたイーリスを、アウローラが軽く抱き寄せるのを確認してから。
俺はとりあえず、抵抗してみる事にした。
「撃て!!」
《牙》の反応は実に素早かった。
こっちが床を蹴ると同時に、正面から鉄の嵐が襲ってきた。
激しく叩き込まれる礫の豪雨。
それを幾らか剣で叩き落し、叩き落せなかった分を鎧の表面で受ける。
が、頑張れたのは其処までだった。
防いで耐えれはしても、無理やり押し進むには圧力が強すぎる。
だが連中の武器には「弾切れ」があるはずだ。
ならばこのまま暫く耐えれば、必ず嵐は途切れて――。
「
「
途切れなかった。
一人が銃を撃ち続け、弾が切れる頃に別の一人と交代する。
その間に撃ち尽くした方は悠々と弾を入れ替えているのが見えた。
成る程、単純だが連携がしっかり取れてる。
「きっつ……!」
間断なく浴びせられる銃弾を受けながら、思わず悲鳴が漏れた。
アウローラが護っているにしても、下手に避ければ外れた弾は後ろに飛ぶ。
《牙》の連中もそれには気を遣っているのか、一応当たらない角度は取っているみたいだが。
とりあえず、これはかなりキツい。
「ッ……!」
銃撃によって徐々に押し込まれ、思わず膝を付きそうになる。
剣で落とせなかった分は鎧頼みで防ぐが、衝撃までは完全に殺し切れない。
身体にも鈍い痛みが蓄積し、同時に危機感も募る。
さて、ホントにどうするべきか――と、思考を回したところで。
「――もう一度だけ警告する。武器を捨てろ」
攻撃が途切れ、抑え込むような圧力も消えた。
三人の《牙》は油断なく、真っ直ぐ此方に銃を向けたまま。
……此方が一瞬でボロ雑巾にでもなれば、それで良かったのだろう。
だが想定外に俺が耐えたせいで、流石に後方への流れ弾が気になったか。
或いは単に、手持ちの弾数が心配になったのかもしれない。
どちらにせよ、《牙》の一人――恐らくはこの集団のリーダー格だろう。
ソイツだけが一歩前に踏み出して、改めて降伏を促して来た。
「まさかそんな
だが、これ以上は無意味だと分かったろう」
「…………」
相手に油断はない。
また飛び掛かろうとすれば、直ぐにさっきと同じ状態に陥るだろう。
俺は膝を沈めた体勢のまま相手を見る。
《牙》のリーダーは、踏み出して来た分だけ此方との距離が近くなった。
ならば一つ、賭けに出てみるか。
「……分かった。確かに、そちらの言う通りだな」
応じて、俺は無抵抗を示す為に両手を上げる。
だが、まだ剣は手放さない。
当然のように《牙》の連中は警戒を解く事はない。
「聞こえなかった? 武器を手放して床に伏せろ。これが最後だ」
「分かった、分かった。悪かったよ。ちょっと抜けてたわ。
言う通りにする。ほら、今から捨てるぞ?」
直ぐにでも火を吹きそうな銃の群れ。
それらに注意を払いながら、ゆっくりと慎重に動く。
許される機会は、恐らく一度だけだ。
「……ホントに悪いな、アウローラ」
「ええ。こっちは大丈夫だから」
面倒ばかりかけてしまっている彼女に、一言謝罪する。
だがアウローラは、仕方がないとばかりに肩を竦めるだけで。
言葉を発する余裕もない状態のイーリスを、その細い腕でしっかり抱き締めてくれていた。
いや本当に、頼りになります。
「おい、早くしろ」
「っと、せっかちだなぁ。分かったよ――そらっ!」
せっつかれて、軽い掛け声を一つ。
俺は相手の要求通り、手に持っていた剣を投げ捨てた。
但し、前方に立つ《牙》へ向けてだが。
「――――」
相手もそれぐらいは予想の範疇だったろう。
目眩ましに、手に持っていた武器を投げつける程度は良くある手だ。
だから《牙》は動かない。
自慢の装甲で簡単に弾けると判断したのだろう。
それよりも次にこっちがどう動くかに意識を向け、どんな形でも対応出来るよう神経を研ぎ澄ませている。
鋭い針に刺されているような緊張感が、俺の方にも伝わってくるぐらいだ。
「――まぁ、間違っちゃいないよな」
相手の判断に間違いはない。
此方が投げたのが、単純に頑丈なだけの剣だったなら。
「がッ!?」
驚愕の叫びと、同時に上がる青白い火花。
投げた剣の切っ先に深々と胸を貫かれ、《牙》の男がよろめいた。
「何……!?」
「隊長っ!」
直ぐ後ろで備えていた他の《牙》二人も、流石に動揺を隠し切れなかったようだ。
あぁまったく、そっちの判断に間違いは一つもなかった。
分厚い装甲に圧倒的な火力。それらが揃ってるなら大抵のモノは脅威じゃない。
それを見せつけるように近づいて、儚い抵抗を暴力で叩き潰すだけでいい。
だからこそ、お前らは一つ間違えた。
「その鎧がどんだけ硬かろうが、竜の鱗ほどじゃないだろ……!」
今俺が投げつけたのは、竜さえ殺す一振りだ。
その程度の装甲なんざ紙切れと変わらない。
「コイツっ……!!」
相手の常識外からの奇襲。
それでも《牙》の連中は直ぐに立て直すという確信があった。
事実、動揺を見せたのはほんの一瞬だけ。
此方はその一瞬だけ出来た隙へ捻じ込む為に、全力で正面から突っ込んだ。
後ろは見ない。アウローラは大丈夫だと言っていた。
ならこっちはこっちの仕事をこなせばいい。
そう信じて、崩れ落ちた《牙》から剣を素早く引き抜く。
残る《牙》二人は一歩跳んで距離を置き、俺に対してそれぞれ銃で狙いを付けている。
仮に片方が切り倒されたとしても、もう片方が相手の背を狙い打てる立ち位置。
だが、生憎こっちの狙いはお前らじゃない。
「どっせい……!!」
動きは止めず、剣を抜いた《牙》の身体を飛び越える。
そのまま気合いと共に、正面に見える部屋の壁へと剣を叩き込んだ。
衝撃と轟音。
殆ど体当たりに近い状態で、俺は目前の壁をぶち抜いていた。
転がり込んだ先は薄暗い路地裏。
何処に出るかは賭けだったが、無事に外へ繋がったようだ。
「アウローラ!」
「いるわよ、ホントに無茶苦茶するわね」
勢いを殺さず走り出した俺の後ろに、スッとアウローラが追いついて来た。
彼女は魔法か何かで飛んでいるようで、腕にはしっかりイーリスを抱えている。
後方の壊れた壁から色々聞こえてくるが、今は全て無視する。
兎に角、この場は逃げの一手だ。
「しっかし、何とか上手く行ったな……!」
「何が上手く行ったよ。もう」
我ながらあの状況でかなり頑張ったと思うのだが、何故かアウローラは不機嫌そうだ。
それどころか、直ぐ背後を飛行しながら空いた手でこっちの背を小突いて来た。
「ちょっと、アウローラさん??」
「剣、投げたわね?」
「はい」
投げました、思いっ切り。
いや最悪回収ミスる可能性は当然考えましたが、正面から《牙》の不意を突く手段はあれぐらいしか。
「言い訳は聞きたくないわね」
「はい」
「貴方はっ、あれがっ、どれだけっ、大事なものかっ、分かってるのっ?」
「痛い痛い痛いっ。すいません二度とやらないんで反省してますからっ」
一言一言、言葉を区切る度にどつく力がパワーアップしていく。
その威力たるや《牙》がブッパしてきた銃弾以上だ。
出来るなら地面に這い蹲って許しを請いたいが、流石にこの場でやる余裕はない。
今は運良く切り抜けただけで、死線はまだ途切れたわけではないのだ。
「っ……それで、どうすんだ?」
どうやら修羅場を一度抜けて、何とかメンタルを持ち直したらしい。
アウローラにしがみついた状態ではあるが、イーリスがやっと口を開いた。
「アイツら、絶対に追って来るぞ。
《牙》は《鱗》の連中ほど甘くない。このままだと……」
「あぁ、分かってる」
イーリスの言う通り。
向こうの数は不明だが、五人や六人では済まないだろう。
あの練度を持つ武装集団に囲まれれば、流石に確実に勝てるとは言い難い。
ならばどうするか。
「なぁイーリス、この辺りの道って分かるか?」
「は……? ん、まぁ此処らも入り組んじゃいるけど、外縁部と違って把握はしてるな」
「十分だ。俺じゃサッパリ分からんからな」
地元民の土地勘は大事だ。
さて、数で勝る相手に正面から戦り合うのは馬鹿のする事だ。
俺は馬鹿だが、こういう時の戦い方ぐらいは知っている。
その上でもう少し、工夫というかズルもしたい。
「なぁ、アウローラ」
「あら、なに?」
「悪いが、今回はもう少し手伝って貰えるか?」
「…………」
ちょっとお願いしてみたら、アウローラはほんの少しだけ黙った。
それから微妙に拗ねた表情で。
「私、最初に言ったわよね?」
「おう」
「今度は私も手伝うって。また忘れたんじゃないかと心配してたわ」
「忘れちゃいないさ」
実際、すでにかなり助けられている身だ。
頼り過ぎるのも男の見栄とか色々あるので、なかなか難しい問題だが。
今はかなりの窮地なので遠慮なく頼らせて貰おう。
「で、何をすればいいの? 街区ごと吹き飛ばす?」
「メインは俺がやるんで、アウローラはその手助けをして欲しい」
流石に街ごと敵を木っ端微塵にする、というのは最後の手段にしておきたい。
先の発言が冗談か本気だったかは不明だが、アウローラは俺の提案に素直に頷いてくれた。
「良いわ。何を考えてるのか教えて頂戴?」
「……ホントに何する気だ?」
機嫌良さげに聞いて来るアウローラと、やや不安そうな気配を滲ませるイーリス。
まぁホントに勿体ぶるような大した作戦ではない。
思い付きに近いモノも幾つかあるし、上手く行けば御の字だ。
ソレをそう、仮に一言で言うなら。
「――鬼ごっこだな」
多数が少数を追い回すこの状況。
此方はそれをひっくり返し、逆に敵を追い詰める必要がある。
ならばこれからやる事は、文字通りの「鬼ごっこ」だ。
ちょっと不思議そうな顔をする淑女二人に、先ずは俺の考えを伝える事にした。
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