153話:叶わぬ望み

 

「ささ、どーぞどーぞ遠慮なさらずに!」

「宴の準備に予定スケジュールの調整、何だかんだで一週間もかけちゃいましたからねぇ」

「楽しまなきゃ損ですよ損!」

 

 ケラケラと笑いながらゲマトリア達は口々に喋り続ける。

 さっきから一秒も口を閉じている時間がない。

 五人いる大公閣下の誰かしらが何かを言っている状態だ。

 それは意味があると言えばあるし、無いと言えば無い。

 世間話と戯言の境目みたいな話をアレやコレやと繰り返している。

 こっちの受け答えが無くてもだ。

 或いはそんなものは最初から望んでいないのかもしれない。

 

「これ、全部ここで用意したのか?」

「ええ、そうですとも!」

「こう見えても大公閣下ですからね! とってもエラいんですよボク!」

「今の時代じゃ貴重な食材を用意して、最高の技術で調理する!

 竜は飲食不要と言ってもやっぱり娯楽は大事ですからね!」

「こういうのはちゃんとしませんとね!」

 

 とはいっても、会話をしないワケでもない。

 俺が適当に返せば、その五倍ぐらいの言葉が一気に押し寄せてくる。

 ちなみに他のメンバーはお喋りをする気はあまり無いらしい。

 一応全員席には着いているが、今のところ誰も料理には手を付けていない。

 

「ふーむ」

 

 とりあえず、俺は皿の上の料理に視線をやる。

 本当に色々なモノが並べられていた。

 骨の付いた塊肉に香草などの香辛料を擦り込んで焼いたもの。

 ゴロっとした野菜と塩漬け肉を一緒に煮込んだスープ。

 揚げた芋と焼いた腸詰め肉の盛り合わせ。

 竜の食卓なせいか肉が目立つが、それ以外の料理もある。

 見た事のないデカい魚の……これは生で切っただけのものか?

 他にも焼いたものもあれば煮込んだものもある。

 豚や鳥を丸ごと焼いて調理したものも目に付いた。

 うん、やっぱり全体的に肉が多いな。

 

「どうですか? 色々用意してみたんですけど」

「あぁ。流石に人肉とかは無いよな?」

「ぶっ」

 

 イーリスが小さく吹き出した。

 いや、一応竜が用意したワケだしな。

 万が一を考えて確認した方が良いんじゃないかと。

 言ってから流石に不躾過ぎたかと思ったが、ゲマトリアは笑っていた。

 面白い冗談を聞いたとばかりに腹を抱えて。

 

「ハハハハ……! いや、それはちょっと考えてませんでしたね!

 大丈夫ですよぉ、そんな食べられないものは流石に食卓には並べませんから!」

「ん? 食べないのか?」

「食べませんよ、下等な真竜どもは知りませんけど」

 

 そう言いながら、ゲマトリアは他の客達に目を向ける。

 今はまた酒宴に夢中な真竜達だが、その視線から逃れるように顔を背けていた。

 俺は何となくアウローラやボレアスの方を見た。

 

「人を喰う竜がいないとは言わんが、知恵のある者で好む者は余程おらんぞ?」

「そうなのか」

「無辜の民の血肉を喰らい、財貨と財宝を集める。

 ――というのが、人の持つ一般的な竜のイメージであろうがな」

 

 愉快そうに喉を鳴らすボレアス。

 かつては《北の王》という、人が考える典型的な「悪いドラゴン」やってた奴だ。

 その辺は思うところがあるのかもしれない。

 アウローラは何故か視線が泳いでいる。

 

「アウローラ?」

「んんっ。ええ、まぁ、概ねボレアスの言う通りよ?

 竜は飲食の必要が無いから、別に人間の血肉を食べたりする必要は無いし。

 魂を喰って魔力を増やす……っていうのも、まぁ竜としては下衆な真似よね」

「成る程なぁ」

 

 何故か微妙に動揺するアウローラ。

 気になるっちゃ気になるが、今は置いておこう。

 こっちの話を横で聞きながら、五匹のゲマトリアはウンウンと頷いている。

 その動きが毛筋ほどもブレずに一緒、というのもなかなか見ていて奇妙なものだ。

 ちなみに此処まで、ウィリアムは微動だにしていない。

 

「まぁですから、此処の料理は安心して食べ下さい。

 今日の為に用意したんですからちゃんと味わって貰わないと!」

「あ、お酒も上等な奴を用意しましたから!」

「アルコールが駄目って人は言って下さいね! 冷やした果汁もありますよ!」

 

 さぁどうぞどうぞと。

 改めて酒と食事を勧めてくるゲマトリア。

 とりあえず、毒とか妙な仕掛けがあればアウローラが止めてくれるだろう。

 大公閣下も食事を始めない事には本題に入る気も無いらしい。

 ならまぁ、行くか。

 

「レックス殿」

「大丈夫大丈夫」

 

 テレサが不安げな声を漏らすが、俺は迷わず手を伸ばす。

 何から取るかちょっと考えて、食べやすそうな骨付きの肉を掴んだ。

 料理が出てそれなりに経っているはずだが、まだ十分な熱を帯びている。

 或いは冷めない為の魔法が施されているのかもしれない。

 それは兎も角、漂って来る匂いは実に美味そうだ。

 焼けた脂と香草の混じった香り。

 面覆いの一部を上げて、俺は躊躇わずにその肉に齧り付いた。

 

「どうですか?」

「美味い」

 

 聞いて来るゲマトリアに俺は素直に応えた。

 うん、実際に美味い。

 見た目の期待を裏切らないシンプルだが濃厚な肉の味。

 擦り込まれている塩加減も絶妙で、塩辛くなるギリギリを見切っている。

 肉の硬さも程良く、火の通り加減も申し分ない。

 感想としては「美味い」以外になかった。

 監禁部屋の皿で出す食事も不味くはなかったが、それとは比べ物にならない。

 ガツガツと肉を食べる俺を、ゲマトリアは満足そうに見ていた。

 

「さ、他の皆さんも遠慮せず」

「……ええ、頂きましょう」

 

 続いたのはテレサだった。

 彼女も俺と同じ塊肉に手を伸ばしかけたが、直ぐに止まる。

 一秒ほど迷った末に、その手は野菜と塩漬け肉を煮込んだスープを取った。

 銀色の匙を取り、白く濁ったスープを掬い取る。

 何気ない仕草だが行儀の良さが見て取れる綺麗な動作だ。

 テレサは少し躊躇いがちにスープを啜る。

 

「……美味しい、ですね」

「でしょうともでしょうとも」

 

 実際、味は良いのだ。

 戸惑いながら呟くテレサに、ゲマトリアはやはり満足気だ。

 肉を喰ったらあっちのスープを呑んでも良いな。

 

「……マジで美味ェな」

「まぁ不味い食事など出せば、宴を開いた者の品格が疑われようしな」

 

 続いてイーリスもおっかなびっくりで料理に口を付ける。

 他が食べ始めるとボレアスは遠慮なく肉や酒をかっ喰らい始めた。

 全然遠慮した様子もないし、最初から食べればよかったのでは?

 と少し思ったが、もしかしたらボレアスなりに気を使った結果かもしれない。

 恐らくそれを聞いてもまともに答えないだろうが。

 

「…………」

 

 ただ一人、アウローラだけは料理に手を付けなかった。

 俺の傍に椅子を寄せて、黙って様子を眺めるだけ。

 此方もそれについては何も言わなかった。

 

「おや、食べないんですか? 遠慮しなくて良いんですよ?」

 

 ゲマトリアの方は躊躇なく口に出して来た。

 ニヤニヤと笑う笑顔は獲物を嬲って遊ぶ獣のそれだ。

 言われたアウローラは無表情。

 しかしはらわたが煮えくり返っている事は言葉にせずとも伝わってくる。

 

「竜は生存の為に飲食をする必要がない。

 貴女、ちょっと世俗に染まり過ぎじゃないかしら?」

「そうですかね? でも別に良いじゃないですか。

 食べて飲む事がただの生存目的だけなら、人間もこんな色々考えませんよ。

 ボクは料理って好きなんですよねぇ。

 酒も酔えませんけど、味を楽しむのは良い娯楽の一つです」

 

 アウローラの言葉に対し、ゲマトリアはケラケラと笑いながら応える。

 言ってる事に関してはそう間違ってない気もする。

 何だかんだとアウローラも飲食を楽しんでないワケじゃないしな。

 その自覚はあるのか、アウローラは少し顔を顰める。

 

「……そんな事よりも、さっさと本題に入ったらどうなの?」

「おや、もう良いんですか? もうちょっと楽しんでからでも」

「こっちは別に楽しむ為に来たワケじゃないの。

 むしろ半端に友好的な顔をされても逆に迷惑だわ」

「カリカリしてますねぇ。

 年長者ならもうちょっと余裕を見せるべきじゃないですか?」

 

 うーん煽って来るな。

 折角落ち着いたアウローラの頭がまた沸騰しかけてるぞ。

 俺は食っていた肉を手早く片付け、用意されていた布で手を拭う。

 そうしてから改めて、噴火寸前のアウローラの頭を撫でた。

 うん、とりあえず冷静にな?

 

「扱いが手慣れてますねー」

「まあな」

 

 からかうゲマトリアには素直に応じておく。

 実際慣れてはきてるし、撫でてる内にアウローラも喉を鳴らす。

 そんな猫っぽい様子にはちょっと笑ってしまった。

 

「で、俺としても話が進む分には助かるんだけどな」

「おやおや、そっちもですか?

 まーそこまでおっしゃるなら仕方ありませんねぇ!」

 

 いちいち無駄に大げさな動作を挟むゲマトリア。

 多分わざとなんだろうが、素でやってる可能性も否めない。

 周りの様子など気にもせず、五匹の大公は天を仰ぐ。

 そして五匹全員が声を揃えて。

 

「「「、レックス!!」」」

 

 と、何かとんでもない事を言い出した。

 意味不明過ぎて耳から入った言葉を頭で直ぐ処理できなかった。

 同じように聞いていた他の面子はというと。

 

「は?」

「……は?」

「はぁ??」

「モテる男は辛いなぁ竜殺し?」

 

 大体こんな感じである。

 ボレアスさんだけは流石の平常運転だ。

 しかしそんな事を言われても、俺としては大変コメントに困る。

 言い出したゲマトリアは五匹揃ってニコニコ顔だ。

 

「なんで??」

「おや、まさか嫌とか言いますか!?」

「ボクは《五龍大公》様ですよ! 七柱の大真竜の一角!」

「今の大陸でこれ以上の優良物件はなかなかありませんよ!」

「実際お買い得! 今なら色々ボーナスも付けます!

 迷う必要はありませんねェコレは!?」

「……ふざけないで貰えるかしら」

 

 怒りとか、そんな表現が生温く感じるぐらい。

 アウローラはその一言に凄まじい怒気を凝縮していた。

 周りで酒宴を楽しんでいた真竜達。

 なるべく関わらないよう此方から意識を外していたソイツらも思わず振り向く。

 そんな最古の竜王が放つ敵意を正面から浴びながら。

 ゲマトリアはやはり愉快そうに笑っていた。

 

「ふざけてるとか、ボクは至極真面目なんですけどねぇ。

 まぁいきなり過ぎるかなぁー? とはちょっと思いましたけど、ええ」

「俺とそっちはほぼ初対面だろ」

「ええ、別に個人的な好意とか一目惚れとか。

 そんな甘酸っぱく暴力的な理由ではないのでご安心を!」

「うん、それは素直に安心した」

 

 安心したが、それなら結婚って話がどう出てくるのか。

 やはり理由が分からず首を傾げるしかない。

 それを察したゲマトリアも、何やら難しい顔をして首を捻った。

 

「で、気になさってる理由の方ですが――どう説明すべきですかね。

 先ず、ボクが古竜だってのは気付いてます?」

「気付くも何も、そんなの誰だって見れば分かるわよ」

 

 応じたのはアウローラだ。

 多分気配とか、そういうので分かるんだろう。

 当然だが俺は分からなかった。

 姉妹も見たがどっちも首を横に振っている。

 ボレアスは当たり前だって顔してるし、やはり竜特有の感覚なようだ。

 アウローラの言葉に、ゲマトリアは五匹全員で頷いて。

 

「お察しの通り、ボクは古竜です。

 古竜ですが、実力でボクは大真竜の一柱として盟約に参加しています。

 けれど皆さんも知ってるでしょうが、真竜とは古竜を駆逐した現代の勝利者。

 その集団に古竜の身で参加するのはなかなか肩身が狭くて……」

「とてもそうは見えんけどなぁ」

 

 むしろふてぶてしさ全開というか。

 明らかに配下の真竜達も物言いたげな空気を醸し出す。

 そして当たり前のように、ゲマトリアはそれらを華麗に受け流す。

 

「そも真竜の条件とは何か?

 人間が己の魂に、古竜の魂を取り込んだ存在の事です。

 正に人竜一体の境地! それこそ『真なる竜』と呼ぶべきもの!」

 

 ですが、と。

 実にわざとらしい仕草で大公閣下は肩を竦める。

 

「そういう意味では、今自らを真竜と名乗る者の大半は紛い物です。

 竜の魂と人の魂、その二つが正しく均衡を実現してこその『真なる竜』。

 現在、その領域を完璧に実現しているのはボク以外の大真竜達だけでしょうね」

 

 《闘神》はかなり良い線行ってましたが、と。

 ゲマトリアは何処か残念そうに付け加えた。

 案外、その言葉は道化者が漏らした本心かもしれない。

 が、直ぐにそれはふざけた態度で掻き消える。

 

「ま、それは兎も角!

 真竜と名乗るべき者の条件については分かって貰えたと思います!」

「まぁ多分」

「では結婚しましょう!!」

「なんで??」

 

 何処がどう繋がるとそんな話になるんだ?

 ワケが分からん顔の俺にゲマトリアはわざとらしく嘆いてみせた。

 

「……つまり、レックスの魂を、お前の魂に取り込もうと?」

「流石に年長者は察しが良いですね! そう、つまりはそういう事ですよ!」

 

 地獄の底から聞こえてくるようなアウローラの声。

 それに対して我が意を得たりと明るく応じるゲマトリア。

 五匹の大公閣下は揃って頷いている。

 

「そう考えると結婚というよりは結魂?

 まぁ一心同体、一蓮托生の運命共同体になるって事ですから!

 どっちの言葉でも似たようなもんですよね!」

「そうか……?」

 

 胡乱げな顔をするイーリス。

 出来るだけ黙っていたがツッコミの衝動は抑え切れなかったか。

 姉のテレサは曖昧な表情で沈黙したまま。

 ただ一人――いや五人?――ゲマトリアだけがテンションを無制限に上げていく。

 

「単なる人間の魂ではダメなんですよ!

 それではそこらの真竜どもと同じになってしまう!

 必要なのは強き魂! 人でありながら竜に比肩する英雄の器!

 それを見つけ出す為の戦争都市だったのです!

 いやぁ、《闘神》は見事に役目を果たしてくれましたね! 素晴らしい!」

「……成る程な」

 

 ゲマトリアが本物の真竜となる為の生贄。

 それを探し出す為だけに、あの戦争都市はあったワケか。

 裏の目的について、《闘神》が知っていたのかだけは少し気になった。

 

「さぁ、どうでしょうか!

 こんな機会は多分二度とありませんよ、お互いにね!」

 

 そう言いながら、黒装束のゲマトリアがテーブルに身を乗り出す。

 皿や酒瓶をひっくり返すんじゃないかと諫めても、その耳に届く事は無いだろう。

 これ以上無く興奮した様子の大公閣下。

 彼女にとって、真竜化はそれだけの意味があるのか。

 しかし。

 

「無理よ」

「はい? 今何か言いましたか?」

「……聞こえなかったのなら、もう一度言ってあげる」

 

 淡々と、怒りを含めた一切の感情を含めずに。

 アウローラは燃えるゲマトリアの情熱に冷や水をぶっかける。

 

「無理だと言ったのよ。お前の望みは、決して叶わない」

 

 その言葉は冷徹に、ただ事実だけを示していた。

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