152話:狂気の宴にようこそ


 曲がりくねった廊下を進んで行く。

 あの監禁部屋を出てから、さてどれだけ歩き回ったか。

 道順を覚えるという試みは既に放棄していた。

 複雑過ぎてちょっと頭の中で地図を書くのマッピングは難しい。

 或いは俺以外なら出来ているかもと、傍らのアウローラをチラっと見た。

 視線と意図に気付いた彼女は俺の手を少し強めに握って。

 

「多分、意味が無いわね。

 城塞全体に式が施されて、強い魔力が循環してる。

 その気になればいつでも内部の構造を変更できるはずよ」

「マジかー」

「古い魔法使いが支配する《生きた迷宮リビングメイズ》では良くある話だな。

 侵入者を飽きさせぬ為の趣向という奴だろうよ」

 

 そう笑いながらボレアスは俺の後を付いて来る。

 少し離れた後方にテレサとイーリスが並んで歩く。

 先頭――俺から何歩か先では例のカラス似の執事が先導していた。

 あっちこっちに分岐がある迷路だが、一切迷う事無く歩を進めている。

 俺達はただそれに付いて行く他ない。

 

「目的地まではどれぐらいだ?」

「もう少しで御座いますよ」

「それさっきも聞いた気がするんだよなぁ……」

 

 定型句テンプレートのみを返してくる執事に、イーリスはため息を漏らす。

 執事は気にした様子も無いし、そもそも気にする神経があるかも分からない。

 仕方がないので、俺は通路とか城の中のモノを眺める事にした。

 監禁部屋も豪華だったが、何気ない通路もまぁ見栄えは良い。

 それこそ軍隊でも連れて行進できそうな広い造り。

 頭上には魔法の光を宿した角灯ランタンが幾つも浮かんでおり全体を照らしている。

 敷かれた赤い絨毯もエラく上等なものに思える。

 踏んでも汚れが付かない辺り、これにも浄化の魔法か何か働いてそうだ。

 時には壁に絵画や甲冑なども飾られていた。

 芸術は良く分からんが、それほど悪くないモノに見える。

 少なくともいつぞやのマーレ何とかの悪趣味自画像とかよりは全然マシだろう。

 総じて派手というか、大ボスの居城っぽさは満点だ。

 しかし。

 

「こんだけデカい城を丸ごと空中に浮かべるとか。

 かなり大変そうな気もするんだがな」

 

 思った事を何となく呟く。

 外観はちょっと見ただけだし、余りにもデカ過ぎて細かいサイズは不明だ。

 しかし印象としてはちょっとした山よりは大きいはず。

 下手したら小島ぐらいの大きさはある岩塊が丸ごと宙に浮かんでいる。

 これを雲より高い場所に常時持ち上げてるとか。

 術式で浮遊させているにしても、どんだけ魔力が必要になるんだ?

 

「……レックスも、この城に入る前に見たでしょう?」

「うん?」

「城じゃなく、土台になってる岩塊の方。アレ、古竜よ」

「マジで?」

「マジだとも。古竜も古竜、《古き王》が一柱よ。

 あの寝坊助め、まさかこのような無様を晒しているとはな」

 

 軽い口調とは裏腹に、ボレアスの声には僅かな不快感が含まれていた。

 古竜、しかも《古き王オールドキング》の一柱。

 それが城の土台として使われていると?

 俺の疑問に、アウローラはつまらなそうな顔で肩を竦めた。

 或いは彼女も、兄弟姉妹の不当な扱いに気分を害しているのかもしれない。

 

「本当に、悪趣味な話よ。

 恐らく封印で魂を縛って自我を制限し、魔力を吐き出す炉として使ってるのね。

 《古き王》の魔力なら、迷宮の城を空高く浮かべておくのも可能でしょう」

「うむ、まったく趣味が悪いな長子殿。我も同意見だぞ長子殿?」

「う、うるさいわね。謝らないわよっ?」

 

 うん、まぁ。

 言われてみると俺の持ってる剣も大体似た代物な気がするぞ。

 斬った竜の魂を捕らえて、それを力に変える魔の剣。

 この一振りをこさえたのは間違いなくアウローラである。

 斬られたボレアスもチクリと言いたくはなるか。

 まぁどっちがどっち論は不毛なので今は置いておこう。

 

「兎も角、この城は足元の岩みたいな《古き王》の力で維持されてると」

「ええ、間違いなくね。……大方、寝てる間に不覚を取ったんでしょうけど」

「そんな奴なのか?」

「マレウスもなかなかだったが、コイツは特級の寝坊助だ。

 少なくとも兄弟姉妹の中では三本指に入る」

「三本指ってオイ」

 

 耐え切れなかったか、イーリスさんから思わずツッコミが飛んで来た。

 テレサはテレサでコメントに困っている顔だ。

 三大寝坊助ドラゴンとか書くと字面だけは凄いな。

 何やら思い出したのか、味わい深い顔をしているアウローラさん。

 とりあえず、目的地に到着するまではまだ掛かりそうだ。

 

「竜には生存の為の飲食や睡眠は必要ないけど。

 昔――遥か昔の、『何もする必要がなかった』頃の名残りかしらね。

 眠る事を好んでいた竜王はチラホラいたわ」

「成る程な。マレウスもその一人……一柱? だったワケか」

「そうね、あの子はボレアスが言った三本指の中ではまだマシな方よ。

 眠りは長いけど定期的に起きるし、寝床も綺麗な水場で分かりやすかったから」

「じゃあ他の二柱は?」

「足元のコイツは起こさない限り起きなかったわね。

 あと地上のイザコザが面倒だと、大陸の一部削って空に上がったの。

 ……記憶にないかしら?

 人間は《空を塞ぐもの》なんて呼んでたけど」

「あー」

 

 言われてようやく埃の被った記憶から出てくるモノがあった。

 《古き王》の一柱で、巨大な浮き島にも似た大いなる竜。

 誰にも触れず、誰にも触れられない高空の領域を我が物とした者。

 時折高度を下げて、地上の昼を夜に変える《空を塞ぐもの》。

 空を漂う以外は特に何もしないし、人間からも風景の一部として扱われていた。

 うん、確かにいたなそんな奴。

 

「何と言うか、色々いるよな《古き王》って」

「二十も兄弟姉妹がいれば、まぁ個性的にもなろうよ。

 遠い昔は全員似たり寄ったりだった気もするが、正確には覚えておらんな」

「……古竜の王が語る『遠い昔』ですか。

 人間の尺度ではとても測れそうにありませんね」

 

 ボレアスの言葉を聞いて、テレサは苦笑いを浮かべた。

 本当に、スケールがデカ過ぎて良く分からんよな。

 さんぜんねんだって俺には長すぎるぐらいだ。

 アウローラはちょっと曖昧な微笑みを浮かべながら、俺の手を強めに握る。

 俺はそれを同じぐらいの力で握り返した。

 

「で、その寝坊助三匹の最後はどんなヤツ?」

「何処で寝てるかも分からんし、いつから寝ていつ起きてるかも分からん奴だな」

「ええぇ……?」

 

 ボレアスはサラっと言うが、流石のイーリスさんも困惑するしかない。

 それはもう寝坊助なんてレベルじゃないのでは……?

 

「アレに関しては我も良く知らん。

 何せ起きてるところを見た事がないからな!」

「でしょうね。私だって指で数える程しかないわよ」

「何だソレ、どういう事よ」

「どういう事もなにも、言葉通りよ。

 まぁアレに対して『言葉通り』なんて表現するのも……」

 

 と、アウローラの言葉が途中で途切れた。

 空気が変わったからだ。

 俺もそれを感じ取り、正面に目を向ける。

 歪んで曲がりくねった通路と階段。

 生きた迷宮のはらわたの中を随分と歩き回ったが。

 どうやらようやく「目的地」が見えたらしい。

 

「お待たせ致しました、皆さま」

 

 長く続いた廊下の途切れた場所。

 其処にあるのは如何にも重厚感たっぷりの両開きの扉。

 その端に佇んで、執事姿のカラスは恭しく一礼する。

 

「どうぞ中へ、鍵は開いております」

「……レックス」

「あぁ」

 

 アウローラの声に小さく頷く。

 確か執事は「宴」と言ってはいたが。

 実際に扉の向こうで何が待っているかは未知数だ。

 ただ一つ、確かな事は。

 あの大真竜、《五龍大公》と名乗ったゲマトリアはいるだろう事ぐらいか。

 ……あぁそれともう一人。

 此処まで一度も姿を見せていない糞エルフウィリアム

 あいつも何かいる可能性はあった。

 とりあえず頭の片隅には留めておこう。

 

「先に行くが、あんまり離れないようにな」

「ええ、承知しています」

「気を付けろよ……?」

「大丈夫だ」

 

 後ろの姉妹に一声かけて。

 それから俺はアウローラ、ボレアスと共に扉に近付く。

 執事は無言で一礼したまま動かない。

 扉を開けるぐらいのサービスしても良いんじゃないか?

 なんて考えたら、目の前でギィっと音がした。

 分厚い扉がゆっくりと開いていく。

 近付くと開く仕掛けか、《念動》の魔法かは不明だ。

 どちらにせよ扉は重々しい動きで開かれて――。

 

「「「――大いなる《 大竜盟約レヴァイアサン・コード 》にっ!!」」」

 

 そこに並んでいたのは、紛れもなく「宴」の光景だった。

 硬く大きく鳴り響くのは酒器グラスを力強く打ち合わせた音。

 重なるのは幾人もの声。声。声。

 語る文句は流暢だが、語る者は人ではない。

 いや――この場に人間と呼べる者は、俺や姉妹以外にはいなかった。

 広い、部屋だの広間だのと呼ぶには余りにも広すぎる空間。

 壁は遠く、天井は遥か上で霞んでいる。

 しかしそんな広大な酒宴の場も、吊り下げられた銀色の照明が煌々と照らし出す。

 星や月と呼ぶには明るく、太陽と呼ぶには控えめな輝き。

 自然の灯りではなく魔法の灯火。

 その光の下で、無数の魑魅魍魎が蠢いていた。

 ざっと見て、客の数は三十よりは多く五十には届くまい。

 宴に招かれた人数としては、決して多くはなかった。

 同時に、その数の多さが問題だった。

 

「何ともまぁ、随分と雁首並べて来たものよなぁ」

「少し黙りなさい」

 

 揶揄するようなボレアスの言葉を、アウローラは短く咎める。

 扉から軽く視線を巡らせるだけでも、実に様々な姿を目にする事が出来た。

 例えば、全身をゴツゴツした水晶に似た鉱物で覆った怪物。

 例えば、黒くヌラヌラと光る粘液の塊にしか見えない怪物。

 例えば、美しく着飾った美女――但し、背の高さが常人の三倍以上の怪物。

 例えば、獅子の頭の両側に山羊と蜥蜴の頭を持つ怪物。

 例えば……と、同じ容姿をした者は一人もいない。

 どれもこれもが異形だが、どいつもこいつも最低限は人の形をしている。

 人間ではない、人間ではあり得ない魑魅魍魎の群れ。

 ソイツらの正体など考えるまでもない。

 

「……まさか、全員、真竜……?」

 

 イーリスの漏らした呟きが全てだった。

 堪え切れぬ恐怖を抑えてやるように、テレサは妹の肩を抱く。

 酒を呑み、肉を頬張り、何かを語らって大きく笑う。

 一見すれば単なる酒宴だが、参じているのは一匹の例外もなく真竜だった。

 そう、真竜だ。それが三十匹以上。

 ビビりはしないが、状況がヤバい事は馬鹿でも分かる。

 

「此処にいるのは雑魚ばかり……と、言いたいところだけど」

「あぁ」

 

 囁くアウローラに小さく頷く。

 雑魚ばかり、という彼女の言葉は正しい。

 ぱっと見だから正確なところは断言できないが。

 少なくともこの場にいる真竜の大半は、あのマーレボルジェとかよりは弱い。

 というか、アイツは多分それなりに上位の実力者だったのだろう。

 仮に一匹一匹なら、戦うのが俺だけでも十分勝機がある。

 

「が、この数はなぁ……」

「厳しい、ですね。

 向こうはまだ、此方を気にも止めて無いようですが……」

 

 そう言うテレサの言葉通り、真竜どもは酒宴に夢中だ。

 殆どの者が扉が開いた事にすら気付いていないかもしれない。

 それを油断や慢心と呼ぶには、そもそもコイツらは強大過ぎる。

 仮に狼藉者が乱入したとしても、数を頼みにすれば終わりだ。

 いや、そもそも――。

 

「――ようこそ! やぁっと主賓が到着しましたねぇ!」

 

 ぴたりと。

 朗々と響く甲高い声に、騒ぐ真竜どもが一斉に静まり返った。

 伝わってくる感情は、畏怖と恐怖。

 時代の覇者を歌うはずの真竜どもが、例外なく恐れる存在。

 そんなものはこの城に一柱しかいない。

 

「ようこそ! 楽しい楽しいボクの酒宴に!」

「ようこそ! お酒も食事もいっぱい用意してあるんで!」

「よーこそ! 他に何か言っておく事ありましたっけ!」

「ようこそぉ! そろそろ挨拶のネタが尽きましたねェ!」

 

 一柱だが、いるのは五人……五匹?

 巨体な真竜に合わせただだっ広い宴の間。

 其処に唯一置かれた人間サイズのテーブル。

 それも十分デカいし、上には隙間なく料理の皿や酒の入った瓶が並んでいる。

 既に椅子に座っているのは大真竜ゲマトリア。

 顔などの見た目は全く同じ少女が、それぞれ色違いの装束ドレスを身に纏っていた。

 ……この場には俺達以外は化け物しかいないと思ったが。

 一つ訂正だ、糞エルフウィリアムがいた。

 テーブルには着かず、まるで側近か何かのようにゲマトリアの後方に佇んでいる。

 視線をちらっと向けてみるが、無反応。

 さて、この状況で一体何を考えているのやら。

 

「おやおや、どうしました? ボーっとしちゃって」

「いや」

 

 何でもないと首を振ると、黒いゲマトリアはニコリと笑う。

 俺以外の面子はまだ口を閉ざしたままだが。

 特に気を悪くした様子もなく、大公閣下は対面に並ぶ席を示した。

 

「さ、先ずは全員座って下さい。

 何を話すにしても、お酒と食事を楽しみながら――ね?」

 

 断るなんて選択肢は許さない。

 柔らかく促すゲマトリアの声には、傲慢な支配者の意思が込められていた。

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