332話:二度目の戦い
できればもう一度は見たくはなかった。
太陽の如き光を背負う神威。
《裁神》アストレア。
敵意に燃える眼差しが、見上げた俺の視線とかち合う。
次の瞬間には、無数の星に似た輝きがアストレアの周囲に展開された。
そして。
「死ね――――!!」
落ちて来た。
青空を切り裂く真っ昼間の流れ星。
《裁神》の武器、《
光輝く数多の「剣」は、『地砕き』とその上の俺たち目掛けて降り注いだ。
「分かってたが、ホント容赦のよの字もねぇな……!」
「気持ちは分かるけど、愚痴を吐くのは後にしましょうか!」
アウローラさんの言う通り。
どうやら《裁神》は、このクソデカ芋虫をぶっ殺しには来たらしい。
放った「剣」も俺たちよりも『地砕き』の全身を満遍なく狙っている。
ただ、上にいる連中もついでにぶっ殺そうって意図は透けて見えるだけで。
「まったく、面倒なタイミングで出てきおるな!!」
「そうね。けど、逆に好都合かもしれない」
矢の如くに飛んでくる光の「剣」。
トウテツは手にした剣で、自身に向かって来る分を叩き落す。
《巨人殺し》も同様に迎え撃ちながら、半ば独り言のように呟いた。
『AAAhhaaaa――――』
歌声が響く。
『地砕き』の鳴く声が。
音量はさっき聞いたよりも大きい気がする。
身体中に突き刺さった《神罰の剣》。
その痛みから、自分を脅かす存在の出現に気付いたのか。
「ふん、どれだけ巨大だろうが所詮は《巨人》」
アストレアが右手を掲げる。
同時に、先ほどの倍以上の「剣」がその周りに出現した。
「神の力の前では、単に大きいだけの的だ。
罪人もろとも砕け散るがいい――!!」
そして放たれる二度目の流星群。
俺たちに向けて集中してないのが不幸中の幸いだ。
流れ弾で死ぬならそれで良し。
そうでなくとも、あくまで今の標的は『地砕き』のみだと。
向こうの狙いはそんなところだろう。
これは確かに《巨人殺し》の言う通り、逆に都合が良いかもしれない。
「どうするのだ、竜殺し! 反撃はせんのか!?」
「あぁ、今は流れ弾を防ぐのが優先だ。
こっちになかった大火力が、向こうから来て暴れてくれてるんだ」
「……確かに、言われてみればそうね」
ボレアスは、無駄と知りながらも今すぐ飛んで行って殴りたそうだったが。
下手にこっちからちょっかいかけるのは余り宜しくない。
俺の言葉に、アウローラも納得した顔で頷いた。
再度『地砕き』に降り注ぐ《神罰の剣》。
「剣」の一本一本では、強靭なその外殻を僅かに削るだけだ。
しかし数十、数百と叩き込まれれば、小さな傷も同じ数だけ重なって行く。
《裁神》の攻撃は、巨大過ぎる『地砕き』の表面を派手に削り取る。
ついでに、邪魔だった人形も一瞬で全滅していた。
「よし、こっちも頑張るか」
「ハハハ、横入りして来た神に負けてはおられんからな!」
『……逃げ回るのに専念しても良いと思うんだが、ブラザーはどうよ?』
「私たちも攻撃した方が効率は良いでしょう?」
「ただ、上から飛んでくる神様の攻撃には注意してね」
《神罰の剣》に晒され、傷付いた『地砕き』の外殻。
ダメージのおかげで脆くなっており、さっきよりもずっと剣が入りやすい。
トウテツも笑いながら、地面を掘り返すみたいに刃を叩きつける。
消極的な相棒の声に応じつつ、《巨人殺し》も剣と炎で外殻に穴を開けて行く。
アウローラは魔法でこっちに
「あの神様、こっちも睨んでるぞ?」
「できるだけ目を合わせん方向で一つ」
さっきも目があった瞬間に攻撃が飛んできたし。
ボレアスもアウローラ同様にアストレアに注意を向けていた。
その上で、紅蓮の《吐息》を吐き出して積極的に『地砕き』の外殻を削って行く。
ついさっきまでは、大分絶望的な作業だったが。
アストレアの参戦により、目に見えて外殻の削れる速度が上がった。
俺としては「やったぜ」とガッツポーズでもしたいぐらいだ。
「チッ……!」
が、神様は大層お気に召さない様子だった。
出来れば俺たちを優先してぶっ殺したい――なんて。
思ってはいても、流石に実行に移さない程度の理性はあるようだった。
空に浮かんだまま、辺りに展開される三度目の《神罰の剣》。
また数が増えてるのは、果たして俺の気のせいだろうか。
「あんなに飛ばし続けて、スタミナ切れとか起こさないのかしらね」
「俺もちょっと分からんなぁ」
呆れと畏怖の混じったアウローラの声。
それに同意しながら、飛んでくる「剣」を警戒する。
「さぁて、順調と考えて良いのかコレは?」
「正直、大分ギリギリだけどね」
「向こうの気の短そうな神に、感謝と祈りを捧げてやるべきかな」
「絶対ブチギレるからやめておこうな」
トウテツと《巨人殺し》の言葉に、ボレアスは皮肉げに笑ってみせる。
いやホントにやめような。
今だって割と逆鱗ゴリゴリしてる感じはあるのに。
こっちに落ちてくる「剣」を叩き落し、チラリと視線を上に向ける。
《裁神》アストレアは、見た目上は変わらない様子だった。
無尽蔵とも錯覚しそうな力を振り回し、『地砕き』を容赦なく削って行く。
神様がヤバいのは今さらだが、《巨人》の方も負けてはいない。
都合三度の《神罰の剣》による一斉掃射。
それを全身に満遍なく浴び、外殻の表面はかなり傷めつけられている。
その状態でも進行速度はまるで衰えていない。
高い鳴き声を上げながらも、ただ只管に前へと進み続けていた。
「削る速度は早まったけど、どうすれば止まるのかしらねコレ」
「完全にぶっ壊さないとダメじゃないかな。マジで」
「……それも上の神様に期待した方が良いかしらね?」
そう呟きながら、アウローラも上空の《裁神》を見た。
多分、こっちがチラチラと視線を向けてるのは気付いているだろう。
空に浮かんだままのアストレアは、これ以上なく苛立った空気を醸していた。
……さて、これはちょっとヤバいか?
「……面倒だな」
呟く声を、俺の耳は捉えていた。
一瞬、空の上からアストレアの姿がかき消えた。
なんの根拠もない勘に従い、俺は背後に向けて剣を横薙ぎに払う。
「レックス!?」
「――本当に勘の良い男だな、お前は」
驚くアウローラの声。
それに続き、怒りを滲ませるアストレアの声が聞こえた。
俺の後ろ側に立つ黄金の女。
その手に輝く光の「剣」を握り、こちらの振るった刃と噛み合っている。
予備動作無しで背後に《転移》してからの奇襲とはな。
「ちょっと狡すっからいんじゃないか、神様?」
「黙れ。神たる私を利用しようなどと、その考えが不遜だと知れ……!」
「あ、やっぱり怒ってた?」
「不敬!!」
ブワッ、と。
アストレアの背に光が溢れ出す。
最早お馴染みとなった《神罰の剣》の展開。
この距離からのブッパとか、ちょっと大人げないんじゃないか?
「全員、巻き込まれるなよ!」
「砕け散れ――!」
トウテツや《巨人殺し》に警告を発して。
その直後に、目の前から光の洪水が雪崩れ落ちて来た。
至近距離からの一斉掃射。
避ける隙間はないと、《裁神》は考えたろうが。
「っと……!!」
放たれるのはアストレアの前方に向けて。
鍔迫り合った「剣」を弾き、そのまま相手の脇を抜ける形で転がる。
《神罰の剣》の集中砲火は『地砕き』の外殻を大きく抉り取るだけで終わった。
他は――流石に対応が迅速だ。
トウテツは大きく距離を取り、《巨人殺し》も巻き込まれない位置に立っている。
そしてアウローラとボレアスの二人は。
「ガァッ――――!!」
「狙う相手は違うでしょうが、このブチギレ女――!!」
下りて来たアストレアとは逆に空へと。
そのままボレアスは《吐息》を、アウローラは指先から熱線を放つ。
当然、それは《光輪》を纏うアストレアを狙ったものじゃない。
その近くは掠めつつも、『地砕き』の外殻に当てて行く。
今はあくまでこの巨大芋虫を対処すべきだと、そういう意思表示だったが。
「黙れ、罪人ども。
まさかお前たちまで此処にいるとは思わなかったが、私としても好都合だ」
「まぁ、好都合ってのはこっちも思いはしたけどな」
「その考えが不遜極まると言っているのだ」
「自分は良くて相手は駄目ってのはちょっと酷くないか??」
ビキリと、青筋の浮かんだ音が聞こえた気がした。
いや当然錯覚なんだが、ホントキレやすいなこの神様。
もうちょっと心穏やかに生きた方が良いんじゃないだろうか。
まぁ、それを言ったらますますブチギレられそうだけど。
なので胸に秘めて、俺は改めてアストレアと正面から相対する。
「で、どうする?
腹が立ったから、俺の方から先に始末するのか?」
「……先も後もない。私は裁きを下す者。
この《巨人》も、お前たちも。
等しく裁かれるべき罪人ならば、私のやる事に変わりはない」
光が踊る。
《神罰の剣》をその背に浮かべて、アストレアは怒りと共に告げた。
山よりも遥かにデカい《巨人》の脅威さえ霞んでしまいそうな。
それほどまでに、裁きの神の力は強大だった。
「等しく、纏めて粉砕してやろう。
誰がどの順番で死のうが、私にとっては同じ事だ」
「そうかよ」
まぁ、そういう結論になるよな。
「アウローラ、ボレアス。ちょっと手伝って貰えるか?」
「ええ、勿論。私もいい加減に腹が立ってきたわ」
「話の分からぬ神様を躾けてみるか? それもまた一興よな」
アウローラは怒りを、ボレアスは楽しみを滲ませて笑っている。
こっちもこっちで大変好戦的ではあった。
ボレアスは炎に変わり、構えた剣の方に戻る。
アウローラは空の上、一定の距離を維持しながら援護の構えだ。
「そっちはそっちで、このクソデカ芋虫を頼むわ」
「ふむ、承知した! ワシと再戦する前に死んでくれるなよ!」
「……分かった。武運を祈る」
優先度としては、変わらずこの『地砕き』をどうにかするのが先だ。
なのでトウテツと《巨人殺し》は、そのまま削る作業の方を頼んでおく。
それを聞いていたアストレアの眉間に、不快げに皺が寄った。
「全員でかかっては来ないのか」
「そりゃまぁ、このデカブツをどうにかしないとヤバいだろ?
おたくもそのつもりで来たと思うんだけど」
「……言われるまでもない。
この悍ましい《巨人》は私が裁く――そう、先ほど言った通りだ」
無手の右腕を掲げる構え。
並べた《神罰の剣》の発射姿勢を取りながら、アストレアは冷たく告げる。
「お前たち罪人も、《巨人》も。
私の裁きで纏めて、等しく粉砕する。
――神に抗うことが出来るなどと、夢にも思うなよ!!」
「夢じゃないさ。これから実際にやるんだからな」
「不遜――――!!」
冗談っぽく真面目に言ったら、当たり前のようにブチギレられた。
振り下ろされる右腕。
同時に解き放たれる輝く「剣」の流星群。
流れ弾で削られる『地砕き』には目もくれず、俺は走る。
裁きの神との二度目の戦いは、こうして幕を上げた。
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