第五章:引き起こされる災厄
331話:『地砕き』との接触
「なんだこれ」
「何でしょうね……」
漏らした言葉に、応じるアウローラの声はやや震えていた。
この「外側の世界」に流れ着いて、まだそう間もない。
それでも此処まで驚くものを幾つも見て来た。
正直、多少は慣れたつもりだった。
しかし今、目の前にある光景は余りにも凄まじすぎた。
大地が、動いている。
最初はそう思ったが、実際には違った。
それは巨大な――本当に、巨大としか言いようがない「何か」だった。
メチャクチャでっかい芋虫が、死んだ荒野を這いずっている。
地面を砕き、進行方向に《巨人》がいたならば躊躇うことなく踏み潰して。
大きさを考えると割と悪夢めいた速度で、その芋虫は進み続けている。
「まさかとは思うが、これも《巨人》なのか?」
「……多分」
「ワシもそれなりに長く生きて来たつもりだが。
流石にここまでデカい奴は見たことがないぞ」
余りの大きさに、《巨人》である事さえも疑わしい。
疑問を呟くボレアスに、現地民の二人も戸惑いを隠せなかった。
テレサやイーリスは完全に絶句している。
……真竜も大概デカい奴が多かったが、流石にこれは規格外過ぎる。
二人が言葉を失うのも無理はない。
『……「地砕き」』
「知ってるの、クロ」
『遥か昔に滅ぼされたはずの、最も古い《巨人》の一体だ。
まさか、今さら這い出して来たのかよ』
呻く声は、《巨人殺し》の首元から聞こえた。
黒い蛇の言葉からして、やはり《巨人》である事は間違いないらしい。
いやホント、幾ら何でもデカ過ぎるが。
「オイ、どうすんだよコレ」
「戦う……戦う? 戦うのですか、コレと?」
「うん、言いたいことは分かる」
困惑する姉妹の言葉に、俺は一つ頷く。
《巨人》なら見つけ次第ぶっ叩く予定だったが。
相手のサイズが予想外過ぎて、どこをどう殴ったら良いか分からん有り様だ。
専門家の《巨人殺し》すらもいきなり突撃はしなかったぐらいだ。
「とりあえず、周りをぐるっと飛んで貰って良いか?」
「ええ、分かったわ」
俺の頼みにアウローラは即頷き、飛竜の動きを操作する。
一定の距離は保ったまま、《巨人》――『地砕き』の周囲を回る。
果たして向こうは俺たちの存在に気付いているのかどうか。
見れば見るほど「デカい」って感想しか出て来ない。
やっぱ胴体よりも頭を叩くべきか?
「……しかしまぁ、コレはちょいと拙いかもしれんな」
「何か分かったのか、トウテツ」
「いや、このデカブツ。
このまま真っ直ぐ進み続ける気なら、いずれ《国》にブチ当たるぞ」
「マジか」
「恐らくだがな」
ただデカいだけの芋虫が這ってるだけなら、最悪
そういう事になると話が変わって来る。
まだ《国》って場所がどういうモノかは確認していない。
確認していないが、流石に山よりデカい《巨人》に突っ込まれるのはヤバいだろ。
少なくとも、どんな都市だろうが耐えられるとは思えなかった。
「《巨人》は殺す」
『言うと思ったよ、流石はブラザーだ』
改めて。
ハッキリと、やるべき事を《巨人殺し》の少女が口にする。
即座に、相棒である蛇が黒い塊を吐き出した。
それに少女が触れると、解けてその身体に纏わりついていく。
《巨人殻》――さながら身を喰わせるように、生きた装甲を纏う。
あっという間に武装を完了した彼女は、背にした白い鉈を手に取って。
「行くわ。そっちがどうするかは任せる」
「どうせなら『一緒に来てくれ』とか言って欲しいもんだな」
素っ気ない言葉に少し笑って、俺の方も剣を鞘から抜き放つ。
未だにあの巨体のどっから手を付けて良いか分からんが。
まぁ、やってやれん事はないだろう。
「テレサは飛竜の上でイーリスと待機して貰って良いか?」
「……完全に足手纏いだな、オレ」
「ヘカーティアの時は働き過ぎたぐらいだ。
ちょっとぐらいは気にするな」
軽く頭を撫でてやったら、指をちょっと噛まれてしまった。
うん、元気があって大変宜しい。
足手纏いとは思わんが、流石に今の状態で超巨大芋虫の上に連れてくのは怖い。
テレサの方は迷いなく頷いて。
「分かりました。ただ、何か問題があれば……」
「あぁ、そっちの判断で動いてくれて良い。頼んだ」
「お任せ下さい」
よし、こっちは大丈夫そうだな。
《巨人殺し》は既に臨戦態勢で、『地砕き』の上に飛び下りる寸前だった。
即座に行かないのは、もしかしたらこっちを待ってくれてるのか?
さっきの俺の一言を気にしてくれているのかもしれない。
「アウローラ。ボレアスも良いな?」
「貴方がやる気満々なのに、ダメとは言えないわよ」
「ハハハハ、これほど巨大な怪物を狩るなど流石の我も初めてだな!」
二人とも乗り気なようで大変結構。
トウテツの方も既に全身から殺る気を漲らせていた。
「では、やるのか?」
「やろう」
「やりますか」
頷き、最初に《巨人殺し》が。
それにトウテツが続き、俺はアウローラを抱えて飛び降りた。
ボレアスも翼を畳んで一気に落下していく。
程なくして、俺たちは『地砕き』の身体の上に着地した。
……うん。
下りてみると、デカ過ぎて《巨人》だとか分からんくなるなコレ。
全容を見て無かったら動く山としか思えなかったろう。
足を着けたのとほぼ同時に、《巨人殺し》は鉈を振り上げた。
渾身の力を込めた一刀。
しかしそれは、『地砕き』の表皮を僅かに傷付けるだけに留まる。
「硬いか?」
「ええ、かなり」
確認のため、俺も剣の先端を下へと向ける。
思い切り突き刺すと、刃は三分の一程度は潜り込んだ。
うん、斬れん事はないな。
トウテツは得物がないため、素手で思い切りブン殴っている。
こっちはこっちで表皮に大きな凹みを作っていた。
「ハッハッハ、これは骨が折れそうだな!」
「……《巨人》の方は反応無し。
私たち、多分身体を這ってる虫程度も気にされてないわね」
「であれば、虫は虫でも毒を持っていると分からせてやらねばな」
笑うボレアス。
こちらは爪で引っ掻くなんてせず、大きく息を吸い込んだ。
「お、いきなりやるか?」
「出し惜しみしても仕方がなかろう?」
応えて、それからボレアスは大きく口を開いた。
吐き出される灼熱の炎。《
炎熱は離れた場所に着弾し、『地砕き』の表面を大きく抉り取る。
うーん、流石の火力。
全体からすれば微々たる傷だろうが。
それでもボレアスの《吐息》は《巨人》の外殻に大きな穴を開けた。
で、再生する速度だが……。
「あんまり早くないな」
「ええ。これで今までの《巨人》並みだったらどうしようかと思ったけど」
ボレアスが開けた穴。
良く見るとジワジワと再生はしている。
が、それはこれまで見た《巨人》ほど急激ではない。
図体がデカ過ぎるせいで、末端部分の再生速度は遅いとかか?
『――――Ahaaaa――――』
と、何か歌のような声が響いた。
それは辺りの空気全体を震わせるような。
「なんだ……?」
『「地砕き」の鳴き声だな。
どうやら身体に虫がくっついてる事にようやく気付いたらしい』
黒蛇の声には、微かな緊張感が含まれている。
確かにちょっと気配が変わったな。
アウローラも鋭い視線で周囲の状況を確認する。
「レックス」
「分かってる」
何かが来る。
俺もそう予感して警戒を強めた。
それから殆ど間を置かず、『地砕き』の表皮が蠢いた。
「鈍そうな見た目の割に、随分と器用なことが出来るなコイツ」
《巨人》の表面から湧き出すように。
現れたのは人型の「何か」だった。
恐らく、この『地砕き』の分身なのだろう。
ちょっと背の高い人間ぐらいのサイズの粗雑な人形。
身体の色からして、『地砕き』の外殻がそのまま変化したものか。
「フンッ!!」
目の前に出て来た数体を、先ずトウテツが吹き飛ばした。
拳の一撃をモロに受け、人形たちは派手に転がる。
生身の人間なら五体がバラバラになってもおかしくない威力だ。
しかし。
「ハハハ、頑丈だな」
「硬さはこのデカブツと同じだろうしな」
手足が拉げているのもいるが、人形どもはまだ動いていた。
しぶといのも面倒だが、もっと問題なのはその数だ。
辺り一面、という言葉が比喩でなく。
本当に見渡す限りの『地砕き』の外殻から、次々と人形が湧き出てくる。
ちょっと気持ち悪くなる光景だな。
「これ、まさか無限湧きとか言わないわよね?」
「俺からはなんとも言えんなぁ」
心底嫌そうに呟くアウローラ。
顔を顰めながら、その唇からは歌うような声がこぼれる。
すると、彼女の足下から何かが出て来た。
それは二振りの剣だった。
見た目の色とかから、この剣も『地砕き』の外殻が材料のようだ。
「ほら、コレ。今よりはマシだと思うわよ」
「おぉ、すまんな!」
「……ありがとう。使わせて貰う」
《巨人》の外殻製の剣は、それぞれトウテツと《巨人殺し》に。
うん、流石はアウローラだな。
「魔法での強化も施してある分、向こうよりは間違いなく頑丈よ。
壊すぐらいのつもりで振り回して頂戴」
「おうよ、言われるまでもない――!!」
先ほど以上の気合いで、トウテツは新しい剣を早速振り抜いた。
群がろうとする人形の一団。
それらを胴体から打ち砕き、十体以上を纏めて真っ二つにしてみせる。
「うむ、素晴らしいなコレは!」
「……ええ。凄く良い」
笑うトウテツに、《巨人殺し》も控えめに同意した。
彼女の方も手近な人形を砕きながら、足下の外殻をゴリゴリと削っている。
よし、こっちも頑張りますか。
「よっと……!」
とりあえず邪魔な人形は手あたり次第に斬りまくる。
幸い、外殻と強度が同じでも人間大なら殆ど抵抗なく切断できる。
動きも鈍いし、単に邪魔なだけだな。
切り払ったら俺も足下の外殻に剣を振るう。
ガリガリと削れはする。
削れはするが、傷としては本当に小さなものだ。
「ガァ――――!!」
《吐息》の連打。
ボレアスは細かく炎を吐き出し、それを人形や外殻へと撃ち込み続けていた。
アウローラもそれに倣い、収束した熱線を口元から放つ。
人形を焼き切り、外殻に深い傷を刻み付ける。
間違いなくダメージは通っていた。
これが単なる《巨人》であれば、このまま押し続けるだけで問題なかっただろう。
しかしコイツは特級の例外だ。
「……ヤバいな、コレ」
「ええ。正直、倒せる気がしないわね」
思わず漏らした呟きに、アウローラはうんざり顔で頷いた。
攻撃は通じている。
ダメージは与えられている。
ただ、『地砕き』は余りにも大きすぎた。
かなり派手に削っているつもりだが、多分まだほんの爪の先程度だろう。
これを全部砕くとなったら、一体どれだけの力が必要なのか。
それこそ、大真竜並みの火力があれば良いけども。
「アウローラのフルパワーも視野に入れるべきか?」
「……できればやりたくないわ」
「まぁ、後が色々大変だもんなぁアレ」
以前にゲマトリア相手にやった奥の手――というか禁じ手。
俺としても大分しんどかったので、出来ればやりたくはなかった。
が、この超デカブツを倒すとなると選択肢に考えないわけにはいかない。
「歯応えがあり過ぎるのも考え物だな……!」
『なぁブラザー、やっぱこれ無茶だと思うぞ俺!』
「黙ってて」
泣き言ではないが、流石のボレアスもぼやき気味だ。
《巨人殺し》は相棒の忠告を無視し、手を休めずに『地砕き』を削り続ける。
深刻な火力不足だった。
さてどうしたものかと、そう考えた矢先。
「……ん?」
視界の端で何かが光った。
空の上、一瞬太陽かと思ったが――。
「……げ」
「レックス?」
思わず漏れた呻き声に、アウローラが首を傾げる。
見た。見てしまった。
まだ青く、太陽も高い空。
そこに浮かんでいる、黄金の輝きを宿す女の姿を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます