333話:神との死闘


 アストレアは最初っから全開でブン殴って来た。

 飛んでくるのは百にも及ぶだろう光の雨。

 《神罰の剣》は降り注ぐ流れ星そのものだった。

 俺はそれに正面から挑む。

 後ろに退けば狙い撃ちだし、横に避けても捌き切れない。

 であれば活路は前にしかない。


「無謀な!!」


 真っ直ぐ突っ込む俺を見て、《裁神》は吼える。

 確かに俺一人だけなら無謀だったろう。


「《盾よ》!!」


 《力ある言葉》を吐き、力場の盾を展開。

 更にそれを補強する形で防御の術式が複数、俺の周りを取り囲む。

 アウローラだ。

 飛んでくる《神罰の剣》に当たらぬよう、空の上で距離を取りながら。

 彼女は美しい歌声に似た詠唱を奏でていた。

 防御を固めると同時に、降り注ぐ「剣」の雨とぶち当たる。

 力場の護りは一瞬にして殆どが砕かれた。

 突き抜けて来た「剣」を、手にした刃を振るって撃ち落とす。

 完全に防ぎ切れるとは最初から思っていない。

 ただ、間合いに踏み込むだけの時間を稼げれば十分だ。


「チッ……!!」


 強化した脚力は『地砕き』の外皮さえ踏み砕く。

 降り注ぐ「剣」をブチ破り、俺は改めてアストレアを此方の間合いに捉えた。

 裁きを突破して来た俺を見て、アストレアは舌打ち一つ。

 しかし動揺や焦りはなく、また宙に無数の「剣」を生み出す。

 今度は俺を全方位から囲む形で展開。

 四方八方から狙い撃つために、右手を振り下ろそうと――。


「そこ……!」


 した瞬間に、俺は剣を打ち込んだ。

 神であるアストレアには《光輪ハイロゥ》がある。

 《造物主》に由来するこの魔剣では、《裁神》の身体は傷付けられない。

 傷付けられないが、

 竜を殺す刃は神が纏う光に遮られてしまう。

 だがアストレアの右手は半端な位置で停止する。

 その影響か、俺を狙っていたはずの《神罰の剣》の動きが大きく乱れた。


「ッ、貴様……!」

「流石にこんだけ見てればな!」

 

 アストレアは、右手の動きで自分の武器を操作している。

 その動きを遮ればどうなるかと思ったが、どうやら予想通りだったようだ。

 距離を取ろうとする《裁神》に、俺は即座に追いすがる。

 互いの位置は変わらないまま、『地砕き』の上を風のように駆けて行く。


「纏わりつくな、鬱陶しい!!」

「いや離れたらまた狙い撃ちにされるしな!」


 そう言い合う間にも、《神罰の剣》はあらゆる方向から飛んでくる。

 右手の動きはずっと牽制したままだが。

 どうやら指先だけでも操作はできるっぽいな。

 ただしその場合、あまり大量の数は同時に動かせないようだ。


『後ろからも来てるぞ、竜殺し!』

「おう!」


 内に宿るボレアスからの警告。

 振り向かず、足も止めないで身体だけを捻った。

 同時に背後から輝く「剣」が飛来し、鎧の表面を軽く削り取る。

 ゴリ押しが難しいと、今度は少ない数の「剣」で死角を狙って来たか。


「脳筋かと思ったら、そういう細かいことも出来るんだな」

「喧しい――!!」


 おっと、追加でキレられてしまった。

 大きく動かそうとする右手に、俺はすかさず剣を打ち込む。

 数十もの光の「剣」がその一刀で動きを乱すが。


「ッ!!」


 背筋に冷たい感覚が走った。

 右手を払ったばかりの剣に力を込め、かなり強引に横に払う。

 瞬間、硬い感触が刃にぶつかった。

 見れば、アストレアの左手に光輝く「剣」が握られている。

 それで胴体を突かれるギリギリで防いだ状態だ。


「勘の良い……!」

「いや今のはヤバかったわ!」


 キレた勢いで大きく右手を動かしたのも引っ掛けだったか。

 奇襲の一刀は何とか防いだ――が。

 この一瞬は、アストレアの右腕は自由フリーだ。

 それもまた狙いだったのだろう。

 宙に浮かぶ数十、いや百を超える数の《神罰の剣》。

 《裁神》が右手を振れば、それらはまた流れる星の雨に変わる。

 俺の頭上に刃が降り注ごうとする、その寸前に。


「ガァッ――!!」


 アウローラが極光の《吐息》を放った。

 狙いはアストレアではなく、それが操る《神罰の剣》。

 《光輪》が有効なのはあくまで神の身体だけ。

 武器である「剣」は影響しない事は既に確認済みだ。

 降ってくる前に、その大半が熱線に薙ぎ払われて砕け散る。


「余計な真似を……!」

「ハハッ、まさか卑怯とは言わないでしょう?」


 必殺のタイミングを外されて、アストレアは唸りながら空を見た。

 アウローラは大げさに笑いながら挑発の言葉を口にする。

 その一瞬。

 確かにアストレアの気は、完全にアウローラの方に逸れていた。

 殆どがアウローラの《吐息》に砕かれた「剣」の雨。

 しかし幾らかは破壊をまぬがれていた。

 既に与えられた命令のままこちらに向かって来る数本の刃。

 その内の一つを、俺は左の手で掴み取った。

 そして。


「ッ――――!?」


 斬った。

 紙一重で気付かれ、身を反らされたために浅かったが。

 俺が掴んで振り抜いた「剣」は、神の腕に一筋の傷を刻み付けていた。

 よし、「自分の能力だから傷付かない」って可能性もあったが。

 相手の「剣」を攻撃に使うのは有効なようだ。

 ただ。


「熱っ……!」

『大丈夫か、竜殺し』

「あぁ、ちょっと熱かったぐらいだ」


 光の「剣」は即座に手放した。

 掴んだ左手が焼けたように煙が上がっている。

 頑張れば握れない事はないが、あんまりやると指がヤバそうだな。


「人の身で神罰に触れた報いだ、愚か者め!」

「いや頑張ればもうちょい行けますよ?」

「戯れるな――!!」


 叫び、アストレアは両手に剣を構えた。

 刃では斬れるが、こっちと違って向こうは握っても焼かれないと。


「死ね!!」


 大規模な操作は阻まれると判断したか。

 アストレアは二刀流で俺に襲い掛かって来た。

 振り下ろされる輝く刃に、俺は真っ向から剣を打ち込んで迎え撃つ。

 神様は剣腕の方もかなりのものだった。

 技量的には間違いなく俺よりも上だろう。

 ただこっちも、それなりに修羅場は潜って来た身だ。


「ふっ……!」


 振り下ろした一刀で、相手の「剣」を打ち砕く。

 能力的にはあらゆる点でボロ負けだが、得物の強度はこっちが上だ。

 しかし砕いても、アストレアは別の「剣」を直ぐ手に取る。

 壊しても壊してもキリがないってのも嫌な話だ。


「人間風情が……!」

「意外と頑張ってるだろ?」

「口が軽いわ!!」

「叫びっぱなしで喉痛くなんない?」


 返答は渾身の一撃だった。

 剣を横薙ぎに払う事で、二刀を纏めて粉砕する。

 殆ど間を置かずに、アストレアは両手に新たな「剣」を抜き放ち――。


「レックス!」

「うぉ……!?」


 アウローラの警告を受け、咄嗟にその場で身を低くする。

 瞬間、頭上を複数の「剣」が掠めて行く。

 「剣」を手に持ってる状態でも、多数の操作はできないようだが。

 指先の操作で少数なら操れるのは変わらないわけか。

 白兵戦に切り替えたと思わせたところでの奇襲。

 甘いところはあるが、本当に厄介な相手だ。


「――あぁ。これで終わりだ」


 奇襲はギリギリ回避した。

 しかしその一瞬の隙に、アストレアは俺から距離を取っていた。

 堅守していた間合いを離されて。

 今や《裁神》は、その手に膨大な輝きを掲げていた。

 単純な《神罰の剣》による飽和攻撃とは違う。

 それはあの山で見たモノと同じだ。


「《粛正の剣ケラウノス》――今度は邪魔もさせん」

 

 アストレアの眼は、俺とアウローラを同時に捉えている。

 山の時は最初にトウテツが妨害し、二度目も別の介入で有耶無耶になった。

 これで三度目。

 トウテツと《巨人殺し》は離れた場所で『地砕き』を削っている。

 俺やアウローラが阻むために動いても、アストレアは容易く対応するだろう。

 恐らくは大真竜の全力か、或いはそれを上回る一撃。

 足下の『地砕き』もまともに喰らったら消し飛ぶんじゃなかろうか。

 アストレアの方からすれば、そうなれば一石二鳥だろうな。


「……ところでソレ、最初っから使えば良かったんじゃないか?」

「黙れ、罪人が。

 ……これは裁きの神たる私のみが使う事を許される権能。

 本来は軽々しく使うべきモノではない」

「成る程なぁ」

 

 まぁ結局使うんだったら、最初から使っても良かった気はするが。

 そこはアストレアなりの事情があるんだろう。

 試しに聞いたらちゃんと説明してくれる辺り、そう悪い奴ではないかもしれない。

 

「……戯言は良い。

 くだらん抵抗も此処まで――」

「ガァッ――――!!」

 

 アストレアの言葉を遮り、アウローラの咆哮が轟く。

 溜め無しに放たれる極光の《吐息》。

 それは真っ直ぐにアストレアに突き刺さるが。

 

「馬鹿が」

 

 当然の結果として、それは《光輪》に吹き散らされる。

 神の身は竜であるアウローラには害せない。

 それは覆しようのない理だった。

 しかし。

 

「――悪いけどソレ、ただの目眩ましだから」

 

 そう言って、アウローラは悪い顔で笑った。

 瞬間、アストレアの身体が大きく揺れた。

 まるで横から思い切りブン殴られたみたいに。

 

「なっ……!?」

「――神よ、不意を打つ非礼をお許し願いたい」

 

 何もない場所から現れる――《転移》だ。

 お得意のゼロ距離打撃をアストレアの胴体に叩き込みながら。

 テレサは力強く《巨人》の外殻をその足で踏み締めた。


「テレサ!」

「イーリスは飛竜の上に。

 微力ながら、助太刀させて頂きます」

「分かった。いや、今のはマジで助かった!」

 

 意識外からの強烈な打撃。

 それは大したダメージではないようだが、《粛正の剣》の妨害にはなった。

 体勢を崩したアストレアの手から輝きが失せる。

 立て直す前に、俺は一気に間合いを詰めた。


「ッ……人が、神たる私に拳を振るうなど……!!」

「今さらだろ!!」

 

 忌々し気に言葉を吐き、アストレアは右手を払うように動かす。

 それに従い飛んでくる無数の「剣」、「剣」、「剣」。

 俺はそれらの刃を叩き壊しながら、速度を緩めずに真っ直ぐ突っ込む。


「チッ……!」


 こっちの間合いに入れば、また前と同じ状態に陥る。

 それを嫌ったアストレアは、不快げな顔をしながら後ろに退こうとする。

 が、こっちもそう簡単に許す気はない。

 

「ええ、こっちは一人じゃないんですからね?」


 笑うアウローラの声。

 それを《力ある言葉》に術式は発動する。

 下がろうとしたアストレアの足が、僅かにだが沈み込むのが見えた。

 《巨人》の外殻の上。

 その一部を覆う形で、黒い泥に似たモノが広がっている。

 アストレアはそこに足を突っ込んだ形だ。


「ッ、何だこれは……!?」

「傷は付けられないけど、こういう妨害の類も有効と。

 厄介ではあるけど、決して無敵ってワケじゃないわね。貴女の《光輪》」


 上から見下ろしながら、アウローラはクスクスと笑う。

 右手を動かし、アストレアは足元に向けて《神罰の剣》を放とうとするが。


「おっと!!」

「ッ……!」


 先にこっちが間に合った。

 操作しようとした右腕を、払う剣の一刀が妨害する。

 同時に、その身体に強化した脚で蹴りを叩き込んでおいた。

 剣とは違い、こっちは《光輪》では防げない。


「はァッ!!」


 気合いと共に放たれる一撃。

 それはテレサのものだ。

 《転移》から叩き込まれるゼロ距離の打撃。

 神であれ、正面から直撃すれば間違いなく身体の芯へと響くはず。

 実際、胴体を打ち抜かれたアストレアは微かに苦痛の声を漏らした。


「ッ、貴様ら……!!」

「……全力で殴ったんですけどね」

「まだまだこれからって事だろ」


 アストレアの戦意は衰えない――どころか、憤怒と共にますます激しくなる。

 《神罰の剣》もまた無尽蔵にその数を増やしていた。


『さぁて、ここからが本番か?』

「さっきからずーっと本番じゃないかコレ」

「援護はするから、気を抜かないようにね。

 特にテレサはレックスほど頑丈じゃないんだから」

「無論、承知しています!」


 怒りを燃やす裁きの神。

 それを前に言葉を交わしながら、絶えず攻め続ける。

 少しでも隙を見せれば、その瞬間に纏めてひっくり返されかねない。

 ボレアスの炎で強化した俺と、《転移》による打撃を何度も撃ち込むテレサ。

 それにアウローラの《吐息》と魔法による支援。

 それらを纏めてぶつけてようやくだ。


『AhhaaahhAA―――――』


 『地砕き』の嘆くような声が響く中。

 怖くて美人な神様との戦いは、更に激しさを増していった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る