第一章:最初の学園生活

86話:学園都市の門

 

 暗闇の中で、無数の星にも似た光が瞬いている。

 まるで夜空の上を飛んでいるようだが、実際には違う。

 オレがいるのは現実の空ではなく、オレの認識下で形成された仮想の世界。

  見る者が違えば幾らでも形を変える作り物の空。

 夜のように広がる世界は、都市全体を覆う電子網ネットワークだ。

 其処に流れる星の一つ一つが、物理的な形を持たない何かしらの情報データだ。

 《奇跡》によって自分自身を電子の情報に変えて、オレは人工の夜を泳ぐ。

 当然ながら、これは不正な接続アクセスだ。

 許可や正規の手続きも無しに情報集積体データベースを漁るのは大体の都市法では重罪だろう。

 だから万一にも見つからないよう、慎重に家探しをしていく。

 警備セキュリティがキツい機密エリアには手を付けず、オレは比較的浅い部分に目を向ける。

 今現在必要なのは、「この都市がどういう場所であるか」についての情報だ。

 それと可能なら物理的な侵入手段も。

 

「……しっかし、こういうのも久々だな」

 

 最近は野外活動が多めで、この手の文明に触れたのは随分前な気もする。

 少なくとも使用されている機器の等級グレードはマーレボルジェのとこよりも上だ。

 相当に発展した大都市である事は間違いない。

 メンバーの中じゃ、この仕事はオレにしか出来ない事だ。

 なので焦りはしないが、気合は入れて情報を集める。

 夜を渡って星に触れ、時折見かける攻性プログラムアイスキューブからは身を隠す。

 ちょいと危ないところもあったが、作業は滞りなく進み――。

 

「…………ふー」

「戻ったか。体調が悪いとか、何かしら異常は無いか?」

「大丈夫、このぐらいどうって事ないよ」

 

 都市ネットワークからの接続を解除し、意識を現実へと戻す。

 目を開くと、オレを心配する姉さんの顔が視界いっぱいに飛び込んで来た。

 思わず笑ってしまいながらその声に応える。

 

「お疲れ。どんな具合だ?」

「必要そうな情報は一通り、って感じだな」

 

 続いて、近くに座っていたレックスが確認するように声を掛けて来た。

 オレは軽く手を上げながら頷く。

 まだ現実リアル電脳バーチャルのギャップから、視界が一部ぼやけてる。

 頭を振ったり目を擦ったりで、少しずつ矯正していく。

 そうして見えてくるのは、荒れた岩場で落ち着いてるいつもの顔ぶれだ。

 最近アウローラがレックスにひっついたまま離れないぐらいで、特に変わりもない。

 それをボレアスがからかってはバチバチしたりするけども。

  その辺はまぁ、火の粉を被らなきゃ何でもいい。

 加えてもう一つ、見えているモノがある。

 距離はまだまだ遠いが、その大きさから全体をハッキリと捉える事が出来る。

 それは都市だ。中心に大きな白い塔を持つ巨大な開放型都市。

 ブリーデが教えてくれた座標とも一致する。

 あれだけデカい都市なら、相応に外に対する守りは頑丈だろうと。

 どう入るかは別にして、先ずは情報が必要だ。

 そう考えて、オレが先ずこの距離から都市ネットワークに侵入を試みたわけだ。

 で、その結果だが。

 

「アレは『学園都市マレフィカルム』。

 なんつーか、かなり特殊な場所っぽいな」

「学園都市?」

 

 先ず都市の名前を口にすると、姉さんが反応した。

 聞き覚えがあるようで、少し難しい顔をして。

 

「確か、そんな名前は聞いた事があるな。

 基本的に真竜の支配下にある都市は、外部との接触はかなり乏しい。

 だが、学園都市と呼ばれるその都市は例外的に内外での交流が盛んに行われてるとか」

「姉さんの言う通り、あの都市は主に知識や技術の交換と研究。

 それに加えて『人材の教育』が都市全体の事業として動いてるらしい」

「へぇ、なかなか面白そうな話ね?」

 

 レックスの膝上に陣取りつつ、アウローラが興味深そうに頷いた。

 

「だから警備やらは厳重だけど、中に入る分にはそう難しくないっぽいな。

 技術交換とか、そういう目的での偽造証明パスを発行すれば門は潜れる」

「出来そうなのか? ソレは」

「誰にモノを言ってんだよ」

 

 そういう技術に疎いレックスをオレは軽く笑い飛ばした。

 既に必要な情報は抜いて来たし、必要なら直ぐにでも用意できる状態だ。

 自信満々なオレに対し、姉さんは慎重に懸念を口にする。

 

「確かに、都市内部に侵入するのは難しくないかもしれない。

 けれど人の出入りが多いという事は、内向けの監視や警備はかなり厳しいかと」

「来る者は拒まないが招かれざる客には容赦しない。

 まぁそういう構造でしょうね」

「――それならそれで、力に訴えれば良いのではないか?」

 

 アウローラの声に続く形で、レックスの剣からボレアスが出て来た。

 相変わらず何も身に着けてない状態で、実に威風堂々とした立ち姿を見せてくれる。

 ついでに発言の方も脳筋極まりない。

 割と雑なアウローラでも、そのパワー思考っぷりには苦言を呈する。

 

「暴力は物事を解決する一番簡単なツールだけど。

 世の中、それをただ振り回せば良いってわけじゃないのよ?

 いきなり力技を持ち出しても面倒が増えるだけだから、やるなら最後の手段よ」

「ハハハ、最終的に力で捻じ伏せるのが得意な長子殿が言うと説得力が違うな」

「ぶっ潰されたいの??」

 

 ……訂正、どっちも似たようなもんだったわ。

 まぁンな事はどうでもいいんだ。

 

「で、どーするよ? 入る分にはオレが何とでも出来るけど。

 姉さんの言う通り、大変なのはそっからだぞ」

「正面から入れるんなら、とりあえず正面から入ってから考えれば良くない??」

「くっそ脳みそに筋肉詰まった奴しかいねェ……!!」

 

 一応チームのリーダーっぽいスケベ兜に聞いたらコレだ。

 力押しで大体何とか出来る奴は良いけど、付き合うこっちの身が持たねェよ。

 最悪それしか手段が無いならしゃーねぇけど。

 今その判断を下すのは早すぎるし、もうちょい頭を働かせるべきだと思う。

 流石にオレの抗議が届いたか、アウローラの方が少し考えこんで。

 

「ちなみに都市に入る際の手続きとか、そういうのはどうクリアーするの?

 機械とか、その辺の技術的なやり方とかは良いから。

 どういう身分で偽るのとか、そっちの方を聞かせて貰える?」」

「あぁ、さっきも言ったがマレフィカルムは教育機関であり研究機関だ。

 外部から出入りすんのは、当然他の都市の関係者になる」

「つまりは真竜、って事よね?」

「常に真竜当人が来てるってワケじゃないけどな。

 ゼロじゃないが、基本的には配下の人間が代理で派遣されるっぽいな」

 

 先程の侵入ハッキングで取得した情報を頭の中に展開する。

 特に都市の中心である《学園》については色々ゴチャゴチャしているが。

 それは今重要ではないので一旦置いておく。

 

「都市に入る為には、予め相手側が発行した証明パスを使う必要がある。

 が、それはオレが偽造して審査をすり抜ける予定だ。

 一応、偽の経歴はどっかの都市から派遣された《牙》の一団チーム辺りで考えてるけど」

「成る程ねぇ、とりあえず分かったわ」

 

 オレの説明に、アウローラは微笑みながらうなずいた。

 その表情は明らかに、イタズラを思い付いた悪ガキのものだ。

 

「私、良い事を思い付いたの」

「正直聞きたくねーんだけど、何よ」

「イーリスは素直で良い子ね。まぁ、そんな大した事じゃないわ」

 

 いや絶対ロクでもない事だろ。

 反射的にツッコミかけるが、ギリギリで喉の奥に呑み込んだ。

 姉さんが何か酷く穏やかな顔でオレの方を見てるし。

 基本、こっちの反論とかが無意味な事ぐらいはもう理解してるから。

 そんな微妙なやり取りなど気にした風もなく、レックスは緩く首を傾げた。

 

「で、結局何するんだ?」

「正面から堂々と入った上で、大手を振るって中を歩ける方法よ。

 その為にもちょっと準備は必要だけどね――?」

 

 ホントに何するつもりだ?

 オレの疑問に対し、アウローラは兎に角悪い笑みを浮かべて――。

 

「……まぁ、思ったよりはまともなのか……?」

 

 そうして現在。

 「準備」を終えたオレ達は、《学園都市》の正面ゲート前に来ていた。

 特殊な合金と強化素材で形作られた分厚い壁と、それと同じぐらいに頑丈に作られた巨大な門。

 人の姿は無く、守衛であろう武装した自動人形オートマトンが五体ほど常駐している。

 手にはゴツい突撃銃アサルトライフルも握られていて剣呑極まりない。

 ――焦るな、落ち着け。

 傍らに立つ《金剛鬼》に入門処理を行う為に必要な情報は全て書き込んである。

 機械相手の誤魔化しはこれで問題ないはずだ。

 オレと姉さんはやや後方で控えるように立ち、前を進むレックス達に続く。

 接近を察知した自動人形は、まだ武器は構えていない状態で此方を制止する。

 

『其処で止まって下さい。

 入門に際しては、発行された許可証明の提示をお願い致します』

「だそうよ、イーリス」

「お待ちを」

 

 めっちゃエラそうに促してくるアウローラに仕方なく一礼する。

 色々言いたい事はあるが、此処は我慢だ。

 予定した通り、《金剛鬼》を介して自動人形側に偽造した入門許可を送信する。

 限界まで作り込んだし、これで大丈夫……の、はずだ。

 入力された情報が正しいかどうかの精査をしているんだろう。

 自動人形達は暫し動きを止めて沈黙する。

 微妙に緊張感の漂う時間が過ぎて。

 

『――失礼、確認が終了しました。

 とそのお連れ様方、ようこそ学園都市マレフィカルムへ』

 

 丁寧な機械音声と共に、自動人形達は深々と一礼をした。

 それに応じてレックスは手を振ったりするが、態度でバレそうだから止めろよ。

 ともあれ、どうにか第一段階はクリアーする事が出来たようだ。

 ――「レックスを真竜と偽って、都市内部での行動の自由を確保する」。

 アウローラが言い出したのがこの案だった。

 確かに、今の大陸において真竜の立場や権力は絶対的だ。

 幾ら他都市でも「真竜としての身分」が保証されてる限り、行動にそう制限は掛けられないはず。

 だがオレが偽装できるのは、あくまで電子上での情報だけ。

 実際に本人調べられたりしたらバレないのか、と心配だったが。

 

「問題ないわ。真竜は人間と竜の魂、その二つが何らかの形で融け合った存在。

 そういう意味では、今のレックスも真竜とそう大きく違わないはずよ」

 

 アウローラはそう言って、多少忌々しそうにしながらボレアスの奴を指差した。

 そういえば魂が繋がってるとか何とか、そんな話も聞いたような気がするな。

 またボレアスが煽るみたいに笑ったせいでひと悶着あったり。

 更に全裸のまま行こうとするのを無理やり止めて服着せたりと多々あったが、それは置いておく。

 何にせよ、真竜御一行という特権階級のフリをして入り込むって作戦は上手く行ったようだ。

 自動人形達が暫し手続きだか処理だかを行う為、少し待ち時間が発生する。

 目立たないようこっそり息を吐いたら、姉さんに軽く肩を撫でられた。

 

「良くやったな」

「いや、大事なのはこっからだろ」

 

 そう、今はまだ最初の扉を開く段階だ。

 中に入ってからの事は、文字通り蓋を取って見ない事には分からない。

 

「……遅いな。余り我らを待たせてくれるなよ。

 苛立つ余り、此方の御方が何をしでかすか分からんぞ?」

 

 なんて話してたら、ボレアスが自動人形達を脅かし始めるし。

 あとレックスも乗っかって剣の鞘をカシャカシャ鳴らすのは止せ、マジで。

 アウローラも止めろよ、何をちょっと面白そうに笑ってんだよ。

 思わず叫んでツッコミたくなるのを、渾身の精神力でぐっと堪えた。

 いやマジで大丈夫かコレ。

 姉さんは無言で小さく首を横に振ると、胸の辺りでそっと握り拳を作った。

 祈れってか、それしかないのか姉さん。

 幸いというか何というか、自動人形達は極めて事務的かつ丁寧な反応だけで応じている。

 そんなこんなで……。

 

『――失礼、お待たせ致しました。開門しますので、もう少々お待ち下さい』

 

 ゆっくりと、学園都市の門が開かれていく。

 見た目通りに重そうな動きだが、思ったよりも音は少ない。

 軋む音で微かに大気を震わせながら、第一の関門は無事に開放された。

 そして、開かれた先には――。

 

「――ようこそ、お客様方。先ずは歓迎の挨拶を」

 

 門が停止すると同時に、涼やかな声が響く。

 其処に立っていたのは一人の小柄な女。

 深い碧色の瞳に、長く伸ばした髪はワインに似た鮮やかな紅。

 身に纏っているのは、黒を基調にした軍服っぽいデザインのドレス。

 見た目は少女のように幼くも見えるし、大人びた雰囲気も同時に漂わせている。

 そんな不可思議な雰囲気の美女は、オレ達に恭しく頭を下げた。

 

「失礼とは存じますが、他都市からの真竜の来訪予定は記憶しておりません。

 お手間とは思いますけれども、先ずは確認の手続きをお願い致します」

 

 言葉遣いは丁寧だが、語る口調には有無を言わさぬ力がある。

 まぁそうか、真竜が都市に来訪する予定があるなら当然上の奴は把握してるか。

 これはちゃんと誤魔化せるのか?

 一気に不安が倍増して来るが、此処まで来たらなるようになれだ。

 赤髪の女は、またゆっくりと顔を上げて。

 

「申し遅れました、私はこのマレフィカルムの副学長を務めております――」

「……貴女、マレウス?」

 

 ぽつりと。

 思わず口に出たといった様子で、アウローラがその名を呼んだ。

 呼ばれた赤髪の女――マレウスというらしい彼女は、一瞬驚いた様子で。

 

「……え。そんな、貴女は確か。

 三千年前に、死んだんじゃ……?」

「そういう貴女こそ、まさかこんな場所で出くわすとは思わなかったわ」

 

 お互いに、まさかこんなところで会うとは思っていなかったと。

 明らかに動揺と困惑に満ちた態度で言葉を交わす。

 なんだ、見知った相手なのか?

 

「確かに、このような場所で再会するとは思わなんだな」

「知り合いか?」

 

 意外そうに呟くボレアスに、レックスが問いかける。

 それに対して、古い竜は小さく頷いて。

 

「彼女はマレウス。

 我や長子殿と同じ、かつての《古き王オールドキング》の一柱だ」

 

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