498話:援軍
「ッ―――――!!」
飛翔する竜の背に乗って、剣を振るう。
世界蛇の血肉を、竜殺しの刃が削り取っていく。
傷は確かに刻んでいるが――やはり、相手の総体を考えれば微々たるモノだ。
それでも、
《造物主》は矮小な生き物と嘲笑っているが。
俺たちは間違いなく、そんな神様みたいな相手と戦えていた。
『塵となれ!!』
憤怒の咆哮。
押し寄せる熱波に対し、アウローラが右手をかざす。
幾重もの防御魔法が砦の如く築かれて、《造物主》の怒りを受け止める。
一瞬で破壊されるが、威力の大半はそれで打ち消すことができた。
多少の余波を浴びる事になるが、後は頑張って耐えるしかない。
耐えて、耐えて、ボレアスは飛び続けた。
《
俺の剣が届くように、相手の身体を掠める形で。
「頼むぜ、ヤルダバオト……!!」
『ええ、相手が父であろうと関係はありません。
均衡を乱すのなら、排除します』
戦っているのは俺たちだけじゃない。
遠く離れた位置を飛ぶ白甲冑の巨人――ヤルダバオト。
正十字の翼を輝かせ、世界蛇へと破壊の光を叩きつけている。
「《分解》――!!」
その上で、テレサも蒼白い《分解》の閃光を撃ち放つ。
どちらの攻撃も、殆どが届く前に《造物主》の『攻撃』で弾かれていた。
弾かれて、それでも届いた光は蛇の巨体を僅かに削る。
本当に僅かだが、ダメージはダメージだ。
「やっぱ、言うほど完全な存在じゃあないなコイツ……!」
「ええ。本当に完全だったら、私たちと戦う必要すらないもの!」
それは確かにその通りだ。
アウローラの言うように、完璧で完全で、真に全知全能な神様であるのなら。
わざわざ人間相手に、「戦い」なんて無駄なことをする意味がない。
なんでもできるのなら、俺たちなんて何もさせずに潰せば良いのだから。
それができていない時点で、完璧も完全も単なる戯言だった。
『――黙れ。
黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ。
私は完全だ! 不完全な世界しか創造できない、愚かな神とは違う!
永遠不滅の理想世界、それを生み出す私は完璧な存在なのだ!!』
空間を満たす怒りの熱量が、一気に跳ね上がる。
喚き散らす叫びと共に、また破壊の嵐が無差別に撒き散らされた。
もう『攻撃』と呼んで良いものかどうか。
とんでもない脅威だが、兎に角狙いが無茶苦茶だ。
癇癪を起こして暴れている子供とか、イメージとしては大体そんな感じだった。
「まぁ、それが掠っただけでも十分死ねるんだけどな!」
「大丈夫、私が全力で守るから……!」
『ハハハハハハ! 楽しくなって来たではないか!』
アウローラは魔力を振り絞り、防御魔法を展開し続ける。
炎や雷の渦、その隙間を縫う形でボレアスは高速で飛び回る。
魔法の守りだけでは防ぎ切れず、鱗の表面をガリガリと削られながら。
それでも竜は――《北の王》たるボレアスは、速度を落とさない。
こちらはこちらで、機会を逃さず剣を世界蛇に叩き込んだ。
斬り裂く。
幾つ刻んだかは分からない太刀傷。
刻んではいるが――まだ、《造物主》の命には到底届かない。
「クソが、マジでデカ過ぎるだろ……!!」
「まったくだな! だが、攻撃が通るのなら――」
勝てる。倒せる。
唸るイーリスに、テレサは敢えて力強く声を上げた。
こっちも同じ考えだ。
剣が届くのなら、何とかなる。
《造物主》は完璧でもなければ完全でもない。
戦って、倒せる存在だ。
だが同時に、そう容易く届くほど甘い相手でもなかった。
『痴愚どもが――――ッ!!』
「っ……!?」
衝撃。
一瞬、天地の全てが崩壊したと錯覚しそうな程の。
《造物主》はただ、放つ力を更に増大させただけだった。
それが倍増どころか、三倍近くは一気にデカくなったのは問題だが。
ロクに狙いも付けずに、ただ垂れ流してるだけなのが不幸中の幸いだった。
そうでなかったら、俺たちはとっくの昔に粉々だろう。
『これだけやってもまだ理解できんのか!?
無駄だ、無駄だ無駄だ無駄だ無駄だっ!
お前たちの抵抗に意味はない!
お前たちの生存に価値はない!
爪の先ほどの剣を振るい、火花程度の力をぶつけようが!
世界に等しい我が身を砕くなど、到底不可能だ!
理解せよ! 屈服せよ!
私は《造物主》、万象の頂点に立つ者だぞ!!』
「っ……ホント、臆面もなく良くそこまで言えるわね、愚かな父上……!」
怒りで焼け焦げた声と意思。
それを放射するだけで、天変地異が引き起こされる。
滅茶苦茶に荒れ狂う力の奔流の中、アウローラは嘲るように笑う。
いや、実際に《造物主》を嘲笑していた。
「貴方こそ、いい加減に現実を見たらどうなの……!?
こんな、完璧とは程遠い、どうしようもなく欠陥だらけの世界を作って……!
反抗し、拒絶する人間さえ、まともに支配することもできない……!
完璧で、完全な神? ハッ、面白い冗談ね!」
『貴様……私が創造した被造物の分際で……!』
「ええ、そうよ。完璧ならざる貴方に創られた、完璧でない私。
他の兄弟姉妹も、みんな同じよ。
完璧でも、完全でもない。
――けど、私たちはそれを受け入れている。
貴方が一度死ぬ前の私たちは、貴方の妄想に囚われていただけ。
完璧で完全に満たされているのだったら、何も求める必要もない――なんてね」
笑う。
アウローラは嘲りながら、心底晴れやかに笑っていた。
言いたいことをやっと言えた。
そんな開放感に満たされた表情で、更に言葉を続けた。
「それもこれも、貴方が自らの言う通りの存在だと信じてたからよ。
だけど、貴方は勝手に絶望して勝手に命を絶った。
完璧で完全な父が死んだのなら、私たちは何だったのか?
ええ、それについては感謝していますよ愚かな《
貴方が己の愚かさを自覚してくれたおかげで、私たちはその妄想から解放された!
不出来で不完全でも、ようやく一つの『生命』として歩み出せたのだから!」
『ッ……これ以上、戯言をほざくのはやめろ!!』
世界を崩す咆哮。
容赦なく押し寄せる衝撃を受け、俺はアウローラに手を伸ばす。
防御魔法を限界まで発動する彼女の身体を、こちらは全力で支えた。
そうすることに、意味があるかは分からなかったが。
「ありがとう、レックス……!」
「こんぐらいはな!」
彼女は嬉しそうに笑っている。
なら、それで良い。
『違う、違う違う違う違う……!!
あり得ない、そんな事があって良いはずがない!
私は完璧だ! 私は完全だ!
不出来で愚かな生物の戯言など、私には何の価値もない!
そうでなければならないのだ!!』
絶叫し、身悶える世界蛇。
最早怒りを通り越し、《造物主》は錯乱しているようだった。
それほどまでに、突きつけられた現実が受け入れ難いのか。
こんな化け物じみた力を持ちながらも、全知全能の神様とやらからは遠い。
認めてしまえば、それだけで済む話のはずだ。
しかし《造物主》は、いっそ見苦しいぐらいにその理解を拒絶する。
『お前たちのせいだ!!
お前たちが不完全ゆえに、私の完全性が損なわれている!
なんと救い難く、蒙昧な生き物か!
お前たちは、私の理想世界には不要だ――!!』
「いや、元からこっちはお呼びじゃないんだよな……!」
手前勝手な理屈に、声を大にして言い返す。
が、当然の如く向こうの耳には届いていない。
《造物主》である世界蛇は、ただ狂ったように怨嗟を吐き散らかす。
その姿は、毒を呑み込んだ蛇が苦痛にのたうっているようにも見えた。
しかしまぁ、マジで手に負えんなコレ……!
「分かりやすい急所とかないもんかなぁ!」
「仮に急所があっても、この図体だもの。探すだけでも気が遠くなるわね」
『そこはパッと探せんのか長子殿!』
「言われなくとも、さっきから色々頑張ってるんだけど!」
「うん、みんながんばってるぞ」
片手でアウローラを撫で、また世界蛇の鱗を刃で切り裂く。
痛みよりも、思い通りにならない現実への苛立ちで《造物主》は絶叫する。
大洪水もかくやという思念の波濤。
ヤルダバオトの上で、イーリスが思いっ切り顔をしかめていた。
「うっぜぇなマジで……!
ガキの癇癪と違って可愛げもねぇし!!」
「言ってる場合じゃないだろう……!」
テレサの声には焦りが滲んでいた。
今の彼女は《人界》の神としての権能――《
《造物主》の力を拒絶する星の加護。
古き竜や《巨人》が相手なら、それは影響を殆ど無効にしてくれる。
が、流石に相手は《造物主》そのものだ。
必死に妹を守っているが、相当にキツそうなのは見て取れた。
見下ろす世界蛇は、そんな様を嘲笑う。
先ほどの憤怒は何処へやら、勝ち誇るみたいに両眼が笑みの形に歪む。
『ハハハハハハハハハハッ!!
愚かな、脆弱で、矮小な、欠落した生命風情が!!
身の程を知れよ
私に、この《造物主》に届くなど、少しでも思い上がった報いを受けろ!!』
叫ぶ。叫ぶ。
こっちに応えているような余裕はない。
剣を振るう。
刃は鱗を僅かに削り、それで弾かれた。
まだ遠い。
厳しいと思う心を戒めるため、剣の柄を強く握った。
《造物主》の嘲笑は続く。
『沈め、失せろ、塵となって消え果てろ!
貴様ら
「それで、同じ事をまた繰り返すだけでしょうに……!」
「だろうなぁ!」
アウローラのそれは正論だったが、残念ながら聞くべき相手には届かない。
弱者の奮戦を、超越者は嘲笑い――。
『ッ――――!?』
その傲慢が、不意に断ち切られた。
俺たちではない。
それを成し遂げたのは、突如として現れた巨影。
世界蛇に比べたら小さいが、ボレアスやヤルダバオトよりは遥かにデカい何か。
そっちから飛んできた『攻撃』が、《造物主》の顔面をぶっ叩いたのだ。
『何だ、これは……!?』
「おいおい、まさか考えてなかったワケじゃないだろ?」
目に見えて狼狽える《造物主》を、軽く笑い飛ばす。
――理想世界から抜け出そうとしてるのは、俺たちだけじゃない。
だから絶対に、『誰か』が来る。
俺たち以外の、戦うことを選んだ『誰か』が。
ずっと期待して待っていたが、やっとその援軍が到着したようだ。
しかし予想以上のデカブツっぽいけど、一体誰が来た……の、か…………?
「うん??」
「……何だありゃ」
思わず、状況を忘れて二度見してしまった。
イーリスもやや呆然と、現れたソレを見上げている。
果たして、その正体は――。
「……まさか、ヴリトラなの?」
『おう、長兄殿に彼氏殿。
非常に不本意かつ、極めて残念な話だが、手助けに来てやったぜ。
……本音を言えば寝てたかったけどな。
本音を言えば寝てたかったけどな……!』
ねこだった。
宙に浮かぶ、あり得ないサイズの巨大なねこ。
それが聞き覚えのある声で、物凄く不満げに鳴いていた。
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