161話:目覚める者


「起こすと言っても、具体的にどうするんだ?」

「何処かにいる本体を見つけて直接叩き起こすしかないわね」

「問題はその『本体』とやらが何処にいるかという話だな」

 

 結論としては実に分かりやすい。

 この滅茶苦茶デカい岩の塊みたいな竜の身体。

 封印を受け、今も眠り続ける《古き王》。

 ちなみにそこらへんを適当に叩いたりするだけでは駄目らしい。

 

「それで起こすのなら、全体の一割か二割ぐらいは削るつもりで叩かないと。

 じゃなきゃこの寝坊助はまったく堪えないもの」

「マジか。この巨体の一割二割はヤバくないか?」

「やってやれん事は無いかもしれんが、まぁ余り賢い手段とは言い難いな」

「ゲマトリアはまだ私達を見つけてはいないようだし。

 いきなり目立つ真似は避けたいわね」

 

 などと話をしながら、俺達は洞窟めいた内部を彷徨っていた。

 本当に何も知らなければ岩山の中としか思えない。

 全体的に凸凹した床に足を取られないよう注意を払う。

 アウローラは抱っこされたまま、時折辺りを見回していた。

 

「どうだ? 長子殿」

「……ダメね。まだ気配は掴めない。

 この場所に流れる魔力も微弱だから、辿るのも難しいわね」

「面倒な話よなぁ」

 

 どうやら眠っている「本体」の位置を探っているようだ。

 成果は芳しくないようで、俺はとりあえず前へと進み続ける。

 

「モノ探しの魔法じゃダメなのか?」

「できない事は無いわ。

 けど、魔法による探知は相手が防御してる可能性もあるから」

「そうなのか?」

「面倒な相手に見つかっても困ると、対策している場合はあるな。

 封印されている状態でやっているかどうかは不明だが」

「成る程なぁ」

「……後は、あまり広域に対して魔法を発動させるのも危険リスクがあるわ。

 ゲマトリアが魔力の展開を察知する恐れもあるから」

 

 確かに、それはまだ避けたいところだ。

 そうなるとやっぱり、地道に足で探し続けるしかないか。

 とはいえ内部は整備された城の中とは大きく異なる。

 やたら道が狭かったり、そもそも入れる程の広さがない場所もある。

 それらを剣とかボレアスの爪とかで無理やり切り開く。

 一応竜の体内のはずだが、これで痛みを感じたりはしないんだろうか。

 

「多分、感じていないでしょうね。

 肉体と言っても本体――魂の方が封印状態だから。

 大半はかろうじて繋がっているだけで死体みたいなものよ」

「つまり壊しても問題ないワケか」

「それであの寝坊助の側が気付いて接触して来れば良いんだがな」

 

 言いながら、ボレアスは岩に似た壁の一部を引っぺがす。

 かなり硬いが、そんなものは竜王の腕力なら乾いた土塊と大差ないようだ。

 こっちも片手でアウローラを抱っこしながら、邪魔になる部分は剣で払っていく。

 パラパラと、砕けた破片が足元に落ちる。

 

「ちなみに、コイツはどういう竜だったんだ?」

「ほっといたらずっと眠ってる寝坊助よ」

「その部分以外はどうなんだ?」

「……そうね」

 

 暫くはアテも無く歩き続けていたが。

 ふと沸き上がった好奇心を口にしてみた。

 かつては《空を塞ぐもの》と呼ばれ、眠る事を好んだらしい《古き王》。

 姉妹であったアウローラやボレアスから見た場合、どんな存在だったのか。

 アウローラは難しい顔をしながら小さく唸った。

 

「……少なくとも、馬鹿では無かったわね。

 殆どを眠って過ごしていたせいで分かり辛かったけど」

「アウローラがそう言うぐらいか」

「賢かった――と言って良いかは微妙だけど。

 ……或いは賢かったからこそ、無気力に眠る事を選んだのかもしれないわね」

 

 そう言うアウローラは曖昧な笑みを浮かべる。

 それは眠っている竜に向けての嘲笑か、憐憫か。

 もっと別の感情もあるかもしれない。

 ボレアスはあまり面白くもなさそうに鼻を鳴らした。

 

「眠り続ける事を良しとする、というのは我にはどうにも理解し難いがな」

「ボレアスはコイツが嫌いだったのか?」

「嫌いとか、そういう感情を抱いた事はないな。

 ただ純粋に理解ができなかった。

 我らはもう何も欲しなかった石木の頃とは違うというのに。

 何ゆえただ眠り続ける事だけを望んだのか」

「ふーむ」

 

 恐らく、それがボレアスの本音だろう。

 彼女は本当に、心底理解できないといった顔だ。

 アウローラもこれに関しては同意見らしい。

 

「まぁ、無理に理解する必要もないでしょう。

 肝心なのは起こす事ができたとして、コイツが私達に協力するかどうかよ」

「他に手が無いのは分かるが、我は余り期待はしておらんぞ。

 コイツのやる気の無さは筋金入りであろう。

 長子殿も昔は随分苦労していなかったか?」

「単なる無能だったら放置で良かったんだけどね。

 兎に角眠っていたい事以外はむしろ優秀だったから……」

 

 姉妹同士、色々と思い出とか複雑な感情があるようだ。

 それを横で聞きながら、足を止めずに進み続ける。

 マレウスの時も思ったが、兄弟姉妹の仲は意外と悪く無かったんじゃないか?

 多分当人に聞いたら思い切り否定されそうだが。

 今も悪態に近い事は言っているが、言葉に悪感情は混ざっていない。

 なんというか、出来の悪い下の兄弟に文句を言ってる印象だ。

 俺は兄弟とかはいなかったので、その印象が正しいかは分からないが。

 

「……レックス?」

「ん?」

「また難しい顔してるわね」

 

 今はもう兜で隠れている表情。

 それを見透かしたアウローラが手を伸ばして来た。

 細い指が装甲の表面をなぞる。

 

「心配事があるのなら、ちゃんと言って欲しいわ

「分かってる。今は大丈夫だ」

 

 本心から案じているアウローラに、俺は軽く笑ってみせた。

 それから髪を柔らかく撫でる。

 アウローラは猫のように目を細め、少しくすぐったそうに身動ぎした。

 

「もう、誤魔化そうとしてない?」

「まさか。本当に大丈夫なだけだぞ」

「貴方の大丈夫はイマイチ信用できないんだから」

 

 そう言いながらクスクスと笑うアウローラ。

 戯れるよう唇を兜に触れさせる。

 直接ではない口付けが何故か妙にくすぐったい。

 そんなこちらの様子を見て、ボレアスも呆れ顔で笑った。

 

「まったく、こんな色惚けた長子殿を見たらこやつはどう思うやら」

「失礼ね。別にどう思われようと構わないけど」

「この寝坊助は長子殿を大分恐れていたからなぁ。

 さてどんな面をするか想像もつかんよ」

 

 ボレアスは愉快そうに喉を鳴らす。

 アウローラの方はちょっと膨れながら、ぎゅっと俺の腕に抱き着いた。

 

「とりあえず、俺はどう挨拶すべきだと思う?」

「恋人とでも名乗ってみるか?

 驚き過ぎてそのまま地表に落下するかもしれんぞ」

「それは大分困る奴では??」

「この質量がそのまま下に落ちたら大惨事よ。

 そもそも乗ってる私達が先ず危ないわ」

 

 からかうようなボレアスの言葉。

 それにアウローラは赤くなりながら文句を飛ばす。

 この竜の詳しいサイズは分からんが、恐らくは小さい島ぐらいはある大質量だ。

 こんなもんが丸ごと地面に直撃したら大陸が割れそうだ。

 流石に想像するにはぶっ飛び過ぎた話で、あまり現実感はなかった。

 そもこんなデカいもんが雲より高く浮いてるのが先ずヤバいしな。

 

「……しかし、それなりに歩き回ったけど特に何もないな」

 

 代り映えのしない洞窟めいた風景。

 変化はないし、お目当ての相手も見当たらない。

 本当にこの場所にいるのだろうか?

 アウローラも難しい顔で視線を巡らせている。

 

「どうだ?」

「少しだけど、周囲に漂う魔力が濃くなって来てる。

 近付いてるのは間違いないはずよ」

「……しかし、封印されてるだけならまだ良いが。

 自発的に隠れている場合は面倒だな。図体の割にコイツは小器用だった」

「……確かに、その場合はかなり面倒ね。

 ホント、昔っから無駄に手間ばかりかけさせて来るわね……」

「いっそこっちから呼びかけてみるか?」

 

 寝坊助だが、起こせば起きるって話だしな。

 無駄に広い中をアテもなく彷徨うよりは確実な気がする。

 まぁ隠れている場合は分からんけど。

 俺の案を聞いて、古竜の姉妹は互いの顔を見合わせた。

 

「どう思う?」

「長子殿が呼びかけるなら可能性もあるのではないか?

 怠惰な奴だが、長子殿の言うことには従順だったはずだ」

「……そうね。今も同じように従うかは分からないけど……」

 

 少々悩んだようだが、方針は決まったらしい。

 アウローラは一度俺の腕から離れ、音も無く床に下り立つ。

 

「とりあえず、試してみるわ。

 何が起こるかは不明だから、二人は警戒をお願い」

「あぁ、分かった」

「さて、竜の巣穴から顔を出すか否か」

 

 笑うボレアスの横で一応剣を構えておく。

 今のところは真竜含めて怪しげな気配は感じられない。

 ただゲマトリアの例があるので油断は出来ない。

 硬く凸凹した床を踏んで、アウローラは先ず大きく息を吸った。

 《吐息ブレス》を放つ前の予備動作にも見える。

 その場に流れる僅かな沈黙。

 しかしそれは直ぐ、響く鐘の音の如き声にかき消された。

 

「――応えなさい! 我が同胞、《古き王オールドキング》の一柱!

 有象無象より《空を塞ぐもの》と讃えられし竜の王よ!」

 

 魔法ではないが、アウローラの声には魔力が宿っていた。

 文字通りの《力ある言葉》は壁や床、その向こう側にまで染み透る。

 決して聞き逃す事は許さない。

 王が臣下に命じるように、その声には有無を言わさない力があった。

 アウローラの言葉は更に続く。

 

「私は《古き王》たる二十の兄弟らの長子!

 バベルが統一した言語から我が真の名は除けども、頂点である事は揺るぎない!

 故に疾く目覚め、竜の長たる私の声に応えなさい!

 ――竜王ヴリトラよ!」

 

 そこまで口にしたところで、アウローラは一度言葉を切った。

 思わず拍手したくなるような口上だった。

 流石に竜の頂点だけあって、今みたいな語りも慣れたもんだな。

 こっちの空気に気付いたようで、アウローラは照れた様子で赤くなった。

 

「ちょっと、止めてくれる?」

「いやぁ何も言ってないぞ?」

「長子殿は昔からこういうノリは好んでいたからなぁ。

 ついやってしまっただけだから見逃してやると良い」

「人を痛い子みたいに言うのはやめてくれる!?」

 

 ムキになって怒る姿は実際可愛らしい。

 ……しかしまぁ、流石に反応はなさそうか?

 折角アウローラが頑張ってくれたんだが。

 珍しいモノは見れたし良いかと、微妙に主旨から外れた事を考えて――。

 

『…………いや、まさか。まさかなぁ。

 そんなもんあり得ないと思ってたんだが……』

 

 その言葉は、音ではなく頭の中に直接響いて来た。

 男とも女ともつかない曖昧な声。

 中性的というよりは子供のような印象を受ける。

 

『オレが眠っている間に、まぁ随分と可愛らしくなっちまったなぁ長兄殿。

 いや、今の姿的には長兄殿じゃおかしいのか?』

「好きに呼びなさいな。

 それにしても随分と応じるのが早かったわね。

 まさかずっと起きてたのかしら?」

『そいつはご想像にお任せするよ』

 

 皮肉げに語り掛けるアウローラ。

 それに対し、古き竜は慣れたように応える。

 と、此処で竜の意識がこっちに向けられるのを感じた。

 遠慮のない視線があちこちから飛んでくるようだ。

 短い観察の後に、頭の中に声が直接届いた。

 

『そっちの鎧殿は初対面だよな?

 まさか長兄殿が人間連れてくるとはなぁ』

「あぁ、初めましてだな。俺の事はレックスと呼んでくれ」

『おう。ドーモ、ハジメマシテ。

 長兄殿が名前出してたし必要ないっぽいが、一応名乗っておくか』

 

 そこで一度声が途切れる。

 恐らく、挨拶の前に一礼をしたんだろう。

 そもそも下げる頭が何処にあるか分からんワケだが。

 そんな事は気にせずに、空を塞ぐ竜の王は改めて自らの名を明かす。

 

『オレは《古き王》の一柱、竜王ヴリトラだ。

 ――で、ぶっちゃけ眠いんでもうひと眠りして良い? ダメ?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る