279話:姉妹喧嘩
剣が引き抜かれる。
戒めが解けたことで、身体は一気に軽くなった。
自由になった腕を一瞥してから、私は改めて目の前の相手を見る。
ブリーデと、今はそう名乗っている哀れな白子。
本当の竜の長子でありながら、失敗作として父なる《造物主》に見捨てられた者。
竜ならざる竜――いえ、竜に成り切れなかった竜ではない何か。
私は、私が創造された瞬間からソレを見ていた。
爪も牙も、鱗も翼もない。
余りにも惨めでどうしようもない、その生き物を。
私とほぼ同時期――正確には、私より少し前に創られたとは思えない。
そんなナメクジが、同じ目線の高さで私の事を睨んでいる。
一体いつから、そんな生意気な顔をするようになったのかしら。
「泣いて謝っても、許さないから……!」
「誰にものを言ってるの、貴女」
物言いが余りにも下らなくて、私は失笑してしまった。
ナメクジにはそれが癇に障ったらしい。
「みんな、お願い――!!」
泣きそうな眼で私の顔を見ながら、腹の底から振り絞るように叫ぶ。
戦う力を持たないナメクジ。
鱗すらない彼女が纏う、月の鱗である騎士たち。
主人の意思に従って、彼らは躊躇いなく私に向かって来た。
動きの速さは風の如く。
ホント、主人はヘッポコだけど手駒は粒揃いね。
だけど。
「それで?」
その一言に、私は魔力を込めた。
剣を突き出して突っ込んで来た五人の騎士。
青白い炎を纏う刃は、私に届く前に急停止する。
周囲に纏う形で構築した力場の壁。
五人分程度の圧力、何の問題にもならない。
間髪入れず、力場を内から外へ向けて炸裂させた。
吹き飛ばされる騎士たち。
それは追撃しようとしていた別の騎士を巻き込んで動きを止める。
「このぐらいで勝てるとか、舐めたこと言うんじゃないでしょうね?」
「ッ…………!」
笑う私を見ながら、ナメクジは表情を歪めた。
バビロンとの戦いを終えた直後は、酷く消耗していたけど。
封印で自由に力を振るえなかった時間は、結果的に良い休息になった。
十全――とは、流石に言い難い。
それでもナメクジ相手にモノの道理を分からせるぐらいの力は戻っている。
一つ一つ、確かめながらやりましょうか。
『――――!』
騎士たちは言葉を語らない。
無言のまま、恐れることなく私に攻撃を仕掛ける。
盾と剣を構えた騎士、それが複数並んで前衛の役を務める。
その後方に控えた騎士たちは、それぞれ弓や槍を手にしている。
騎士の数は更に増えて、合わせれば三十人ほど。
単純な戦力の合算でなら、確かに私を上回っているかもしれない。
けど、侮って貰っては困る。
「これでも一応、《最強最古》と呼ばれた事があるのよ? 私は」
青白い炎を宿した武器。
幾ら私でも、まともに受ければ容易く肉体を破壊される。
だから一つとして、直撃なんてしてやらない。
力場の盾など、魔法による直接的な防御。
それに合わせて身体――特に「鱗」を強化して間接的にも防御を固める。
相手の動きは速いけど、私だって別にノロマなワケじゃない。
剣の動きを見切り、飛んでくる矢や槍を叩き落すぐらいは出来る。
弾いて、避けて、防いで、また弾く。
「アンタだって、弱ってるはず……!」
「そうね、昔に比べたらかなり弱ってるのは間違いないわね」
吠えるナメクジに、私は軽く笑ってみせた。
《最強最古》という名も今は昔。
間違いなく、今の私は全盛期と比較すれば衰えている。
完全な《竜体》を顕現させるのに、レックスの魔剣を借りないといけないぐらい。
だとしても。
「それでも、ナメクジに負けるほど落ちぶれちゃいないわよ?」
「言わせておけば……っ!!」
冗談なのに、そんなムキにならなくて良いのに。
そんな馬鹿なナメクジは無視して、私は周囲の騎士たちに意識を戻す。
攻撃は隙なく、途切れることもせず続いている。
反撃を許さないで、兎に角密度を上げて押し潰す算段か。
実際、正しい選択なのは間違いない。
総力でこちらを上回っているなら、単純に力押しを続けていれば勝てる。
それが通じる状況なら、力任せに押し切るのも立派な戦術だ。
だったらこちらも、相応に応えてやらねば。
「そら――――!!」
喉元を狙って突き出された剣を、私は素手で掴み取る。
刃の鋭さと、魂の燃焼である青白い炎。
それは私の肌も問答無用で傷つけるが、大したダメージじゃない。
相手が対応するより早く、私は腕に力を込める。
衰えたとはいえ、この身に宿るのは竜の膂力。
一対一での純粋なパワーなら、簡単に負けてやるつもりはない。
剣を掴んだ騎士を、私はそのまま鈍器のように振り回した。
飛んでくる矢を盾代わりにして弾き、他の騎士を盾の上から殴り付ける。
何度かそれでぶっ叩いてから、渾身の力で放り投げてやった。
その大暴れによって、一瞬だけ私の周囲に空白ができる。
すぐ別の騎士たちが隙間を埋めに来るだろう。
だからその前に、私の方が先手を打つ。
「ガァァァ――――ッ!!」
《
不格好というか、まぁ見た目が微妙にアレだから。
とはいえ、現状はそんな贅沢も言ってられない。
今は少しでも敵の戦力を削るため、範囲を絞った閃熱を思い切り吐き出す。
敵ながら、騎士たちの動きは極めて迅速だった。
仲間を鈍器代わりに振り回され、陣形も乱された直後だというのに。
盾持ちの騎士が複数集まって、即座に密集陣形を構築したのだ。
その頑強さは、私の《吐息》を正面から受け止めるほど。
まったく無傷ではないが、こちらが思った以上に被害少なく防いでみせた。
「ホント、ご主人様と違って有能な連中ね……!」
『――――』
月の鱗たる騎士たちは応えない。
ただ黙々と、主人の敵である私に向かって来る。
「……やっぱ化け物だな。
ホントに一人で互角にやりあってるよ」
私が騎士の群れを相手に戦っている最中。
その様子を見ているイーリスの呟きが、私の耳にも届いた。
まぁ私が自分だけで本気で戦う機会なんて、今まで殆どなかったものね。
それを見て、イーリスが驚くのも無理はない。
そんな話を聞きながら、私は騎士たちへの対応を続ける。
《吐息》で与えたダメージはある。
が、それは全体の性能を低下させる程でもない。
負傷した騎士は一旦後方へと下がり、ダメージの少ない騎士が前面に出る。
弱っている相手を狙おうと試みるけれど、相手はそれを許さない。
前に出た騎士は、捨て身に近い突撃を敢行する。
まともに受けるには危険過ぎる。
私はそう判断し、その回避に専念せざるを得なくなる。
「鬱陶しいわね!!」
叫ぶ声を呪文代わりに術式を展開する。
単発ではなく、複数の魔法を同時に発動させる高等技術。
炎を纏った風が吹き、それらの影響を受けない力場の矢が騎士たちに降り注ぐ。
鎧や盾、或いは剣で防がれるため損害は少ない。
けど負傷の蓄積にはなるし、向こうの動きを阻害することもできた。
地を蹴り、私は一番近い騎士を思い切り殴り飛ばす。
固めた拳は鎧を拉げさせて、そのまま床へと叩きつけた。
とりあえず、数を減らしたいところだけど……。
「……私は兎も角、みんなの事は舐めないでよ」
唸るブリーデの声に応えるように。
殴り倒したばかりの騎士は、即座にその場から立ち上がった。
他の騎士たちも、纏う戦意が衰える気配はない。
それなりに攻撃はしてるのだけど、未だに脱落は無しか。
「彼らは千年前、あの絶望的な状況を一緒に戦い抜いた者たち。
仮にアンタが万全な状態だとしても、絶対に負けたりしない」
「……まぁ、そうね。
確かにコイツらは強いわね、それは認めましょう」
まぁ、それを認めたのは別に今の話じゃないけれど。
強い。間違いなく、この騎士たちは強い。
戦うのが厳しいなんて思ったの、随分と久しぶりな気がする。
「……で?」
「……なによ」
「いつまで手札を温存しながら戦う気だ、って言ってるんだけど?」
「ッ…………」
その一言に、図星を突かれたか。
ナメクジは喉から変な音を出して震える。
騎士たちは――動かない。
油断なく私を見張ってはいるけど、仕掛けてくる様子はない。
さっきまでの苛烈な攻撃が嘘のよう。
何かを待っているみたいに、月の鱗どもは沈黙する。
「まぁ、それならそれで別に構わないけど?
コイツらは強いし、今の私では戦うのにちょっと面倒なのは確かよ。
けど、このぐらいなら負ける気はこれっぽっちもないんだけど」
「そんな、負け惜しみを……!」
「単なる事実。
子分に任せて後ろから見てるだけの貴女じゃ、分からないかもしれないけど。
――このまま戦えば、大事な仲間がどのぐらい減るかしらね?」
負けるつもりはこれっぽっちもない。
万が一……いえ、億が一でも私が敗北する事があったとして。
それでも、向こうが無傷で済むなんてことはそれこそありえない。
少し前に、僅かな犠牲を恐れて騎士の追撃を取りやめさせたナメクジが。
果たしてそれを許容できるのか?
私が突き付けた言葉に、ナメクジは沈黙した。
騎士たちは動かない。
恐らくは、主人が決めるのを待っているんでしょうね。
どれだけ我が身を犠牲にしたとしても、それが必要なら躊躇なく行う。
言葉にせずとも、その鋼にも似た意思は伝わって来る。
……肝心のご主人様は、さてどうするのか。
「…………後悔するわよ」
「言葉ばかり威勢が良いけど、それは実力を伴っているの?」
「今の弱ったアンタじゃ、絶対に勝てない……!」
「そう思うならやってみれば良いでしょう?
私に勝ちたいから、だから勝負に乗ったんじゃなかったの?」
「ッ……!」
ほら、ちょっと言い返すとすぐ言葉に詰まる。
馬鹿で愚かで弱くて、昔からどうしようもないナメクジ。
それは今も変わらないらしくて、私は笑う他ない。
「……で、まだ続けるワケ?
無理なら無理で、さっさと頭を下げて降参すれば――」
「分かった」
返って来た声は、思ったより強い力が込められていた。
ナメクジは――ブリーデは、私を睨んでいた。
さっきまでの、泣きそうに歪んだ顔ではなくて。
もっと別の、何かしらの決意を込めた表情で。
「そんなに言うんだったら、見せてあげる……!!」
喉の奥から絞り出した叫び。
その声に応じるように、ブリーデの前に青白い炎が燃え上がった。
――現れたのは、一振りの剣。
それはどことなく、ウィリアムが振るう白刃に似た雰囲気を持っていた。
違うのは、その剣が相当なサイズの大剣であること。
少なくともナメクジの細腕では、とうてい振り回せない程の。
だけど、彼女はそれに躊躇いなく手を伸ばす。
「竜のなり損ないでしかない私には、出来ると思ってないでしょうけど!
今の私は違うのよ、この大馬鹿!!」
「貴女、何を言って――」
「《竜体》を見せてやるって、そう言ってるのよ!!」
次の瞬間、剣に宿る炎がブリーデの身体を包み込んだ。
驚く暇もなく、膨れ上がるのは強大な力。
「私は《大竜盟約》を支える礎、大真竜の一柱……!!
もう昔とは違うって、徹底的に刻み付けて上げるわ――!!」
声も、その激しい感情を伴った響きも。
昔とは何一つ変わらないまま。
以前とは比較にならない、大真竜を名乗るに相応しい力を宿して。
恐るべき月の竜が、私の前に姿を現した。
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