133話:不穏な共同戦線

 

「それマジで言ってる??」

「マジもマジの大真面目だよ?

 酷いなぁ、そんな疑われるような台詞だったかな」

 

 血肉混じりの鋼の残骸。

 自分の手で作った惨劇を足下に敷きながら、ドロシアは緩く笑っている。

 とりあえず自分を省みて欲しいところだ。

 まぁ言っても受け流されて終わりだろうから言わないけど。

 しかしテレサは突っ込まずにはいられなかったらしい。

 あからさまに不快な表情でドロシアを睨む。

 

「ふざけているのか?」

「だから大真面目だよ。

 そもそも《闘神武祭》はある程度の協力プレイは必須なんだ。

 何せ四方八方敵だらけだからね」

「言いたい事は分かるけどな」

 

 こんな会話をしてる間も、あちこちで戦闘音が鳴り響く。

 この辺だけ微妙に静かなのは、多分ドロシアがいるからだ。

 死の風が通り過ぎた後は屍が転がるばかり。

 ……ドロシアの言う通り、協力する事自体は別におかしな事じゃない。

 敵同士でも一時的に手を組むのは選択肢の一つだ。

 前の《死亡遊戯》でも、確かに俺はドロシアと協力して戦った――が。

 あの時と今では状況が違う。

 なのでドロシアの言葉は少し引っ掛かる。

 

「ぶっちゃけ必要ないだろ?」

「おや、僕の助けは不要って事かな?」

「いや、お前が俺達と協力する必要がないって意味でな」

 

 俺の指摘に対し、ドロシアはほんの少しだけ沈黙した。

 そう、ハッキリ言ってドロシアは強い。

 一部の真竜とか除けば、俺が戦った中じゃ間違いなく一番強い。

 仮に一対一タイマンで殺り合ったとして、俺も確実に勝つとは言い切れない。

 此処まで他の参戦者も見て、ドロシアに勝てそうな奴は皆無だった。

 ドロシア自身も戦力関係は正しく理解しているはず。

 なのにわざわざ「手を組みたい」とか、どうにも怪しさが先に来る。

 目的が見えない死神は、何処か意味深な笑みを浮かべていた。

 

「……勘が良い、って言えばいいのかな?」

「貴女が怪しいだけじゃないかしら」

「これは手厳しいなぁ」

 

 相変わらず威嚇音を発しながらアウローラがツッコミを入れる。

 ドロシアは冗談めかして笑いつつ、不意に剣を持つ方の手が揺らめいた。

 硬い金属音。それから彼女の足下に何かが落ちた。

 多分、どっかの誰かが狙撃でもしたのか。

 そしてドロシアが剣でその弾を叩き落したようだ。

 うーん、やっぱ化け物だなコイツ。

 

「いや、でも協力したいのは事実なんだよ?

 こっちもこっちで色々事情があるんだ」

「いや俺達はその辺の事とか分からんしなぁ」

「だよねぇ。僕も話せる事と話せない事があるからなぁ」

 

 口を開く程に胡散臭さが加速するのもなかなか凄いな。

 嘘とか腹芸とか苦手なタイプだよな、ドロシア。

 さて、戦火の気配も徐々に近づきつつある。

 此処で無駄に立ち話を続ける意味はあんまり無い。

 

「隙を見て離脱しましょう?」

「だなぁ」

 

 囁くアウローラの声に同意する。

 とはいえ、「隙を見て」と言うのは簡単だ。

 問題は相手からそんなものは微塵も見当たらない事だ。

 ドロシアは何気なく佇んでいるだけだが、纏う死の気配は尋常じゃない。

 その気になれば一瞬で剣の間合いに踏み込んでくる確信があった。

 

「まぁまぁ、警戒するのは分かるけど落ち着いてよ。

 繰り返すけど、この戦いでは協力できる相手を作った方が良いんだ」

「一応いるはいるんだけどな」

「あの性格の悪そうな森人の事かな? でも姿が見えないよね?」

「はい」

 

 どっかから見てる気はするんだけどなぁ。

 今のところ介入してくる感じもない。

 それは兎も角、死地のど真ん中でドロシアは呑気に言葉を続ける。

 

「単純に参加者同士の殺し合いだけなら、まぁ要らないお世話かもしれない。

 けど、それだけじゃないからこその《闘神武祭》なんだ」

「? どういう意味だ?」

「どうもこうも――」

 

 と、不意に轟音が周辺一帯の大気を震わせた。

 音……いや、これは咆哮か?

 何となく聞き覚えがあるのは気のせいじゃないだろう。

 ドロシアに視線を向ければ、彼女は満足げな笑みで頷いた。

 

「もう察しが付いたよね?」

「……成る程、まぁ確かに面倒ではあるな」

 

 応じながら、兜の中で小さく《鷹の目》の魔法を唱える。

 強化された視覚は、破壊された街並みの向こうに巨大な影を捉えた。

 前のゲームで乱入して来た「災害」の名を持つ怪物。

 《闘神》の分体という話だが、この戦場にも出てくるのか。

 しかも見える範囲だけでも二、三匹はいやがる。

 外見はそれぞれ異なるが、大体が翼を持たない竜に近い姿をしていた。

 

「僕はホラ、ああいう怪物退治はあんまり専門じゃないから。

 戦い方が慣れてるっぽい君と手を組みたい、と考えるのは自然な事だろう?」

「という建前か?」

「建前である事は否定しないけど、一応本音も含まれてるよ?」

 

 テレサのツッコミに対し、色々素直に応じるドロシア。

 うーん、そろそろ面倒臭くなって来たな。

 少なくとも嘘は言ってない、「言えない事は言えない」と言ってるだけで。

 ここでグダグダ話し続けても仕方ないのも間違いない。

 

「分かった」

「レックス、本当に良いの?」

「これで断ったら多分襲って来るだろうしな。

 あのデカいのが複数いるとなると、まぁ大分面倒だ」

「ハハハ、良く分かってるね」

 

 ドロシアはその辺も誤魔化す気はないらしい。

 正直は美徳かもしれんが、正直だから良いってモンでもないぞ。

 兎も角、俺の言葉にテレサは小さく頷いて。

 

「貴方の決定ならば異はありません」

「いや、悪いな」

「お気になさらず。仮にあの女が妙な真似をしても、私が対処しますので」

「それはそれで楽しみだなぁ」

 

 テレサは警告も兼ねて言ったようだが、相手を喜ばすだけだった。

 その手に剣は握ったまま、ドロシアはあっさりと距離を詰めて来た。

 アウローラさんから微妙に獣っぽい唸り声が聞こえてくる。

 うん、気持ちは分かるが落ち着いて欲しい。

 

「で、協力するのは良いが何時までだ?」

「そういうの気にするのかい?」

「いつ斬りかかってくるのか分かってた方が楽だろ、色々と」

「ハッハッハッハ」

 

 ドロシアさんは本当に楽しそうに笑うなぁ。

 なんて話してたら、あっちこっちから銃弾が飛んで来た。

 流石に一か所に留まり過ぎたか、周りにまた他の参加者が集まって来たようだ。

 この場で素直に弾が当たる可愛げのある奴は一人もいないが。

 

「《闘神》はこの都市の最上層にいる。

 向かう途中には多くの『災害』が放たれ、強固な防衛線を敷いてるんだ」

「とりあえず、それを突破するまでか?」

「そうだねぇ。君は《闘神》に用があるんだろう?」

「まぁな」

「では、一先ずそれで」

 

 無数の弾丸を見もせずに全て弾き落とすドロシア。

 剣を振るう手すらまともに視認できない。

 やっぱり技量って意味じゃあ隔絶しまくってるなコイツ。

 種族的には半森人のはずだが、或いは下手な竜よりも人外かもしれない。

 本来なら人の身では到達不能な深淵。

 ドロシアの剣は、そういった境地に届いているのか。

 

「では行こうか。進行方向には分かりやすい目印もある」

「そりゃ助かるなぁ」

 

 言いながら、ドロシアが示したのは正に巨大な怪物が暴れている方向。

 戦闘ヘリとかも集まってバリバリ銃撃を浴びせている。

 それに対し、「災害」は炎を吐き出したりと激しく反撃していた。

 戦況は文字通りの混沌カオス

 俺達――ドロシアも含めた俺達は、その真っただ中を改めて駆けていく。

 銃弾を弾き、殴り掛かってくる参加者を上から叩いて。

 血と炎と埃を払って前へ前へと走り続ける。

 ちなみに道中で遭遇した参加者の大半は、出会い頭でドロシアに斬り殺された。

 下手すると、やられた方は「斬られた」事にさえ気付いてないかもしれない。

 

「しかし災難だったね」

「? 何の話だ?」

「《闘神》の件だよ。そちらの彼女が求婚された本人だろう?」

「揶揄するつもりで言ってるのなら、言葉通り死ぬほど後悔させてあげるけど」

 

 世間話なノリのドロシアに、アウローラは低い声で唸った。

 イヤイヤと、ドロシアは首を横に振って否定する。

 

「そういう意図は無しに、本心から同情してるんだよ。

 正に事故みたいな話だしね」

「別に同情なんて求めて無いわよ。

 ホントにそう思ってるならそっとしておいて欲しいわね」

「いや、失言だったね。それは謝るよ」

 

 割と本気で不機嫌そうなアウローラに、ドロシアは素直に謝罪を口にする。

 うーん、この空気の刺々しさ。

 テレサは何も言わず、ただ常にドロシアへと注意を向けている。

 何かしようとすれば即座に動ける構えだ。

 当然ドロシアは気付いているだろうが、それを欠片も気にした様子はない。

 むしろ来るなら来たら良いと、内心思ってそうだな。

 

「しかし、《闘神》はその名の通り戦う事にだけ執着してると思ったんだけどね。

 今回の流れは意外だったよ」

「やっぱ様子がおかしいとか、そういう感じなのか?」

「僕もそこまで詳しくは知らないよ?」

 

 あくまで部外者だからね、とドロシアは肩を竦める。

 この《闘神武祭》をいきなり始めた事とか、勝手に暴走してる印象は強い。

 こっちも別に平時の《闘神》の人となりを知ってるワケじゃない。

 なのであくまで「そういう印象がある」ってだけの話だが。

 

「ま、恋は盲目とも言うし。

 ある日突然、愛に目覚めておかしくなってしまった――なんて。

 決してあり得ない話ではないかもしれないね」

 

 冗談めかした言葉を口にしながら、ドロシアはクスリと笑う。

 仮にそうだとすれば、巻き込まれた側は実に迷惑な話ではある。

 同時に、文句を言うのも不毛な話だ。

 ソレしか見えていない相手に、何を言ったところで通じる道理も無いだろう。

 結局、アレコレ考えても「殴り倒す」という結論は変わらないしな。

 

「…………」

 

 不機嫌オーラは発しつつも。

 今のドロシアの発言には、アウローラは何も言わなかった。

 多少なりとも思う事があったか、微妙な表情で黙り込んでいた。

 俺はそんな彼女の頭を軽く撫でた。

 それに応えるように、抱き着く手の力が少しだけ強まった。

 何か声を掛けるべきかと、一瞬思考したところで。

 

「っと……!」

 

 吹き付ける敵意を感じ、俺は大きく地を蹴る。

 少し遅れて真っ赤な炎が大気を焼き、先程までいた辺りを薙ぎ払う。

 放ったのは当然「災害」だ。

 《闘神》の分体どもは、その眼を敵意で燃やしながら俺を睨んでいた。

 さっきまでは参加者相手に適当に暴れていたはずだが。

 今は完全にこっちにだけ殺気を向けてくる。

 

「主催者による個人狙いとか地味に問題じゃないか??」

「恋敵にかける情けは無いって事だろうさ」

 

 ドロシアさんは本当にいつでも楽しそうだな。

 などと言ってる間にも、「災害」どもは戦場を激しく揺さぶる。

 その顎から炎を吐き出しつつ、俺達の方に突撃してくる。

 実際のところ、標的は俺だけだろうが。

 

「どうしますかっ?」

「真面目に相手するのも馬鹿らしいよな」

 

 判断を仰ぐテレサに俺は即座に応える。

 「災害」はあくまで障害物で、必ずしも仕留める必要はない。

 だったらまぁ、やる事はハッキリしている。

 

「適当に叩いて、それから隙を見て切り抜ける。

 大丈夫そうか?」

「ご心配なく。足手纏いにはなりません」

「それはあんまり心配してないな」

 

 俺の言葉にテレサは少しだけ笑った。

 狂ったように吼え猛る「災害」は、もう間近まで迫っていた。

 巻き込まれて吹っ飛んでる他の参加者たちは、まぁご愁傷様だ。

 飛んでくる炎を鮮やかに躱しながら、先ずはドロシアが先んじた。

 

「ハハハッ!! さて、ちょっとばかり踊ろうか!」

 

 見上げる程の巨体を物ともせず、死神の刃が閃く。

 鱗と肉を裂かれながらも、「災害」の燃える眼は変わらず俺を見ていた。

 そんな熱く見つめられてもな。

 

「こんな三下、時間をかける必要もないわね」

「まったくだ」

 

 笑みを含むアウローラの囁きに頷いて。

 俺は《跳躍》の呪文を唱えて、そのまま大きく跳んだ。

 宙を舞う俺の直ぐ傍を「災害」の吐き出した炎の《吐息》が掠める。

 自分の吐いた炎で視界を塞がれている怪物。

 その顔面へと思い切り剣を突き立てた。

 

『GAAAAA――――ッ!!?』

 

 苦痛に叫ぶ「災害」の眼を潰し、ダメ押しに何度も斬り裂く。

 それからさっさと飛び降りて、振り回される尾や爪から距離を取る。

 尚も追って来ようとする「災害」だが、その巨体が大きく後方へと弾かれた。

 やったのはテレサだ。

 得意の《転移》による打撃はバカでかい怪物だろうと構わず吹っ飛ばす。

 このまま抜ける事が出来れば楽なんだが、そう簡単には行かない。

 周りには続々と怪物の巨影が集まりつつあった。

 一体何匹ぐらいいるんだろうな、コイツら。

 

「大丈夫?」

「がんばる」

 

 テレサもいるし、何とかなるだろう。

 ついでにドロシアもとりあえず味方っぽい感じで暴れている。

 未だに動きを見せない糞エルフは気になるが。

 一先ずそれは頭の片隅に追いやり、眼前の嵐を突破する事に集中した。

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