306話:嵐の王との戦い

 

 稲妻が大気を焼く。

 さながら横殴りの雨みたいに、次々と放たれる雷の槍。

 一発でも直撃すれば死にかねない威力。

 それを剣で斬り砕き、力場の盾で受け流して。

 俺は真っ直ぐに突撃する。

 嵐を纏う大真竜、ヘカーティアに向けて。

 

「おおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 叫ぶ。

 気合いを入れなきゃ近付く事さえ難しい。

 剣の柄を強く握り、刃からも力を引き出す。

 内で燃える炎を意識しながら、風の壁を無理やり引き裂く。

 

「図に乗るなよ人間――!!」

 

 鋼の鱗でその身を覆う人竜。

 魂を実体化させたヘカーティアは怒り任せに吠えた。

 雷の槍を放ちながらその拳を握る。

 向かって来る俺を迎え撃つ形で、全力で振り抜いて来た。

 風が渦巻く。

 拳の一撃から生じた小型の竜巻。

 当然、回避できるようなタイミングじゃない。

 それを。

 

「相手は彼だけじゃないのよ、ヘカーティア!!」

 

 鋭い声と共に、アウローラが《吐息ブレス》を放った。

 眩い閃光、それに重ねる形で青白い光も突き刺さる。

 そちらはテレサの《分解》の一撃だ。

 二重の威力を受け、俺を呑もうとしていた竜巻は砕け散る。

 相殺した余波は鎧で防ぎ、俺は地を蹴った。

 

「《跳躍ジャンプ》……!!」

 

 魔法による脚力の強化。

 砕かれた風の渦を抜けて、一息に間合いを詰める。

 敵意と憤怒で燃え上がる大真竜の眼。

 それを正面から睨み返し、俺はとうとうヘカーティアを剣の間合いに入れた。

 

『さぁ此処からだぞ、竜殺し!

 ヘカーティアは人型での戦闘にも慣れている!

 油断はするなよ!』

「おうよ……!!」

 

 剣に宿るボレアスに応じながら、先ずは上段から刃を打ち込む。

 初手から首を断ち切るぐらいの一刀。

 ヘカーティアは、それを慣れた動きで躱して見せた。

 ボレアスの言う通り、明らかに白兵での戦いに慣れた動きだ。

 

「嵐のど真ん中に飛び込んだ、その無謀さを知るといい!!」

 

 牙を剥く竜の表情そのもので、ヘカーティアは笑う。

 その鱗に雷が走り、両手の拳に収束。

 完全に殴り合う構えだ。

 

「簡単に死んでくれるなよ、竜殺し!!」

「言われるまでもないな!」

 

 叫び返し、同時に頭を下げる。

 一瞬遅れて、さっきまで頭があった空間を稲妻が突き抜けた。

 ヘカーティアの打ち込んで来た拳だ。

 雷光を纏って加速するのは、アカツキや《爪》辺りと似ている。

 が、速度はこっちの方が何倍も速い。

 ぶっちゃけ眼で捉えるのは不可能に近かった。

 だから。

 

「ッ――――!!」

 

 兎に角、勘でどうにかする。

 幸い相手は人型だ。

 慣れた動きではあるが、逆に言えば予想できる範疇の動きで。

 想定の外側から突然殴り掛かって来るような、そんな奇抜さは無い。

 それでも、俺一人ならとうに拳で粉砕されてるだろう。

 だがそこは頼れる仲間がいる。

 

「強化は詰め込めるだけ詰め込んだから!

 頑張って、レックス!!」

 

 アウローラが、後方から支援を山ほど飛ばしてくれている。

 様々な身体強化から雷や衝撃への耐性に、鎧の頑強さも底上げしてくれている。

 自前の力場の盾も合わせれば、直撃も何発かは耐えられそうだ。

 同じだけの強化を受けて、テレサも間合いに踏み込んでくる。

 

「受けろ、ヘカーティア……!!」

 

 俺が正面からなのに対して、彼女は死角からの一撃離脱。

 《転移》から打ち込まれる打撃は、鱗の上からでも凄まじい衝撃を通している。

 一発入れたらすぐさま《転移》で離れる。

 負担のデカいヒットアンドアウェイだが、効果的な戦い方だ。

 こっちも負けじと刃を振るい、鋼の鱗を削り取る。

 

「この……っ!?」

「どうした。余裕が無いぞ大真竜!!」

 

 僅かに苛立ちを見せる相手に、俺は敢えて挑発めいた言葉を吐く。

 硬いし、ヘカーティア自身の動きも速い。

 大振りの一撃ではそう当たらないし、逆に拳や稲妻の反撃が飛んでくる。

 止まない風は見えない壁となり、こっちの動きだけを阻害する。

 本当に厄介極まりない。

 厄介極まりないが――少しずつ慣れては来た。

 アウローラとテレサの援護も大きい。

 こっちもこっちで、剣に宿る炎を限界まで燃え上がらせる。

 

『全力だな、竜殺し!』

「そんぐらいやらなきゃ死ぬからな!」

 

 紙一重だ。

 相手も万全じゃない。

 《竜体》を維持しながら、その内部でも魂を実体化。

 それで今、俺たちと戦っている状態だ。

 ……想像ではあるが、多分イーリスの奴も何かしている気がする。

 その予想が正しければ、ヘカーティアは三つの戦場を同時に処理している。

 幾ら大真竜だろうが、それは相当に厳しいはずだ。

 本来なら鎧袖一触で打ち砕ける相手。

 それだけの力の差があっても、苦戦を強いられる程に。

 

「ッ、ガアアァア――――!!」

「うぉ……!?」

 

 突如爆発するヘカーティアの咆哮。

 それは強烈な風の圧力を伴い、俺を一時的に間合いから引き剥がす。

 間髪入れずに、相手の口元から青い光が漏れる。

 《竜王の吐息ドラゴンブレス》だ。

 溜めチャージがかなり早い。

 殴り合っている間に、少しずつ溜め込んでいたか。

 一瞬にして発射体勢に入った稲妻の《吐息》。

 放たれる直前にアウローラが動いた。

 

「ガアァ――――ッ!!」

 

 負けじと轟く竜の咆哮。

 ヘカーティアの放つ雷光と、アウローラの放つ極光。

 二種類の《吐息》が正面から激突した。

 拮抗は一秒も持たない。

 あっという間にアウローラの側が力負けして押し込まれる。

 

「ッ……!!」

 

 単純な力の大きさでは、やはりヘカーティアが圧倒している。

 それでも、稲妻の《吐息》は押し留める事ができた。

 動くには十分過ぎる時間だ。

 

「テレサ!」

「はいっ!!」

 

 呼びかけながら、俺は走る。

 両者の《吐息》が激突しているすぐ傍を。

 周囲に飛んでくる余波だけで鎧が削れるが、構わず地を蹴る。

 テレサの方は距離を置き、《分解》の術式を発動。

 《吐息》を放っているヘカーティアに向けて連射する。

 物質をその言葉通りに《分解》する魔法の光。

 ヘカーティア相手には、それは必ずしも決定打にはならない。

 直撃しても鱗を何枚か削る程度か。

 それをヘカーティアは分かっているから、防ぐ事もせずに身体で受ける。

 強化した脚力で、そこに俺が突っ込んだ。

 

「ハッ――――!」

 

 ぶつかり合う《吐息》。

 その余波で鎧と中身をボロボロにしてる俺を、ヘカーティアは笑った。

 ――何て愚かな真似を。

 危険極まりない最短距離を駆け抜けて。

 《吐息》と《分解》の光を目眩ましに、真っ向から奇襲を掛けるつもりかと。

 多分、ヘカーティアの予想はそんなところだろう。

 実際に、こっちも上手く行ったら良いなとは思っていた。

 上手く行かない事も分かっている。

 だから構わず、俺は剣を構えた。

 

「オラァッ――――!!」

 

 叫ぶ。

 出しっぱなしの全力で、振り上げた剣を叩き込む。

 それに対し、ヘカーティアは当然のように防御の体勢を取る。

 鋼の鱗は強靭で、竜殺しの刃ですら簡単には断ち切れない。

 《吐息》を放っている状態では、ヘカーティアも下手には動けないのだ。

 多少のダメージは覚悟で、大真竜はその刃を受け止めた。

 受け止めて。

 

「ッ――――!?」

 

 鱗の数枚どころか、肉を抉られ骨に達した一刀に。

 流石のヘカーティアもあからさまに動揺した。

 

「引っ掛かってくれてありがとな……!!」

 

 《分解》だろうが、直撃しても大した事はない。

 そう思っていたんだろう。

 実際、テレサが連続で叩き込んでも鱗を幾らか削っただけ。

 腕とか首とか、要所を狙って撃たれていた事にヘカーティアは気付かなかった。

 俺がやったのは、薄くなった鱗を全力でぶった斬っただけだ。

 

『力の差を過信し過ぎではないか、大真竜!!』

「言わせておけば……!!」

 

 ここぞとばかりに、剣の内からボレアスも煽って来る。

 で、キレてるとこ悪いんだけど。

 

「こっちの事を忘れてない、ヘカーティア!!」

 

 予想外のダメージに、集中力も乱されて。

 力が弱まったところに、一気にアウローラの方が押し込んだ。

 稲妻を砕き、極光の《吐息》がヘカーティアに突き刺さる。

 その寸前、《転移》して来たテレサが俺を引っ掴んで更に跳んだ。

 

「悪いなぁ!」

「このぐらいは……!」

 

 爆発。

 今の状態で、アウローラが出せる最大の威力だろう。

 割と巻き込まれるギリギリだった。

 炸裂した威力は、《竜体》の内側さえも大きく削り取る。

 ……出来れば、これで終わって欲しいが。

 

「まぁ、無理だよな」

『むしろ、まだまだこれからが本番だろうよ』

 

 長いな本番。

 ボレアスに応じるより早く、稲妻が走った。

 爆発で撒き上げられた煙を裂いて、再び放たれる雷の槍。

 俺の肩に触れた状態で、再びテレサが《転移》を発動した。

 間一髪で直撃は避け、俺たちはヘカーティアの後方に再出現する。

 纏う鱗の三割近くが焼け落ちているが、大真竜は未だ健在。

 放つ力は衰える様子を見せていない。

 

「弱いメンタルに比べて、身体の方は相変らず頑丈ね」

「黙れよ《最強最古》……!」

 

 肩で息してるのに罵倒するのは忘れないアウローラさん。

 ダメージは与えている。

 総がかりの全力で、攻防もギリギリ成立してはいた。

 

「でもまぁ、やっぱりしんどいな」

「同感です」

 

 俺の呟きに、テレサは小さく頷いた。

 風が唸り、こっちにまた稲妻が無数に降り注ぐ。

 俺とテレサは同時に走り、雷の槍を剣や魔法で迎撃する。

 死ぬ気で距離を詰めて、剣の間合いに入る作業だ。

 一歩間違えれば粉々に砕ける嵐の中を、兎に角走り続ける。

 そうして近付いたとしても、相手の首まで刃を届かせる距離は更に遠い。

 多少鱗を削り、肉や骨を断ったとしても。

 大真竜であるヘカーティアを仕留めるにはとても足りなかった。

 それを分かっているから、相手もブチギレていても焦りは見られない。

 

「――ま、それはそれだな」

 

 ぶっちゃけ策とかもあるワケじゃない身だ。

 やると決めた以上、ただ全力でぶつかって行くしかない。

 テレサやアウローラに敵意ヘイトが向かないよう、前へと出続ける。

 死線が何度も傍を掠めるが、気にしても仕方がないので無視だ。

 しくじったら死ぬだけ。

 それこそいつもの事だった。

 

「レックス殿!」

「大丈夫だ」

 

 前に出過ぎだと。

 そう危惧したテレサが警告を発する。

 アウローラはこちらを見ていない。

 少しでも俺の負担を減らそうと、全力で援護や《吐息》を撃ち込んでる。

 実際、そのおかげで大分寿命が延びていた。

 

「こっちはこっちで、出来る限りやってるからな」

 

 呟く言葉は、誰に向けての言葉でもない。

 刃の間合いに入ったヘカーティアも、応じる事無く聞き流す。

 それでいい。

 仮に届いていたとしても、別に大した違いはないだろう。

 アイツはアイツで、やる事はやってるはずだ。

 

「そっちはそっちで頑張ってるか、イーリス……!」

 

 今もヘカーティアの内に呑まれたままの魂。

 その名を口にしながら、俺は鋼の鱗を刃で削り取った。


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