283話:必滅の月光

 

 二刀と一刀。

 手数の差は見たまま二倍。

 そして剣の技に関しては、やっぱりウィリアムに分があった。

 サイズも使い勝手もまるで違うだろう二本の刃。

 腹立たしいけど、それを自在に操る糞エルフの腕前は見事と言う他ない。

 けれど、レックスの方も負けてはいない。

 

「相変わらず人外じみた動きだな、竜殺し!」

「そっちも太刀筋から性格滲み出てるぞ!」

 

 常に死角を狙う白刃も。

 防御ごと断ち切ろうとする大剣も。

 そのどちらも、レックスはまともに受けずに捌き切る。

 白刃は刀身で防ぎ、大剣の一撃は紙一重で身を躱す。

 いつも通りの彼の戦い方だ。

 不格好で、とても華麗とは言えないけど。

 死神の手から逃げ回るように、彼はウィリアムの猛攻を正面から凌ぐ。

 

「……貴女はどっちが勝つと思う?」

「暢気にそんな話してる場合?」

 

 腕の中のブリーデに問いかければ、唸る声が返って来た。

 まぁ、それは確かにその通りだけど。

 

「アイツ――ウィリアムは、最初の“森の王”の剣を持ってる。

 私が大真竜なんて分不相応の地位にいられたのは、半分ぐらいはアレのおかげ」

「つまり、今の糞エルフは大真竜並みの力があると?」

「流石にそうとは言わないわ。

 まだ完全に使いこなせてるとは思えないし」

 

 現時点でも、随分と上手く扱っているように見えるけど。

 流石にそこは最も古い武器鍛冶の眼。

 私には見えてないモノが見えているのかもしれない。

 何だか生意気なので、無事な方の手でほっぺたを引っ張っておいた。

 

「ちょ、ふざけてんの……!?」

「ふざけてはないわね。

 まぁ、どれだけ大層な武器を持ってたって彼には及ばないわ。

 だから何の問題も――」

 

 そう、私が自信を口にしかけた時。

 

「ッ……!?」

 

 拮抗していた二人の戦いに、変化が生じた。

 突然、レックスが何もない場所で大きく身を躱したのだ。

 何が起こったのかは、すぐには理解できなかった。

 次の瞬間、レックスがいた辺りの床に幾つもの斬撃の痕が刻みつけられる。

 ただの一振りで生じる無数の太刀風。

 ……今のは、まさか。

 

!」

「流石、初見でなければ対応可能か」

 

 ウィリアムは笑みを深め、剣を巧みに操る。

 そうだ、今の技。

 アレは戦争都市で出会ったハーフエルフの剣士、ドロシアと同じ。

 一振りで複数の斬撃を同時に放つ不可思議な業。

 それをまさか、ウィリアムの奴が使って来るなんて。

 

「アレは最初の“森の王”が編み出した技。

 “森の王”の魂が宿ったあの剣なら、使える可能性はある。

 ……あるけど、まさかあんな即出来るようになるなんて……」

 

 ブリーデから見ても、それは驚くべき事であるらしい。

 私も流石に、先ほどまで感じていた余裕はなくなっていた。

 後ろにジリジリと下がりながら、レックスはひたすら攻撃を受け続ける。

 ウィリアムの手に「技」が加わった事で、手数は倍どころじゃない。

 全方位から襲って来る斬撃の嵐を、辛うじて剣と鎧で受け流す。

 それだけでも十分に驚異的だけど。

 

「きっついなオイ……!」

 

 少しでも距離を置いた瞬間、ウィリアムは白刃を振るって斬撃を飛ばしてくる。

 それを受けようが避けようが、待っているのは斬撃の檻だ。

 仮に古竜が相手でも耐え切れないだろう剣の嵐。

 その渦中にあって、レックスは未だに直撃を受けていない。

 相対するウィリアムも、驚きを通り越して呆れているようだった。

 

「正直、自信を無くすな。

 俺としてはもう仕留めているつもりだったんだが」

「そう簡単にやられるかよ。

 後、言う割には全然残念そうでもないよな?」

「まぁ、この程度で死ぬ男とも思ってはいなかったからな」

「そうかよ」

 

 ……まるで、気安い友人同士みたいに。

 レックスとウィリアムは、いつもと変わらぬ調子で言葉を交わす。

 今は剣風吹き荒ぶ死闘の最中だというのに、本当に変わらないままだ。

 

「……男相手に妬くのは流石に見苦しいと思うわ」

「ナメクジが生意気なこと言ってるわね。

 次言ったらお腹の中を素手でかき混ぜてやるから」

「だから、そういうトコが嫌いだって言ってるのよ……!」

 

 ジタバタもがくブリーデを抑え付けて。

 私は一瞬でも目を離さぬよう、二人の戦いを見ていた。

 戦況は明らかにレックスが不利。

 未だにロクに反撃も出来ず、最初から延々と守勢を強いられている。

 二刀の手数はドロシアの「技」によって何倍にも増え。

 距離を離せば「飛ぶ斬撃」が襲って来る。

 足を止めた瞬間に刃が無限無数に飛んでくると、戦い方に一切死角はない。

 逆にその状況で耐え続けてるレックスもおかしいんだけど。

 ……そう、押されているのは彼の方だ。

 けれど、戦いの天秤そのものは拮抗していた。

 

「大分辛そうだな!」

「なに、お前ほどではない……!」

 

 鎧の表面は切り刻まれ、中の身体も既に幾度か刃を受けてしまっている。

 ボロボロの状態ながらも、レックスの動きに陰りはなかった。

 対するウィリアムは、一瞬たりとも攻勢を緩めない。

 いや、緩めることなどできなかった。

 まだそれほど長く攻防を繰り広げたワケではない。

 それでも、ウィリアムの消耗は目に見えるほど激しかった。

 ……考えてみれば当然か。

 確かにアイツは、ブリーデの剣を奪った事で大真竜に迫る力を得た。

 だけどそれはあくまで余所から取り込んだ力だ。

 あっという間に使いこなしたのは確かに凄まじい。

 けど、不慣れな心身には一体どれほどの負荷が掛かっているか。

 その状態を見抜いているからこそ、レックスも防戦に専念している。

 無理に反撃をせずとも、耐え続ければウィリアムは息を切らす。

 

「この程度で力尽きると思われてるなら、それこそ心外だな……!!」

 

 当然、ウィリアム側もそんな狙いは分かっているだろう。

 不敵な笑みと共に糞エルフは叫ぶ。

 剣を一度振るだけでも、相当な消耗を強いられるはず。

 それを繰り返してもう何十回、何百回?

 何ならとっくに力を使い果たし、衰弱死を迎えてもおかしくはない。

 にも関わらず、ウィリアムは止まらなかった。

 防ぎ続けるレックス、その守りを突き破ろうと月の刃を叩き込む。

 

「流石にしぶとすぎるだろ……!」

「それはこっちの台詞だと思うがな!!」

 

 ……声だけ聞いてると、遊んでいるのかと勘違いしそうね。

 ウィリアムの攻め手は、私がブリーデから受けたモノと比べて遜色はない。

 人の身でそれ程の力を死ぬ事もなく操っている。

 気合いだとか、そんな事で何とかできる次元じゃない。

 レックスもそうだ。

 私でもまともに受けたらどうしようもなかった攻撃密度。

 それを浴びせられながら、ギリギリのところで耐え切っている。

 ……本当に、凄まじい。

 彼の強さは知ってるつもりだったけど、これは流石に驚くしかない。

 いきなり急激に強くなったとか、そんな事が起こると思えないけど……。

 

「……意地、かしらね」

 

 ぽつりと。

 諦めて大人しくなったブリーデが、そんなことを呟いた。

 

「多分、コイツにだけは負けたくないっていう意地。

 それがあるから、限界超えてるんじゃないかしらね。あの二人」

「……不条理だし、不合理ね。そんな事があり得る?」

「私だって、確信を持って言ってるワケじゃないわ」

 

 肩を竦めるブリーデ。

 まぁ、そうよね。

 不条理で不合理で、だからまともに考えたってその結論には辿り着けない。

 それでも、確かに言える事は。

 

「あの二人は、実際にその通りになってる」

 

 私たちの見ているもの、それが全てだった。

 大真竜の領域に届く力を、生身で振り回すウィリアムも。

 それを受けながらも耐え続けるレックスも。

 どちらも、常識とか道理で語れる範疇にはいなかった。

 或いはこの二人の戦いだからこそ、互いにその領域に至ったのか。

 ……やっぱり微妙に腹立たしいのは、口に出さないでおこう。

 また余計なことを言われても敵わない。

 レックスも、ウィリアムも。

 どちらも今は、目の前の相手しか見えていなかった。

 

「ッ……!」

 

 僅かに、拮抗していた天秤が揺れる。

 崩れたのはレックスの方だった。

 ウィリアムが叩きつけてくる剣の嵐。

 その暴風を受け切れずに、堪らず後ろへ下がったのだ。

 距離はなるべく大きく離す。

 これまでのパターンなら、先ずは斬撃が飛んでくる。

 それを受けるか、避けるか。

 そのどちらでも間合いを詰めたウィリアムが、再び無数の剣を叩き込む。

 レックスはその辺りを想定し、咄嗟に間合いを広く離していた。

 体勢が崩れた状態で「技」を受けるのはキツいと、そう判断したのだろう。

 対するウィリアムは――。

 

「――離れたな」

 

 斬撃は飛ばさない。

 大剣を振り被った状態で、動きを止めていた。

 ……ウィリアムの方が常に攻め続けていた理由は明白だ。

 レックスの手札には、剣以外にも魔法がある。

 これを自由に使われたなら、攻守は逆転する可能性が高い。

 だからこそ、ウィリアムはここまで一度も攻撃の手を緩めなかった。

 なのに今、エルフは剣を振るう手を止めている。

 消耗がとうとう限界に達したのか、とか。

 反撃に移る好機だと、傍から見ている私には感じられた。

 けど、当事者であるレックスは違った。

 何かが来ると、眼前の彼だけは危険を察知していた。

 

 

 その一言と共に、ウィリアムは剣を振り下ろした。

 見えたのは青白い輝き。

 斬撃が飛ぶとか、そんなレベルじゃない。

 大剣を振った軌道上と、更に間合いの遥か外まで。

 まるで巨大な竜の爪で抉られたみたいに、床から壁から綺麗に消滅していた。

 破壊の痕跡は、テレサが愛用する《分解》のモノに似ている。

 ……いや、まさか。

 まさか剣の技で、《分解》と同じ現象を引き起こした……!?

 

「……最初の“森の王”が、古竜を仕留めるために編み出した奥義。

 そこまで使えるようになるとか、本当にアイツはなんなの……?」

「私はその“森の王”とやらが何なのか聞きたいぐらいだけど……」

 

 ブリーデが鍛えた《月鱗》の剣があるとか。

 諸々の条件はあるでしょうけど。

 それにしたって、剣技で《分解》を振り回すとか。

 しかも破壊の範囲もかなり広い。

 流石にこんなもの、レックスでもまともに受けたら……!

 

「あっぶないなオイ!」

 

 当たり前だけど、直撃するような彼ではなかった。

 紙一重、本当にギリギリの紙一重。

 消滅した斬撃痕のギリギリ際のところで、レックスは無様に転がっていた。

 鎧の一部は引っ掛かったのか、綺麗な断面を見せている。

 

「……今のは仕留めたと思ったんだがな」

「こっちも死んだと思ったわ」

 

 ため息交じりに笑うウィリアム。

 追撃しないのは、先ほどの奥義の消耗があるからか。

 レックスも応えながら起き上がる。

 今のを避けられたのは、単純に運が良いだけのはずだ。

 蜘蛛の糸よりもか細い死線の上。

 二人は未だにその上に立ち続けている。

 まるで気安い友人同士のように、楽しげに笑いながら。

 

「それで、降参するなら受け入れるが」

「お前の冗談は面白くないって言わなかったっけ? 言ってない?」

 

 どっちも負ける気なんてサラサラない。

 最後に勝つのは自分だと、欠片も信じて疑わない。

 レックスとウィリアム、どちらも同時に剣を構え直した。

 次の瞬間で終わるようにも。

 永遠に決着が付かないようにも。

 私の目からは、そのどちらもあり得るように見えた。

 ……けど、決着が付かないなんて事はあり得ない。

 戦う二人が、どちらも等しく結果を出すことを望んでいるから。

 

「やるか」

「おう」

 

 ほんの少しだけ、お互いに一息吐いて。

 終わらない戦いは、まだ続く。

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