第六章:二人の男の無意味な決闘
282話:始めるか
二つの剣が激突する。
ウィリアムの一撃は鋭く、そして重たい。
相手が古竜であっても、容易くその首を刎ねられるだろう。
その必殺の刃を、レックスは正面から受け止めた。
一歩も退かず、その場でしっかりと。
同時に、何かが砕ける音が耳に飛び込んで来た。
「……礼を言った方が良いのか? コレ」
「ハンデ付きだったから負けた、などと言い訳されたくはないからな」
砕けた破片がレックスの足下に転がる。
それは彼の剣を鞘に封じていた鋲だった。
どうやらさっきのウィリアムの一刀を受けた時に、破壊されたようだけど……。
「これで条件は対等だ。
そう考えて問題はあるまい?」
「あぁ、それで良い」
笑うウィリアムに対し、レックスはいつもの調子で頷く。
再び二人の間で空気が張り詰めて……。
「オイちょっと待て!!」
そこにイーリスの声が割り込んで来た。
私はとりあえず、ブリーデを抱えた状態で距離を取る。
いつ始まってもおかしくない空気だから。
レックスも、ウィリアムも。
今はもう、目の前の相手しか見えていない。
「何をいきなりおっ始めてんだよ!?
姉妹喧嘩が丸く収まったンならそれで良いだろ!」
「いいや、良くはないだろう。
ここまでは最初からの予定通りだ」
淡々と。
抗議めいたイーリスの言葉にも、ウィリアムは律儀に応じる。
剣は構えて、レックスと睨み合ったまま。
「大真竜であるブリーデに取り入って、最初の森の王の魂を宿した剣を手に入れる。
見ての通り、目的を果たすことはできた。
剣は俺を担い手としても認めている。
そう、ここまでは予定通りで何の問題もない」
「それで、俺に喧嘩を売り直すのも予定通りか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
曖昧な答えだった。
ふざけているようにも聞こえるけど、多分そうじゃない。
「こんな状況で戯言か」
「いいや、本気だとも。大真竜の力、その一端を手に入れた。
それで終わりにして、お前たちに手を貸すという選択もないではなかった。
……だが、あぁそうだな」
テレサの問いに、ウィリアムは笑った。
その笑みは、まるで竜のように剣呑なものだった。
視線はレックスを――彼にとっての宿敵だけを見ていた。
「意地、とでも言うべきなんだろうな。
力を得た。策を弄して手にした、借り物に近い力ではある。
それでも、かつて負けた時を上回る力だ。
――であるなら、これは好機だ。
以前、負けた分の借りを清算するには良い機会だ」
片手に、ウィリアム自身が愛用している細身の白刃を。
もう片方の手に、ブリーデから奪った月の大剣を。
それぞれに構えながら、ウィリアムは笑う。
同胞のために全てを行っていたはずの男が、この瞬間だけは違っていた。
ただ、あの時の森で受けた敗北。
その借りを返すためだけに、何の得もない戦いを仕掛けて来た。
ウィリアムという男を知っていたつもりなだけに、姉妹は驚きに絶句していた。
私も正直、そんな理由で挑んでくるとは思ってもみなかった。
『お前マジか。マジでやる気か?
一応聞いちゃいたけど、そんなんする意味あんの?』
「意味など二の次だ。
単純に、負けたままではいられんというだけの話だ」
「まーな、そのまんまじゃ悔しいもんな。
俺もいつか、あのボコボコにされた黒い奴とはリベンジしたいし」
胡乱げな猫に対して、レックスだけは理解を示していた。
うんうんと頷き、改めて手にした剣の切っ先をウィリアムへと向ける。
封印の外れた刃は、既に鞘から解き放たれた後だった。
「実際、この先も協力するって言ってもな。
そのまんまじゃいつ後ろから斬りかかって来るか分からんし。
――あの時は、最後の最後で横槍が入った形だった。
今回はハッキリと白黒つけるか」
「同じ考えのようで安心したよ、戦友よ」
「友達呼ばわりはご遠慮願いたいなぁ」
笑う。
レックスもウィリアムも笑っていた。
そんな様子を、腕の中のブリーデも信じられない顔で見ていた。
「ちょっと、ウィリアム……!」
「あぁ。悪いが、この剣は暫く借りるぞ。
必要がなくなれば返しても良い」
「いやアンタ、何をそんなふざけたことを……!!」
「剣に宿った王も、そうするべきだと言っている。
お前は、戦うために自ら剣を取るべき者ではないとな」
「ッ……!!」
その一言に、ブリーデは言葉を失っていた。
……最初の森の王、と言っていた。
私は詳しくは知らないけれど、よっぽど知った相手なんだろう。
何だかちょっと妬けてしまったから、後で思い切り噛み付いてやろう。
今はそれどころじゃないので、後の楽しみに取っておく。
「俺の目的は、あくまでレックスと決着を付ける事だ。
他の者がどうしようと興味はない。
先へ進むも良いし、この場に留まるのも良い。
――だが、無粋な横槍だけは勘弁願おうか。
お前のことだぞ、ゲマトリア」
「ギクッ!?」
……そういえば、すっかり存在を忘れてたわ。
塔の遥か上へと続く大階段。
その隅っこでコソコソしていた元・大真竜。
幼い娘の姿となったゲマトリアが、こっそりと上に行こうとしていた。
「コッペリアにでも救援願う予定だったんだろうがな。
少しばかり、そこで大人しくしていろ」
「いやいや、それ聞く必要ないですからね!?
それにコッペリアさんなら、きっとこっちに気付いてるはず!
だから――」
「……であれば、此方は上を目指すべきだろうな」
そう言ったのはアカツキだった。
彼は高速移動で、一瞬で階段上のゲマトリアの背後を取っていた。
間抜け顔で首を傾げているところを、そのままガッチリと捕獲する。
「あっ! ちょっと、コラ! 離して下さいよ! 離せー!?」
「抵抗は推奨しない。大人しくすれば手荒な真似はしないと約束しよう」
ジタバタと暴れる幼女に、アカツキは微動だにしない。
アレでも相当なパワーでしょうけど、アカツキを振り払う程ではないようだ。
レックスは剣を構えた状態で、チラリと自分の後ろに視線を向ける。
応じたのは、黙って眺めていたボレアスだ。
「お守りをして来いと、そういう話か?」
「悪いなぁ、頼めるか?」
「仕方あるまい。ここで見物も良いが、いい加減に我も暴れたい気分だ」
喉を鳴らして笑うと、ボレアスも大階段へと向かう。
「ヴリトラ、お前もあっちに行ってやれ」
『いや隅っこで寝てちゃダメっすか??』
「あの状態では《最強最古》は暫く動けまい。
この先はコッペリアによる直接的な妨害が襲って来るだろう。
戦力は多い方が良い」
『ホントお前は……いや、良いよ。分かったよ、行って来るわ。
お前と行動するよりは全然マシだって今気付いたわ』
「失礼な猫だな」
面倒そうにしつつも、猫はドタドタとボレアスの方へと向かう。
さて、そうなると。
「主よ、私たちは」
「私とレックスが行けない以上、手は増やしておきたいわね。
特にイーリスの《奇跡》は此処ではとても有効だもの。
行って貰って構わない?」
「いや、それは勿論良いけどよ……」
やや不安そうな表情を見せるイーリス。
その心配は自分たちではなく、私たちへと向けられていた。
まったく、気遣うならこっちよりも自分の命にしなさいって話よ。
「私と彼は大丈夫よ。
それより、ここは大真竜の庭なんだから。
他人の心配よりも、自分の身を守ることを考えなさい。
テレサ、イーリスを守るのは貴女の役目でしょう?」
「勿論です、主よ」
「じゃあ気を付けて行って来なさい。
戦力を引き付けるぐらいで良いから、本丸が出てきたら無理しないように」
私の指示に、姉妹は揃って頷いた。
そのまま振り返ることなく、先に行ったアカツキたちの方へと向かう。
一先ずはこれで良いわね。
と、そこで視線に気が付いた。
「なに?」
「…………別に」
見ていたのは、腕の中のブリーデだった。
私が血まみれなものだから、白い装束や肌が赤く汚れてしまっている。
何となく、昔を思い出して笑ってしまう。
「いきなり笑い出す意味が分からないんだけど……」
「別に、ちょっと昔を思い出しただけよ」
「この状況で思い出す『昔』とか、絶対ロクな奴じゃないでしょ……」
別にそんなことないわよ?
まぁその時に貴女を汚してたのは、泥とか他の奴の血とかだったけど。
「やっぱりロクでもないこと思い出してるわね……。
いや、アンタとの思い出なんて大体そんなのだけど……」
「あら、思い出話に花を咲かせたいの?」
「絶対に嫌。それだけは断固としてお断りよ。馬鹿」
「残念」
それはそれで楽しそうだと思ったのに。
本人が嫌がっているのなら仕方ないと、素直に諦めることにした。
……距離は、このぐらい取れば十分かしらね。
大階段の麓の辺り。
私はブリーデを抱えた状態で、大人しく座っていた。
言葉を交わしている間も、傷の治療は進めている。
時間は掛かる以外に大きな問題はない。
「……ねぇ」
「なに?」
「アレは、本当に止めなくて良いの?」
「言って止まる二人だと思う?」
逆に問い返すと、ブリーデは答えに窮したようだった。
止まらない、止まるわけがない。
ウィリアムは、自分の中の譲れない一線のために損得を捨ててまで挑んだ。
レックスはレックスで、かつての決着を明確にすることを望んだ。
互いの合意が取れてる以上、外野が何を言ったところで仕方がない。
私たちはもう、成り行きを見守るしかなかった。
「……なんていうか、馬鹿過ぎて言葉が出て来ないわね」
「まったく同感ね。偶には気が合うのかしら?」
「やめてよ、冗談じゃないわ」
ふふっと笑う私に、ブリーデは心底嫌そうな顔をしてみせた。
うん、やっぱり間近で見るとゾクゾクするわね。
もっと表情を歪ませたいっていう、昔からの衝動が顔を出しそうになるけど。
それをやり過ぎてはいけないと学んだので、今は我慢。
「……ねぇ、また不穏なこと考えたでしょ」
「いいえ? やっぱり私は貴女が好きだなって、再確認しただけよ?」
「それ私にとって絶対良い意味じゃないでしょ!?
っていうか、いい加減に放しなさいよ……!」
「嫌よ。放したら逃げるじゃない。貴女」
本体性能はナメクジでは、今の私の腕だって振り解けない。
ジタバタしてるのを軽々と抱き締めながら、私は改めてレックスを見た。
彼は正面に立つウィリアムから視線を離さない。
けど見られた事には気付いたのか、片手を軽く上げてみせた。
何気ない仕草に、私は嬉しくなってしまう。
「レックス」
「おう」
「そのままぶっ殺しちゃって良いからね」
「うーん物騒」
いやホントに、それが私の心からの願いだから。
下手に生かしておいて、この先も引っ掻き回されたら面倒極まりないもの。
まぁ、それを決めるのはレックスだから。
それ以上の贅沢は言わないけど。
「酷い言われようだな」
「我が身を省みたら良いんじゃね?」
「俺は俺の望むまま、望む通りにしているだけだとも。
だから後悔も慙愧もない。俺は俺だ」
「まぁ、それについては俺も似たようなもんだからな」
言葉を交わす二人の様子は、いっそ和やかですらある。
だけど、傍から見ててもはっきりと分かる。
両者の戦意は、既に空気を軋ませるほどに高まっていると。
「……じゃ、そろそろ」
「あぁ、そうだな」
まるで、これから何処かに遊びに行くような気軽い距離感。
そんな間合いに立ちながら。
「「始めるか」」
まったく同じ言葉を口にして。
改めて、レックスとウィリアムの剣が正面から激突した。
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