139話:盲目なる愛

 

 竜と戦えば、ある程度は見慣れた光景になる。

 それは炎が乱舞し、巨体が荒れ狂う様だ。

 分体である《爪》や《竜体》となる前のように無駄に炎は垂れ流さない。

 代わりに《吐息》以外の攻撃全てに炎熱が付随する。

 竜と化した《闘神》の戦いぶりは、言葉通りの炎の嵐だ。

 

「ガアアアアアアアアッ――――!!」

 

 咆哮と共に放たれる《竜王の吐息》。

 溜めの動作が長い分、妨害するタイミングはあるし攻撃の間隔も大きい。

 だが一度でも妨げ損ねると馬鹿みたいな威力でブッパなしてくる。

 当たり前だが、竜は自分の吐き出す《吐息》では傷付かない。

 周囲を炎で焼き払う事で生じる灼熱地獄も同様だ。

 あらゆる生命の存在を許さない炎の海。

 空を飛んでなければ、序に炎の耐性を強化する魔法が無ければ。

 俺もテレサもとうに焼け死んでいるかもしれない。

 

「厄介な……!」

「ホントな」

 

 テレサの漏らした呻き声に、俺は同意する他なかった。

 単純に強力な炎を振り回されるだけでも大分始末に負えない。

 幸いにも《闘神》の攻撃は基本大振りばかり。

 《吐息》に関しても威力の調整なぞ無しに、只管最大火力の連打だ。

 ――まぁだからこそ、ワンミス喰らえば即死が見えるワケだが。

 普段は体術で崩す事を好むテレサも、今回ばかりは距離を取らざるを得ない。

 炎や爪、尾の鞭打を回避しつつ、要所要所で《分解》の光を撃ち込む。

 こっちも牽制程度の《矢》の魔法を放ちつつ、剣を当てて鱗や装甲を削り取る。

 地道に地道に、少しずつだが手傷を重ねる。

 多少傷が増えたぐらいじゃ《闘神》の勢いは収まらない。

 むしろ炎はより苛烈に燃え盛っているように思えた。

 

「この程度ォ!!」

 

 自らそれを示すように、《闘神》は高らかに吼える。

 下から掬い上げる爪は都市の一部を引っぺがし、その破片を散弾としてばら撒く。

 当たりはしないが地味に鬱陶しい。

 散々吐き出してる炎も混ざっている為、まぐれ当たりラッキーヒットも地味に怖い。

 飛ぶ。飛び続ける。アウローラは休まず魔力を操っている。

 予め施した耐火術式だけでなく、必要に応じて防御術式も展開してくれる。

 おかげでこっちも大分戦いやすい。

 

「無駄に気合い入ってて面倒臭いわね……!

 私はお断りだと言ってるはずだけど!?」

「だとしても、我が愛は文字通り炎の如し……!!

 諦めるという言葉は既に焼き払った後なのです、愛しき御方よ!!」

 

 キレ気味なアウローラの言葉にも今の《闘神》は怯まない。

 逆に自分の想いを叫び返してくる。

 まー、押し付けがましいと言ったらそれまでだが。

 

「そう、何故に諦める事など出来ようか……!!

 美しく気高く、何よりも強い!!

 この世の如何なる炎も貴女の輝きに勝る事はない……!!」

 

 まるで詩人が歌うような事まで口走り始める。

 勢いづいた《闘神》は燃え上がる爪と尾を振り回す。

 テレサの《分解》や俺の剣で鱗や装甲を削られても怯みもしない。

 むしろこっちが仕掛ける機会を狙い、炎を纏う一撃を叩き付けてくる。

 大雑把は大雑把だが、少しずつ戦い慣れて来てるな。

 

「太陽の如く苛烈でありながら、満月よりも眩い……!!

 完璧なる貴女の光に、我が魂は焼き焦がされてしまった……!!

 故にこの愛!! 我が命脈の果てる時まで決して尽きる事は無し……!!」

「だからこっちは迷惑だって言ってるでしょうが……!」

 

 一人でめっちゃ盛り上がっている《闘神》。

 それに対してアウローラは心底苛立った様子で言い返す。

 うーん、しかし。

 

「いや別に、アウローラは完璧とかじゃないと思うぞ?」

「レックスっ?」

 

 俺の発言に本人はちょっとビックリしたようだ。

 別に《闘神コイツ》がどう思おうが勝手と言えば勝手だが。

 それならこっちも言いたい事は言っておくか。

 反論が来るとは思ってなかったか、《闘神》の方も若干戸惑った反応だ。

 

「貴様、何が言いたいっ!!」

「言った通りだな。

 何か完璧だの何だの大層に持ち上げてるけどな。

 アウローラはそういう奴じゃないぞ?」

「何と不遜な……!!

 その寵愛を受けながら侮辱すると言うのか!!」

「いやそういうんじゃなくてな?」

 

 言葉を交わす間も戦いは続く。

 怒りのせいかまた雑になり出した攻撃を只管回避する。

 横切る炎の塊は、耐火術式の上から此方の肌を焼く。

 

「アウローラはこれで、まぁまぁ普通の女の子だ」

「な、に……!?」

 

 言いながら、振るった刃は《闘神》の黒い装甲を斬り裂く。

 両腕を覆うソレは盾のように、これまで何度もこっちの攻撃を防いできた。

 しかし何度も斬撃を重ねた事で、今やその半分近くが抉れている。

 言いたい事を口にしながら、攻撃の手は緩めない。

 

「確かに可愛いし、魔法の腕前なんて俺の頭じゃ理解できんし。

 何ならまともに殴り合ってもアウローラの方が強いんじゃないか?

 流石に試した事ないから何とも言えんが」

「そうだ! その美しき様を、無欠たる在り方を完璧と言わずして何と……!!」

「んでも雑なとこは結構雑だし。聡いようで鈍いとこもあるし。

 いつも冷静みたいな顔してるけどこれで結構混乱すパニくるし」

「レックス殿、レックス殿。もうちょっと手心を」

 

 ちょっと離れた位置を飛んでるテレサからツッコミが飛んで来た。

 そういえば背中にくっ付いてるアウローラ本人は何か黙り込んでしまっていた。

 いや、別に責めてるワケでも馬鹿にしてるワケでも無いからな?

 《闘神》はまた強烈な《吐息》を吐き出してから叫ぶ。

 憤懣やるかたないと全身で示しながら。

 

「貴様ァ! 先程から一体何を……!」

「だから、アウローラは割と普通の女の子って話だよ。

 お前が何か勘違いして持ち上げるような、完璧無敵な奴じゃなくてな」

 

 うん、結局言いたいのはソレだ。

 アウローラが凄いってのは俺が一番良く分かってる。

 魔法だけでなくそれ以外もひっくるめてだ。

 俺には出来なくともアウローラに出来る事は文字通り山ほどある。

 凄い竜王の中でも一番凄かったワケだから、そのぐらいは当然だろう。

 それを全部踏まえた上で、俺にとってアウローラは可愛い女の子だ。

 別に持ち上げるなとは言わないが、そこのところは言っておきたかった。

 

「と、悪いな。何か勢いで色々言って」

「…………」

「アウローラ? もしかして怒ってるか?」

「お、おこってないですけど……!」

 

 怒ってなかった。

 なら良かった、いや我ながらちょっと口が滑り過ぎたし。

 アウローラの表情を確認してる余裕はないが、とりあえずは大丈夫そうだ。

 ただ何故か肩の辺りをペシペシ叩かれてしまった。

 やっぱりホントは怒ってるのか。

 

「貴方は、ホントにもう……っ」

「いや、ホントに悪かった」

「別に謝らなくてもいいからっ。

 怒ってない……というより、むしろ嬉しいというか……」

「そうか」

 

 うん、なら良かった。

 頷きつつ、上から落ちて来た爪を剣で受け止める。

 空中じゃ踏ん張りが利かないんで、正面から防ぐのは悪手だ。

 が、避けるばかりが能でもない。

 超高速で振り回される爪が、俺を捉えた事で速度を落とす。

 その一瞬を狙ってテレサが動く。

 

「ふっ……!」

 

 《転移》を利用した特殊な打撃。

 術式で消失したテレサの姿は、《闘神》の爪を砕きながら再出現する。

 

「何っ……!?」

「流石……!」

 

 爪を粉砕された衝撃に《闘神》の動きが僅かに滞る。

 其処を狙い、装甲の半ば剥がれた腕を思い切りぶった斬る。

 流石に両断するには至らなかった。

 が、斜めに裂けた傷からは盛大に火の粉が溢れ出す。

 

「――レックス殿の言う通り。

 主は凄まじい方だが、それだけではない。

 ところどころ抜けているのも、愛嬌があって可愛らしいですよ」

「貴女まで何を言い出すのよ、もう」

「俺はテレサも可愛いと思うけどな」

イーリスから、『そういうところだぞスケベ兜』という通信が届きました」

 

 この場にいなくともイーリスさんのツッコミは冴え渡っているな。

 何て馬鹿話はしているが、《闘神》への注意は一秒でも逸らさない。

 さっきまでは俺の発言をアウローラの侮辱と感じて勝手にブチギレていたが。

 今は微妙に落ち着いてるように見える。

 反論されたせいで意気消沈したかと思ったが、ちょっと違うようだ。

 それを示すように、燃える炎の勢いは少しも翳っていない。

 

「……そうか。成る程、我が見ていたのは余りに眩い光。

 その一面だけを見て全てを知っていたかのような思い込み。

 恋は盲目といえど、これは恥ずべき事に違いない」

「おう」

「認めよう、宿敵……いや、レックスよ……!

 貴様こそ愛しき方を、アウローラを誰よりも理解し!

 そして愛しているという事実を……!!」

「お、おぉ」

 

 何か凄い勢いで言われてしまった。

 認めたんならそれで諦めて折れてくれると話は早いんだけど。

 しかし《闘神》の眼は諦めてはいなかった。

 むしろ戦意を燃え上がらせ、爛々と輝きを宿している。

 

「だが恥知らずである事など百も承知!!

 退けぬ戦ゆえ、諦めきれぬ愛ゆえに……!!

 我は貴様を焼き滅ぼし、愛しき方をこの手に奪う!!

 例えその先に待つモノが破滅であれ、最早それ以外に我が道は無し!!」

「うーんくっそ迷惑な」

 

 これが他人事ならやりたいようにやれで終わりなんだけどなぁ。

 矛先がこっちを向いてるのが迷惑極まりない。

 

「やり方が誤っているとは思わないのか、お前は!

 そんなものが愛だとでも!?」

「愛だ! 愛だとも! この燃え上がる炎が愛でなくて何だと言うのだ!!」

 

 テレサのツッコミにも《闘神》は怯まない。

 むしろ開き直ってるから堂々と胸を張ってそんな事を宣う。

 ホント、他人事なら良かったんだけどな。

 アウローラは呆れは混じっているが、先程のように苛立ちは無く。

 落ち着いた言葉を《闘神》へと向ける。

 

「レックスはお前如きには絶対負けないわ」

「戦いの結果に絶対などありませぬ!!」

「那由多の果ての芥子粒程度にその可能性があったとして。

 お前が勝っても、私はお前を愛したりはしない」

「愛は見返りを求めぬモノ……!

 貴方を愛している! 故に我はこの戦いに勝利するのみ!」

「お前がレックスを殺せば、私がお前を殺すわ」

「百も承知……!! その時は惜しまず我が魂を捧げましょうぞ……!!」

 

 応答する言葉には一瞬の迷いもない。

 傍から聞いてるテレサも呆れて絶句していた。

 徹頭徹尾、相手の都合などお構いなしに押し付けられる欲望(エゴ)。

 それを愛だと《闘神》は高らかに叫ぶ。

 一切の慙愧は無く、その有様はある意味では竜らしい。

 己の望むモノを、煌びやかな宝物を力で奪い取る。

 無論、こっちは素直にくれてやるつもりもない。

 

「さぁレックス! 恋敵にして宿敵よ!!

 我が愛の前に屈服せよ!!」

「イヤだね」

 

 横に払う形で振るわれる巨大な爪。

 それを紙一重で回避し、削れた装甲に剣を突き立てる。

 刃は下の鱗や肉まで抉り、そのまま斬り裂こうとする――が。

 

「っ!」

 

 切っ先が動かない。

 剣が刺さると同時に《闘神》は全力で腕の筋肉を締め上げていた。

 こっちも思い切り力を入れれば動かせるだろう。

 だが動きを止めた此方に対し、《闘神》はその顎を開いていた。

 渦巻く炎、《竜王の吐息ドラゴンブレス》。

 火竜たる《闘神》の鱗は炎で焼ける事はない。

 このままもろとも全力の《吐息》をぶちかます構えか。

 

「消し飛べ――――っ!!」

 

 勝利を確信した《闘神》の咆哮。

 俺は迷わず動く。

 剣の柄から手を離し、真っ直ぐに。

 《闘神》の腕を駆け上がり、今まさに《吐息》を放とうとするその顎へ。

 

「アウローラ!」

「“竜の如き力を”!」

 

 名を呼ぶだけで、アウローラは此方の意図を正確に汲み取る。

 魔法による強化は文字通り力を倍化させる。

 俺はそのまま全力で、《闘神》の顎を下から蹴り上げた。

 今まさに炎を解き放とうとした直前に。

 

「ッ―――――!?」

 

 全力で放つはずだった《竜王の吐息》。

 その暴発は、幾ら炎に耐性があろうが堪えたようだ。

 首から上が噴き出す爆炎に包まれて、《闘神》の巨体がぐらりと揺れる。

 俺の方は足を止めず、即座に腕に刺さったままの剣を掴む。

 切っ先を捕えていた力は感じない。

 だから今度こそ、その腕を大きく切断した。

 

「ガアアァアアアアッ――――!!」

 

 立て続けに刻まれる苦痛に《闘神》は吼える。

 追撃するつもりだったが、斬り裂いた箇所から炎が噴き出したので一度離れる。

 流石にまだまだ力尽きる様子は無いか。

 

「お見事です、レックス殿」

「まだ気は抜けないけどな」

 

 傍に来たテレサの言葉に応えながら、俺は視線を《闘神》に向ける。

 両腕は装甲を剥がされた上で大きく斬り裂かれ、《吐息》の暴発で顎も千切れている。

 細かい傷は炎と共に再生しつつあるが、大きな損傷は簡単には塞がらないようだ。

 追い詰めているのは間違いない。

 が、獣は手負いの状態が一番危険だ。

 《闘神》の眼は憤怒と敵意に激しく燃え盛っている。

 

「……レックス」

「大丈夫だ」

 

 視線は外さずに、片手で軽くアウローラの髪を撫でる。

 その何気ない動作にも《闘神》の殺意は高まったように感じた。

 確かにコイツは強敵で厄介だ。

 だが何処まで行っても、こっちのやる事に変わりはない。

 

「殺す――っ!!」

「おう、こっちもな」

 

 吼える《闘神》に短く応え、俺は剣を構えて突っ込んだ。

 手負いの獣にきっちりトドメを刺す為に。

 

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