第五章:炎上する戦争都市
138話:死闘の幕開け
それは見た目通りの天災だった。
大気を焼き焦がす程の炎の塊。
そんなモノが意思を持って望む通りに炎熱を振り回す。
ただでさえ混沌としてた戦場が更に地獄絵図だ。
竜の暴虐をこれでもかと見せつけるように。
《闘神》は炎を纏う刃を掲げ持つ。
「我は《闘神》なり!!
近からん者も遠からん者も!! 等しく我が炎を見よ!!
我は此処だ、此処にいる!!
恐れる者は追わぬ!! 恐れぬ者は掛かって来い!!
我もまた挑む者なれば、全霊を以て受けて立つ!!」
雄叫びさえも熱風となって吹き荒れる。
その言葉に応じるように、遠目からでも突っ込んでく奴がチラホラ見える。
しかしそれはごく一部、多分中層から上がって来た連中だろう。
大半の参加者――特に上層に属する闘士の多くは困惑の色が強い。
中にはあからさまに動揺している者もいた。
「な、何だ、どういう事だ?
何故《闘神》が自ら上層に下りてくるんだ……!?」
「《闘神》オリンピアよ! これは一体何の真似だ!」
「このような事は前代未聞だぞ! 納得の行く説明を……!」
口々に何か言ってるようだが、肝心の《闘神》はそれには応えない。
聞こえていないワケじゃないだろう。
だが必要な事は既に口にしたとばかりに黙殺する。
むしろコレが返答だとばかりに、炎熱を宿した大太刀を横薙ぎに払う。
太刀風は炎を帯び、触れる全てを焼き焦がす灼熱の竜巻となって地表を舐める。
防ぐ事も避ける事も適わない。
たまたま近くにいて挑もうとした数少ない命知らず達。
逆に逃げる事も出来ずにただ戸惑って固まっていた間抜けな奴ら。
そのどちらも等しく、《闘神》の炎は呑み込んで行く。
燃え上がり、塵となった敗残者達を《闘神》は躊躇わずに踏み越える。
「繰り返そう!! 我は《闘神》!!
我が炎はこの戦場の全てを焼き尽くそう!!
恐れる者も恐れぬ者も!!
そして我が宿敵よ、貴様もこの炎刃にて葬らん!!」
「……いやはや、これはちょっと驚きだね」
様子見をしていたドロシアは、《闘神》の叫びに呆れた様子で呟いた。
「てっきり最上層でふんぞり返ってると思ったのに。
まさか自分から下りてくるなんてね」
「まぁ、そういう事もあるだろう」
これまでの行動とか見ると、割と最初から勢いとノリ任せだった気がするし。
まぁ向こうの事情は分からんが、下りて来たなら都合が良い。
此方からお邪魔する手間が省けたワケだ。
「行くのは構わないけど、少し準備しましょう?」
「ええ。あの炎、下手に突っ込むのは危険過ぎます」
早速行こうとしたら女性陣二人からストップが掛かった。
確かに、全身から炎を噴出してる相手に無策で突っ込むのは危険か。
特製の甲冑もあるし、我慢すれば行けるかと考えてた。
アウローラは一度俺の腕から下りると、鎧の表面に軽く手を当てる。
「テレサも来なさい。
炎耐性の向上と、後は呼吸補助の魔法も施すから。
レックスは鎧の機能として付いてるけど、念の為ね」
「感謝します、主」
「とても助かる」
一言二言呟くだけで、強力な術式が俺とテレサに対して発動する。
見た目上の変化は少ないが、これで大分楽になるはずだ。
「あれ、僕は何も無し?」
「お前は別に味方じゃないもの。必要あるの?」
「酷いなぁ、一応協力関係なのに」
そして当たり前のように対象から外されたドロシアである。
口ではそんな事を言ってるが、別段気にした様子もない。
そもそも彼女は、このまま《闘神》と戦うのか。
俺の視線に気付いたか、ドロシアは悪戯っぽく微笑みながら肩を竦める。
「ヤる気はあるんだけどね?
まぁ炎で焼け死なない程度には頑張るつもりはあるよ」
「魔法の助けが欲しいなら、俺の方から頼んでもいいぞ」
「いや、遠慮しておこう。
乗り気じゃないのに無理強いしても悪いしね」
特に拘る様子もなく、ドロシアはあっさりとそう言った。
本人が大丈夫そうなら大丈夫なんだろう。
俺の方もそれ以上は気にしなかった。
魔法による事前準備も終えて、俺達は改めて《闘神》を見た。
上層の街並みを全て灰にしそうな勢いで炎は荒れ狂う。
中心である《闘神》の姿は霞んで良く見えない。
それぐらいに炎は激しく燃え盛り、嵐も同然の有様だ。
闘士側の抵抗も殆ど効果を上げていない。
「ほっといたら都市を丸ごと焼き尽くしそうだな、アレ」
「自分のやってる事をホントに理解してるかも怪しいわね、あのザマじゃ」
「冷静さを欠いているなら好都合でしょう。
私は援護に徹しますから、レックス殿は存分に」
「おう、がんばるわ」
テレサの言葉に応えながら、俺は剣の柄を強く握る。
流石に本体なだけあって《闘神》の力は《爪》とは比較にならない。
しくじったら死ぬ。
いつもの通り、竜殺しの死線が其処にある。
事前の魔法を施し終わったアウローラは、再び俺の背に上る。
首の辺りに腕を回し、しっかりと抱き着いた。
「私も魔法で支援するから、頑張って頂戴ね?」
「あぁ。いつもの通りにやる」
「頼もしい言葉ね」
クスリと笑ってから、アウローラはまた小さく《力ある言葉》を囁く。
発動するのは《飛行》の魔法。
俺とアウローラの身体は再び宙に浮きあがる。
合わせて、テレサも自身の術式を発動した。
「じゃ、こっちは行くけど」
「あぁ。僕は走って行くからお構いなく。
そう遅れる事はないと思うから」
「だろうな」
ドロシアの足なら、飛行術式の速度でもそう遅れは取らないだろう。
地上は障害物が多いから単純に勝るって事は無いが。
確認の言葉を交わしてから、俺達は街の上空を飛び上がる。
《闘神》にちょっと近付いただけで熱を感じ、距離が縮まる程に強くなる。
備え無しならそれだけで干上がりそうな熱量だ。
が、こっちにはアウローラの助けがある。
ちょっと熱いがそれだけだ。
構わず、俺達は真っ直ぐ《闘神》へと迫る。
「――来たかっ!!」
その気配を察し、荒ぶる《闘神》の眼が此方を捉える。
即座に大太刀を構えると、大上段から一気に刃を振り下ろす。
噴き出す炎熱を纏う一刀。
それは熱波と衝撃波を同時に撒き散らし、街を紙クズのように燃やしていく。
「無茶苦茶しやがるな……!」
迫る炎熱に対し、俺は鎧と魔法の防御で耐え凌ぐ。
アウローラは平気だろうが、テレサはまともに喰らうと余り宜しくない。
甲冑の分だけ頑丈な俺が前に出て、盾になる形で熱波を遮る。
炎耐性を上げる魔法と甲冑の防御力。
それらの効果でかなり減衰されていても、全身を火で炙られる感覚が襲う。
「レックス殿!」
「こんぐらいヘーキヘーキ」
「やせ我慢だけど、今は目を瞑りましょう」
そうして貰えると大変ありがたい。
まぁちょっと焼けたぐらいだし、まだ大した
それより、デカい一撃を振り回した事で《闘神》の動きが一瞬止まっている。
また直ぐ動き出すだろうが、隙である事に違いはない。
俺達は熱波を突っ切ると速度を一気に上げ、燃える炎の間合いへと飛び込む。
真っ黒い大鎧を赤熱化させながら、《闘神》は其処にいた。
その様子は少し前に目にしたのと変わらないようで、少し違う気がする。
何がどうとは具体的には言葉に出来ないが。
「来たか、来たか来たか来たか来たかっ!!」
「おう、来たぞ」
まるではしゃぎ回る子供か何かのように。
《闘神》は高揚のままに大笑する。
俺は短く応えながら、剣を片手に一気に突っ込んだ。
纏っている炎は今の状態なら大した脅威じゃない。
剣で遮る分を払い、巨体目掛けて刃を振るう。
竜王すらも斬り裂く剣は、黒鉄の鎧も容易く刻んで――。
「っ!?」
弾けた。
此方の剣が触れるのとほぼ同時に。
《闘神》が纏っている黒鉄の大鎧が勢い良く爆ぜたのだ。
分厚い鎧の破片は内の炎で焼けた事で赤く燃えている。
それが高速で飛んでくるのだから、焼けた巨大な
反応はギリギリで間に合った。
直撃する寸前、燃える破片を剣で受け止める。
デカいし重いし、仮に地面にいたら圧し潰されていたかもしれない。
踏ん張りの利かない空中なのが逆に幸いした。
質量と勢いに負けてふっ飛ばされ掛けるが、圧殺よりはマシだ。
テレサはテレサで華麗に飛び回り、撒き散らされる礫を回避する。
「大丈夫か!」
「私は平気よ! それよりも……!」
分かってる。
今のは《闘神》による攻撃だ。
そして当然、今のだけで終わるはずがない。
「宿敵よ! 我が《爪》すら一蹴する貴様に様子見など不要っ!!」
燃え上がり、渦を巻く炎。
それは《闘神》がいたはずの場所に……いや、違うか。
黒鉄の鎧を内から突き破った、その炎こそが《闘神》だ。
不定形な炎熱は、しかし急速に形を成していく。
何が起ころうとしているのかは分かっていた。
「《竜体》か!」
「当然至極の事だ、愛しき御方よっ!! 闘技場での戦いとは人の戦い!!
故にこれまで一度も解禁した事はなかったが……!!」
「《
アウローラの漏らした言葉に律儀に応じる炎。
それ目掛けて力場の矢を撃ち込む。
流動する炎に幾つか穴を開けはしたが、どうやら妨害にもならないらしい。
炎はやがて、真っ赤に輝く鱗を形成していく。
《闘神》オリンピアの《竜体》。
どうやら向こうは最初から全力のようだ。
「――これは人の戦いに非ずっ!!
故にこの《闘神》、真竜となって初めて全戦力を解放せんっ!!」
全ての炎を凝縮するように、現れたのは赤熱する竜。
外見的には割と
特徴としては赤い鱗以外に、黒鉄に似た装甲を鎧のように要所に帯びている。
背中に物理的な翼は無く、代わりに炎が翼のような形で吹き出していた。
「征くぞッ!!」
咆哮と共に吹きつけてくるのは竜の畏怖。
並の戦士ならばただそれだけで心が砕け散る。
仮にその圧に耐えたとしても、次に襲って来るのは炎熱の吐息。
灼熱渦巻く《
真っ直ぐ貫く爆炎を、俺達は紙一重で回避する。
避けたが、余波で撒き散らされる熱だけで身体が焼け焦げそうだ。
当然、こんなもん直撃したらタダじゃ済まない。
「……《闘神》の名乗りは虚仮脅しではないわね、流石に」
今さっき回避したばかりの《吐息》。
それは一撃で上層の街、その一角を消滅させていた。
まるで融けた飴細工のような痕跡だけを残して。
恐らく参加者も多数いただろうが、其方は文字通り影も形も無い。
単純な威力は、今のボレアスでは全力でも負けるかもしれない。
「さぁ!! どうした、臆したワケではあるまいッ!!」
吼える《闘神》。
その胸が膨らみ、大きく息を吸い込む。
《吐息》を放つ為の
流石にあれだけ威力がデカいと、撃つ前に相応の準備が必要らしい。
当然、それを黙って見てるつもりはない。
視界の端で青白い光が弾ける。
テレサの放った《分解》の術式だ。
物質を崩壊させる青白い閃光が《闘神》の顔面に突き刺さる。
「ぐォォっ!?」
竜王級の真竜なら魔法に対する抵抗力も相当に高いはず。
《分解》でも完全には徹らないだろうが、それでも効果はある。
顔の一部をいきなり抉られた事で《闘神》は一瞬怯む。
ほんの一瞬だが、その間に再び距離を詰める。
飛行の制御はアウローラに任せ、赤熱する竜体に剣をブチ当てる。
ザックリ、とは行かなかった。
斬り裂いたのは鱗ではなく、両腕を肘まで覆う黒い装甲。
弾かれる事はなかったが相当に分厚い。
傷は肉までは届かず、精々が表面を幾らか削っただけだ。
火力がヤバいのは予想通り。
しかし思った以上に反応も早く、ついでに防御も硬い。
相手が強大な真竜である以上、それは当たり前の事かもしれないが。
「コイツは強敵だな」
「でなければこの場には立っておらぬ……!!」
此方の言葉に対し、《闘神》は炎混じりの声を発した。
さて、実際口にした以上に厄介だ。
半端な人の姿を捨て、竜としての戦い方に全振りしている。
勿論、俺としては戦い慣れた相手ではある。
しかし
――ドロシアの姿はまだない。
まぁ、それならそれでがんばるだけだな。
「我が炎、我が全霊で貴様を焼き尽くそうぞ!!」
「やれるもんならやってみろ……!」
《闘神》の咆哮に此方も叫び返す。
そして打ち込まれる赤熱の爪に、竜殺しの剣を叩き付けた。
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