293話:一旦休憩

 

「……レックス。起きて、レックス」

「む……?」

 

 囁く声と、身体を揺すられる感触。

 沈んでいた意識が、ゆっくりと浮かび上がる。

 重い瞼を開くと、愛らしい少女の顔が目に映った。

 アウローラだ。

 心配そうに覗き込んでくるので、とりあえず手を伸ばす。

 頬を撫でると、安堵した様子で表情を緩めた。

 

「良かった、目を覚ましたのね。身体は大丈夫?」

「あぁ。特に動かないところはないが……」

 

 そう、問題はない。

 まだちょっと頭が重いぐらいで、身体を動かすのに支障はない。

 気になるのは……。

 

「……此処は?」

 

 奇妙な場所だった。

 暗く、一瞬自然洞窟の中かとも思ったが。

 床や壁、それに天井。

 ゴツゴツとした表面は金属で形作られているように見える。

 決して広くはない空間。

 そこにはテレサと、後は人の姿になったボレアスもいた。

 ……そういえば、俺たちは確か……。

 

「気が付きましたか、レックス殿」

「このような状況だというのに、よく眠っておったなぁ」

「いや、悪いな」

 

 ほっと胸を撫で下ろすテレサと、脱力した様子で悪態を吐くボレアス。

 とりあえず身を起こすと、傍にいたアウローラは小さく頷いて。

 

「此処はヘカーティアの体内――《竜体》の内部ね」

「……マジで?」

「マジよ。気を失う前のことは覚えてる?」

「突撃かましたのまでなら覚えてるな」

 

 うむ、間違いない。

 ただそれでどうなったのかが、ちょっと記憶が曖昧になっている。

 

「……結果的に、我々の行動は成功したと言っていい」

 

 と、聞こえて来たのは男の声。

 微かにノイズが混じるそれは、アカツキのものだった。

 ただ、近くに姿が見えない。

 一体何処に……?

 

「すまない、私は此処だ」

「レックス殿、アカツキ殿なら……」

 

 そう言って、テレサは「ソレ」をこっちに見えるよう持ち上げた。

 うん、まぁ、生首だった。

 機械のそれを「生首」と呼ぶのが正しいか、ちょっと気になったが。

 焼け焦げて首だけになってしまったアカツキがいた。

 

「マジかー。いや、それ大丈夫なのか?」

「大丈夫かどうかと問われれば否だ。

 が、意識は保持した状態は維持できている。

 自力での活動は不可能だが、暫くは機能が停止する事もない。

 ヘカーティアの元に辿り着けたのだから、成功と考えて間違いあるまい」

「その前向きさだけは評価してやらんでもないな。

 まぁ文字通りお荷物同然だが」

「ボレアス殿」

 

 意地悪そうに笑う王様を、テレサが軽く嗜める。

 言われたアカツキは特に気にした様子もない。

 うーん、出来れば五体満足と行きたかったけどな。

 

「全て私が望んで行動した結果だ、君が気にする事はない。

 むしろ、この状態では迷惑をかけるばかりなのが悩ましいが」

「いや、それこそ別に良いけどな。

 悪いが、テレサ」

「お任せを。アカツキ殿は私が責任を持って預かります」

 

 そうして貰えると大変助かる。

 こっちは剣を使うし、魔法の行使も考えると片手は空けておきたい。

 一番良いのは手ぶらなボレアスだが、こっちは投げ捨てそうだからダメだな。

 ……ところで。

 

「……ブリーデや糞エルフは? あと猫」

「オマケ扱いされてると知ったら、どんな声で鳴くかしらねあの猫。

 ……私たち以外に関しては、現状は行方不明ね。

 死んでたりはしない、と思うけど」

 

 軽い調子で言ってるが、アウローラは地味に心配そうだ。

 ようやく仲直り(?)ができた姉の安否が気になるのだろう。

 身の安全についてはウィリアムに任せたし、大丈夫だとは思うが。

 

「嵐の中でヘカーティアに突撃をした際。

 私がアカツキ殿と協力して、《転移》を行ったのです。

 あのまま嵐の塊に直撃すれば、そのまま撃墜されるのは必至。

 殆ど博打でしたが……」

「私はヘカーティアと同期している。

 《竜体》内部の空間座標を特定し、そこに跳躍する。

 困難ではあったが、どうにか成功はした。

 全員で跳ぶことが出来なかったのは、私の力不足だ。すまない」

「いや、結果としては上等過ぎるぐらいだろ」

 

 撃墜寸前だったのは間違いないしな。

 こうして話の出来る状況を確保できただけでも十分過ぎる。

 

「……しかし此処、ヘカーティアの《竜体》の中なんだよな?」

「そうね」

「気付かれてないのか?」

「……気付かれてない、って事はないと思うわね。

 今は私が、気配を誤魔化すために隠蔽の術式を発動させてるけど」

 

 まぁ、そうだよな。

 どうやらアウローラのおかげで、とりあえずかくれんぼは出来ているらしい。

 《竜体》自体も滅茶苦茶デカかったから、向こうも探しにくいのかも。

 

「現在のヘカーティアの《竜体》は兎に角巨大だ。

 都市の一部と《中枢》の施設を丸ごと呑み込んで形成されているからな」

「成る程、そりゃデカいわな」

「デカ過ぎるせいで、私たちも現在位置が分からないんだけどね」

 

 アカツキの言葉に頷きながら、アウローラは肩を竦めた。

 ゴツゴツした床に寝転がった状態で、ボレアスが軽く鼻を鳴らした。

 

「別にどこであろうと構うまいよ。

 ヘカーティアの内であるなら、徹底的に暴れ回れば良かろう。

 どのような堅固な城であれ、内部から壊されれば堪らんだろうさ」

 

 大変脳筋なご意見だった。

 いや、俺もそれで済むならそれが一番だと思うけどな。

 それが問題ある事は、アウローラたちの表情ですぐに分かった。

 

「ダメに決まってるでしょうが。

 こんなデカい《竜体》、中で多少暴れたからって大したダメージにならないわ」

「私もその意見に同意する。

 《竜体》を多少砕いても、ヘカーティアの活動に支障はない。

 逆に向こうが私たちを全力で排除しておしまいだろう」

「もっと慎重に行動すべきかと思います」

 

 見事なまでの総スカンである。

 まぁ、ボレアスも別に本気で言ったワケじゃないはずだ。

 はずなんだが、ボコボコにツッコまれたのはあんまり気に入らなかったらしい。

 拗ねた顔で床をゴロゴロし始めた。

 うーん、地味に面倒臭いなこの元王様。

 

「まぁ暴れる云々は今は置いておくとしてだ。

 ここまで飛んでくれたのは本当に助かった、ありがとうな」

「……ふん。口で礼を言うだけで済ませる気か?」

「何かして欲しいことでもあるのか?」

「今は良い。そういう状況でもなかろうしな」

 

 フフンと、一転してボレアスは機嫌良さげに笑った。

 逆にアウローラの気配が微妙に不機嫌に傾いたが、今は気にしないでおこう。

 

「そうよ、馬鹿なことを言ってる状況じゃないわ。

 現状は大人しく身を潜めてるから良いけど。

 ずっとこのままってワケにはいかないでしょう?」

「そりゃそうだな。さっさとイーリスも助けてやらんと」

 

 ヘカーティアもどうにかしなきゃならないが。

 目的としてはそっちの方が大きい。

 姉のテレサも、やや表情を硬くしながら頷いた。

 

「ブリーデも心配っちゃ心配だが。

 あっちは一応大真竜だし、護衛で糞エルフもついてるからな。

 少なくとも落下して死ぬとか、そういうのはないだろ」

「……そうね。気に入らないけど、それは貴方の言う通りだと思う」

 

 大変不満げだが、それについてアウローラもそれ以上は言わなかった。

 

「問題はここからどう動くか、よね。専門家の意見を聞いても良いかしら?」

「専門家かどうかは私からはなんとも言い難いが」

 

 皮肉か冗談だとは思うが、アカツキは真面目に応じる。

 首だけの状態で話すってのも相当に不便そうではあるが。

 少なくとも、アカツキはそんな様子は微塵も出さずに言葉を続けた。

 

「《竜体》の何処かにある、ヘカーティアの魂を探すのが一番だと考える」

「……まぁ、やっぱりそれしかないわよね」

「主よ、そこにイーリスの魂は……?」

「ある、と考えて間違いないでしょうね。

 アイツが何の目的であの子の魂を取ったのか、未だに不明だけど」

「目的がどうあれ、こっちのやる事は変わらんしな」

 

 イーリスを奪い返して、その上でヘカーティアをどうにかする。

 考えるだけで頭痛がしそうな困難だが、まぁ大体いつもの事だな。

 いつもの事なら、俺もいつも通りにやるだけだ。

 そんな思考を見透かされたか、アウローラは呆れたような目でこっちを見た。

 

「またどうせ、ボレアス並みに脳みそを筋肉にしてるでしょ」

「そうかな。そうかも?」

「そうかも、じゃないわよ。もう。

 いや、別にそれ自体は良いんだけど」

 

 ため息一つ。

 そんな彼女の頭をワシャワシャと撫でる。

 

「なに?」

「いや、いつも助けられてるしな。今回も助けて貰おうかなと」

「ご機嫌取りならもうちょっと丁寧にして貰いたいわね」

 

 笑うアウローラに、俺も軽く笑い返す。

 重苦しく考え込むよりは、このぐらいの方が性に合ってるな。

 緊張していたテレサも、表情を僅かに緩めていた。

 

「で、方針が決まったならさっさと動くか?」

「……いえ、そうしたいのは山々だけど。

 流石に消耗が大きいし、もう少しここで休みましょう。

 そういう貴女も、見た目以上に疲れてるんじゃないの?」

「長子殿相手に強がっても仕方あるまいな」

 

 床に転がったまま、観念したようにボレアスは息を吐いた。

 まぁ、そりゃあんだけ無茶したなら疲れてるよな。

 こっちも正直万全とは言い難い。

 もう少しだけ身体を休めて、少しでも整えた方が良いだろう。

 

「すまないな、私はこのような状態で……」

「アカツキ殿の奮闘がなければ、私たちはここに辿り着けなかった。

 誇りこそすれ、謝る必要はありません」

「テレサの言う通りだな」

 

 アカツキは悔いてるが、俺はテレサの言葉に同意する。

 

「むしろ、こっちがもうちょい気合い入れて防げたら良かったんだが。

 負担掛け過ぎたな、悪かった」

「それこそ、謝る必要はない。

 助けなくば、私は魂魄もろとも粉々になっていただろう」

「無事……ではないし、ぶっちゃけそんな首だけでホントに大丈夫か?」

 

 いきなり止まりそうで、そこはちょっと心配ではあった。

 テレサの方も気にしてるっぽいし。

 

「大丈夫――とは、とても言えないが。

 それでも、複製された魂魄にまで損傷は及んでいない。

 何もできないが、何もできないなりにすぐ止まる事はないとも」

「そうか、なら良いけどな」

 

 本人がそう言うなら、こちらは信じるしかない。

 まぁ、アカツキも目的を達成するまで耐える気合いはあるだろうしな。

 

「……さ、お話は程ほどにして。

 大丈夫だとは思うけど、音が漏れて気取られるなんて間抜けは避けたいわ」

 

 囁くように言いながら、アウローラが俺の手を引っ張った。

 座れと促されてるようなので、大人しくそれに従う。

 すると、彼女は流れるように俺の膝の上に乗っかって来た。

 

「アウローラ?」

「ちょっと休むんでしょう? なら、このぐらいはね」

 

 微笑みながら、アウローラは身を寄せてくる。

 俺は素直にその身体を抱きすくめた。

 甲冑越しだが、温かな体温が伝わって来る気がした。

 

「ほら、テレサも。こっち来たら?」

「は――その、宜しいのでしょうか」

「隠蔽の範囲を狭めた方が、私としてもありがたいから」

 

 テレサも、アカツキを抱えて誘われるままに傍に来る。

 ボレアスは近くって程じゃないが、ゴロリと転がって距離は縮めた。

 

「じゃ、とりあえず一息だな」

「ええ。子守歌は必要?」

「寝て起きたばっかだしなぁ」

 

 冗談めかして笑うアウローラの髪を軽く撫でる。

 敵地のど真ん中――どころか、敵本人の腹の中ではあるが。

 この一時だけは、嵐とは無縁の穏やかな空気に身を委ねることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る