幕間3:操る屍


 「殺し屋」達にとって、それはいつもと変わらない仕事のはずだった。

 彼らはこの廃墟の都に派遣されてきた《牙》だ。

 真竜の指先であり、その意思を実行する武力。

 彼らにとっても、この《天の庭》の跡地は楽園に等しかった。

 誰も自分達には敵わない。

 他の何よりも優れた武装に、高性能の強化が施された肉体。

 支配者である真竜も都の外で、直接上にいるのは部隊長のシラカバネのみ。

 彼女も真面目なタチだが、部下に対しては寛容だった。

 暴れるチンピラや、ごく稀にやってくるそこそこ強い侵入者を叩くだけ。

 それだけしていれば後は自由。

 今の大陸に、これほど過ごしやすい場所があるだろうか。

 だから「殺し屋」達は、今回の仕事も似たようなものだと思っていた。

 予定外に霧を越えて来た侵入者達。

 外から入って来る者は、予め知らされる手筈になっている。

 その「予定」に含まれていない者は、全て異物として処理される。

 予定された通りの来訪者が、どこからどう通達されるのか。

 それは「殺し屋」達は知らない。

 頭目であるシラカバネは知っているだろうが、「殺し屋」達に興味はなかった。

 ただ、いつもと変わらない仕事を片付ける。

 彼らにとっては、本当にその程度の話だった。

 ――だが。

 

「クソっ、どうなってんだ……!」

 

 血を吐くような悪態を、一人の「殺し屋」が吐き出す。

 《移動商団キャラバン》の中に並んでいた、仮設商店の一つ。

 今や残骸も同然のそれに身を潜め、手にした銃を握り締める。

 いつだって、どんな敵も打ち倒して来た得物。

 「殺し屋」にとっての拠り所であり、これさえあれば常に道は開ける。

 そう信じて来たし、疑ったことは一度もない。

 しかし今、その信仰は根元から崩れかけていた。

 

「ハハハハ! 何だ、もう怖気づいたか!?」

 

 高らかに笑い、嘲る声。

 それは女の声だった。

 しかし「殺し屋」にとって、それは怪物の咆哮に等しい。

 いつもと変わらないはずの仕事。

 その最中に現れた、人の姿をした暴風。

 そう、その女は嵐だった。

 突入前に、事前の情報として恐ろしく強い全裸の女がいるとは聞いていた。

 警戒も、油断もしていないつもりだった。

 しかしその程度の心構え、本当の災害の前では何の意味もない。

 

「クソッタレ! 死ね! 死ね!」

 

 自棄を起こした「殺し屋」の一人が、構えた突撃銃を撃ちまくる。

 人間ならば、あっという間に蜂の巣になるはず。

 けれど銃弾は、女の肌に傷一つ付けることはない。

 避ける素振りすら見せずに、弾を全身に浴びながら女は笑う。

 

「愚かよな」

 

 笑いながら、女は片手を無造作に振るった。

 何をしたのか、銃を構えた「殺し屋」は理解できなかったろう。

 

「ぐぇっ!?」

 

 間抜けな悲鳴を上げて、そのまま崩れ落ちたからだ。

 撃ち込まれた銃弾の幾つかを掴んで、それを思い切り投げ付けた。

 女がやったのは、ただそれだけだった。

 つぶてのように投げただけの弾は、強化装甲をあっさり貫いた。

 果たしてその事実を、何人の「殺し屋」が理解できたろう。

 

「無理だ、あんなもん……!

 勝てるワケがねぇ!」

「泣き言言ってる暇があれば手を動かせよ……!」

 

 余りに非現実的な暴力に、「殺し屋」達の士気はガタガタだった。

 かろうじて折れていない者もいれば、完全に戦意を失っている者もいる。

 《移動商団》に突入した「殺し屋」は、まだ数はいる。

 、人員の殆どが投入されたからだ。

 その全戦力も、もう半分近くが削られている。

 暴れているのは全裸の女だけではなかった。

 

「――私としては、これ以上被害が出る前に降伏を進める」

 

 それは、男装をした黒い女だった。

 こちらは全裸の女ほどには暴力的ではない。

 ただ、戦力として絶望に等しい事に変わりはなかった。

 銃をどれだけ撃っても、まったく通じない。

 全裸の女みたいに、そもそも肌すら傷付かないワケではない。

 ただどれだけ撃とうが、避けられるか手足に装着した装甲で弾かれる。

 洗練された流水の如き動作。

 男装の女は、体捌きと僅かな装甲だけで全ての銃撃を受け流していた。

 《牙》である「殺し屋」達から見ても、それは驚異的と言う他ない。

 

「畜生……!」

 

 一人の「殺し屋」が、突撃銃ではなく擲弾投射器グレネードランチャーに切り替える。

 閉所での爆発物の使用は、大きな危険を伴う。

 故に予め使用を制限していたが。

 

「砕けろッ!!」

 

 最早、他の仲間を巻き込むなど知った事ではない。

 そう言わんばかりの、小型の榴弾が戦線へと放たれる。

 即座に、それは破壊的な衝撃と熱、鋭い破片を辺りに撒き散らし――。

 

「物騒だな」

 

 ――撒き散らす事はなかった。

 男装の女が、ただ一言。

 何でもないことのように言いながら、飛来する榴弾に指先を触れさせた。

 それだけで、弾は跡形もなく消え失せる。

 一体、何が――と。

 それを見ていた「殺し屋」達が、思考を巡らせるより早く。

 

「ッ――――!?」

 

 悲鳴は、轟音にかき消されて聞こえない。

 無慈悲な爆発が、彼らが身を隠していた車両の後方で炸裂した。

 《転移》の魔法で、榴弾を敵のいる辺りに逆に放り込んだ。

 その事実を認識できた者は、恐らくいないだろう。

 頑丈な装甲のおかげで、「殺し屋」達は至近距離での爆発にも耐えていた。

 耐えていたが、熱と衝撃で容易には動けない。

 その頭上に、無慈悲な暴力が降って来た。

 

「ふんッ!!」

 

 全裸女の、華奢な足による踏みつけ。

 それは凄まじい衝撃を伴い、床を這った「殺し屋」達を更に吹き飛ばす。

 圧倒的という表現すら生温い。

 この《天の庭》の跡地で最も優れた暴力装置。

 そう自負していたはずの「殺し屋」は、いとも簡単に蹴散らされていた。

 

「おい、撤退すべきじゃないのか!」

「頭目からの指示が下りていないだろ!」

 

 未だに、かろうじて暴風圏には巻き込まれていない者達。

 今や少数となった「殺し屋」達は、遮蔽物に身を置きながら囁き合う。

 最早これは戦闘ですらない。

 一方的に蹂躙されるだけと、その場の誰もが理解していた。

 理解はしていても、そう簡単には退けない。

 全戦力の投入を命じた《牙》の長、シラカバネの許可がないからだ。

 

「だったら早く繋げろよ! これ以上は無理だって誰でも分かるはずだ!」

「やってる! さっきからやってるんだよ!

 だけど、頭目にはまったく繋がらなくて………!」

「クソッ、何がどうなってんだ……!」

 

 本当に、ワケが分からなかった。

 何故、あんなデタラメに強い連中と戦っているのか。

 何故、最初は監視だったはずの命令が総力戦に切り替わったのか。

 何故、頭目であるシラカバネと通信が繋がらないのか。

 「殺し屋」達には、何一つ理解できなかった。

 辛うじて理解できるのは、一つだけ。

 このままでは、自分達は全滅するという事実のみ。

 

「ッ……クソ、やってられるかよ!」

「おい、どういうつもりだ!?」

「うるせェ! こんな辺鄙なところで、イカレた痴女に殺されてたまるかよ!」

 

 不明な状況に耐え切れなくなったか。

 とうとう、一人の「殺し屋」が逃げ出そうと動いた。

 他の者はそれを咎めるが、強く引き留めるほどの意思はない。

 どうあれ、内心としては似たようなものだからだ。

 

「お前らもさっさと逃げろよ!

 向こうが慈悲深けりゃ、地の果てまでは追っては来ねェだろ!」

 

 「殺し屋」達の間に、強い仲間意識があるワケではない。

 それでも同僚の誼としてか、逃げるつもりの男はその場の全員に言い放つ。

 後は勝手にしろと、そう示すように踵を返して。

 

「――敵前逃亡、命令無視」

 

 結果として、さっきの言葉がそのまま遺言になった。

 逃げようとした姿勢のまま、「殺し屋」の身体が二つに割れる。

 頭頂部から一直線の唐竹割り。

 己が死んだことにすら、男は気付かなかったろう。

 

「処罰対象だ。

 私の兵は、いつの間にやらこんな軟弱になってしまったらしい」

「と、頭目……」

 

 冷淡な、氷よりも凍てついた声。

 恐怖に震えながら、残る「殺し屋」達はその姿を見た。

 「三頭目」の一角であり、《牙》の部隊長。

 シラカバネは、無惨に死んだ部下の亡骸を無造作に踏みつけた。

 ――何かがおかしい。

 誰も口には出せず、しかし誰もが同じ思考を共有していた。

 視覚的には、不審な点は何もない。

 傷の目立つ厳めしい女の顔。

 女性的な美しさとは無縁な戦士の相貌。

 手入れの荒い黒髪も、羽織った同じ色の外套も。

 最新の強化を施した上で、鍛え上げられた五体も。

 手にした愛用の長刃ブレードも。

 何も変わらない。

 いつも通りの頭目シラカバネのはずだ。

 なのに、奇妙な違和感が拭えない。

 配下である「殺し屋」達は、口には出さず同じ言葉を思う。

 ――これは、本当に本人か?

 そもそも、そんな疑問自体があり得ないが。

 絶句している部下に、シラカバネは冷め切った視線を向けた。

 

「なんだ、お前達も処刑されたいのか?」

「い、いえ! そのようなことは……!」

「だったら、さっさと行け」

 

 淡々と。

 感情も含めて一切の人間性を削ぎ落した声。

 まるで亡者の囁きのように、シラカバネは部下に玉砕を命じる。

 

「私は既に通達したはずだ。

 侵入者も含めて、この《商団》にいる者は全て殺して構わんと」

 

 確かに、「殺し屋」達はそう命令されていた。

 シラカバネは、時にそのような過激な言葉を口にする。

 しかし、《移動商団》はこの廃墟の都を支える重要な流通拠点。

 これを完全に機能不全にして良いものか。

 命令は忠実にこなすべきと分かっていても、理性が疑問を呈する。

 加えて、今現在の状況だ。

 いつの間にやら、痴女と男装女は大半の「殺し屋」を蹴散らしていた。

 もう残っているのは、後詰で控えていた少数のみ。

 どう考えても、突っ込んだところで玉砕するのは目に見えている。

 それを認識しながらも、シラカバネの声は冷たく平坦だ。

 

「行け。それとも、役に立たぬ駒と斬り捨てられたいか?」

 

 言葉と共に、シラカバネは刃を緩く構える。

 本気だ。

 行かねば、頭目は部下を容易く惨殺するだろう。

 その実例が、丁度足下に転がっていた。

 

「う……っ、うおおぉぉッ!!」

 

 明確すぎる死の重圧。

 既に精神的負荷ストレスで限界だった彼らに、堪えられる道理はなかった。

 出鱈目な雄叫びを上げて一人、また一人。

 「殺し屋」達は無謀な突撃に身を投げていく。

 その哀れな様を、シラカバネは無感情に見ていた。

 

「そうだ。それで良い」

 

 笑みの一つも浮かぶことはない。

 配下の者達の直感は、正しかった。

 今や傀儡に等しいシラカバネは、抜き放っていた刃を腰の鞘に納める。

 身に沁みつき、機械的にも記録として刻まれている戦闘技巧。

 武器を構えていない状態こそ、シラカバネの臨戦態勢だ。

 いつでも攻撃を仕掛けられる状態で、彼女もまた足を踏み出す。

 

「役目を、果たさねば」

 

 もう、彼女の中にはそれだけしかない。

 誰に与えられた役目かなど、判断できる理性もない。

 ただ、成し遂げようとする意思だけを歯車に。

 幽鬼の如き歩みで、シラカバネは嵐が暴れる死地へと向かった。

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