244話:強襲する殺し屋たち


 何が起こったのか。

 直ぐには理解できなかった。

 目の前に起こっている事実は、そんな鈍い思考を現実へと引きずり出す。

 何者かによって、《移動商団キャラバン》が攻撃された。

 一体誰に?

 いやそんなこと、考えるまでもなかった。

 

「おい、無事か!?」

「おかげ様でね……!」

 

 少し離れた場所で起こった爆発。

 外側から内側へ、《商団》の厚い装甲は容易くぶち抜かれている。

 熱と煙が立ち込める中、オレは引き倒したカーライルに声を掛けた。

 幸いと言うべきかは不明だが、頭目の男は無事のようだ。

 仕立ての良い衣服が黒く汚れている以外は、目立った外傷もない。

 

「来客の予定は聞いてないよな」

「言い忘れたなら良かったんだがね。

 どうやらこちらの確認不足だったようだ」

 

 既に阿鼻叫喚と化した《商団》の中。

 破った壁から、悠々と上がり込んでくる影。

 銀色の装甲服を身に纏った「殺し屋」達。

 強化された視覚は、少々煙い程度では障害にはならない。

 赤く光る眼差しがオレ達の姿を捉える。

 

「目標確認! 繰り返す、目標――」

「うるせぇよ!」

 

 即座に撃たれたらヤバかった。

 或いは、こっちを無力化して確保するのが目的なのか。

 どっちにしろ、気付いた奴が他の仲間に呼びかけた瞬間。

 その僅かな隙に捻じ込む形で、オレは《奇跡》を操る。

 強化が施された視覚に介入して、その機能を一時的に停止させる。

 薄闇でも昼間のように見通せる眼も、元から塞げばどうしようもない。

 

「ッ、何だ……!?」

「いたぞ! 撃て、撃て!」

「カーライルは気にするな、最悪当てても構わん!」

 

 最初に見つけた奴は怯ませたが、後続は流石に仕掛ける余裕がない。

 銃を構えて群がって来る前に、オレは急いで走り出した。

 仕方がないので、カーライルの野郎も引っ張りながら。

 

「おい、やっぱりオレらのこと売ったんじゃねーよな!?」

「それならこんな乱暴なやり方はしないね……!」

 

 まぁ、それもそうか。

 走り出して直ぐ、後ろからバカスカ銃弾が飛んで来た。

 幸い、車内は遮蔽物も多い。

 移動するのに邪魔ではあるが、同時に弾除けとしても機能してくれる。

 ……逃げ惑う客や、商いをしていた奴ら。

 そいつらの事もお構いなしに、「殺し屋」どもは銃を撃ちまくる。

 残念ながら、オレは正義の味方じゃない。

 心底ムカつくが、巻き添えまで気に掛けてる暇はなかった。

 

「っ……だが、妙だな……!」

「何がだよ!」

「『殺し屋』が動いてるということは、主犯はシラカバネだ!

 彼女の得意分野は確かに暴力だが、これは流石に強引過ぎる……!」

「そんだけオレらを邪魔だって判断したんじゃねぇのかっ?」

「『三頭目』の役目は、あくまでこの廃墟の管理だ!

 侵入者と手を組んだ私をっ、裏切り者と判断して排除するのは分かるがね!

 それでも、流通の要であるこの《商団》を、破壊するのは……っ。

 流石に、やりすぎだと思うんだよ……!」

「……成る程な」

 

 確かに、刺客を密かに送り込んでの暗殺ならまだ分かる。

 しかしこの《移動商団》は、明らかにそう替えの利く代物じゃない。

 これを派手にぶっ壊せば、後々の影響も決して小さくないはずだ。

 そう考えると、このやり方は雑過ぎる。

 

「っても、現実に襲って来てるじゃねーか!」

「あぁ、何かあったかぐらいしか私には言えないね……!」

 

 既に息が上がりつつあるオッサンを、オレは強引に引っ張る。

 一瞬捨てるかとも考えたが、流石にそれは躊躇われた。

 心情的な部分もあるが、今のところはコイツは味方寄りではある。

 単純に捨てるんじゃ流石に不利益が大きい。

 

「薄汚い『殺し屋』風情が!」

「ここはカーライル様の縄張りシマだぞ!!」

 

 と、後方から怒号が聞こえて来た。

 どうやらカーライルの部下が対応に動いたらしい。

 直接確認してる余裕はないが、あっという間に銃撃戦の音が響いて来る。

 とりあえず、こっちには都合が良い。

 

「アレ、どうにかなると思うか!」

「無理だな! 《商団》の護衛には腕利きを揃えている!

 が、流石にシラカバネの『殺し屋』とでは質が違い過ぎる!」

「やっぱそうなるか……!」

 

 叫ぶように言葉を交わしながら、目指す先は先頭車両。

 客室の方まで向かえば、姉さんやボレアスがいるはずだ。

 そこまで辿り着きさえすれば――!

 

「ッ!?」

 

 再び、背筋を刺してくる悪寒。

 無心に走っていたが、反射的にその場で足を止める。

 カーライルがつんのめっているが、支えてはやらなかった。

 爆発が、進行方向にあった壁の一部を打ち砕く。

 吹きつける熱風を腕で遮りながら、オレはそれを見た。

 さっき見たのと同じ、銀色の「殺し屋」連中の姿を。

 

「何人いるんだよ……!?」

 

 毒吐きながら、オレは意識の網を伸ばす。

 乗り込んで来たばかりの「殺し屋」達を、可能な限り纏めて捕らえる。

 いちいち狙いを定めてる暇はない。

 兎に角、意識の端で触れた強化部分にデタラメな命令コードを打ち込んだ。

 

「ぐぁっ!?」

「ガッ! ギギギギッ!」

「何だ、何が起こった!?」

 

 誤作動を起こして崩れ落ちる奴に、緊急停止で動けなくなる奴。

 どいつもこいつも混乱の渦だ。

 

「今の内だ!」

「あ、あぁっ」

 

 カーライルの返事は待たず、オレは全力で走り抜ける。

 《奇跡》でかく乱したばかりの「殺し屋」連中の、直ぐ傍を。

 一歩間違えれば撃たれるが、躊躇ってはいられない。

 完全に機能停止シャットダウンに追い込んだんじゃない以上、いつ復帰するか分からない。

 無理やりカーライルの腕を引き、走る。出せる限りの全力で。

 事態を把握できていない「殺し屋」共の横を抜けて――。

 

「ッ……!?」

 

 衝撃が、肩の辺りを掠めた。

 撃たれた。

 但し、すぐ横でのた打ち回ってる連中じゃない。

 後方――最初に突入して来た奴ら。

 足止めする形になっていたカーライルの部下を、もう突破して来たらしい。

 幸い、銃弾はオレの肩を掠っただけで直撃はしていなかった。

 だが身体に受けた衝撃は十分で、バランスを崩しかける。

 転びこそしなかったが、どうあっても足は止めざるを得ない。

 そんな暇はないと頭で分かっていても、視線は後ろに向けてしまった。

 見える範囲では、三人。

 手にはそれぞれ突撃銃アサルトライフルが握られている。

 既に照準はこちらに合わさっていた。

 妨害しようにも、この状態じゃ流石に間に合わない。

 ヤバいと分かっていても、思考が現実の速度に追い付かない。

 近くに味方がいようが、「殺し屋」共は強化装甲でフル装備だ。

 巻き添えなんて気にせず撃って来る。

 どうする――!?

 答えは――いや、そもそも最適解なんてどこにも無かった。

 後はもう、急所に当たらないことを祈るしか……。

 

「……おや?」

 

 何だか、間の抜けた声が聞こえた。

 時間の流れが、酷く停滞したように感じる。

 引き延ばされた感覚の中で、何かがオレの身体を押した。

 何が、と。

 それを疑問に感じるよりも早く。

 オレを押し退けたカーライルが、銃弾をモロに浴びるのが見えた。

 まるで糸が切れた玩具みたいな動きで、カーライルは床を転がった。

 一瞬、言葉が出なかった。

 

「ッ、何で……!?」

「嗚呼――いや、さて、何でだろうね」

 

 恐らく、衣服には防弾性能があったのだろう。

 即死はしなかったようだが、どう考えても重傷だ。

 うわ言めいた声と共に、口からは真っ赤な血が溢れ出す。

 「殺し屋」どもが、再び銃を構えるのが視界の端に映った。

 

「こんな事、するつもりはなかった、んだが……っ、ゴホッ……!」

「くそっ、もういいから喋るな!」

 

 混乱しかけた頭の中を、どうにか抑えようと努める。

 これ以上撃たれたらカーライルは間違いなく死ぬし、オレも当然ヤバい。

 意識を無理やり集中させる。

 さっき妨害した「殺し屋」連中も、既に動き出していた。

 合わせると五人、いや六人?

 まだ控えてる連中も合わせれば、一体どれだけいるのか。

 当然、こっちに向けられた銃口も同じ数だ。

 流石に全部は無理だろ……!

 

「撃て! 撃て!」

 

 「殺し屋」連中の声が聞こえる。

 流石にキツいか、と――そう諦めかけて。

 

「何だ、随分と楽しそうだな?」

 

 絶望を上塗りする、敵にとっての絶望がやって来た。

 オレが反応するよりもずっと早く。

 何かが高速で、こっちの頭上をぶっ飛んでいく。

 それは人間だった。

 多分、先頭車両の方にも「殺し屋」の襲撃があったのだろう。

 ズタボロの「殺し屋」が、球か何かのようにブン投げられたのだ。

 あまりの速度に、銃を構えていた連中は反応が間に合わない。

 

「ぐぉっ!?」

 

 ド派手な音と、間の抜けた悲鳴。

 「殺し屋」達は、投げ付けられた仲間に薙ぎ払われる形で床を転がる。

 装甲服で固めてようが、これは流石に効いただろ。

 

「生きてるか、小娘」

「ッ、おかげ様でな……!」

 

 まだ片手に別の「殺し屋」をぶら下げながら。

 ボレアスは、オレを見下ろしつつニヤリと笑ってみせた。

 物騒な笑顔だが、今は本気で頼もしい。

 

「イーリス!」

「無事か? とりあえず無事っぽいな」

 

 やや遅れて、姉さんとアッシュも駆けつけてくれた。

 絶望的だった気分が、ほんの少しだが軽くなった気がする。

 こっちの状況を見たせいか、姉さんは疾風の如くに駆けて来た。

 そのまま、こっちと敵との射線を塞ぐ位置に立つ。

 

「怪我は? 大丈夫か?」

「オレは大丈夫、だけど……」

「あー……そうだね。私は少し、厳しいかもしれない」

 

 床に仰向けに倒れた状態で、カーライルは呻くように言った。

 当たり前だが、相当な重傷だ。

 本人もまだ息はあるが、大分意識は朦朧としているようだった。

 口にする言葉は、半ばうわ言のようで。

 

「本当、何故……あんな、こと、したんだ……?

 いや、そもそも――私は、何故……」

「っ、良いから喋るの止めろって……!」

「なんだ、こやつは撃たれたのか? 人間はやはり脆くていかんな」

 

 致命傷では……ギリギリ、無いか。

 だがヤバい程度には重い傷なのも確かだ。

 呑気な台詞を吐いてるボレアスは、とりあえず気にしないでおく。

 しかしこの状況じゃ、ロクに手当ても……。

 

「……仕方ない。ちょっと見せてくれ」

 

 横から伸びて来た手。

 それは悩ましげな顔をしたアッシュのものだった。

 彼は、瀕死のカーライルに指を触れさせる。

 銃弾が命中した辺りを、一つずつ。

 

「――――」

 

 そうしながら、何かを呟いたようだった。

 どんなことを言ったのかまでは、残念ながら聞こえない。

 ただ、変化は目に見えて起こった。

 

「傷が……」

 

 塞がって行く。

 劇的に、というわけではないが確実に。

 アッシュが指で触った辺りから、カーライルの傷が治り始めた。

 これは……。

 

「魔法、か?」

「魔法? いやいや、ちょっとした特技みたいなもんだ。

 あんまり知られると面倒なんで、普段は隠してるんだけどな」

 

 オレの言葉に、アッシュは軽く首を横に振った。

 魔法じゃない……となると、オレと同じ《奇跡》か?

 ともあれ、傷はかなり塞がった。

 カーライルの呼吸も、さっきよりは大分マシになった気がする。

 

「……まさか、こんな力が使えるとはな」

「隠してた事については、気を悪くしないでくれよ?

 カーライルコイツはここで死なれちゃ困ると、そう思って使ったんだ」

「まぁ、別に我はどうでも良いがな」

 

 興味深そうな姉さんとは違い、ボレアスは視線を「殺し屋」達に向けた。

 先ほどの「投擲」で何人か脱落したようだが、人数は大して減ってはいない。

 話したりしてる間に、更に増援がやって来たらしい。

 並んだ銃口を眺めながら、ボレアスは笑う。

 

「蹴散らすぞ。構わんな?

 あぁ、答えは聞いておらんぞ!!」

 

 自儘な竜の王様は、言いたいことを言うだけ言って。

 そのまま真っ直ぐに、「殺し屋」達が並べる銃の列へと飛び込んで行った。

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