243話:伊達男はかく語る
「……ったく。好き勝手言いやがって」
ぶつくさと、誰に向けたわけでもないどうでも良い文句。
そんなものを垂れ流しながら、オレは一人で適当にぶらついていた。
カーライルの奴との交渉が終わった後。
オレ達は用意された客室の一つに案内された。
予想通りと言うべきか、そこもまた無駄に豪華な内装で。
落ち着かないから、とりあえず《移動商団》の中を散策してるのが現状だ。
アッシュは怪我人なので寝台に転がしておいた。
姉さんにはボレアスのお守りを任せて来たので、今だけは身が軽い。
……まぁ、何だかんだとオレもここまで頑張って来たし。
そのぐらいは別に良いだろ、ウン。
少しは一人で羽を伸ばしたくなる時もある。
「……ふーむ」
ガタン、ガタンと。
規則正しい揺れが、ここが今も移動し続ける乗り物の中だと伝えてくる。
都市の外で、これだけのモノが動いてるなんて。
「よう、お嬢さん! ちょっと見てかないかっ?」
「悪い、間に合ってるんだ」
何度目になるか分からない客引き。
ガラは悪そうだが、人は悪くなさそうな男に軽く手を振っておく。
――活気があるってのは、まぁ良いことだよな。
少なくとも、この場には都市の底みたいな閉塞感はない。
生きているという、熱に近いものが感じられる。
それ自体は、良いことなのだと思う。
「――やぁ、散歩かな?」
一瞬、無視しようかとも思ったが。
オレは思考を中断し、足を止めてそちらを見る。
聞き覚え――というより、さっきまで聞いていた男の声だった。
「お偉いさんが、こんなところぶらついてて良いのか?」
「別に珍しいことじゃない。
ここは私の散歩コースなんだよ?」
オレの皮肉に伊達男――カーライルは、笑いながらそう応えた。
車内で商いをしてる連中や、その店先に集まっている客らしき連中。
その誰もに対しても、カーライルは気軽に声を掛けている。
一言や二言、挨拶みたいなもんだが。
散歩ルートというのも、あながち冗談ではないらしい。
「で、何か用か?」
「個人的に君のことが気に入っている、と言ったらどうする?」
「アッシュの野郎の物真似か?
ナンパだったらもっと尻の軽そうな女を狙えよ」
「手厳しいな。割と真面目に言ったつもりだったんだが」
「それこそ冗談じゃねぇよ」
姉さんはこう、割と恋愛とか憧れてるっぽいけど。
正直、オレはあんまり興味がない。
つーよりも、余裕がないと言った方が正しい気がする。
生きて、何とか前に進むだけで精一杯。
色恋だの恋愛だの、そんなもんに思考を割いてるゆとりがないのだ。
第一、オレは他人の感情なんて抱えてられるほど強くもない。
自分が死なないよう立ち回るだけでもギリギリなんだ。
「愛とは人生の潤いだよ。
どんな生き物にだって、愛はあるんだ。
それが人であれ、竜であれ、或いはそれ以外の何かでもね」
「……臭ェ台詞だけど、まさか似合うと思ってる?」
「君は本当に手厳しいなぁ」
ハハハ、とカーライルはわざとらしく笑ってみせた。
お世辞を期待してたんなら、それこそ言う相手が違うだろ。
「で?」
「うん?」
「本題が何かあるんじゃねェのか?」
まさか、特に用事もないけど散歩中に見かけたからとか。
そんな馬鹿な理由で声を掛けたワケじゃないだろ。
仮にも、この廃墟の都で「三頭目」なんて支配階層を務めている男だ。
オレの問いに対して、カーライルは憎たらしい笑顔を返して来た。
「言っただろう? ここは私の散歩コースなんだ」
「そうかよ。じゃあ、オレは行くからな」
「まぁまぁ、待ちたまえよ」
さっさとその場を離れたかったが、何故か引き留められてしまった。
用がないならほっとけよ、マジで。
軽く睨んでみたが、カーライルは気にしてはいないようだ。
無神経なのか、それとも分かって流してるだけなのか。
正直、オレもまだ判然としていない。
「さっきはそうする必要があっての話だった。
しかしそればかりでは、人間関係というのは寂しいだけだろう?」
「仮にトチ狂ったとしても、お友達になろうなんて言い出さないでくれよ」
「あぁ、いきなり友人は高望み過ぎるね。
ならせめて、名前ぐらいはちゃんと聞いて構わないだろう?」
「あー……」
そういえば、名乗った覚えがないな。
必要な話はしたから、完全にそれで終わりにしてたわ。
……仕方ない。
「イーリスだ。一緒にいたのは姉のテレサ。
あと全裸だったのはボレアス。もう一人は……」
「アッシュ、と言ってたかな。
どうやら彼だけは、この地に暮らしてる人間のようだね」
「……そういうの分かるのか?」
「勘だよ。気配と言い換えても良いかもしれない。
ここに根を下ろしてから、それなりの時間は過ごしているからね」
わざとらしく笑うカーライルに、オレはちらりと視線を向ける。
やはり、見るところは見ているらしい。
ふざけた男ではあるが、仮にも「三頭目」なんて地位にいるワケだしな。
オレの視線に気付いたらしく、カーライルは笑顔のまま。
「今なら、少しぐらいは口説く目もあるかな?」
「だから余所でやれっつってんだよ」
しっしと、手で追い払う
割と本気だったが、カーライルは冗談として受け取ったらしい。
「ハハハ、それなりに真面目に言ったつもりなんだがね。
君は若いし、まだまだ粗削りだが優秀そうだ。
そういう若くて有望な相手は、手元に置きたくなるのが人情だろう?」
「ご期待に添えず申し訳ないが、こっちはこっちの目的があるんだ。
それを邪魔すんなら敵だって釘刺さなかったか?」
「邪魔はしないさ。ただ、素直に惜しいとは思っているよ」
立ち話をしても仕方ないと、オレは再び足を動かす。
何故かカーライルもそれに付いて来た。
……コイツ、実は暇なんじゃないだろうな。
まぁ、部下に任せられる事は任せてるだけかもしれないが。
「……なぁ」
「うん?」
「ちょっと聞きたいことがある。
答えたくなけりゃ、別に答えなくて良い」
「ほう、何かな? 遠慮せず言って欲しいね」
興味深い、とでも言いたげに。
カーライルは笑顔のままオレの方を見た。
そういうことなら、遠慮なく。
「お前――いや、『
迂遠な言い回しによる腹の探り合いとか。
やるだけ面倒なので、可能な限り直球でぶつけてみた。
ここまで、何度か感じて来た「三頭目」の連中に関する疑問。
霧によって閉ざされているはずの「外」との取引。
明らかに技術の
そんなもの、街の外だろうが手に入れる伝手なんて限られてる。
それこそ、都市を支配して技術の大半を独占するような存在。
真竜相手と取引でもない限りは。
「外から来た客人から見れば、流石にバレバレだったかな」
キレたりとか、そういう激しい反応を予想してたが。
意外なほど穏やかに、かつ取り繕うこともせず。
実にあっさりと、カーライルはオレの言葉に頷いてみせた。
拍子抜け……っていうのもおかしいが。
まさか、そんなにあっさりと認めるとは。
「さっき話してた時は、竜に支配されてない楽園だとか言ってなかったか?」
「そう思っている者に対しては、そう語るようにしているんだ。
我々『三頭目』は、竜のいないこの《天の庭》の残骸に君臨しているのだ、とね。
普通に考えれば、真竜の力もなしにこんなものは維持できないよ」
「……まぁ、そりゃそうだろうな」
頷く。
結局、この大陸の支配者はどこまで行っても真竜達だ。
様々な機械的技術も、それ以前の生存の権利すらも。
全て真竜が許すから人に与えられている。
大半の都市がそうであるように、この廃墟の都も変わらない。
ただ、それだけのことだった。
「さて、それを知って君はどうするんだい?」
「どうもしねェよ。ちょっと気になったから確認しただけだ。
……あぁいや、もう一つ。
お前らの背後に真竜がいるのは分かったが、そいつはこの場所にいるのか?」
「いいや、真竜がこの地にいないのは本当だ。
『
成る程、真竜がいないのは本当だったらしい。
しかしまぁ、なんだってそんな回りくどいことを?
「真竜側の事情は、残念だが私も詳しくは知らない。
知っているとしたら、派遣された《牙》であるシラカバネ辺りだろうね」
「……確か、『殺し屋』の頭目だよな。
そうか、《牙》だったらあの装備の充実具合も納得だな」
真竜配下の戦闘員である《牙》。
《牙》みたいではなく、《牙》そのものだったワケか。
……しかし。
「こんなこと、ペラペラ喋って良いのかよ」
「良くはないかもしれないが、つい口を滑らせてしまう事もあるさ」
「ンな適当でいいのかよ……」
少しジト目で睨むと、カーライルは愉快そうに笑った。
「君のことを気に入っている、というのは本心だ。
目的がなんであるかまでは聞かない。
ただ、私の利益のためにも良い関係でいたいと思っているよ」
「…………オレも、別に好きで喧嘩したいワケじゃないからな。
こっちに迷惑にならなけりゃ、そっちも好きにやりゃあ良いよ」
正直、気に入らない相手ではある。
今話している言葉も、嘘はないだろうが本当に本心かも分からない。
それでもまぁ、敵対的でない奴にそう喧嘩腰でもいられない。
微妙に言葉を選んだことに、カーライルも気付いているようだった。
「君は、こう――思ったよりも素直だな」
「なんだよ、蹴り入れて良い奴か?」
「やめてくれ、荒事は得意じゃないんだ。打ち所が悪いと死んでしまうよ」
「だったら口には気を付けろよ」
オレが言うこっちゃないかもしれないけどな。
……さて、気になっていたことも聞けたし。
いい加減、姉さんにボレアス投げっぱも悪いからな。
「オレはそろそろ――」
部屋に戻る、と。
カーライルにそう言いかけて。
不意に、冷たい感覚が背筋を貫いた。
「ッ――!?」
頭で考えるよりも先に、身体が動いていた。
たまたま近くにいたカーライルの腕を引っ掴み、床を大きく蹴飛ばす。
カーライルは驚いて目を白黒させているが、構ってる余裕はない。
転がるように倒れ込んだのと、ほぼ同時。
轟音と衝撃が、《移動商団》の車体を激しく揺さぶった。
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