242話:交渉成立
……語る言葉に、虚偽は含まれていない。
オレも他人の嘘が分かるとか、そこまで見る目があるとは思わない。
それでも、カーライルが本気で言ってることは伝わって来る。
印象としての裏表がなさ過ぎて、いっそ怖さも感じるぐらいだ。
「さぁ、如何かな?」
「……前提として、オレ達は別に『三頭目』をどうこうするのが目的じゃない。
結果的に喧嘩売る形になったのも、単にそっちのが都合が良かっただけだ」
ちらりと、アッシュの様子を確認する。
交渉は完全にオレに任せる構えのようで、特に口は挟んで来ない。
オレ一人の負担がおかしくね、とはちょっと思ったけど。
そこは考えても仕方ないので置いておく。
「オレ達は、この都市跡の中心を目指してる。
『三頭目』は行き来を封じてるって聞いたが、間違いないか?」
「あぁ、間違いないね。
私は見ての通り、この《移動商団》が我が家だ。
ロンデミオとシラカバネの二人は、中心付近に拠点を構えている。
多くの部下も配置して、許可無しの往来は禁止している」
この辺りはアッシュの言う通りか。
カーライルは納得した様子で何度か頷いてみせる。
「しかし、あんな場所に一体何をしに?
私も足を伸ばす機会がないので詳しくは知らないが。
あそこにはデカい大穴以外には何もないはずだ」
「そこは別に話す必要ねーだろ。
オレ達はその場所に用がある、それで十分なはずだ」
「それは確かにその通りだね」
まぁ、《聖櫃》に取り込まれた仲間を探すためとか。
それを話しても仕方ないし、変に弱味と思われても面倒だ。
しかし。
「……やっぱり、何もないんだな。
確か、《
「外の人間にしては詳しいね、
《天の柩》がいつ失われたのかは、この廃墟の住民は誰も知らないよ」
カーライルは笑う。
上等そうな
「《
廃墟にいるのは外から逃げ込んで来た者か、外を知らない者ばかり。
しかし繁栄は失えども、ここは未だに楽園のままだ。
竜の支配に脅かされることなく、人は人として生きられる。
私のやってる事なんて、一面を考えれば慈善事業に近い」
誇る、というよりも。
ただ事実を語っているだけ、といった口調だ。
外の世界の法から外れたこの廃墟こそ、人間の楽園だと。
カーライルはいっそ穏やかに語っている。
それを聞いて、ボレアスが小さく喉を鳴らした。
「つまらん人間かと思っていたが、今の冗句はなかなか面白かった」
「おい、ボレアス?」
「いや、すまんな。
別にお前の邪魔をしたいワケではないのだが、ついな」
多分、本人(?)的にはこれでも抑えている方だろう。
それがなければ、間違いなく腹を抱えて大笑いしているはずだ。
笑うボレアスに対し、カーライルは気を悪くした様子もない。
「竜の支配なくば楽園、か。
随分とまぁ、人間にしては欲のない話だ」
「だが事実だろう?
この地は、真竜さえも手を――」
「支配するのが真竜であれ、人であれ。
或いは既に死したるバビロンであれ、大きく違いはあるまい。
繁栄の中にあるか、隷属の下で生きるか。
何もない荒野で、残骸を漁って息を繋ぐか。
そら、大した違いもないだろう?」
カーライルの言葉を遮り、ボレアスは笑っている。
果たして今、何を思ってそれを語っているのだろうか。
傍で見ていても、古き竜王の胸中は掴めない。
ただ、楽しそうってことだけは見ていればすぐにわかる。
「ボレアス殿」
「何だ、お前達も笑って良いのだぞ?
打ち捨てられたガラクタの山を、さも素晴らしい物の如くに語る。
もしそれを本気で信じているのならば、なかなかの道化っぷりよな」
まさに傲慢な竜そのものの態度で。
ボレアスは、「三頭目」の一角である男を嘲っていた。
竜の支配なき地の支配者。
そんな相手が空々しく歌う美辞麗句を、心底愉快そうに笑い飛ばす。
カーライルの表情は揺るがなかった。
態度にも一切の変化はない。
ただ笑みを浮かべたまま、ボレアスの言葉を正面から聞いていた。
……こっちはこっちで、器の底が読み切れないな。
「悪いな、こういう奴なんで」
「いや、お気になさらず。
なかなか耳の痛い話ではあったがね」
形だけだが、一言詫びは入れておく。
それを受けて、カーライルは冗談交じりに返して来た。
「……話がちょっと脱線したな。
聞いての通り、彼女らの望みは《天の柩》の跡地に行くこと。
それさえ叶うのなら、交渉の余地はあるんじゃないか?」
そう言ったのはアッシュだった。
ここまで見に回ってたのに、いきなり口を挟んで来たな。
恐らく、「その目的を自分は共有してない」って
……実際のところ、アッシュは「三頭目」を本当に潰したいのか。
そこがイマイチ曖昧ではあった。
「その程度なら私の一存だけでも何とでもできる。
なんなら、このまま《移動商団》の進路をあの大穴に変更しても良い」
「……いや、そりゃ助かるが。良いのか?」
「良いとも。巡回ルートからは外れるがこの商団の
こっちとしては、文字通りの渡りに船ではある。
但し、と。
あっさりと了承したカーライルだが、軽く指を一本立てて見せて。
「とはいえ、だ。
この《移動商団》は、都市各地に散らばった住民に物資を運ぶ役割もある。
進路を変えることはできるが、そのまま目的地に真っ直ぐに、とはいかない。
そこはご理解頂けると助かるね」
「そりゃまぁ、文句はねぇよ」
「同じく」
オレと姉さんが頷くと、カーライルもまた満足げに頷いた。
目的地に急ぎたいのはこっちの都合だ。
だからカーライルの言い分そのものには何の文句もない。
ただ。
「……それだけか?」
こっちの望みに対して、対価となる要求は無いのか。
まさか無償で
「私は君たちに、何か要求できる立場ではないよ。
何せこの場で暴れられたら、その時点でどうしようもないんだからね!」
「それは確かにそうかもな」
仰々しい身振りと共に、明らかに冗談めかしてカーライルは笑う。
アッシュも皮肉げに応えて頷いた。
いや、それで納得しろってのが無理あるだろ。
軽く睨んでみると、カーライルの方が一つ咳払いをして。
「私を除く『三頭目』は君達を許さない。それは先ほど言った通りだ。
そして同じ『三頭目』とはいえ、縄張りの区別は明確になされている。
都市中央にはロンデミオ、シラカバネが拠点を置いている。
そこに私が断りもなく《移動商団》を近付ければ……」
「攻撃される、か?」
「それ以前に、私が君らを懐に招き入れた事も既にバレバレだろうさ」
まぁまぁ深刻な状況な気がするが、カーライルの言葉はあくまで軽い。
「君らはあの大穴のある場所へと向かいたい。
私は君らと喧嘩したくないし、あわよくば他の頭目達が損をすれば良い。
《移動商団》が被害を受けるのは――まぁ、必要経費と考えよう」
悩んでいますと、そう主張するみたいにわざとらしく唸る。
そうしてから、カーライルは軽く両の手を合わせた。
「目的地に着くまでの障害は、君達の手で排除する。
それを運賃代わりに、私は君らを望む場所へとこの《移動商団》で運ぶ。
取引としては、こんなところで如何だろうか?」
「…………」
即答はできなかった。
何と言うか、こっちにとって都合が良すぎる気がする。
オレ達と喧嘩しても損するだけだから、そっちの目的に協力したい――ってのは。
まぁ、理屈としては頷けないワケじゃない。
それでも「都合が良すぎる」と引っ掛かるのは、オレの考えすぎか?
トントン拍子が過ぎて、裏が無いかと勘繰っちまう。
……レックス辺りは、そんなのは欠片も気にしないんだろうな。
いや、正確には気にしないワケじゃない。
アイツは最終的にバカでスケベだが、頭の回転は意外と早い。
だからその辺は察した上で、最終的に暴力で潰せる実力があるだけの話だ。
改めて考えるとひでぇゴリラだな。
まぁ、今はそれは良い。
「……分かった」
「では!」
「あぁ、そっちの話に乗ってやるよ。
けど、オレはお前らのイザコザには興味ない。
『三頭目』の地位がどうだのってのも、心底どうでもいい」
喜色満面なカーライルを、オレは真っ直ぐ睨みつける。
……オレなんて元は都市の最下層、泥沼を這いずる便利屋に過ぎない。
この瓦礫の都で頭目の地位にある男と比べたら、きっと役者が違うだろう。
組織の頭なんてガラじゃないし、器も能力もあるとは思ってない。
だとしても、潜った修羅場の数には自負があった。
チンピラの大将ぐらい、これまで出くわした竜と比べたら屁でもない。
だから、オレは僅かにでも臆さずに。
「オレ達はオレ達の目的のため。
それでお前が利益を得るのなら、好きにすりゃあ良い。
ただし敵になるつもりなら、相応に覚悟しておけよ」
「あぁ、承知しているとも。
君はまるで竜のように恐ろしいな、お嬢さん」
「女相手のお世辞なら、もうちょい気の利いたことを言えよ」
第一、こっちのすぐ傍には本物の竜がいる。
冗談にしても笑えない話だ。
「ともあれ交渉は成立と、そう考えて宜しいかな?」
「とりあえず、この場はな」
笑顔と共に差し出される右手。
オレは躊躇わず、やや乱暴にそれを握り返した。
触れた一瞬で、カーライルの身体に仕込みがないかもついでに確認する。
――完全に生身か。
てっきり、強化ぐらいは入れてるかと思ったが。
「どうかしたかね?」
「いや何でも。で、話はこれで終わりか?」
「あぁ、大穴までは暫く掛かる。
迷惑でないなら、客室を用意しようか」
「…………どうする?」
オレとしては、どちらでも良かった。
なので他の顔ぶれに聞いてみることにする。
「私は、どちらでも構わない。イーリスが好きな方で」
「まぁ、休めるなら休んだ方が良いだろ。
俺はちょっとこう、負傷もしてるワケだしな!」
「そういやそうだったな」
今は割と平気そうだが、地味にボロ雑巾みたいな状態だったな。
ついつい場の流れで失念してたけど。
ボレアスの方は、大きな欠伸を一つして。
「我は眠れるならどこでも構わんぞ。好きにせよ」
「分かった。……で、そういうワケだから」
「あぁ、すぐに案内させよう」
カーライルは一つ頷くと、軽くその手を叩いた。
待つこと一秒程度。
扉が音もなく開き、最初の案内人の男がまた姿を見せる。
丁寧な動作で一礼をして。
「お呼びですか、頭目」
「あぁ、彼らを客室に案内してやってくれ」
「承知致しました」
慣れた様子で再び一礼。
それから改めて、案内人はオレ達の方を向いた。
「お待たせ致しました、直ぐにご案内させて頂きます」
「悪いな、頼む」
カーライルの部下とはいえ、面倒は掛けてるからな。
こっちとしては、他意も何もない言葉のつもりだったんだが。
「…………」
「……なんだよ、アッシュ。どうかしたか?」
何故か視線を感じて、オレはアッシュの方を見た。
別におかしなことは言ってない……はず。
内心首を捻っていると、白い男はなんとも言えない表情で。
「あー、いや。
君は誰に対しても喧嘩越しだと、勝手に思ってたんだが。
意外とそうじゃないんだな、と」
さらっと無茶苦茶失礼なことを言い出しやがった。
おいコラ、ボレアスは腹を抱えて笑うな。
姉さんも姉さんで、ノーコメントで苦笑いすんのはやめろ。
「うるせーよバカ」
「痛っ!? いや、悪かったって!」
「どーだかね、口では何とでも言えるだろ」
とりあえず蹴りを一発入れて、オレはふんっと鼻を鳴らす。
別に気が長いつもりはないが、そんな喧嘩っ早くもねーですよ。
背中を蹴ったばかりのアッシュを軽く睨んで、一言。
「オレが態度に出すのは、イマイチ信用できねー相手だけだ。
例えば、お前とかな」
「…………」
ド直球に言ったら、アッシュは微妙に虚を突かれた顔を見せる。
それから滲むような笑みを浮かべ、その口元を片手で覆う。
心底――本当に、心の底から楽しむような笑い声。
アッシュは、そんな声をこぼしながら。
「俺、君のそういうところは結構好きだな。
油断がないようで、実際は可愛げがある感じがして」
なんてことを言ってきやがった。
――とりあえず、もう一発蹴りを追加しておいた。
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