第三章:欲深い者どもの行進

241話:カーライルからの招待


 《移動商団キャラバン》の中は、どこか懐かしい空気が流れていた。

 全部合わせれば十台以上。

 大型車両が連結した内側は、多くの人間が行き交っていた。

 それなりに広いはずの車内は、人や物で溢れているせいで酷く手狭に感じる。

 

「そら、今日運んだばかりの水だ! 今買っておかなきゃ損するぜ!」

「カーライル様が特別に『外』から仕入れて来た純正品だよ!

 さぁさぁ、次は何時手に入るか誰にも分からない! 早い者勝ちだ!」

「こっちの薬は古くなってるね。安くはならないかな?」

「値引き交渉は受け付けてないんだ、余所でやってくれよ」

 

 ざわざわと。

 あちらこちらから、そんな声が聞こえてくる。

 都市の下層部スラム辺りを思い出す、雑多で熱のある雰囲気だ。

 

「金銭を使っての取引があるのだな、ここは」

「カーライルの勢力下限定だけどな」

 

 警戒込みで周囲を観察する姉さん。

 その呟きにアッシュが応える。

 

「最初は《休息地》の間での水や食料の移動だけだった。

 それが今や、少ないながら『外』から物資を仕入れての一大移動商店だ。

 この《移動商団》は決まったルートを定期的に回ってる。

 誰でも乗れるし、ここで扱う「商品」は適切な対価コインを支払えば誰でも買える。

 その対価も、カーライルが定めた『労働』の報酬として貰える仕組みだ」

「……それを一代で築いたワケか」

 

 若干の感心を込めて、姉さんは小さく頷いた。

 確かに、こんなデカい物を用意するなんてそう簡単なことじゃない。

 少なくとも、個人で可能なレベルは大きく超えている。

 行き来不能らしい「外」と繋がりがあるのも、やっぱり怪しい。

 ……これ、背後にどっかの真竜でもいるんじゃないか?

 荒野のならず者が、奇跡的に生存圏を築き上げたって夢物語よりは納得が行く。

 まぁ、だとしてもこんだけやれるのは十分凄いと思うが。

 

「それで、招いた奴の面はまだ拝めんのか?」

 

 そう声を上げたのは、退屈そうに後方を付いて来るボレアスだった。

 ちなみに、流石に全裸は拙いだろうと商団に入った時点で襤褸を羽織らせてある。

 状態としては全裸マントなんだが、ないよりはマシだろう。

 ボレアスも全身を締め付けられるのが嫌なので、羽織る程度は拒否しなかった。

 それでも微妙に鬱陶しそうにしてるが、ちょっとは我慢して欲しい。

 

「カーライル様は貴賓室にてお待ちです。もう間もなく着きますので」

 

 応じたのは、オレ達の先頭を歩く相手。

 迎えとして寄越されたカーライルの部下だ。

 これまで見たモヒカン連中とは違い、埃っぽくはあるが身なりはしっかりしてる。

 懐に銃は仕込んでるようだが、武装自体は最小限だ。

 揺れる車内も、慣れた足取りで進んで行く。

 

「なぁ、カーライルってのはどんな奴だ?」

 

 ふと、オレは案内役にそんなことを聞いてみた。

 これから直接会うワケだが、今の時点で知ってるのは断片的な情報のみ。

 どういう人物なのかぐらいは確かめておきたかった。

 オレの問いに対して、案内役の男はほんの少しだけ笑って。

 

「良い方ではありませんね」

 

 あっさりと、そんなことを言って来た。

 ……いや、一応はお前らのボスなんだろ?

 参考にならない美辞麗句が返って来るぐらいは予想してたが。

 近くで聞いてたアッシュも、軽く吹き出してしまった。

 

「なんだ、直接の上司にそんなこと言って良いのか?」

「事実ですよ。あの方も、お世辞で褒められるのは好んでいませんので」

 

 アッシュの言葉に、案内役は苦笑いを浮かべる。

 ただ、と。

 

「それでも、あの方のおかげでこの地で生きるのは随分と楽になりました。

 簡単ではないですが、水や食料を安定して得ることができる。

 運が良ければ、娯楽のための嗜好品を手に入れることもできるのですから」

 

 案内役の言葉には、崇敬に近い念が込められていた。

 事実として、ロクな奴ではないと認識しながら。

 それでもカーライルという男は、自分達にとって救い手なのだと。

 偽らざる本音として、案内役は語っている。

 

「ワガママ――というか、思い付きで行動しがちなのが玉に瑕ですがね。

 今回、皆さまがたを招いたのも同じようなものでしょう」

「立場上、私達は敵だと思うんだが」

「敵とか味方とか、そういうのはあの方自身にはあまり関係ないのですよ」

 

 微妙に困惑を含む姉さんの声に、案内役も似た感じで応えた。

 横で聞いていたボレアスは、軽く鼻で笑って。

 

「まぁ度量の広い大人物か、ただの愚か者であるのか。

 それもまた直接会って見定めれば良かろうさ」

 

 どっちであっても、自分には関係がないがと。

 言外に語ってる気はするが、ツッコミはしない。

 弱っていても竜の王。

 人間の器の大小など、大して興味がないんだろう。

 ともあれ、賑やかな車内の様子を暫し眺める。

 扱っているのは、やっぱり水や食料が主なようだった。

 様々なサイズの容器に保存された水に、籠いっぱいに詰められた果実。

 真っ赤な色をしたそれは、《休息地》で見た物と同じだった。

 バビロンの血肉から生じたらしき、赤い果実。

 この地における「食料」は、やっぱりアレがメインであるらしい。

 

「どうした?」

「……いや、何でも」

 

 オレの様子に気付いたか、アッシュが声を掛けて来た。

 軽く首を横に振って、オレは果実から視線を外す。

 ボレアスは、特に異常は感じないと言っていた。

 それでも、アレが竜の亡骸から生まれた物と考えると妙な気分になる。

 ………いや、そういやオレも似たモン食った覚えがあるような……?

 

「なんだ?」

「……いや、何でも」

 

 つい、ボレアスの方を見てしまった。

 本当に最初の頃、昔死んだコイツの肉を食べさせられた事があるとか。

 今その話をしても、まぁ何か面倒だから止めておく。

 似たようなモンって認識で良いのかも分からんし。

 

「――失礼、大変お待たせしました」

 

 と、案内役の男が足を止めた。

 それは先頭にある一番大きな車両。

 そこに通じる豪奢な扉の前。

 明らかにこれまでの車両についてた扉とは、造りも雰囲気も異なる。

 装飾とか成金趣味が丸出しなのは、とりあえず無視しておく。

 

「この先が、カーライル様の居住区になっております。

 鍵は開いておりますので、どうかお進み下さい」

「アンタはここまでか?」

「ここまで案内するのが、私の役目ですので」

 

 オレの確認に対し、案内役は深々と一礼をした。

 そういうことなら遠慮なく行くか。

 

「先ずは私が」

 

 この段階で罠とかは、多分無いと思うけど。

 言いながら、姉さんが最初に扉に手をかけた。

 案内役の言葉通り、鍵はかかっていない。

 ゆっくりと押し開けると――。

 

「ようこそ!」

 

 そこには、一人の男が立っていた。

 多分、年齢は四十代かそこら。

 目が痛くなるような真っ赤な衣装スーツを身に付けている。

 短く纏めた髪の毛は黒と白が混じっているが、手入れそのものはしているようだ。

 表情は固定して貼り付けたみたいな満面の笑顔。

 ひょろっと細く背の高い、胡散臭いぐらいの優男だ。

 そんな奴が、無駄に豪華な内装の中で待ち構えていた。

 

「私がカーライルだ、歓迎しようじゃないかお客人!」

「いや、そういうのは良いから」

 

 無駄に高めなテンションに、こっちは若干ヒいてしまった。

 何かクスリでもやってんのか、コイツ?

 演技なのか素なのかも、イマイチ判然としない。

 オレの軽い拒絶を受けても、男――カーライルは態度を崩さなかった。

 

「ハハハハ! これは失礼!

 いや、『外』の客を招くなんてそうそう無いものでね!

 ついつい嬉しくなってしまったんだよ!」

「そうかい」

 

 良く分からん。

 良く分からんが、少なくとも敵意は感じられない。

 あくまで今の時点では、だが。

 

「おっと、立ち話をさせたいワケじゃないんだ。

 さぁさぁ、遠慮せずに上がって欲しい」

 

 やはりにこやかに笑いながら、カーライルはオレ達を促した。

 ……特に、機械制御された罠は見当たらない。

 まさか原始的な落とし穴とか掘ってるって事はないだろ。

 あちこちに「強化」した人員は配置されている。

 ただどれも、さっき見た「殺し屋」に比べたら改造の度合いは軽い。

 あくまで警備要員ぐらいか。

 

「そんなに警戒せずとも良い。あくまで交渉の席だ」

「だからって気を抜くのはタダの間抜けだろ」

「ハハハハ、手厳しいな!」

 

 一体何がそんなに面白いのか分からんけども。

 オレの言葉に、カーライルはわざとらしいぐらいに大笑いした。

 

「……掴みどころがイマイチ見えないな」

「『三頭目』じゃ一番面倒臭い相手だろうな」

 

 呟く姉さんに、アッシュは肩を竦めた。

 ボレアスはやはり大して興味もなさそうだ。

 カーライルは先へ進むと、数ある扉の一つを開く。

 さぁどうぞと、中へ入るように示した。

 

「ここ、全部お前の部屋なのか?」

私的プライベートな空間という意味でなら、その通りだね。

 商談など仕事に使う部屋も多いよ」

 

 笑うカーライルを一瞥し、それから案内された部屋の方を見る。

 そこがまた、無意味なぐらいに豪華な部屋だった。

 決して狭くはないはずの部屋だが、無数の調度品に空間を圧迫されている。

 どれもこれも見るからに高価そうだ。

 絵画や彫像とか、美術品らしき物も多く飾られている。

 オレは正直、芸術なんて良く分からないが……。

 

「随分と趣味の悪い部屋だな」

「ハハハ、良く言われるよ」

 

 忌憚のないボレアスの感想も、カーライルは笑って流した。

 まぁ、間違いなく趣味は悪い。

 成金であることを一切隠す気がないのは、ある意味潔いのか。

 

「ささ、座って楽にして欲しい。

 あぁ、お茶はどうかな? 良い葉を仕入れたばかりなんだ」

「いらねェからさっさと話をしようぜ。

 別に仲良くなりに来たワケじゃないんだ」

「おっと、それは残念」

 

 微妙に苛立ちを込めて唸ってみせたが。

 カーライルは、やはり気にした素振りも見せない。

 ……声だけ聞いた時は、指し手プレイヤー気取りの自惚れ屋かとも思ったが。

 それとはまた少し違う気もしてきた。

 本質は判然としないまま、カーライルは笑いながら言葉を続ける。

 

「私の方は、是非君らと仲良くしたいと思っているんだがね。

 シラカバネの『殺し屋』達との大立ち回り、実に感動したよ」

「そうかい。それで?」

「『三頭目』の席に興味はないかな?

 いや、同じ枠組みである必要はないがね。

 同等の利益を共有できそうなモノであれば、何だって良いんだ」

 

 いっそ朗らかな口調で、カーライルはそんなことを言って来た。

 一応、手を組もうとかそういう話は予想していた。

 しかしまさか、そこまでストレートに来るのか。

 

「……興味がないっつーか、それが目的じゃないし。別にいらねぇな」

「ほう、目的というのは? 私が力になれれば良いんだが」

目的それを言うのは先にそっちからだろ。

 なんでオレ達に『三頭目』の席がどうとか言い出すんだよ」

 

 オレの言葉に、カーライルはますます笑みを深くした。

 それは一瞬、爬虫類の顔にも見えた。

 ほんの少しだけだが、背筋に冷たい感触が掠める。

 ……今の感じは、気のせいか?

 良く分からない。

 良く分からないが、やっぱりコイツは油断ならない。

 正面から見えていない部分に、何かを隠している。

 それが何なのか、オレには判断する材料が一つもないワケだが。

 とりあえず、黙って聞いてる顔ぶれにも視線を向けてみた。

 

「他に何か、言いたい事があるなら遠慮なく言えよ」

「あー……その、すまない。

 あんまり、思い浮かばないというか」

「いやぁ、俺はイーリスにお任せなんで」

「興味がないな」

「お前ら……」

 

 三者三様。その答えはホントにどうかと思う。

 いや、まぁ、良いけどな、良いけどな?

 後から決まったことに文句言うなよ?

 

「実に頼もしいお仲間達だね?」

「一人除いて、物理的にはホントに頼もしいんだけどな」

「誰を除いたかは言わなくても良いからな?」

 

 とりあえず、アッシュの戯言は無視しておく。

 それよりも、だ。

 

「……それで、そっちの腹の内は?」

「別に何も。強いて言えば、私が考えているのは私の利益だけだよ」

 

 満面の笑顔で。

 何を憚ることなく、カーライルは言い切った。

 そこには誤魔化しも何もない。

 混じりっ気なしの本音だけがあった。

 

「君らはやり過ぎた。

 偏屈なロンデミオや真面目なシラカバネは、確実に君らを許さないだろう。

 『三頭目』というこの廃墟の秩序として、敵は必ず葬り去る。

 葬り去らなければ、存在意義が失われるからね」

「お前は違う、と?」

「それで利益リターンがあれば良いが、今回ばかりは損失リスクが大きすぎる」

 

 カーライルの答えは淀みなかった。

 スラスラと、決められた台本シナリオのように応じてくる。

 

「君達の強さは良く見させて貰った。

 アレでは、仮に『三頭目』の戦力全てを持ち出しても勝てるかどうか。

 私はそんな馬鹿な真似は御免だよ。

 他の二人が何をどう思おうとね」

「だから、自分は穏便に済ませたいと?」

「その通り。平和的な解決手段こそが至高、そう思わないかな?」

「……まぁ、理想ではあるわな」

 

 あくまで、それで済むなら一番理想的だろうと。

 そう応えると、我が意を得たとばかりにカーライルは頷いた。

 仕草の一つ一つが本当に芝居がかっている。

 

「さぁ、その為にも君達の目的や望みを聞かせて欲しい。

 同胞の不始末を詫びると、そうとも言っただろう?

 私は『三頭目』の一角、カーライルとして。

 お客様のご希望には、誠心誠意を込めて応えると誓おうじゃないか」

 

 ぐいぐいと、押し込むような熱意と共に。

 カーライルは、身を乗り出してそんなことを言って来た。

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