7話:話をしよう
「クソが! 何なんだよテメェは!」
男は叫び、手にした杖から光と礫を放ってきた。
今度は先ほどよりも数が多い。
全てを剣で弾く、というのは難しいだろう。
だから走る勢いのまま、床に身を投げ出すように転がる。
礫の何発かは身体を捉えるが、それは鎧の性能を信じて無視した。
「よっ……!」
「ぎゃっ!?」
頭上を過ぎる熱い雨を掻い潜り、同時に剣を横薙ぎに振り抜く。
硬い金属と、柔らかい肉を同時に切り裂く感触。
一番前に立っていた男が、膝辺りを半ば断たれて汚い悲鳴を上げた。
「この野郎……!」
不安定な状態から、可能な限り素早く立ち上がる此方に対して、男達の動きも決して鈍くはない。
足を斬られた男はその場に崩れ落ちかけるが、それでも杖の先端を此方に向けてくる。
残る二人もそれぞれ後方へと退いて、杖を真っ直ぐ構えて狙ってくる。
距離と角度を変えた上での、三方向から飛んでくる殺意。
判断するタイミングは一瞬。
「がっ!?」
膝を斬った男の喉元を、思い切り掴む。
片手で締め上げて、半ば強引にその身体を持ち上げた。
距離を取った男の仲間達からは動揺の気配を感じたが、もう遅い。
爆ぜる火の花と、金属を激しく殴り続ける打撃音。
連中の杖から放たれる礫の雨が、盾となった男の身体を打ち付ける。
男は抵抗しなかった。
盾にすると同時に背中から貫いた刃には、微かな肉の震えだけが伝わってくる。
「よし」
これで一人。残りは二人。
肉の盾から剣を引き抜き、敵に対する遮蔽にしたまま地面を蹴る。
この礫の雨は、果たしてどれだけ続くのか。
そう考えていた矢先に、衝撃が途切れた。
殆ど反射的に、持ち歩くには邪魔な盾を正面へと投げつける。
「うおっ!?」
驚愕の声。狙いなんてロクに付けずに投げたが、どうやら当たったらしい。
一人が仲間の死体と絡み合って転がり、もう一人は何やら手元の杖を弄っている。
成る程、魔力切れか何かと思ったが。
どうやらあの杖を使い続けるには、ああして部品を入れ替えたりする必要があるらしい。
安物の剣ならば、刃が潰れた時点で適当に捨ててしまえばいいが。
「
そういえば、この時代の金の価値とかはどうなっているだろう。
そんなどうでも良い事を頭の片隅で考えながら、身体の方は淀みなく動き続ける。
床に転がっている方は、先ず上に乗った死体ごと思い切り踏みつけた。
潰れるような悲鳴。死んじゃいないだろうが、直ぐに動けまい。
今狙うのはもう一人。
「来るなっ! クソ、来るなっ!」
「うるせぇ」
喚きながらも杖を持つ手がブレない辺り、良く訓練はされていたようだ。
まぁもう無駄になるが。
放たれる礫を、再び剣と鎧の表面で弾く。
それから相手の胸辺りに、思い切り蹴りを叩き込む。
耐え切れず、息を詰めて男は地に転がる。
反撃の隙は与えない。
倒れても尚、杖を離さない男の首に刃の切っ先を捻じ込んだ。
生命を断ち切る感触。突き刺した剣は、そのまま真横に振り抜く。
断末魔はなかった。
ただ切り開かれた喉から、最後に空気が抜ける音がした。
これで二人目だ。
「ひ、ヒィっ!?」
背後から上がる情けない声に視線を向ける。
注意は一度も外していなかったが。
他の仲間を殺られて心が折れたか、残りの一人は地面にへたり込んだまま。
手に持つ杖も頭を垂れ、戦意はもう何処にも見当たらない。
「ま、待てよ、待ってくれ!」
剣に付いた血を軽く払ってから、残り物の三人目へと近付く。
何やら騒いでいるが、コイツ自身は待てと言われて待った事があるのやら。
死の恐怖を前にして、男の舌べらだけがよく回る。
「お、お前、こっちが誰だか分かってこんな真似してるのかっ!?
《鱗》だ、《鱗》なんだぞ! 分かるだろ! なぁ!?」
「知らん」
一体何をぎゃあぎゃあ言っているのか。
言いたい事はもう少しハッキリ言ってくれ。
一歩、また一歩と、わざと見せつけるように歩調を緩める。
歯の根が合わなくなってきたのか、男の声は酷く上擦っていた。
「オイいいか、良く聞け! 《鱗》に手を出せばどうなるか!
こっちは上層階の貴族や、都市の支配者である真竜サマが
「ほう」
「そうしたら《牙》の連中や、最悪《爪》の方だって動くかもしれない! そうしたら」
「なぁ」
そうしている間に、必死に喋り倒す男の前まで来ていた。
遅れて気付いた男の舌は、ペラペラ回っていたのが嘘のようにピタリと凍り付く。
静寂は、ほんの一呼吸分。
「命乞いならもっと上手くやれよ」
それが返答。
同時に振り下ろした刃に頭をカチ割られた男に、それが届いたかどうかは不明だが。
「何か聞ける話が出てくるかと思ったが、聞いて損したな」
結局、良く分からん単語を幾つか聞かされただけだった。
そういう理解させる気がない話をして許されるのは、精々可愛い女の子ぐらいだ。まったく。
「お見事ね」
そんな事を考えていたら、背後から可愛らしい声が聞こえて来た。
パチパチと、ついでにように響く手を打ち合わせる音。
振り向けば、いつの間にやらすぐ傍にアウローラが佇んでいた。
彼女は微笑み、けれど悪戯っぽく首も傾げて。
「まぁ、このぐらいの雑魚に苦戦されたら困りますけどね?」
「もう少し数が多かったらヤバかったな」
これは謙遜では無く事実だ。
相手が面食らっている内に数を減らせたのは大きい。
それと、大事な事がもう一つ。
「普通の剣と鎧だったら、防ぎ切れずに何発かまともに喰らってただろうな。助かった」
「……いいのよ、幾らでも感謝して頂戴。ええ、幾らでもね?」
満面の笑みである。
薄い胸を愛らしく張ってみせるアウローラ。
だが一転、真面目な表情を見せたかと思うと、ぐいっと距離を縮めて。
「そういえば、身体の方は?」
「ん? あぁ、大丈夫だ」
頷いて、軽く肩を回してみせる。
特に痛みも感じず、動作に支障もない。
「目覚めた後ぐらいに感じてた痛みも無いし、嘘みたいに楽になってる。
廃城で治療して貰ったおかげだな」
「そう……それなら、良かった」
その答えに安心したか、アウローラはまた微笑んだ。
「もし、身体におかしいところがあったら直ぐに教えて。特にその剣を使った後は。良いわね?」
「あぁ、分かった」
かなり強めに念押しされたが、現状はこれといって何もない。
まぁ彼女が言う通り、もし異常があるようなら伝えれば良いだろう。
「……で、何か勢いでコイツら片付けたが」
視線を倒れ伏した三人組の死体から、別の場所へと向ける。
其処にいるのは、未だに地を這いつくばったままの白髪の女――いや、少女と言うべきだろうか。
落ち着いた状況で改めて見ると、やはり変わった服装だ。
動きやすさを考慮しての事だろうが、手足が殆ど丸出しの薄い服装にそれを保護する最低限の装甲。
どちらかと言うと、男がするような恰好に思える。
……てか、本当に薄いな。下着か? 下着の上から胸当て付けてるのか?
幾ら何でもはしたないのではと思ってしまうが、これが今の時代では普通なんだろうか。
「…………」
無遠慮にジロジロと見過ぎたか。
敵意はないが、拒絶と困惑を含んだ眼で此方を見ている。
突然現れた不審者に警戒しているのだろう。
無理もないが、だからといってこのままでは話が進まない。
さて、どう声をかければ此方が怖い相手じゃないと分かって貰えるかと。
「――ちょっと?」
悩んでいたら、止める間もなく
ヤベェとは思ったが最早手遅れ。
気付いたら目の前に立つ金髪美少女の姿に、白髪の娘も驚いた様子だ。
「……な、なんだよ」
「経緯はどうあれ、彼に命を助けられたんだから言うべき事があるんじゃない?」
醸す空気は恐ろしいが、口から出たのは意外と道理な発言だった。
しかし今口を挟むのも良くない気がするので、こちらは黙って貝に徹する。
「……一体、何者だよ。アンタ達」
「あら、先ず聞いてるのは此方だと思うのだけど」
空気が冷え冷えである。
近くにいるだけで物理的に凍えそうだった。
その冷気を放つ相手に睨まれたままでは、白髪の娘もさぞ辛いだろう――と、思ったが。
「……そうだな。悪い、助かった」
意外にも、緊張はしているが臆する事なく言葉を返していた。
「ちょっと人に裏切られたばかりだし、殺されかけた直後なもんで。警戒してたんだ」
「存外素直ね。まぁ、そういう事なら大目に見てあげましょうか」
アウローラの方も実に寛大な心を見せてくれた。
漂っていた冷気もすっと引っ込み、此方もやっと肩の力が抜ける。
もし白髪の娘から今の言葉が出なかった場合は、まぁ考えない方が良いだろう。
「オレはイーリス。この《辺獄》で細々と仕事をしてる便利屋だ。
……で、そっちは? まさか通りすがりとか言わないよな」
まだ完全に警戒を解いたわけではない白髪の娘――イーリスは、まず簡潔に名乗った。
その上で「お前らは何者だ?」と問いかけて来たわけだが。
「……通りすがりだよな?」
「ええ、通りすがりよね」
「マジで言ってンのかお前ら」
何か信じられないものを見る眼で見られてしまった。
マジも何も、それが事実だから仕方がない。
それは兎も角、名乗られた以上は此方も礼儀を見せるべきだろう。
「俺はレックスで、こっちの娘はアウローラと呼んでくれ。
あと冗談でも何でもなく、ホントにただの通りすがりだからな俺達」
「……ただの通りすがりが、武装した《鱗》を三人も簡単に
《鱗》。
確か先ほど仕留めた内の一人も、そんな単語を叫んでいた気がするが。
「なぁ、気になってるんだが」
「あ?」
「《鱗》って何だ? 魚の?」
「……マジで言ってるのか?」
またイーリスは驚いたような顔で聞き返してくる。
それからガリガリと頭を掻いて、地獄のように深いため息を一つ。
「なぁ、ホントにそれマジで言ってるんだな?」
「マジマジ」
「嘘だろ……いやもしかしたら、電脳中毒で頭ヤられてるとか……?」
また知らない単語が出て来たが、危ない病人扱いされた事だけは理解出来た。
いやまぁ、向こうにとっての常識をまるで知らないとなると、それも仕方ないかもしれないが。
「ねぇ」
囁くような声。
けれど有無を言わさぬ圧力を伴って、アウローラが話に割って入ってきた。
「ん? どうした?」
「いえ、そっちの子からお話を聞くのは一向に構わないけど、こんな場所で立ち話してて良い状態?」
「っ、そうだった……!」
しまった、とイーリスの表情に焦りの色が浮かぶ。
言われてみれば、状況からして彼女は武装した三人組に襲われていたんだったか。
事情は知らないが、確かにのんびりしては新手が来る可能性も高くなる。
「逃げ込む場所に心当たりはあるか?」
「ある……けど、多分ダメだ。仕事のお得意様に売られたんだ。
「そりゃ面倒な話だな」
裏切りなんぞロクなもんじゃない。
回り回って俺達まで迷惑する羽目になっている辺り、本当にロクなものではない。
その手の馬鹿は苛烈に処さねばならないが、今は目の前の事からだ。
「……仕方ないわね」
ふぅ。と。
アウローラは悩まし気に小さくため息を吐く。
それから軽やかに、地面に転がった死体を飛び越えて。
「来なさい。私が何とかするから」
あっさりとそう言ってのけた。
この右も左も良く分からない状況で、だ。
だが困惑したのは、彼女を知らぬイーリスの方だけ。
「いや、何とかって、どうする気だよ。オイ」
「落ち着け。言う通りにすればいい」
戸惑う娘の背を軽く叩いて、ついて来るように促した。
イーリスは一瞬迷ったようだったが、自分に取れる選択肢の少なさは自覚しているのだろう。
「……分かったよ!」
覚悟を決めたようで、此方の後について来た。
踏み出した道はゴチャゴチャしている上に、直ぐ迷路のように複雑になる。
当然進む先など分からないが、何も案じる事はない。
導くように、金色の少女が先を進んでいる。
「なぁ、本当に任せていいんだよな?」
「分からん」
即答した。実際に分からんから仕方ない。
見えてないが、多分後方を走るイーリスの顔は物凄く絶望的だろうな。
「まぁ大丈夫だ。今は黙ってついて来たら良い」
「せめて根拠を教えてくれよ……!」
「根拠か」
アウローラが何とかすると言った以上、俺にとってはそれが最大の根拠なのだが。
それをイーリスに言っても通じまい。
だからそう、答えるべきはこっちの方か。
「なに、しくじったら死ぬだけだろ」
「……確かにそうだけどなぁ……!」
どうやら納得してくれたらしい。
やはり会話というのは相互理解を深める手段でなければ。
その重要さを再認識しながら、アウローラの姿を見失わぬよう其方に集中した。
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