380話:《星神》との接触
神殿は、その名前から想像していた程に立派な建物ではなかった。
集落のどの家屋よりも大きくはあるが、その程度だ。
近くで軽く見上げれば全容が見渡せる。
二階部分はない、石で造られた円形のドーム状の建物だった。
入り口の扉には二人の白装束が佇んでいる。
顔まで含めて全身すっぽりと隠しているため、性別も判じがたい。
「何か変わりはありませんか?」
「いいえ、何も問題は御座いません。《神官長》様」
ぼそぼそと囁くような声。
《神官長》様の言葉に応えながら、白装束の二人は一礼する。
それからそっと退き、入り口の扉を示した。
「どうぞ、異邦の客人がた」
「仲間の方も中でお待ち頂いております」
「や、ありがとうな」
礼を口にすると、向こうはもう少し深く頭を下げた。
そのやり取りを見届けてから、《神官長》は一つ頷いて。
「では、こちらに」
石造りの扉に指先が触れる。
それだけの動作で、重たそうな扉がゆっくりと内向きに開いた。
魔法を使った様子もないが、どういう仕組みだろうか。
「大した仕掛けがあるワケではありませんよ」
「ん、思考読まれた?」
「いえ、珍しそうに見られていましたので」
「……あまり顔色読むのは感心しないわね」
「これは失礼を。
職務柄、人を見る機会が多いせいか、つい癖でやってしまうのですよ」
アウローラに睨まれても、《神官長》はどこ吹く風だ。
まぁ兜で見えないはずなんだけどな、顔。
開いた扉を潜り、神殿の中へと。
長く伸びる廊下は清潔で、埃一つ見当たらない。
満たす空気はほんの僅かな淀みも感じられず、清浄極まりなかった。
「ここに、例の王様とかがいるのか?」
「いいえ。ここはあくまで神殿。
神に祈りを捧げるための場所です。
偉大なる王と神々は、もっと高いところにおられます」
なるほど。
まぁ確かに、王様だの神様だのがいるにしては地味だしな此処。
「勿体ぶるわね。
王とやらには会わせて貰えるのでしょう?」
「拝謁の赦しは出ていますよ。
ただ、既に申し上げた通り陛下は暴君であらせられる。
気紛れで、そうすぐにとは行かないのですよ」
「ふむ。まぁ一番強くて一番偉い者ほど、ワガママで横暴なのは世の常よな」
「だからそこで私を見るのは止めなさいってば」
「ハハハハハ」
言いたい事は分かるので、とりあえず笑って誤魔化しておいた。
そしたらアウローラに拳でポコポコ叩かれてしまった。
うん、冗談なので許して欲しい。
そんな様子を眺めて、《神官長》の方は少し笑っていた。
「慕われていますな、レックス殿」
「ん。名前言ったっけ?」
「神は多くを見ておられます。
いえ、実際は《裁神》様や《鬼神》様から既に話を伺っているだけですが」
「つまらん手品の種明かしもあったものよな」
「これは失礼」と《神官長》は肩を竦める。
今のは何となく嘘っぽい気がするが、どう嘘かはちょっと分からない。
追求する意味もなさそうなので、とりあえず流しておくか。
そんな雑談を交わしながら、暫く歩く。
どうも中の構造も見た目とは結構異なるようだ。
廊下を歩いてるはずだが、何をどう歩いてるのかがイマイチ判然としない。
ただ先頭を進む《神官長》の背中だけはハッキリと見えた。
やがて。
「……レックス殿?」
辿り着いた部屋。
広々とした客室らしきその場所に、見慣れた姿があった。
テレサだ。
彼女は部屋に置かれた椅子から立ち上がると、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「レックス殿、イーリスが……!」
「うん? イーリスがどうした?」
どうやらいきなり何かあったらしい。
テレサはかなり焦った顔で、冷静さを欠いていた。
「それが、いきなり見慣れない少女にイーリスだけ連れて行かれて……。
私も、止めようとはしたのですが、何故かまったく動く事ができず……!」
「……どういう事?」
「申し訳ありません。
それは恐らく、私の主人である《星神》シャレム様です」
一先ず、落ち着かせようとテレサの背を撫でる。
ギロリとアウローラが睨みつけると、《神官長》は心底申し訳無さそうに応えた。
《星神》シャレム。
そんな奴が、なんでイーリスを?
「陛下との拝謁前に、我慢ができなくなったのでしょう。
テレサ殿、どうか落ち着いて下さい。
妹君はこの神殿におります。
別室に《星神》様が連れて行ってしまわれただけで」
「……妹は、イーリスは大丈夫なのですか?」
「危害を加えるような事だけは絶対にあり得ません。
私の全責任を持って保証致します」
その声には強い確信が満ちていた。
どうやら危険とか、そういう心配は薄いらしい。
言われたテレサも多少は落ち着きを取り戻したようだった。
しかし。
「なんでイーリスだけ連れてかれたんだ?
あと、そっちは案内して貰えるって事で良いんだよな?」
「……そうですね。
これに関してはこちらの落ち度。
《星神》様はお怒りになるやもしれませんが、仕方ないでしょう」
諦めたような、けれど何処か慣れた感じの反応だ。
《神官長》はため息を吐きたいのをぐっと堪える顔をした。
それから、部屋の中にある別の扉に手をかける。
テレサは少し困惑した様子で。
「あの、《神官長》殿?
イーリスは、貴方たちの入ってきた扉から……」
「いえ、大丈夫。こちらで合ってますよ」
応えながら、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
そこには――。
「コラ、大人しくしてなさい。
そんなに暴れたらいつまで経っても終わらないわよ?」
「いいからとりあえず離せよテメェ……!?」
「んんー?」
その部屋は、ついさっき俺たちがいた部屋と大きくは変わらない。
客室らしく、椅子やテーブル、後は大きめなベッドが置かれた部屋。
先ず目に入ったのは銀色の髪の少女だ。
真っ白い衣装に身を包み、見た目の年齢はアウローラと大きく差はない。
それはあくまで外見だけで、本質的には異なるだろう。
もう一人、その銀色の少女相手に騒いでいるのがイーリスだ。
何故か、うん。
なんでか分からないが、ベッドの上で殆ど裸に剥かれてるけど。
ちなみに剥いてるのは銀髪の少女の方だ。
「何やってんの??」
「とりあえず顔逸らすとかしてから言えやスケベ兜!!」
「レックス??」
「はい」
「そういうところだぞ竜殺し」
いや、突然の状況にビックリしてしまってですね。
銀髪の少女はかなり小柄だが、イーリスを平然と押さえつけている。
そんな様子に顔を覆いながら、《神官長》は嘆くようにため息を吐いた。
「お戯れはお止め下さい、《星神》シャレム様。
古き三神の御名に傷が付きますよ」
「邪魔しないでよ、《神官長》。
折角人がちょっと楽しんでたところだったのに」
「人を玩具にすんなや!!」
あまりにも当然過ぎるツッコミだった。
諌められて、銀髪の少女――《星神》シャレムは渋々と手を離す。
解放されたイーリスは、一先ず手近な毛布を引っ張って身体を隠した。
顔が真っ赤なのは、怒っているのか恥ずかしがっているのか。
「大丈夫か、イーリスっ?」
「大丈夫……大丈夫、なのか?
いや、何かひん剥かれてペタペタ触られたぐらいだけど……」
「別にやましい事は何もしてないわよ」
「《星神》様」
「……いえ、悪かったわ。
最近ストレスが溜まってて、つい」
「オレはストレス解消のためにセクハラされたのか……?」
駆け寄ったテレサは、すぐに妹の身体を抱き締めた。
……うん、セクハラされた以上のことは何もなさそうだな。
被害者からの非難の視線にも、《星神》は顔色を変える事はなかった。
《神官長》が胃の辺りを抑えてるが、こっちはそっとしておこう。
さて、アウローラは微妙に不機嫌そうな顔で《星神》を見た。
「……で、これは一体どういう事なの?
危害を加えたりはしない、なんて聞いたけど。
一応その子は私の身内なんですけどね」
「非礼は詫びるわ。
ただ、そちらの娘に関してはどうしても直接見ておきたかったのよ」
「ふむ、イーリスだけをか?」
首を傾げるボレアス。
それに《星神》は小さく頷く。
「ええ。あぁ、もう十分に満足したから。
着替えても大丈夫よ」
「なぁ、あのロリババア引っ叩いても良いか?」
「本来は最も古き神にそんな不敬は許されないのですが。
ええ、今ばかりは私も目を瞑るしかありませんね」
「《神官長》、貴方どっちの味方なの?」
「まぁまぁ」
マジで殴りに行きそうなイーリスを、とりあえずそっと抑えておく。
何故か俺が割と全力で引っ叩かれたが、まぁ仕方ない。
アウローラも「仕方ないから見逃しましょう」みたいな顔をしていた。
一発ブン殴った事で、本人も一先ず落ち着いたようだ。
「とりあえず、着替えさせますので……」
「おう、頼んだ」
剥ぎ取られてポイ捨てされた服や下着は、姉のテレサが回収する。
あっちは任せて、こっちはこっちで話をするか。
「イーリスだけを調べてた理由は聞いても良いのか?」
「……隠す事でもないけど、細かくは後でまとめて話すわ。
今は陛下への拝謁を優先しましょう」
微妙に誤魔化すような口調だが、話す気はあるらしい。
なら今はそれで良しとしておこう。
ここが《人界》という相手の領域である以上、主導権は向こうにある。
アウローラは大層不満そうだが。
「アウローラ」
「……分かってるわ、大丈夫」
「長子殿も随分我慢強くなったものだな」
「お前はいちいちうるさいわよ。
……ところで、もう一人……いえ、もう一組連れがいるはずだけど」
「そちらは事情がありまして、貴方がたとは別に案内しております」
応えたのは《神官長》の方だ。
それに対しても、アウローラは僅かに眉をひそめた。
「随分とまぁ、隠し事が多そうね?」
「異邦人である貴方たちと、あの少女は少し事情が異なるの。
コレに関しては私たちの側の問題だから。
ただ、どっちにしろ手荒くするつもりはないわ。
そこは信用して貰うしかないわね」
「いきなり服引っ剥がしてセクハラしてきた奴の言う事なんだよなぁ……」
着替え終わったイーリスがぼやくように突っ込んだ。
そりゃまぁ、彼女からしたら文句ぐらいは幾らでも言いたくなるよな。
《星神》シャレムは誤魔化す感じに咳払いを一つ。
「……これでも私、最古とされる三神の一柱なんですよ」
「いや知らんがな」
「もうちょっと素直に謝った方が良くない??」
「だから悪かったと――いえ、そうですね、幾ら人間とはいえ非礼が過ぎました」
イーリスと二人でツッコんだら、ようやく真面目な感じで頭を下げる《星神》様。
後ろでまた《神官長》が胃の辺りを抑えてるぞ。
「《巨人殺し》については分かったわ。
それならそれでいい加減、こっちの話も進めて欲しいわね」
「そうね。ええ、勿論こっちもそのつもり。
ウチの陛下はワガママな上に酷く気紛れだから。
会う気がある内に準備を進めましょう」
「そうであるなら、無駄な面倒を起こさんで欲しかったがなぁ」
「過ぎた事をこれ以上言うのは無しにしましょう」
呆れ気味なアウローラとボレアスに、《星神》は真顔でそう言い切った。
それから《神官長》の方を見て。
「貴方も、急ぎで準備を。
陛下は既に拝謁の許しを出されたわ」
「畏まりました」
「こっちは何かしておくべき事とかあるか?」
「……そうね」
急に慌ただしくなりだした神様サイド。
こっちは基本待つ身だろうが、一応聞いてはみる。
《星神》はほんの少しだけ考える仕草をして。
「覚悟をしておいて」
「覚悟?」
「陛下の評判は《神官長》からも聞いているでしょうけど。
実際に拝謁すれば、嫌でも分かるわ。
その言葉よりも実物の方が余程酷い事をね」
だから、最低限の覚悟は済ませておきなさいと。
冗談みたいな事を、《星神》は俺たちに真顔で忠告するのだった。
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