302話:ヘカーティアの怒り
叩きつけた刃が鋼を断ち切る。
機械で出来た身体のどこが急所なのか、それはイマイチ分からない。
分からないが、胴や首を断てば大体何とかなるだろう。
そう考え、俺は躊躇いなく《爪》の心臓辺りを剣でぶち抜く。
「ッ――――!!」
これで二体目。
一矢報いんと伸びて来た手を叩き落し、その身体を蹴り飛ばす。
魔法で脚力を強化した一撃。
常人より遥かに重い《爪》を大きく吹き飛ばす。
床に転がった《爪》は、次の瞬間には強烈な光を放った。
自爆だ。
炎と衝撃、砕けた破片が辺りに撒き散らされる。
一体目をボレアスがブン投げて砕いた時も、同じように爆発したが。
どうやら《爪》全員にコレが標準装備であるらしい。
「彼氏の身体に入れるもんじゃないよなぁ」
まぁ、ヘカーティアが仕込んだとは限らないが。
距離は離したので、俺の方は鎧のおかげで大きな問題はない。
テレサとアウローラは間合いを取って戦っているので、こちらも平気だ。
で、残り二人だが。
「ハハハ! 景気良くやるではないか!!」
竜であるボレアスは、その程度の爆発では傷一つ付かない。
そして《爪》の身体を奪ったアカツキも。
「残りは九体。言うまでもないだろうが、油断はせぬように」
身に纏った力場の防御もあり、自爆の衝撃ぐらいは耐えられるようだ。
少しずつ、だが確実に。
《爪》たちとの戦いは、俺たちの方に天秤が傾きつつあった。
数が多いのは厄介ではある。
だが一体をアカツキが奪ったのと、後方のアウローラたちの参戦。
これらによるこちらの戦力は倍増し、均衡は崩れた。
「ッ……これほどか……!!」
勝てずとも、足止めが出来れば良いと。
そう語っていた《爪》。
さっきまで優勢だったのが、一気に状況そのものが逆転してしまった。
機械の表情には確かな焦りが浮かんでいた。
「どうしたよ、このまま全員自爆でもキメるか?」
「それは最後の手段だな!
仮にそうしたところで、君たちを仕留め切れるとは思えん!」
軽い挑発の言葉に、《爪》の一体が大真面目な顔で応える。
まぁ、残った九体が同時に破裂したら大分面倒だが。
多分そのぐらいなら耐えられる気がする。
後ろはアウローラがいてくれるから、よっぽど大丈夫だろうしな。
「で、もう勝ち目がないのは見えてると思うがな!」
笑いながら叫ぶボレアスの口から、真っ赤な炎が迸る。
範囲を絞った《
それは容赦なく《爪》を呑み込み、そこへ拳と尾による追撃が襲い掛かる。
力場の防御でも吸収しきれない一撃。
焼かれて吹き飛ばされた《爪》は、地を這いながら衝撃波を撃ち放つ。
喰らったばかりのダメージを、それを与えた当人に反撃として叩き込んだ。
「温いわ、馬鹿め!」
だが、来ると分かっていれば耐えられる。
そう言わんばかりに、ボレアスは撃ち込まれた衝撃波を正面から受け止めた。
鋼より遥かに強固な鱗と、竜としての圧倒的な膂力。
自ら叩き込んだ力の一部ぐらい、あっさりと防いでみせた。
「――やはり、最後まで退く気はないか」
雷光を纏い、アカツキは限られた空間を駆ける。
自分と同じ姿、同じ性能を持つ《爪》を複数相手に、互角以上に戦っていた。
「ヘカーティアの邪魔はさせない。最初に示した通りだ」
「それが愛か。それを愛と呼ぶのか」
「それが愛だ。私だけは、それを愛と呼ばねばならない」
「……まぁ、愛とかそういうのをどういう言う気はないけどな」
速度では追いつけない。
が、見えないワケではないから何とかなる。
アカツキと戦っていた一体に剣を打ち込みながら、何となく言葉を割り込ませる。
うん、愛とかそういうのを上手く語れる教養はないが。
「結局、そっちも大概迷ってるんだよな」
「――――」
言葉は、すぐには返って来なかった。
沈黙する《爪》の腕を刃で切り裂き、反撃の拳を力場の盾で防ぐ。
数で囲まれる前に、床を蹴って距離を開けた。
稲妻を宿した視線を正面から見る。
その眼差しの光は、やはりアカツキほどには強くなかった。
「俺たちを止めるだけだったら、もっとやりようもあったはずだ。
対応が微妙に半端なのは、そっちも自分のやってる事に自信がないからだろ」
「…………それでも、私は彼女の愛に殉じる事を選んだ」
それは一体の《爪》の言葉だ。
しかし同時に、その場にいる《爪》全員の総意でもあった。
正しくはない。
むしろ間違っている。
それでも、「自分」だけでも彼女の愚かさを肯定してやらねば。
その愛と狂気は、何処にも行き場が無くなってしまうと。
「迷いはない――などとは言えない。
それでも、既に決めた道だ。
今さらヘカーティアへの愛を、違える事だけはできない」
それもまた、愛の形であると。
《爪》の言葉を、俺は否定する気はなかった。
そういう愛し方もあるだろうと、素直にそう思ったから。
「――それでも、お前の愛はここで潰えるわ」
囁くようなアウローラの声。
同時に、強い魔力が辺りの空間を呑み込んで行く。
後ろでチマチマ援護だけしてくれてたが、どうやらデカい準備をしていたらしい。
それが整ったようで、彼女は恐ろしい笑みを浮かべていた。
「散々邪魔してくれたけど、これで終わりにしましょうか。
テレサも準備を」
「ハッ!」
主人の命を受けて、テレサも構える。
身体に刻まれた術式に魔力を通し、いつでも《分解》を発動できるよう。
決着は間もなく。
敵である《爪》の数はまだ半数以上。
しかしその多くが負傷し、中には自爆寸前の奴もいる。
そこにダメ押しでデカい魔法を捻じ込まれたら、大体半壊ぐらいはするだろう。
妨害に動こうとする奴は、前衛がその頭を抑える。
俺とボレアス、それにアカツキ。
どんだけ捨て身でゴリ押そうが、後ろへ通すつもりはない。
「流石、頼りになるわね」
「こんぐらいはやらないとな」
アウローラの賛辞に応えて、振るった刃で《爪》の拳を叩く。
後方から感じる魔力が更に強まった。
「さぁ、これで――」
終わりだと。
そう宣言しようとした、その瞬間。
「ッ……!?」
空間そのものが軋んだ。
術式を発動させようとしてたアウローラの魔力。
それを容易く呑み込むほどの凄まじい「圧」。
《爪》も含めたその場にいる全員が、思わず動きを止めた。
「なんだ……!?」
「……ヘカーティア、か?」
思わず辺りを見回すと、アカツキがぽつりと呟いた。
それに対し、アウローラも小さく頷く。
「間違いなく、そうでしょうね。
私たちに意識を向けてるワケじゃない。
ただ、あり得ないぐらいの勢いで魔力を放ってる。
これは……怒ってるの?」
「さて、癇癪を起こすような事でもあったか?」
ボレアスは軽口を叩いているが、その表情は硬い。
まぁ、いきなり嵐のど真ん中に放り出されたような状態だ。
感じる力の一部でも、万が一こっちに傾いたら。
それだけで身体を粉々に砕かれそうだ。
「ヘカーティア、何があった? ヘカーティア!」
で、どうやらコレは相手にとっても想定外らしい。
戦いを中断し、《爪》は大真竜に対して呼びかけていた。
しかし何度その名を繰り返しても返事はないようだ。
「そちらでも事態を把握できていないのか」
「……ヘカーティアは我を忘れている。
何故、それほど怒り狂っているのか私にも分からない」
自分自身でもあるアカツキの問いに、《爪》も戸惑いを返す。
さて、実際何がどうなったのか。
「やっぱこの場にいない糞エルフか?」
「まぁ、どう考えてもそれが第一候補よね……」
「こちらの見えぬところでやらかすのには定評のある男よな」
何だかんだ付き合いの長くなった組は同意見のようだった。
大人しく地上に放り出される奴じゃないのは良く分かっている。
だから可能性としては一番だな。
……しかし、一人だけ。
「……まさか、イーリスか?」
違う予想を立てている者がいた。
テレサだ。
この場にいないもう一人、彼女の妹の名前を口にする。
それを聞いて、アウローラは苦笑いを浮かべた。
「あの子は今、魂をヘカーティアに取り込まれてしまってる。
流石にただの人間が、そんな状態で何かできるワケがないでしょう?」
「あ、はい。それは、確かにその通りかと。
ただ何となく……」
「何となく?」
「……あの子なら、やられっぱなしでは済ませないんじゃないかな、とは」
「フハッ」
自信なさげなテレサの言葉を聞いて、ボレアスが思わず吹き出した。
まぁウン、言いたいことは分かる。
だってイーリスだしな。
大人しく囚われのお姫様やるかっていうと、絶対に無いと言い切れる。
本人に言ったらノータイムでしばき倒されそうだが。
「原因が何であれ、事態そのものは明白だ。
恐らく、ヘカーティアは『重要な作業』を何らかの理由で中断させられた。
そのために我を忘れるほどに怒り狂っている。
それ以外には無いだろう」
概ねはアカツキの言う通りだろう。
再度、《爪》たちの方へと視線を向けて。
「どうする。このまま戦うのか。
怒り狂ったヘカーティアを放っておけば、どのような事態になるか。
それを今さら説明する必要はないと考えるが、どうだ」
「…………」
暗に休戦を促す言葉に、《爪》は僅かに沈黙する。
異常事態が発生したのなら、先ずはそちらの対処に専念すべきだと。
実際、その言葉は正しい。
俺としても、それで戦いを中断するなら構わないと思っていた。
だが。
「……それで、君らをヘカーティアの元まで通せば。
その竜殺しの刃が、彼女の魂を狙うだろう。
どの道、こうなってしまえば力に訴える他に止める術はない」
「まぁ、やっぱりそういう結論になるよな」
それもまた道理ではあった。
俺たちは最終的にはヘカーティアを討ち取る。
そうさせないためにも、この《爪》たちはこの場にいるのだから。
再び戦意を滾らせる機械の群れに、アウローラは忌々しげに舌打ちをした。
「ホント、頭が固くて融通の利かない奴はこれだから……!」
「ふん。――まぁ、悠長にしている暇はあるまいな」
鼻を鳴らして、ボレアスは不敵に笑う。
そして素早く息を吸いこむと、ひと際大きい《吐息》を撃ち放った。
炎と衝撃が《爪》の姿を呑み込む。
翼を広げて、伸ばした腕がアウローラとテレサ、ついでに俺も引っ掴んだ。
「は、ちょっと……!?」
「馬鹿相手にまともに付き合う義理は無し!
さっさと先を急ぐぞ! 貴様は自力で着いて来られるな!?」
「言われるまでもない……!」
驚くアウローラを無視し、ボレアスは一気に加速した。
不意打ち気味にぶっ飛ばされた《爪》の群れは、動き出しで遅れを取る。
雷光を纏って加速するアカツキだけが、竜の翼と並走していた。
「先ほどの激怒で、どの辺りがヘカーティアの『中心』か!
探るぐらいは長子殿ならワケはないと思うが!」
「っ……とに、思い付きだけで行動し過ぎよ、アンタ!」
「申し訳ない」
思わず謝ってしまった。
しかしホント、いきなりやってくれたなぁ。
兜越しの俺の表情に気が付いたか、ボレアスは悪童めいた笑みを浮かべる。
「だが、悪くはない手であろう?」
「すぐ向こうも追っかけてくるだろうけどな」
「なに、その時は改めて蹴散らしてやれば良い。
それに連中も相応に痛手は受けている。
そう簡単には追いついて来られまいよ」
実際、ボレアスの言う通りだろう。
後方からすぐ追跡が迫って来るような気配はない。
複雑に入り組んだ《竜体》内部を、竜の翼は迷いなく駆け抜ける。
「……よし、大体の位置は割り出したから。
口で説明するのも面倒だし、頭の中に直接送るわよ」
「流石は長子殿だな」
さて、これでようやく本命に近付けるか。
俺と一緒に抱えられた状態のテレサは、祈るように手を組んでいた。
いや、実際に彼女は祈っていた。
未だ状況の分からない、妹のイーリスのために。
「……もし、さっきの異常がお前のやった事だとしたら。
元気なのは良い、けどあんまり酷い無茶はしてくれるな……!」
「イーリスさんだからなぁ……」
俺も同じように祈りたいところではあった。
けど、イーリスだからちょっと難しいかもしれないと。
口には出さないが、そう思うしかなかった。
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