89話:自律制御術式アヴェスター
『――この時代は一般的にはバビロン期とも呼ばれています。
今から凡そ二千年ほど前に最も繁栄を迎えました。
竜王バビロンはこの大陸において最も優れた文明でもあり……』
広い講義室に、女性的な機械音声が響く。
机の上に展開された映像資料に合わせて、「大陸史」に関する授業は続く。
今日の内容は主に竜王バビロンが生きていた頃の事。
ただ一柱の竜が大陸の六割近くを支配し、人類が最も栄華を極めたという時代。
オレとしてはなかなか興味深い内容なんだが……。
「……意外と人少ねーな」
「大陸史の講義は、余り人気が無いらしい」
オレと隣に座った姉さん以外だと、参加しているのは十人ぐらいだ。
確かに、都市での立身出世に大陸の歴史とかあんま意味無いかもしれねーけど。
『……この時期から、一定数の異変が観測されるようになります。
また竜王バビロンは臣民達にも余り姿を見せなくなったと記録されています。
これに前後して、バビロンの文明は衰退を始めたと言われています』
人数とか無関係に、機械音声――自律制御術式《アヴェスター》の授業は続く。
マレウスが事前に説明した通り、この《学園》には教師の人間は殆どいない。
その代わりに大半の授業をこの《アヴェスター》が受け持つらしい。
これはマレウスも術式の設計に関わった代物で、《学園》の管理・運営には不可欠なんだそうだ。
在籍している多くの生徒達の健康管理に、最適な訓練課程の提案。
《学園》の法律である「校則」もまた、この術式を通じて生徒達は遵守する。
人間みたいな自我はないが、人工知能は備えているらしい、
だから生徒側が望めば即座に個々への対応もしてくれるんだとか。
何と言うか、凄まじい話ではある。
確かにこんなんがあれば、「学園長」とやらが不在でもやっていけるな。
などと考えている内に、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
講義の内容も、丁度良く区切りになるように《アヴェスター》が調整していた。
ホントに優秀だなコレ。
『生徒の皆様は、次に受ける訓練の予定を確認してください。
端末に必要な情報をそれぞれ送信しました。
生徒の皆さんは時間厳守の上で行動をお願いします』
そんな機械音声を聞きつつ、椅子に座ったまま軽く伸びをする。
歴史の講義は面白かったが、やっぱじっと話を聞くだけってのは慣れないな。
姉さんは特に苦にした様子もなく、オレの方を見ながら笑っている。
「なんだよ姉さん」
「いや、何でもないぞ」
言いながら、ポンポンと頭を撫でられてしまった。
身体の方は入学手続きの後、直ぐにマレウスが治療を手配してくれた。
おかげで姉さんも随分調子が良さそうだ。
それはそれとして、オレを子供扱いする頻度も増えた気がするけど。
まぁ仕方ないと呑み込んでおく。
「姉さん、次の訓練は?」
「体術メインの戦闘訓練を受ける予定だ。イーリスは?」
「オレは射撃だな。それで今日はとりあえず終わり」
「私も同じだ。なら、途中までは一緒に行こうか」
頷いて、簡単に片づけをしてからオレと姉さんは講義室を出る。
他の生徒達も同じように廊下に出ると、それぞれ自分の訓練の為に移動する。
《学園》では、生徒が自由に「自分の受けたい訓練」を選択できる。
先に述べた通り、適性に合わせた内容は《アヴェスター》側も提案してくれる。
その上で、最終的には生徒本人が決定する。
とはいえ、その提案は本人の希望も加味した内容で大体それに従う形になるが。
かくいうオレも《アヴェスター》の訓練メニューをちょっと弄ったぐらいだ。
他の二人は知らんが、姉さんも似たような感じだ。
魔法は良く分からんけど、これが相当に高度な代物であるのは分かる。
「……そうだ。すまないが、少し寄り道をしても良いか?」
「ん? まぁ時間に余裕はあるし、問題ねーけど。
何処に寄ってくんだ?」
「いや、決闘場の方を……」
「あー」
そういや講義の前に暴れてる気配があったな。
今は一応静かだけど、結局アレからどうなったのか。
「主もボレアス殿も、流石に其処まで酷い事はしてないと思うが」
「一応、《アヴェスター》の方がある程度ストップ掛けるって話らしいけど」
校則の規定として、訓練や決闘場外での暴力行為は禁止されている。
裏を返せば決闘場では適用外だが、
この辺も《アヴェスター》が生徒側に自然と校則を守るよう促すらしいが。
「……効くかな、あの二人に」
「だからちょっと心配なんだ。いや、あくまでちょっとだが」
オレは大分心配だわ。
当然の流れとして廊下を進む足が早まる。
走ると校則違反で《アヴェスター》から警告が飛んでくる。
なので急ぎはするが、走らない程度のペースだ。
予め頭に入れておいた校舎の見取り図に、決闘場までの最短ルートを引く。
それに従って移動して……。
「――納得できるかっ!!」
決闘場に到着すると同時に、そんな大声が聞こえて来た。
其処はオレが球技戦をやってた運動用区画と構造は似通っていた。
広く障害物のない長方形の空間。
但し運動用区画以上に、全体的に頑丈な造りとなっている。
既にあっちこっち焦げ跡やらが残っていて、激戦の後である事が伺えた。
そのど真ん中で、何やら人だかりが出来ていた。
微妙に嫌な予感を感じつつ、オレと姉さんはそちらに近付く。
其処には――案の定、見慣れた二人の姿があった。
ボロボロになった生徒の山、その上で優雅に座るアウローラと。
その麓で退屈そうに欠伸をしているボレアス。
……なんつー絵面だコレ。
そしてもう一人、そんな二人に向けて吼えているガタイの良い男子生徒。
微妙に腰は引けてるが、それでもアイツらに相対する根性だけは買っても良い。
で、これは一体どういう話の流れだ?
「別に納得なんて求めて無いんだけど」
「いいや、納得できないっ!
この《学園》で教えている物こそ魔導の最先端だ!」
顔色は真っ青だが、男子生徒は果敢に声を上げる。
こっちからすると勇気を通り越して無謀の極みなわけだが。
割って入った方が良いかちょっと悩む。
そうしている間も、男子生徒はアウローラに対して続ける。
「魔導の技とは、高度な学問であり精緻な芸術だ!
先人が長い時間を費やし研鑽を重ね、今日まで進歩し続けて来た!」
「うん、それで?」
「そ、それは断じて、泥臭く振り回す棍棒のように扱うべきじゃない!
ないはずだ! まして君が扱うような、時代遅れの魔術様式で……!」
「確かに私の扱う術式は古いわね。
此処で教えてる術式――此処で転がってる、貴方の取り巻き連中のも含めて。
言うだけの事はあって、なかなか高度な代物ね」
笑いながら、賞賛めいた言葉を口にするアウローラ。
ぱっと聞くと相手を認めてるみたいだが、実際は逆だ。
認めるべき部分は認めている。
同時に、そんな事とは無関係に相手を見下しているだけで。
男子生徒もそれは理解できたのだろう。
あまりにナチュラルな上から目線に、思わず言葉に詰まっている。
アウローラは淀みなく言葉を続ける。
「けれど、『新しい物が古い物に常に勝る』なんて考えてるなら酷い傲慢ね。
そもそも魔導という分野自体、かつての《始祖》が健在だった時代に殆ど完成してるの。
彼らが去った後は、多くの魔法使い達はただ『後追い』をしたに過ぎないわ」
まるで物分かりの悪い相手に講義するように。
アウローラはいっそ優しげな口調で語りかける。
「極論、魔法なんて道具の一種に過ぎない。
先人の成果なら、今の私達は好きに使えば良いだけ。
貴方が表現した通り、そんなものは『ただの棍棒』と大きな差は無いのよ」
「なっ……!」
全力で嘲笑うアウローラ。
男子生徒は
それが面白くて仕方ないのか、アウローラはますます笑みを深くする。
「ぼ、ぼくらの研鑽を侮辱するな! 魔導はもっと崇高なもので……!」
「別に馬鹿にはしてないわよ? ただ事実を言っただけで」
それは要するに馬鹿にしてるって事じゃねーか。
仮にも《最強最古》なんて呼ばれていた竜王だろうに。
そんな奴が学生相手にマウント取るのはどーなんだ。
傍から見てると大人げなさ全開だわ。
男子生徒の方も、完全に頭に血が上った様子で。
「くそっ、もう我慢ならない……!
《火の精よ、原始に通ずる最も猛き力よ》……!」
取り出した黒く細い棒、いや杖か?
その先端をアウローラに突き付けて、男子生徒は何事か唱え出す。
周りの野次馬達も小さく悲鳴を上げて距離を取る。
姉さんはオレの前に一歩出るが――まぁ、多分大丈夫だろう。
男子生徒の声に熱が篭り、杖の先に真っ赤な炎が渦巻くが……。
「遅いわね」
ふっ、と。
座ったまま動かずに、アウローラは息を吹きかける仕草をした。
それだけで男子生徒の杖から炎が消えた。
何をしたかは分からんが、アウローラが魔法を消し去ったのだけは分かる。
男子生徒は驚きに固まり、ただ茫然と見上げるしかない。
悪魔みたいな、実際に悪魔と大差ない相手を。
「あら、私なにかしちゃった?」
「ば、バカな、《火球》の魔法が……?」
「そんなお粗末な術式で、一体何を燃やす気だったのかしら」
最早嘲りを隠しもせず、アウローラは全力でマウントを取りに行く。
「足りない魔力を詠唱で補助して、身体に直接刻んだ魔導式で増幅する。
技術的には悪くないけど、まぁそれだけね。
実戦でそんな悠長に呪文を唱えてる暇があると思う?」
蘊蓄も交えつつ気持ちよさそうに煽り始めた。
……そういえば、レックスも魔法を使う時は短い呪文しか口にしてないな。
今まで知らんかったが、アレも地味に高等技術だったのか。
哀れな男子生徒は絶望的な表情のまま、膝から崩れ落ちてしまった。
「根性が足りないわねぇ。
貴方がけしかけて来たコイツらも、みんな似た感じだったわよ。
仰々しく術式を組み立て始めるものだから、ついつい撫でてしまって」
「そ、そんな……!」
あの椅子にしてる人の山は、どうも全員しばき倒された結果らしい。
まぁ、アウローラの魔法でふっ飛ばされるよりはマシだろ。
本人も言ってる通り、「撫でた」だけだな。
ちなみに、外野のボレアスは眠そうに床に転がり始めた。
スカートで不用意に寝転ぶなバカ。
それは後々注意するとして。
「流石に止めた方が良いよな」
「そうだな。主が素直に聞くかは分からないが」
それについてはオレもまったく自信はねぇなぁ。
だからって放っておいたら、更に騒ぎが拡大しそうだ。
兎も角あの山から引き摺り下ろす為、オレと姉さんが踏み出した――ところで。
「……何の騒ぎだ、コレ?」
のっそりと、全身鎧がオレの後ろから寄って来た。
再び野次馬から悲鳴に近い声が上がる。
この《学園》に入ってから大体一週間ほど。
それだけの短期間で、今や《学園》七不思議に名を連ねてしまった彷徨う鎧。
その姿を見た瞬間、アウローラの表情がパッと明るくなる。
「レックス!」
名前を叫び、ふっと彼女の姿が消えた。
短距離を転移したアウローラは、そのままレックスに飛びつく。
さっきまでボコボコだった男子生徒は置き去りだ。
「もう、何処に行ってたの?
夜に会うと言っても、あまり離れるのは寂しいのだけど」
「悪いな。ちょっとあっちこっち見てると迷子になりがちでな」
甘く蕩けた声を出しながら、人目など気にせず鎧男に甘えまくる美少女。
傍から見てると絵面がもう色々ヤバい。
当然、当事者たちは周りの目など気にしないが。
懐くアウローラを撫でつつ、レックスはまたその場の様子を見て。
「で、何があったんだ?」
「貴方が気にするような事じゃないから、大丈夫よ?」
「絡んで来た連中を逆にマウント取ってボコボコにしたっぽいな」
とりあえず、オレに把握できる情報は伝えておいた。
ボレアスも欠伸をしながら寄ってくる。
「絡んで来たというか、最初にふっかけたのは長子殿だがな。
魔導理論だかの話の流れでまぁ鮮やかにこき下ろし始めてな」
「ちょっと、アンタ達どっちの味方なの??」
さらっと暴露されて慌てるアウローラ。
いや味方もクソもやり過ぎだから。
また珍しそうに見物を始めた野次馬は、姉さんがやんわりと追い払う。
……これ次の訓練間に合うかね。
「まぁ、何があったかはなんとなく分かった」
頷いて、レックスはアウローラをそのまま抱っこする。
反応とか完全に甘やかされた猫そのもので、竜としてどうなんだ。
まぁ本人が良いならそれで良いけど。
放置された男子生徒は哀れだが、怪我しなかっただけ幸運と思って貰おう。
何となく解散の流れになったので、オレ達もその場を離れる。
「とりあえず、もうちょっと躾けた方が良いだろソイツ」
「いや、アウローラが楽しそうなら良いかなって……」
「そうよ、別に良いじゃない。
『トラブル起こして「学園長」の反応を見る』って最初に決めた通り。
こっちはただ予定した事をやっただけよ?」
「言っても限度があるだろ。結局いつもこんなんだしよ」
そもそも、事情を知らない無関係な学生まで巻き込むのは如何なものか。
さっきアウローラが蹴散らした奴とか、絶対「学園長」とかと関わりないだろ。
オレが苦言を呈したぐらいじゃ右から左。
レックスに懐きながら、アウローラは綺麗に受け流した。
いや、まぁ良いけどな別に。
「イーリス、私達は少し急いだ方が良い」
「んっ、あぁ。そうだな」
姉さんに促され、支給品の端末で時間を確認する。
頭の中に地図を出して、ギリギリ間に合いそうな経路(ルート)を引く。
これなら多分何とかなるはずだ。
「じゃ、オレ達はもう行くから。また後でな」
「こっちも仕方ないから、訓練とやらに行きましょうか。
数日暴れては見たけど、特に反応も無かったし」
「やはり薙ぎ払うレベルでやらなければダメなのでは無いか?」
ボレアスが滅茶苦茶物騒なことを言ってるが、それは他が止めるだろう。
多分、きっと。えーと、恐らく。
「俺はアウローラ達を途中まで送ってくから、気を付けてな」
「特に気を付けるような事もなさそうだけどな」
レックスに手を振って応えて、オレと姉さんは廊下を急ぎ目に進む。
どうにも学生って奴は意外と忙しい。
訓練課程をこなしながら、本当に「学園長」を見つけられるのか。
それについては不安が無いわけじゃない。
が、今は仮初とはいえ学生の身分だ。
オレは一先ず次の訓練に集中する事にした。
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