88話:入学準備

 

 マレウスの話を纏めると、以下のような感じだ。

 この《学園》は盟約を支配する大真竜の一柱、ゲマトリアの直轄都市である事。

 ゲマトリアに代わり、都市の管理を任された真竜が「学園長」である事。

 マレウスは一定の自由はあるが、基本的には「学園長」とは従属関係にある事。

 記憶などの情報を制限されている為、「学園長」の正体は不明である事。

 それらに加えて、この《学園》についてだ。

 事前に調べた通り、研究機関と教育機関を兼ねた場所なのは間違いないらしい。

 知識や技術の交換と研究に、それらを必要な人材に落とし込む。

 そうして教育を施した人間を、別の都市へと「出荷」する。

 中には真竜の《爪》としての待遇を得る者も珍しくは無いらしい。

 自分の影響下にある人間を他の真竜の下へ送り込む事で、勢力の拡大を図る。

 それが大真竜ゲマトリアの思惑であるとの事。

 またその直属である「学園長」は、主に自身の研究の為にこの《学園》を利用しているらしい。

 但し、研究の中身についてはマレウスも把握出来ていない。

 そこまで語り終えたところで一息。

 二杯目のお茶が少し温くなったところで、マレウスは眼を伏せた。

 それから恥じ入るように小さく呟く。

 

「本当に、情けない話だけど。

 枷を嵌められ鎖に繋がれたに等しい私では、《学園》の現状は変えられない。

 他の都市に比べれば随分マシかもしれないけど。

 それでも此処が、ゲマトリアと「学園長」の為の砂場なのは事実」

「聞く限りだと、そこまで悪い場所には感じないけどな」

「教育を受けた子達の内、優秀な子であれば他の都市でも生きる道を見出せる。

 けど、そうでない子は? 或いは優秀な子であっても、『運が悪い』事もある。

 ……「学園長」は、ゲマトリアからある特権を与えられてるわ。

 『』という特権を」

 

 レックスの問いに、マレウスは僅かに嫌悪を滲ませた声で応える。

 どれだけマシに思えても、此処も例外じゃない。

  他と同じく、「真竜に支配された都市」である本質は変わらないわけか。

 人間は家畜で、他の都市に送られるのは文字通りの「出荷」。

 けれど商品価値が薄い奴は、相応の扱いで相応に消費されてしまう。

 胸糞悪い話なのは間違いない。

 

「……私は、この《学園》の事は嫌いじゃないの。

 外の世界を知らない子が殆どとはいえ、彼らは学ぶ事に喜びを得ている。

 そうやって成長していけば、《学園》の外でも生きていける。

 或いはそのまま《学園》に留まる道だってある。

  この場所で後進を導く立場になる事を夢見る子もいるわ」

 

 「学園長」の話とは違って、《学園》について語るマレウスは穏やかだ。

 人類に友好的だった竜王、というのは本当に真実のようで。

 彼女は自分自身の現状よりも、弱い立場にいる人間達の事を真剣に憂いていた。

 

「だから、少しでもあの子達の未来がマシになるように。

 私は「学園長」を排除し、ゲマトリアの影響下からこの都市を解放したいの」

「……貴女の事情は、とりあえず理解出来たわ」

 

 一通りの話を聞こえて、アウローラは少しだけ難しい顔をした。

 実際のところ、「学園長」がこの都市で密かに好き勝手しているとして。

 ソイツを潰しただけで、果たしてその上からの干渉を完全に排除できるのか?

 その辺りの疑問は、当然アウローラも感じているはずだ。

 マレウスからすると、先ずは「学園長」をどうにかするって事が先決で。

 そっからの事は改めて考えるとか、そんな感じなんだろうが。

 

「私達の目的は、真竜を殺す事。

 この都市の『学園長』も真竜であるなら、利害は一致してるわね」

「ええ」

「で、レックスはどう思う?」

「そりゃあこっちの目的考えるなら、協力して貰えるのはありがたいけどな」

 

 アウローラの言葉に、レックスは小さく頷く。

 それからマレウスの方も見て。

 

「味方してくれる間はこっちから斬りかかるつもりも無い。

 けど、アンタが無事のまま勝てるって保証も出来ないが、それは良いのか?」

「私が守りたいのは、あくまでこの都市に生きる者達。

 最悪、私自身は犠牲になっても構わないわ」

 

 毅然とした態度で彼女はそう言い切った。

 ……ホントに、古竜っても色んな奴がいるんだな。

 アウローラやボレアスしか知らなかった身としては、本当に衝撃だ。

 

「……『学園長』を排除する為に協力を、までは分かりましたが。

 マレウス殿の目的を考えると、重要なのはその先では?」

 

 此処まで聞きに徹していた姉さんが口を開く。

 それはオレの感じていた疑問と同じだ。

 

「仮に『学園長』を討ち取れたとしても、都市の実質的支配者は別にいる。

 ゲマトリアがまた新たな手駒を送り込んでくる可能性は極めて高い」

「……それは、その通りね」

 

 指摘を受けて、マレウスは声のトーンを落とす。

 彼女自身もそれは分かっていたんだろう。

 けどそうと理解はしていても、他に取り得る手段が無い。

 恐らくはそんな具合だと思うが……。

 

「何をそんなに悩んでいるか知らんが、答えは明白だろうに」

 

 そう言ったのはもう一人。

 ボレアスは実に悪そうな笑みを浮かべていた。

 指を一本立てて、それからさも自明の事であるように。

 

 実に簡単な結論であろう?」

 

 とんでもない事を言い出した。

 いや確かに、それが一番かもしれんけども。

 それが出来たら苦労しねェよって話じゃないかソレ。

 そんな脳筋極まりない意見だが。

 

「あー、マレウス」

「ええ」

「アンタはそのゲマトリアって奴の居場所とかは知ってるのか?」

「いえ、稀に視察に訪れる事はあるけど……。

 ただ、『学園長』なら拠点の《天空城塞》の位置座標を知ってると思うわ」

「なら先ずは『学園長』とやらをぶっ飛ばして。

 ソイツからゲマトリアの居所を聞き出せば、次はそっち行けるな」

 

 脳筋肉のレックスは即座に採用した。

 まさか過ぎる結論にマレウスもびっくりしてるじゃねーか。

 まぁ他に何か良い案あるかっつーと微妙だけど。

 アウローラはアウローラで、止めるどころか面白そうな顔してやがる。

 

「実際、それが一番分かりやすいわよね。

 ゲマトリアとやらの名前には聞き覚えはないけど」

「……ゲマトリアは真竜達の頂点、その一角よ。

 《大竜盟約》の中核である七柱の大真竜。

 その序列七位で、決して侮れる相手じゃないわ」

「けど、その大真竜とやらの中では一番弱いんでしょう?

 なら余裕よね、レックス」

「がんばります」

 

 とりあえず、この場の脳筋密度が高すぎる。

 レックスの腕に身を寄せながら、アウローラは無駄に自信満々に笑う。

 

「別に貴女を助けるとか、そんな意図は欠片もないけど。

 大真竜とかいう奴の居場所も掴めるなら、協力して上げても良いわ」

「……ありがとう、アウローラ」

「だから礼を言われる意味が分からないわね」

 

 ちょっと涙ぐむマレウスに、アウローラは小さく鼻を鳴らした。

 ホントに素直じゃないというか、面倒臭いというか。

 ともあれ何だかんだで話は纏まった気がする。

 

「そんな事よりも、マレウス。

 こっちが協力する以上は、当然見返りは求めるからね?」

「勿論、私に出来る事なら何でもするから。遠慮はしないで」

「あー、とりあえず此処の設備でこっちの姉妹を診て貰えると助かる。

 ちょっと無茶して来たから辛そうでな」

 

 言いながら、レックスはオレと姉さんをそれぞれ指差す。

 これまで「ちょっと」で片付く無茶はなかった気がするが、まぁそれは良い。

 その言葉にマレウスは微笑みながら頷く。

 

「そのぐらい、お安い御用よ。

 どの道、入学手続きの際に検査をするから、その時に治療も済ませましょう」

「……ん? 入学?」

 

 あれ、そんな話だったっけ?

 首を傾げるオレを見て、マレウスは軽く手を叩いた。

 ついうっかり言い忘れた、といった様子で。

 

「先に言った通り、私でも『学園長』の顔や名前は分からない。

 ただ間違いなく、この《学園》の何処かにはいるはずなの」

「曖昧な話ね。何か心当たりはないの?」

「推測になるけど……多分、生徒の中に紛れ込んでると思う」

「生徒の中に、ですか」

 

 姉さんが言葉を繰り返すと、マレウスは小さく頷く。

 

「詳しい仕組みはまた説明するけどね。

 《学園》に所属している人間は、その大半が生徒なの。

 教師は少数で、授業の多くは自動化された魔法式が管理してる。

 だから教師側の顔ぶれは殆ど変わらないし、私も長らく接しているから……」

「仮に『学園長』が教師に混ざってるなら、何かしら違和感があるだろうと」

「ええ。勿論、記憶や認識に干渉されて気付いてないだけの可能性もある。

  けれど継続的に操作されてれば流石に分かるわ。

 でもそういった様子は無いの」

「だから数も多く、入れ替わりもある生徒に化けて紛れ込んでると。

 少なくともそれが一番可能性も高いってわけか」

 

 マレウスの説明に相槌を打ちながら、頭の中で情報を整理する。

 「学園長」がそうまで自分の正体を隠してるのかとか、気になる事はあった。

 しかしこれまで遭遇した真竜は、その殆どが何かしら狂っていた。

 「学園長」が真竜なら、まともな理屈で図っても意味はないかもしれない。

 理由はどうあれ、隠れてる奴を引っ張り出す必要はあった。

 

「そっちの彼は、入門手続きの時点で『都市外の真竜』として登録したわ。

 だから彼に関しては副学長の私の名前で行動の自由を許可できる。

 けど全員同じとは行かないから、長期滞在の為に入学をして貰いたいの」

「成る程、道理ではありますね」

 

 姉さんも納得した様子で頷く。

 まぁ、中でどう動くのかは最初から問題ではあったし。

 それが合法的に解決するなら渡りに船……で良いのか、コレ?

 ちなみにボレアスは何故か不満げな顔だ。

 

「まどろっこしい話だ。

 此処に敵がいるのなら、適当に暴れてあぶり出すのではダメなのか?

 間違いなく一番手っ取り早いぞ?」

「言いたい事は分からんでもないが、今はそういう話じゃないからダメです」

 

 流石のレックスもコレにはツッコミを入れた。

 ボレアスは逆ギレっつーか、今にもブーイングで騒ぎ出しそうな様子だが。

 

「アンタはどうせ服を着るのが嫌なだけでしょうが」

 

 アウローラがザックリと切り込んで来た。

 そうする事で色んな危険リスクがあると知った上で。

 単に「服を着るのが嫌」って理由で色々吹き飛ばすつもりだったのか、コイツ。

 核心を突かれたボレアスは、むしろ開き直った態度だ。

 

「まったく、ただでさえ人の姿は窮屈だというのに。

 その上からこんな布切れで締め付けるなぞ不可解の極みだ。

 長子殿は良く我慢しておられるな」

「むしろアンタほど堪え性がない奴が珍しいから。

 ずっとレックスの剣で寝てるなら良いけど、そんなつもりは無いでしょ?」

「無論だ。未だ《竜体》にはなれんが、力は戻りつつある。

 自由に振る舞えるのならそうする、それが権利ではないのか?」

「権利主張するなら服着るぐらいの義務は果たしなさいな。

 ――さぁ、マレウス。ちょっと手伝いなさい」

 

 物凄く堂々と駄々をこねる元《北の王》。

 それに対して語っても無駄と判断したか、アウローラは仲間を呼んだ。

 その時に何をしたのか、オレには全然分からんかった。

 兎に角、マレウスはその手でガッチリとボレアスを捕獲した。

 

「マレウス、貴様なにを……っ!?」

「はいはい、私も最低限の風紀は守る義務がありますから。

 大丈夫、ウチの制服は可愛いって評判よ?」

「今の内に有無を言わさずに着せて、勝手に脱げないよう縛りもかけましょ。

 さぁ、取って食おうってわけじゃないんだから大人しくしなさい」

 

 そして始まる、三柱の竜王達による取っ組み合い。

 ボレアスは必死にもがいているが、残念なことに数の差は覆せない。

 オレも姉さんも、そんな哀しい様子を眺めていたら――。

 

「そちらの二人も、折角だから袖を通してみる?

 入学手続きも直ぐに終わるから、慣れておいて損はないわよ」

 

 暴れるボレアスを抑えつつ、マレウスはオレ達にそんな事を言った。

 同時に、テーブルの上に二着分の服が現れる。

 多分魔法か何かだろう。

 大して知識も無いんで、その辺は良く分からんけど。

 それより今、大事なのはだ。

 

「スカートひらひらしてんなぁ……」

 

 試しに手に取ってみたが、まぁ当然女性物だ。

 デザインは知識とか含めてサッパリだ。

  が、とりあえず見た感じ趣味が悪そうって事も無い。

 オレがちょっと物珍しげに見てると、姉さんがそっと肩に触れて。

 

「こういう服には慣れていないだろう、イーリス。

 良ければ着替えるのを手伝おうか?」

「それは良いけどよ、姉さん。

 マレウスが出した制服、当然姉さんの分もあるからな?」

 

 何故かナチュラルに自分は着ないみたいな空気を醸してたけど。

 一人だけ難を逃れるとか、そんなん許されるわけないよな。

 オレがそう言うと、姉さんは微妙に動揺したっぽい。

 ホントに自分だけ着ないつもりだったのか……?

 

「いや、いや待て、落ち着くんだ」

「落ち着くのは姉さんの方じゃねぇかなぁ」

「いや似合わないだろう、私がこんな可愛くてヒラヒラした服を着るなんて」

「そこまでじゃなくない? 一応制服なわけだし」

「いやダメだ、私がスカートなんてそんな……」

「あー、往生際悪い姉さんだな」

 

 そんなに言うなら先ず姉さんから着ようぜ。

 何故かこっちも流れで強制的に試着する話になってしまった。

 まぁ仕方ない、こればかりは流れだから仕方ない。

 あっちの暴れ竜王と違って、姉さんはイヤイヤ言うだけで大した抵抗も無い。

 で、姉さんだけ着せるのも悪いしオレの方も試しに着るかってなり。

 

「……そういや、ごく自然と着替え見てんなお前」

「はい」

 

 はいじゃねーよスケベ兜。

 いや今さら下着だの裸だの見られたぐらいでどうこう思わんけど。

 それはそれ、鎧姿で茶を飲みながらガン見されるのは色々言いたくはなる。

 そんなオレに対して、ムッツリアーマーは軽く両手を上げて。

 

「まぁ落ち着けイーリス。

 とりあえず俺から見ると、突然お前らが制服に着替えだしたんだぞ?」

「いやまーそうかもしれんけど。だったらちょっと部屋出るとかしねぇの?」

「いや、そこは見るだろ。着替え」

「見ねぇよ???」

 

 言いたい事は分かったがそこで開き直るのはダメだろ。

 更に煩悩甲冑は言い訳を続ける。

 

「逆に考えるんだイーリス」

「いや逆にって何よ」

「俺が目の前でこの鎧脱いで着替えだしたら、多分見るだろ??」

「――見るけど、私以外には見せないわね。当然」

「我としては、そろそろ生の面の一つ拝んでみたくはあるがな」

「まぁ、そういう話なら私も見てしまうかもしれませんね」

「いや見ねぇよ???」

 

 何かアホな反応が三つ分飛んで来たが、オレは自分を曲げなかった。

 マレウスが笑ってんのはどういう感情だよチクショウ。

 とりあえず制服の試着に関しては、まぁ問題なく。

 暴れ疲れたボレアスも観念したようだった。

 入学手続きも、その後直ぐにマレウスがあっという間に片付けてくれた。

 ――そんな感じで、オレ達の《学園》での生活は始まった。


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