330話:見知らぬ空の上
朝になった。
生贄予定だった兄妹を森の奥へと帰して。
それから少し寝直したが、まだ微妙に眠気が残っている。
「大丈夫?」
「あぁ、ちょっと眠いぐらいだ」
「…………」
気遣うアウローラの頭をゆっくり撫でた。
もう一人、一緒に夜更かしした《巨人殺し》の様子は変わらない。
そういえば、ちゃんと眠ってる姿は見た事ない気がする。
で、他のメンバーはというと。
「夜中に《巨人》退治とはな。
ワシはすっかり眠っておったから気付かなんだわ」
「ホント、ぐっすりと寝てたもんな……」
結局、日が上るまで熟睡していたトウテツ。
傷はほぼ塞がり、昨夜の話を聞くとカラカラと笑っていた。
間違いなく死ぬ寸前ぐらいの重傷だったはずだが。
どうやらホントに一晩寝ただけで万全近くまで回復したようだ。
途中までいびきの騒音に悩まされてたイーリスも、呆れ顔で頷いている。
そんな妹を軽く支えながら、テレサは苦笑いをこぼす。
「まぁ、何事もなく片付いたようで何よりです」
「我は起こして貰って構わんかったのだぞ?」
「その時点じゃまだ《巨人》がいるとか分からんかったからなぁ」
参加したかったらしいボレアスは、話を聞くとやや不満げな顔をしていた。
まぁ、大して強い《巨人》でもなかったから勘弁して欲しい。
「この先、もっと強い《巨人》もいるだろうし。
そういうのと出くわしたらまた気兼ねなく暴れてくれよ」
「……ふむ、まぁそうさな。
もう過ぎたこと故、あまり言うても仕方がないか」
「悪いなぁ」
不満そうだが一応納得はしたようで。
何度か頷くボレアスに、俺は軽く笑って応える。
頭を撫でてやろうかと手を伸ばしたら噛み付かれてしまった。
冗談なんでちょっとガチ噛みは勘弁してください。
「……仲が良いわね」
「だろ?」
『俺らも見習うべきか、ブラザー?』
「面白くもない冗談ね」
噛まれながら、ぽつりと感想を呟く《巨人殺し》に親指を立てておく。
首に巻かれている黒蛇の相棒はバッサリやられてるけど。
で、それはそれとしてだ。
「問題なければ、そろそろ出発しましょうか」
俺に噛み付くボレアスを蹴飛ばして。
アウローラは一つ咳払いをしてからそう告げた。
昨日決めた予定通りなら、飛竜を出して空を移動するんだったな。
出発の言葉に誰も異論はなく、彼女は一周見回して確認する。
そうしてから、アウローラは自分の指先に軽く牙を立てた。
「じゃあ皆、少し離れていて」
「これ見るのも久しぶりだなぁ」
頷き、一先ず言われた通り距離を取る。
森の地面にアウローラの血が数滴落ち、それが激しく変化する。
地面が沸騰したみたいに赤黒く沸き立った後。
『GAAAAAAAAA――ッ!!』
そこには久々に目にする飛竜が翼を広げていた。
以前は一匹だけだったが、今回は二匹出したようだった。
「トウテツは身体のサイズがかなり大きいから。
一匹は私たちが、もう一匹はトウテツだけ乗るって形ね」
「成る程なぁ」
「ハハハ、気を使って貰ってすまんな!」
まぁホント、マジでデカいしなトウテツ。
確かに一匹で全員乗るのは難しいわ。
森の中に現れた二匹の飛竜。
それを《巨人殺し》の少女は珍しそうに眺めていた。
『何もないところからこんなのを呼び出すとはなぁ』
「……凄いわね」
「乗るのは大丈夫そうか?」
「ええ、平気よ。ありがとう」
テレサやイーリスも、最初は割とドン引きしてたし。
問題ないか一応聞いてみると、《巨人殺し》はすぐに頷き返した。
特に強がってるという感じでもない。
どうやら本当に大丈夫そうだな。
姉妹の方も以前に一度乗ってるし、こっちも問題はなさそうだった。
「叩き落とされねェかどうかだけが心配だよなぁ……」
「イーリス、そればっかりは運が絡むからな?」
「飛ぶ前から空が落ちる心配をしてどうするのよ」
不安げに呟くイーリスに、それを軽く嗜めるテレサ。
そんな姉妹を見て、アウローラはため息一つ。
まぁ、前回は糞エルフのせいで撃墜されかけたし気持ちは分かる。
今回も快適な空の旅とは行かないだろう。
「それでも荒野を延々足で歩くよりは間違いなくマシだからな」
「間違いねぇな」
俺の言葉にイーリスは「仕方ない」とばかりに頷いた。
そんな様子に笑いつつ、先ずは俺が待機してる飛竜によじ登る。
背に跨ったら、手を伸ばしてアウローラをひっぱり上げた。
別に自分で登れるだろうけど、一応な。
それから姉妹が続き、最後に《巨人殺し》にも手を貸す。
「我は自前の翼で飛ぶから不要だ」
「分かってる」
飛竜の背には上がらず、ボレアスは自らの翼を大きく開いた。
さて、トウテツの方はというと。
「うむ、これは良いな」
亜竜とはいえ、飛竜も結構なデカさだ。
それもトウテツが跨ると普通の馬ぐらいのサイズに見える。
跨った鬼は大変満足そうな顔をしていた。
「これは何だ、貰っても構わんのか?」
「まぁ、それは別に構わないけど」
「ハハハ、カドゥルの奴に自慢が出来るな!」
「良いのか?」
「別に、多少の血と魔力があれば出せる程度のモノだし。
だからそんなに寿命も長くはないんだけどね」
「成る程なぁ」
アウローラが問題ないなら良いんだ。
ボレアスを除く全員が背に乗ると、二匹の飛竜は翼を羽搏かせる。
木々の枝を何本か下り、そのまま一気に飛翔した。
風を切る感触。
数秒前までは森に区切られていた視界が一気に広がる。
「…………凄い」
それは《巨人殺し》の漏らした呟きだった。
空。今日も良く晴れていて雲も少ない。
飛び立ったばかりの《庭》。
その周りに果てしなく広がる荒野。
その全てが良く見える。
少しだけ身を乗り出すと、イーリスはぐるりと首を巡らせて。
「……マジで荒野ばっかだな」
「とはいえ、何もないというワケではないぞ?」
飛竜に並ぶ形で飛行するボレアス。
彼女は意地悪そうな笑みで、遠くに見えるモノを指差した。
それは《巨人》だった。
見た感じ足はなく、異様に肥大化した人間の上半身みたいな姿をした怪物。
表面は岩のようにゴツゴツしており、両腕を足代わりに移動している。
他にも、荒野のそこかしこに《巨人》らしき怪物はうろついていた。
「《巨人の大盤》って名前は伊達じゃないなぁ」
「……そうね、《巨人》は何処にでもいる。幾らでもいる。
《人界》の神々でも、この地から《巨人》を排除し切れていない」
『……ま、し切れないっつーかやる気がないって言った方が正解だけどな』
「? それはどういう……?」
《巨人殺し》の言葉に、相棒のクロはぽつりと呟く。
それについてテレサが聞き返すが、黒い蛇は無言のまま。
黙る相棒に、少女の方が小さく吐息をこぼして。
「……《人界》の神々が守るのは、あくまで《人界》だけ。
《巨人》は決して《人界》には近付けないし、危害を加えることもできない。
だから偶々見かけて殺す事はあっても、積極的に《巨人》の根絶には動かない。
確かそんな話だったわよね?」
『あぁ、ブラザーの言う通りだよ』
「なんだそりゃ」
《巨人殺し》の説明を聞いて。
思わずといった風に、イーリスは顔を顰めて呟いた。
まぁ、気持ちは分かる。
思い出されるのは《裁神》アストレアとの戦い。
鬼や古竜の力、俺の持つ魔剣などでは一切傷つけられなかった神の権能。
アレなら《巨人》を殺す事なんて、言葉通り赤子の手を捻るようなもんだろう。
にも関わらず、《巨人》を駆逐しようとはせず半ば放置している。
何かしら事情があるかも分からんが、イーリスの言いたい事は理解できた。
「つまり神々は、《人界》の外には一切興味がないと……?」
『無いワケじゃない。《庭》を創ったのも《人界》の神の一柱だ。
……ただ、「上」が《人界》以外にまるで興味がないってのは事実だな』
「神様って一口で言っても色々ありそうだなぁ」
この先でも、あのアストレアはまた絡んでくるだろう。
そうなればもう少し詳しく知る機会もあるか。
出来ればあんまり面倒な絡まれ方はしたくないのが本音だけども。
「お話はそのぐらいでいい?
《国》へは確か北へ進めば良かった?」
『あぁ、悪い悪い。そうだ、北だ。
歩けば十日かかるが、空を飛ぶならそんなにかからんだろ』
アウローラの確認に、蛇が小さく頷いた。
すると、飛竜二匹は翼を動かす。
《庭》の上を漂ってる状態から、風を裂いて一気に空を渡って行く。
鎧越しでも感じる風の感触がなかなか心地良い。
「なんか、いきなりトばしてないかっ?」
「下には《巨人》がうろついてるんだもの。
緩く飛んで何か投げ付けられても嫌でしょう?」
「そうなれば、喧嘩を売って来たと判断して蹴散らせば良かろう?」
「ハハハ、ワシも同意見だな!」
ボレアスとトウテツは大変気が合う様子だ。
イーリスは姉のテレサが支えつつ、速度に振り落とされないよう注意している。
こっちもアウローラを腕に抱えて少し身を低くした。
飛ぶ。飛んでいく。
死んだ大地の上に広がる空は、どこまでも晴れやかだ。
何も考えずに空の旅を楽しめたら、それが一番だったが。
「……どう?」
「うん?」
「随分久しぶりに飛竜で飛んでるけど」
「あぁ、やっぱ気分は良いな」
「それなら良かった」
……いや、どういう状況であれ。
これはこれで良いものだと、少し認識を改める。
眼下は《巨人》がうろつく地獄めいた大地であっても。
今この瞬間の旅は、俺にとっては本来はあり得ない経験だ。
であれば、素直に楽しむのが一番だろう。
「んっ、なに?」
「いいや、なんでも」
抱えたアウローラの髪を撫でる。
すると彼女は、少しだけくすぐったそうに身動ぎをした。
「……む?」
「どうした?」
アウローラを愛でながらの飛行。
俺たちが乗る飛竜よりも高い位置で翼を広げていたボレアス。
そっちから訝しむような声が聞こえた。
見上げると、ボレアスは難しい顔でどこかを見ていた。
つられてそっちに目を向けるが……。
「……なんだ?」
「我にも分からん」
「なに? どうかしたの?」
遠い、荒れた地平線の向こう。
その遥か彼方で何かが見えた気がした。
アウローラを俺と同じ方を視るが、遠すぎてはっきり見えなかったようだ。
「視覚を強化すれば見えるか?」
「もうやってるけど、土煙が上がってるようにしか見えないわ」
「こちらも同じくだな」
竜の二人がそうなら、俺がやっても結果は同じだな。
三人揃って首を傾げるばかりだ。
話が見えないイーリスも、こっちの視線を追うが。
「……何も見えねぇんだけど。お前ら何が見えてんだ?」
「それが分からないから首を傾げてるのよ」
「とりあえず、むっちゃ遠くに土煙が上がってるのが見えるっぽいな」
「……土煙?」
黙っていた《巨人殺し》も遅れて話題に反応した。
同様に地平線に目を向けて。
「……何か分かる?」
『悪いな、ブラザー。ちょっと遠すぎて細かくは分からん』
「そう」
『ただ、どうにもヤバい気配はするな』
「でしょうね」
横で聞いている俺も同じ意見だった。
まだ細かい事は何も分からない。
分からないが、放置しておくのは明らかにマズい気がする。
この時点では単なる勘働きだが。
「どうするのだ、竜殺しよ」
「……アウローラ、頼めるか?」
「気は進まないけど、確かに嫌な感じはするものね」
見過ごして、更に破滅的な事態に巻き込まれては余計に面倒だと。
アウローラは嘆息しながらも頷いた。
テレサとイーリスも異論はないようだ。
で、別の飛竜に跨がっているトウテツは。
「うむ? 何の話だ?」
「変なもん見えるから、先ずそっちの様子を見に行こうって話だな」
「ほう、ワシも別に構わんぞ。
まぁこの地で目を引くモノなど、大体は《巨人》であろうがな」
鬼として最高の冗談を口にしたつもりなんだろう。
呵々と大笑いしてみせるトウテツ。
しかし、それ以外の全員は口を閉ざしてしまった。
……なるほど、《巨人》、《巨人》か。
ちらりと《巨人殺し》――この道一筋の専門家に視線を向ける。
「なぁ、聞いても良いか?」
「答えられる事なら」
「この高さから見える地平線の、そのまた向こうで土煙が確認できるとか。
仮に《巨人》だとしてどんぐらいのデカさだと思う?」
「悪いけど、想像もつかないわね」
「だよなぁ」
まぁ、もし《巨人》だったらの話だが。
腕の中のアウローラも半信半疑って顔をしている。
「本当に、貴方は《巨人》だと思う?」
「分からんし、直で確かめに行くしかないよな」
「……で。そんなくそデカい《巨人》がいたとして、それでどうすんだ?」
さて。
イーリスの質問には、俺の方からは応えず。
代わりに《巨人殺し》である少女の方を見た。
彼女は一切の躊躇なく頷いて。
「《巨人》は殺す。それがどんな怪物であれ、私の結論は変わらない」
「だ、そうだ」
「今更だけどコイツも大概ヤバい奴だな……」
ホントに今更な事をぼやくイーリスさん。
《巨人殺し》は完全にやる気満々だ。
……そもそも、あの土煙の中に《巨人》がいるのかどうか。
まだ分からんが、可能性があるなら付き合わんとな。
一時になるかもしれないが、今は《巨人殺し》も旅の仲間だ。
「……何だか楽しそうね?」
「そう見えるか?」
「見えるわね。兜の下で笑ってない?」
「かもな」
うん、確かに笑ってる。
予想通りなら酷い地獄になりそうではある。
それはそれとして、楽しいかと聞かれると……。
「アウローラはどうだ?」
「貴方と一緒なら、いつだって私は楽しいわね」
「それなら良かった」
「お前らはお前らで何の話してんだよ??」
「イーリス、邪魔してはいけないぞ」
今が楽しいって話かな?
ま、ともあれだ。
「行くか。ボレアスも問題ないよな?」
「それをお前が我に聞くのかよ、竜殺し」
「一応確認はな」
そう言って、先ずはボレアスが針路を変更する。
アウローラの操作により、飛竜二匹もその後に続いた。
最も古い鬼の王が君臨するという《国》は後回し。
彼方の地平線を煙らせる巨大な「何か」。
先ずはそれを確かめるべく、俺たちは空を駆けていく。
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