329話:互いの理由


 北の廃城で目覚めてから此処まで。

 俺もそれなりの数の修羅場は潜って来た。

 それは同時に、俺が戦って来た真竜の数でもある。

 強さもマチマチだが、姿かたちも随分バリエーションに富んでいた。

 ある程度の基本形はあれど、一体毎に一種と言っても過言じゃないだろう。

 外界の《巨人》もどうやら似たようなものらしい。


「いやしかし、ワケわからん形状してんなホントに」

「冷静に感想言ってる場合?」

 

 抱えたアウローラからのツッコミ。

 確かにそんなことを言ってる場合じゃないな。

 

『GAAAAA―――!!』

『GAA! GYAAAAA!!』

『GAッ!! GAAAA!』

「うーん、喧しい」

 

 《庭》である森を出て間もなく。

 俺たちは荒野をうろつくその《巨人》と出くわした。

 サイズ的には比較的に小さいんだろうか?

 見上げるぐらいにデカいが、「山のように」という程ではない。

 基本の形状としては人型に近い。

 足が二本あり、肘が二つある以外は人間に似た腕も二本。

 異様なのは胸から上の部位だ。

 普通ならば首と頭があるべき場所。

 そこにあるのは雑に捏ねた肉団子のような「何か」だ。

 ……多分、その肉団子こそが《巨人》の頭部なんだろう。

 証拠に、団子の表面には顔の部品パーツが出鱈目にくっついていた。

 目と鼻、後は口と耳。

 サイズも数もバラバラに、肉団子の上でもぞもぞと蠢いている。

 正直に言ってかなりキモいなコレ。

 

「問題ない、すぐに黙る」


 淡々と。

 《巨人殺し》はそう言いながら《巨人》を見上げていた。

 黒い装甲で身を包み、手には白い鉈を握って。

 既に戦闘準備は万端な少女は、特に生理的嫌悪を感じた様子もない。

 多分、このぐらいは慣れっこなんだろうな。


「とりあえず、私は後ろで援護するわね」

「頼んだ」

「こっちはもう行くから」


 複数の口を開いて咆哮を重ねる《巨人》。

 ビリビリと空気を震わせ、破壊の意思を叩きつけてくる。

 抱えていたアウローラはひょいっと腕から下り、俺は鞘から剣を引き抜く。

 こっちが構えるより早く、先ず《巨人殺し》が突っ込んだ。


『おいおいブラザー!

 味方もいるんだったらもうちょい慎重にだな!』

「問題ない」


 装甲の下から聞こえてくる相方の抗議。

 それを一言で返して、《巨人》の足目掛けて大鉈を叩き込む。

 硬い《巨人》の表皮を断ち、肉を抉った刃は骨まで届いていた。

 ドス黒い血を全身に浴びながら、《巨人殺し》の攻撃はそれで終わらない。

 抉った傷に空いた左手を突っ込み、ゼロ距離で炎を炸裂させる。

 爆ぜる血肉と共に《巨人》は悲鳴を上げた。

 うーん、いきなりガンガン行くな。


『GAAAAAA――――ッ!!?』

「流石だなぁ」

「貴方はあんまり無茶しないでね?」

「がんばる」


 アウローラは気遣う声を《力ある言葉》にする。

 施された複数の強化を感じながら、遅れて俺も《巨人》へと向かう。

 片足が半ば抉られてる状態でも《巨人》は揺るがない。

 苦痛を吠えながら、その長い腕を無茶苦茶に振り回してくる。

 狙いもロクに定まっていない攻撃。

 その指先に引っ掛けられて、《巨人殺し》が地を転がった。

 倒れた装甲へと振り下ろされる拳は、当たる寸前に俺の方が受け止めた。

 流石の腕力パワーと質量。

 だがこっちもアウローラの強化バフを貰ってる。

 

「オラァ!!」

 

 なので何も問題はない。

 気合いを叫び、《巨人》の拳を刃でぶった斬った。

 結構硬いが、アストレアの《光輪》に比べたら紙みたいなもんだ。

 殆ど真っ二つに断ち割れば、汚い悲鳴がまた複数重なった。


「まともな生き物だったらこれで戦闘不能なんだけどなぁ」

『GAAAAAAA――――!!』


 《巨人殺し》が抉った足。

 つい今しがた俺が切り裂いた拳。

 そのどちらも早速再生が始まっていた。

 治る早さは最初に戦ったトカゲほどじゃないが。

 それでも結構な速度で、盛り上がった血肉が傷口を埋めて行く。

 マジで面倒な相手だな。


「手早く粉々に焼いてしまいましょうか」


 囁く声の後、アウローラは大きく息を吸う。

 彼女としては不本意だろうが、《巨人》相手には極めて有効な攻撃手段。


「ガァッ――――!!」


 放たれるのは極光の《吐息(ブレス)》。

 強烈な熱線は、丁度俺が斬った拳をブチ抜いた。

 肉を焼けば再生の速度は落ちる。

 だからこっちも。


「《火球》!!」


 吼える肉団子めいた顔面に向けて火球を投げ付けた。

 爆発。アウローラの《吐息》に比べたら随分と威力は落ちる。

 それでも炎は有効だった。

 炸裂した熱が肉の表皮を焼き、火は目や口からも侵入する。


『GAAAA!! GAAAAA――――!?』

「黙れ」


 内側から炙られる苦痛に《巨人》は泣き叫ぶ。

 既に起き上がった《巨人殺し》が冷たい声で呟く。

 振り回される腕を掻い潜り、何の迷いもなくその巨体に取り付いた。

 頑丈な表皮を裂き、肉に刃を突き刺す。

 刺した鉈を足場にして、少女は一気に駆け上がる。

 俺の《火球》で焼けた《巨人》の頭。

 耳障りな叫びを上げ続ける口に、《巨人殺し》は右手を突っ込んだ。

 間髪入れずに炎が爆ぜる。

 いやマジで、大概無茶する俺でもちょっとヒくレベルの捨て身だった。

 内部から砕けた肉に左手も突き刺し、二度三度と爆発を重ねる。

 一瞬にして肉団子の半分近くが吹き飛んでいた。


「程ほどにしとけよ!」

「多分、アレ聞こえてないわよ」


 でしょうね。

 呆れ気味のアウローラの言葉を聞きつつ、こっちもこっちで手は止めない。

 振り回す腕が邪魔なので、肘関節に剣を叩き込む。

 一太刀で半ばまで切断して、再生が始まるより早く《火球》を放つ。

 腕が千切れ飛んでも《巨人》は止まらない。

 やっぱり《核》を潰さないとダメみたいだな。


「さっきよりは鈍くなって来てる?」

「多分だが、今あっちが吹き飛ばしてる頭の方に《核》があったんだろ」

「……不死身じゃなければとっくに死んでるわよね、アレ」


 いやまったく。

 爆発は止まらない。

 《巨人殺し》は自分の放つ炎に焼かれ続けている。

 身に纏う《巨人殻》の装甲を真っ黒に焦がして。

 ひたすら目の前の血肉を抉り、炎の熱で焼き潰していく。

 破壊の勢いに再生はまったく追いついていない。


「ガァ――――!!」


 アウローラの極光の《吐息》。

 その一撃が《巨人》の胴体を貫通して穴を開ける。

 焼けて抉れた傷から赤い結晶が見えた。

 恐らく《核》だと判断し、俺は《力ある言葉》を唱えた。


「《跳躍》!!」


 強化に強化を重ねた脚力。

 大地を蹴って、焼けた胴体の傷へと一気に迫る。

 渾身の力で剣を突き入れ、肉を裂けば赤い《核》は完全に露出する。

 さて、幾つあるかは分からんが。


「とりあえずぶっ壊せばいいな!」


 剣を叩きつける。

 ボレアスの炎がない分、一撃では砕けなかった。

 とはいえ、竜殺しの刃は《巨人》の心臓だろうが切り裂ける。

 表面が裂けて罅割れたところに、間髪入れずに二刀目を打ち込んだ。

 トドメは切っ先を突き刺し、柄を全力の拳で殴りつける。

 砕ける、砕け散る。

 硝子が割れたような音を立て、赤い《核》がバラバラになった。


『GAAA……!? GA、GAAA……!!』


 《巨人》の咆哮は明らかに弱まっていた。

 切り開いた胴体の傷、そこに《火球》を投げ込んでから離脱する。

 爆ぜた炎に焼けた肉と骨が飛び散る。

 そこに《巨人殺し》も上から降って来た。

 自分の放つ火と、間近で浴び続けた《巨人》の返り血。

 その二つでまぁ随分酷い見た目になっているが。


「……あと少し」


 本人は微塵も気に留めず、《巨人》を殺すためだけに動く。

 実際、《巨人》はもうボロボロで動作も大分鈍くなってきている。

 あと少し、というのは間違っちゃいない。


「――いいえ、もう終わりよ」


 アウローラは穏やかに、戦いの終わりを告げた。

 人間を越えた魔力が夜の空気に流れる。

 複数の火球が《巨人》の周りを囲む形で同時に展開。

 その数はぱっと見ただけで十以上。

 それらは高速で、俺や《巨人殺し》が開いた傷口へと飛び込んだ。

 連続して巻き起こる爆発は、真っ赤な炎の花を咲かせる。

 内側からの破壊は容赦なく《巨人》の身体を粉々に打ち砕いた。


「流石だなぁ」

「大したことないわ。

 この程度の魔法、昔なら一息だったんだけどね」

「…………」


 謙遜っぽく言いながらも、自慢げな様子のアウローラ。

 そんな彼女の頭を撫でれば、照れたように微笑んでみせた。

 《巨人殺し》は無言。

 八割以上が細かな肉片となった《巨人》を見ている。

 完全に《核》が破壊されたのか。

 それを先ず目で確認しているようだった。


『大丈夫だ、ブラザー。《巨人》は沈黙してる。

 もう少し砕いて焼けば、当分復活する事もないだろ』

「…………そうね」


 相方の黒蛇の声に、《巨人殺し》は冷えた言葉で応じる。

 俺も改めてそっちの様子を見るが。


「……大丈夫か?」

「問題ない」


 ボロボロだ。

 いやホント、ボロボロとしか言いようがないぐらいに。

 《巨人》から造ってるらしい装甲も、半分近くが焼けて剥げている。

 下に見える肌も酷い火傷を負っていた。

 不死身って話だし、本人の言う通り大丈夫なんだろうが。


「……言っちゃ悪いと思うけど。

 何度見ても、正気の戦い方じゃないわね」

「俺はちょっとコメント差し控えておくわ」

「貴方も大概だものね?」


 はい。

 このやり取りも何度目だったか。

 《巨人殺し》の方は、やっぱり気分を悪くした様子は見られない。

 むしろ聞き流しているような感じだ。


「ずっとこんな感じでやってるのか?」

「…………そうね」


 詮索はしないつもりだったが。

 ふと、口から出てしまった疑問。

 これもそのまま聞き流されるかと思った。

 だが意外にも、ほんの少しの間を置いてから言葉が返って来た。

 ボロボロのまま、《巨人殺し》の少女は《巨人》の屍を確認している。

 《核》は全て壊したか。

 再生が早そうな大きな血肉は残っていないか。

 執拗かつ念入りに確かめながら、淡々と言葉を続ける。


「どのぐらい前からとか、細かくは覚えてない。

 ……私も、元々は《庭》の人間だった」

「そうなのか?」

「ええ。《巨人》に潰されて、もう残っていないけど。

 その時に死ななかったのも私だけ」

『…………』

 

 微かに聞こえた唸るような音は、黒い蛇の上げたモノか。

 《巨人殺し》は何も言わない。

 だから俺も、それには触れないでおいた。


「……それから、ずっと。

 私は《巨人》を殺して来た。それだけ」

「そうか」

 

 それで話は終わりだと、少女は言葉を切る。

 だから俺もそれ以上は聞かなかった。

 今に至るまで、どれだけの死線を乗り越えて来たのか。

 何故、肉体が不死身になっているのか。

 彼女が語らないのなら、今は聞くべきじゃない。


「…………貴方は?」

「うん?」

「随分、戦って来たみたいだけど」

「まぁ、そうだな」


 さて、どう応えるべきか。

 微妙に迷いつつ、傍にいるアウローラをまた抱え上げた。


「レックス?」

「いや、何となくな」


 少し驚いた顔をする彼女の髪をゆっくり撫でる。

 散らばった《巨人》の屍。

 《巨人殺し》はその破片からようやく顔を上げた。

 完全に沈黙していると確かめ終わったようだ。


「俺の場合、今は戦ってるというより旅してるって感覚が近いけどな」

「旅?」

「あぁ。海の向こうから此処まで。

 我ながら随分遠くへ来たもんだと思ってる」

「…………そう」


 会話はそこで途切れた。

 俺は何も言わず、《巨人殺し》も何も語らず。

 流れる空気にアウローラも黙ったまま首を傾げていた。

 《巨人》の始末は終わった。

 あの兄妹も《庭》の奥に帰れるし、俺たちも夜明けと共に出発できる。


「戻るか」

「ん。良いの?」

「片付いたしな」


 微妙に困惑するアウローラの頭をもう一度撫でて。

 俺はそのまま来た道に足を向ける。

 《巨人殺し》の少女も、俺の後に続いて。


「…………旅、か」


 小さく、そんな呟きを漏らした。

 そこにどんな感情が含まれているのか、俺には分からない。

 彼女の相棒も黙ったままだ。

 だから俺も何も言わなかった。

 何も言わず、三人と一匹で揃ってその場を後にする。

 残された夜だけが、静かに朝の訪れを待っていた。

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