第五章:神殺し
370話:巨神降臨
『オオオォオオオオオオオ――――ッ!!』
怒り狂った咆哮が死んだ荒野を震わせる。
アストレアに砕かれた《巨人》の群れの残骸。
それらを蹴散らして、その怪物は立ち上がった。
形状は殆ど人型だ。
これまで見た《巨人》と違い、造形に
均整の取れた肉体は芸術家が造り上げた彫刻を思わせる。
その五体を覆うのは
滑らかな曲線を描くその姿は、見る者に美しさすら感じさせた。
中身の醜悪さを考えれば驚くべきことだ。
『殺すッ!! 一人残らず殺してくれる!!』
見開かれた二対の眼を真っ赤に燃やしながら。
黒金の《巨人》は、《秘神》アベルの声で吼え猛った。
「この姿が本性ってワケか」
「完全に頭に血が上ってるわね」
『ガアアァアアアア!!』
絶叫。
腕の中のアウローラを抱え直し、反射的に距離を取る。
それとほぼ同時に、強烈な突風が鎧の表面を叩く。
雄叫びを上げる《巨人》――いや、《秘神》アベルを中心に。
竜巻じみた風が巻き起こり、その周囲を蹴散らしたのだ。
風を操ってるのかと思ったが、それとは少し違う気がする。
『どいつもこいつも……!!
私は神だぞ、最も古く偉大な!
完璧で完全で、強大で比類なき私に何故ひれ伏さない!!
貴様らなど簡単に――』
「黙れ、秘すべき神」
理性を失ったみたいに叫び続ける《秘神》。
それに冷水を浴びせたのはアストレアの声だった。
吹き荒ぶ風を貫いて、無数の輝きが流星となって降り注ぐ。
《
輝く「剣」で巨体を狙い撃ちにしながら、アストレアは淡々と言葉を続けた。
「そう、貴様は秘すべき者だ。
《人界》の神だと嘯こうが、その事実は変わらない。
神々の汚点、愚かで醜い大罪人。
故に貴様の神としての号は《秘神》なのだ。
その事実を、貴様だけは認識していなかったようだがな」
『ッ――――!?』
《巨人》の群れにぶつけた以上の数の「剣」。
その莫大な質量に、《巨人》と化した《秘神》すら呑み込まれる。
まだ残っていた《巨人》も巻き添えだ。
圧倒的な火力を見せつけられ、イーリスは呆れた顔で唸った。
「容赦ねぇなマジで……!」
「当然と言えば当然の対応だろう」
「そりゃそうだ。けど、流石にこれで……ッ」
姉の言葉に頷こうとした直後。
イーリスの表情に一転して緊張が走った。
そして弾かれるように、高い位置に浮かぶアストレアの方を見た。
「アストレア!!」
「ッ!?」
その名をイーリスが叫ぶのとほぼ同時に。
アストレアは自分の正面に「剣」を展開した。
盾、というよりも壁を作る形だ。
だがその護りはあっさりと貫かれる。
不可視の力によって、アストレアは「剣」の護りごと吹き飛ばされたのだ。
そして響き渡る哄笑。
『ハハハハハハハハハハハ!!
まさか、まさか今の攻撃で私を仕留めたと思ったのかね!?
侮り過ぎだろう小娘が!!』
「……今ので生きてるとか、《巨人》だけあって随分としぶといわね」
「いや」
呆れたように呟くアウローラ。
その言葉に、俺は小さく首を横に振った。
恐らくしぶといとか、そういう次元の話じゃない。
アストレアの「剣」に呑まれていた《秘神》。
輝く刃を砕き散らしながら、再び現れたその姿。
身体を覆う黒金の装甲には、殆ど傷すら付いていなかった。
さて、何となく嫌な予感はしてたが。
「あれ、《鬼神》の奴と同じだな」
「えっ?」
『ハハハハハハ!!
虫ケラの分際で良い勘をしているじゃないか! 忌々しい!』
予想していなかったらしく、アウローラは酷く驚いたようだった。
そして《秘神》の方がわざわざ正解だと教えてくれる。
恐らく、倒した《鬼神》の力を取り込むか何かしたんだろうな。
黒金の装甲から、どこか似た雰囲気を感じていたが。
『そこの人間は愚かな頭なりに理解しているだろう!?
《鬼神》が纏っていた神々においても最強の鎧!
これを我がモノとした私は今や無敵に等しいと!!』
「――口数が多い奴」
自慢げに喋り散らす《秘神》に迫るのは《巨人殺し》。
戯言はスルーして、その黒金の外皮に向けて大剣を叩きつける。
硬く重い衝突音。
装甲には当然傷一つ付かない。
その結果を見下ろして、《秘神》は怪物らしい顔を笑みの形に歪めた。
『見たかね、見ただろう? そんな攻撃に意味など――ッ』
爆発。
変わらず《秘神》は無視して、《巨人殺し》は装甲に拳を触れさせた。
炎が爆ぜて花開き――しかし黒金の表面には焦げ目すらない。
立て続けに三度ほど重ねるが、結果に変わりはなかった。
「硬い」
『あぁ、こりゃ難儀しそうだなブラザー』
『私を無視するな!!』
結果を述べる《巨人殺し》。
その頭上から、咆哮と共に不可視の力が落ちてきた。
巨大な何かに潰される形で、《巨人殺し》は思い切り地面にめり込む。
さて、《鬼神》モドキの装甲も厄介ではある。
加えてさっきから振り回しているあの力。
こっちもどういう類の能力だ?
「……多分、アレは単純に力場を操ってるだけだと思うわ」
「分かるのか?」
「ええ、原理的には《念動力》や貴方も使ってる《盾》の魔法と同じ。
目に見えない力場を自分の身体の延長として操ってる。
力の種としては、ただそれだけよ」
「なるほどなぁ」
流石はアウローラだ。
正解かは断言出来ないが、そう外れた分析でもないだろう。
つまりは、《秘神》の肉体は目に見えるサイズとは違う。
より巨大な、不可視の《巨人》の殻を纏っているようなものか。
単純だが、単純だからこそ厄介だ。
『お前も何を呆けている!!』
「っと……!」
怒りを吼え、《秘神》の意識がこちらに向いた。
地を蹴った一瞬後に、俺がいた辺りの地面が大きくめくれ上がった。
巨大な手が直接引っ剥がしたように。
『無駄に足掻くなよ人間!!
私の手を煩わせるなど、これ以上の罪が地上にあろうか!
大人しく頭を垂れ、その魂を大いなる神である私に捧げるが良い!!
それこそが犯した罪への贖いというものだぞ!!』
「ホントに良く喋る奴だな」
アウローラを抱え、強化した脚力で荒野を駆ける。
それを追う不可視の力。
見えざる《巨人》の手が、大地を乾いた泥のように粉砕していく。
うん、厄介だ。
《秘神》本体の頭が悪い事を差し引いても厄介極まりない。
強力無比な力場を常時全身に纏って、それを手足と同じように振り回す。
そして自身の身体は《鬼神》と同質の装甲を身に纏う。
攻守ともにシンプルだからこそ穴が無い。
これまで戦ってきた大真竜たちと比較しても、何ら遜色はない強敵だ。
どころか、《光輪》による相性がある分だけこっちの方が面倒かもしれない。
『どうするつもりだ、竜殺し?』
「さて、どう攻めたもんかな……!」
「癪だけど、私も今のところ上手い手は思いつかないわね」
『ハハハハハハハハハハハハハ!!』
幸いと言えるのは、《秘神》の注意がこっちに向いてる事か。
テレサやイーリスが狙われたら大分ヤバかった。
その辺りを察して、姉妹は距離を取っていた。
後は引き続き、俺の方に
問題は攻め手の一つも浮かばない事だが。
「《鬼神》の時は、相手の切り札を利用できたんだけどな……!」
魂すら焼く炎、《蒼炎》。
向こうが全力で放った一撃を、こっちの剣に呑んで叩き返した。
流石にあの時の火は、もう刃からも消えてしまっている。
同じ事ができれば楽だったが、現実そう上手くはいかない。
『どうした、逃げ回るだけか!?
ネズミを追いかけるというのも手間なんだがね!!
神の手で死ねる事を名誉と思い、直ぐにその身を捧げたまえよ!!』
うーん、うるさいなマジで。
面倒とは口では言いながらも、明らかに声は笑っている。
圧倒的強者として弱者を追いかけ回す。
今はその状況が楽しくて仕方がないのだろう。
まぁ、直ぐに飽きるか苛立ちが勝つ可能性がデカいが。
そうなると無茶苦茶しそうではあるし、その前にどうにかしたい。
『ハハハハハハハ!! そら、いつまでも逃げられると――ッ!?』
笑っている顔面の横。
そこを「剣」の塊がぶっ叩いた。
声は途切れ、思い切り殴られた身体が僅かに
先ほど吹き飛ばされたアストレア。
彼女は怒りを全身から放ち、その怒気の具現化である「剣」を展開していた。
「油断し過ぎだ、馬鹿め――!!」
叫び、放たれる「剣」の流星群。
既に群れの《巨人》はほぼ全てが残骸と化している。
狙うべきは《秘神》ただ一柱。
密集させて威力を高めた「剣」は、容赦なく《秘神》に叩きつけられるが――。
『無駄無駄無駄!! 無駄を悟れよ小娘!!
《鬼神》の装甲にそんな針を幾らぶつけたところで無駄なんだよ!!』
笑う。
《秘神》はアストレアを嘲り笑う。
その言葉の通りに、黒金の装甲は降り注ぐ「剣」を尽く弾いている。
どれ一つ、まともに傷を与えられてはいなかった。
それでも構わず、アストレアは《神罰の剣》を操り続ける。
何度も何度も、絶えず「剣」を叩き込む。
最初は嘲笑っていた《秘神》も、だんだんと苛立ってきたようで。
『だから、無駄だと言ってるだろうが!!』
怒声と共に、右腕を大きく振り回す。
物理的には届いていない。
しかし不可視の力場は「剣」を構えたアストレアを捉える。
『潰れろ!!』
「チッ……!?」
一撃。
展開した「剣」で防ごうと試みてはいた。
しかし結果は最初と同じだ。
《秘神》の力は凄まじく、アストレアは思い切り地面に叩きつけられた。
反撃で放たれる「剣」も《秘神》は意に介さない。
ダメ押しとばかりに両手で拳を握り、それを真っ直ぐに振り下ろした。
大地を揺るがすほどの衝撃。
刻まれた巨大な亀裂の中心で、《秘神》は勝ち誇るように笑う。
『ハハハハハハハハッ!!
なんと愚かで矮小な生き物だろうなぁ!!
この程度で陛下の娘とは度し難い!!
憐れ過ぎて涙を誘うな!!』
ゲラゲラと。
《秘神》は汚い声で笑い続ける。
戦闘の最中とは思えないほど隙だらけだが、本人は気にもしない。
大地を砕く不可視の力場に、《鬼神》から奪った最強の鎧。
それらがある限り、自分は無敵だと確信してるのだろう。
実際、どう攻めるべきか……?
「…………」
「? レックス?」
「悪いな、アウローラ。
ちょっとばかり無茶しても良いか?」
確認すると、アウローラは一瞬だけきょとんとして。
「いつもの事だから、私は気にせずやって頂戴?」
『あぁ、わざわざ聞くまでもない事よな』
「それでも一応な?」
呆れ気味の竜姉妹の言葉に、軽く笑って応える。
許可も出た事だし、ちょっと頑張るか。
『む――?』
虫ケラが無謀にも突撃してきた。
《秘神》の視点からはそう見えている事だろう。
嘲笑う気配を濃くしながら、巨大な腕がこちらに伸びてくる。
いとも容易く握り潰してやろうかと。
言葉ではなく、力場という物理的な圧力を伴った意思が伝わって来る。
回避が間に合うタイミングでもないので、俺は構わず突っ込んだ。
俺にしがみつくアウローラの手に力が籠もる。
『馬鹿がっ!!』
一声、叫ぶような嘲笑。
不可視の腕は、そのまま俺たちを叩き潰す――事はなかった。
その直前、足元から二つの邪魔が入った。
「馬鹿は貴様の方だ!!」
一つはアストレア。
身体を血に染めながらも立ち上がり、下から衝き上げる形で「剣」を叩き込む。
「同感。幾ら何でも油断が過ぎる」
そしてもう一つは《巨人殺し》だ。
纏った外殻は殆ど砕けてしまっている。
しかし不死の身体は傷一つなく、両腕で《秘神》の足を抱え込む。
細い体躯を破壊するほどの怪力。
《巨人》に匹敵――いやそれを超える力が巨体の動きを阻んだ。
『ッ、虫ケラどもが!!』
「いや虫ケラはどっちだよ」
少なくとも、オツムの小ささならそっちの方がお似合いだ。
邪魔をされて隙を晒した《秘神》。
それに対し、俺は全力で剣を振り抜いた。
再び嘲りの気配を感じる。
無敵の装甲は破れない、無駄な事をしていると。
そう思っているんだろうが。
「オラァッ!!」
渾身の一刀。
手応えは硬い――あぁ、硬くはある。
だが、《鬼神》と戦った時ほどじゃない。
『なんだと……!?』
驚愕する《秘神》を声を出さずに笑ってやる。
振り抜いた剣。
その刃は黒金の装甲、《秘神》の右膝辺りを断ち斬っていた。
よし、賭けは大当たりだな。
『馬鹿な、どういう事だ!!』
「っ……何をやったの?」
「特別な事はなんにも」
困惑するアウローラの問い。
それに応えながら、俺はある一点を指さした。
《秘神》の奴はまったく気付いていなかったようだが。
黒金の装甲の表面。
そこには引っ掛かるように切っ先を食い込ませたアストレアの「剣」があった。
つい先程、俺が斬り裂いた右膝にも。
ほんの数本だけだが、《秘神》の装甲に「剣」が刺さっていた。
「単純に、アイツの装甲には隙間があるんだ。
どうやら《鬼神》と違って完璧じゃないみたいだな」
『ッ――――!!』
激情に煮え滾る唸り声。
それが絶叫に変わるより早く、「剣」の塊がデカい顔を叩いた。
アストレアは壮絶な笑みを浮かべながら。
「どうやら、言うほど完璧でも完全でもなかったようだな」
『ッ~~……この、小娘がぁ……!!』
「どうでも良い」
俺が切り裂いたばかりの右膝の傷。
《巨人殺し》がそこにボロボロの大剣を捩じ込んでいた。
声に宿るのは、凍てついた殺意と敵意。
傷口を爆ぜる炎で焼きながら、少女は冷たく告げる。
「《巨人》は殺す。お前が何者かなんて関係ない。
私は《巨人》を殺すだけ」
「あぁ、喧嘩売って来たのは相手の方だしな。
当然、それは覚悟の上だろ」
ブチギレている《秘神》を、敢えて笑い飛ばす。
腕を回して身を寄せているアウローラの熱。
甲冑越しにそれを感じながら、俺は剣を構え直した。
「よし、ブッ殺す」
『それはこちらの台詞だ、虫ケラがぁ!!』
怒声と共に、不可視の力場が爆ぜる。
嵐を支配した大真竜にも匹敵する力の濁流。
それに流されぬよう踏ん張る。
怒り狂う《秘神》との決戦が、改めて始まった。
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