371話:この程度か
『死ねッ!! 死ね死ね死ねッ!!』
いかにも頭の悪そうな罵声。
それを汚く何度も口走りながら、《秘神》はその力を振り回す。
不可視の力場による嵐。
頭の悪さや器の小ささとは反比例して、その強大さは厄介極まりない。
「レックス!」
「大丈夫だ……!」
しがみつくアウローラの警告に応じ、俺は強く地を蹴った。
背後で炸裂する衝撃。
ほんの僅かでも足を止めれば、見えない手に掴まれて握り潰される。
そんな最悪の予感が常に背筋を冷やしっぱなしだ。
不可視なせいで、回避も若干難しいのがまた面倒だった。
「っと……!」
『見えていないというのに、先ほどから良く避けられるな』
「勘だな、ウン」
「それで何とかなるんだから凄いわよね」
やや呆れたようなボレアスの声に、アウローラは珍しく素直に同調した。
まぁ、相手が感情丸出しでブン回してるからな。
あとは目に見えなくとも、物理的な「力」として存在してるものだ。
大気をかき乱す動きとか、そういうのは何となく分かる。
後はもう捕まらないよう祈りながら避けるだけだ。
幸い、破壊の余波を浴びる程度で力場の手に捕まってはいない。
今のところは、だが。
「オラァッ!!」
巨体から繰り出される大雑把極まりない攻撃。
それは度々大きな隙を生じさせる。
なのでこっちの
回避のために走り回りながら、《秘神》の足元に近付いて剣を振るう。
装甲の継ぎ目、或いは他と比べて薄くなっている部分。
そこを狙いさえすれば、竜殺しの刃は肉ごと黒金の外皮を断ち切れる。
何度目になるか、数えてはいないが。
既に二桁には届くだろう手応えを感じた。
外皮を切り裂き、肉を抉る。
ほぼ攻撃を通せなかった《鬼神》の時と比べれば、大分マシな状況だ。
が、この相手もそう容易くはない。
『ハハハハハハハハハハハ!!』
ブチギレまくっていたさっきの態度からは一変。
《秘神》はいきなり高笑いを響かせる。
理由はまぁ直ぐに分かった。
『無駄だ! 無駄無駄無駄無駄!!
この装甲が無敵ではない? それはその通りかもしれんなァ!
だがそれで私を、この偉大なる《秘神》に勝てるとでも!?
思い上がりも甚だしいと悟りたまえよ虫ケラども!!』
ゲラゲラと笑う黒金の《巨人》。
そこを狙ってアストレアの《神罰の剣》が襲い掛かった。
巨体を満遍なく叩くために展開された「剣」の大群。
大半の刃は弾かれるのみだが、何本かは薄い装甲を貫いている。
そうして見えた装甲の弱点を、間髪入れずに《巨人殺し》が叩く。
手にした大剣で、刺さっている「剣」をぶっ叩く。
さながら金槌で釘を打つように。
深く突き刺さった「剣」は装甲に亀裂を刻む。
その裂け目に《巨人殺し》は手を突っ込み、内側から炎を爆ぜさせた。
装甲の一部が剥がれ、内側の肉も焼かれる。
《巨人殺し》自身も火を浴びるが、構わず何度も炸裂させる。
こっちも負けじと刃を重ね、黒金の体表をガリガリと削り続ける。
それでも尚、勝ち誇る《秘神》に変化は無い。
『虫に引っ掻かれたからと言って、山が崩れるワケがなかろうがよ!!』
吼える。
嘲笑を含む声に合わせ、不可視の力場が膨れ上がる。
全方位をまとめて薙ぎ払う嵐の如き一撃。
流石に回避は出来ず、俺もアウローラを抱えた状態で吹き飛ばされた。
地面にぶつかる直前に、柔らかい感触が身体を包んだ。
「悪い、助かった」
「これぐらいは気にしないで。
それよりも……」
「あぁ」
アウローラの魔法で、激突の衝撃を和らげて貰った直後。
俺は即体勢を立て直すと、直ぐに荒野を走った。
壊されて足元は酷い状態だが、構っている余裕はない。
追撃を仕掛けてきた力場の手が、大地を更に細かく粉砕する。
駆けながら、視線は《秘神》の方へ。
さっきの雑な薙ぎ払いを、アストレアは防いでいたようだ。
位置は変えているが、変わらず空から「剣」の雨を降り注がせている。
《巨人殺し》は、まぁ間違いなく直撃していたはずだ。
しかし既に負傷の再生も終わったようで、《秘神》の巨体に纏わりついていた。
やっぱり不死身ってのはそれだけで強いな。
こっちは下手に喰らうと死ぬので、先ずは回避に専念する。
「攻撃は通ってるんだけどな」
『《巨人》の不死性か。面倒なことこの上ないな』
ぼやきに近いボレアスの言葉。
俺もアウローラも頷くしかない。
黒金の外皮を削り、内側の肉を剣で抉ったとしても。
相手は神であると同時に強力な《巨人》でもある。
これまで戦った《巨人》や、同種の力を持つ《巨人殺し》と同様に。
《秘神》の肉体もまた凄まじい再生力を備えていた。
削って斬り裂いても、その傷は程なくして塞がってしまう。
傷を重ねて深くしようとすると、向こうも力任せに暴れて抵抗してくる。
ただ、再生速度自体がそこまで早くないのが不幸中の幸いか。
「まったく無傷、ってワケじゃあないんだよな……!」
力場の手を掻い潜り、黒金の装甲に刃をぶつける。
裂いた外皮の傷に向けて、アウローラも細く絞った熱線を打ち込む。
肉を焼いて抉ったところで、払い落とす形で《秘神》の攻撃が降ってきた。
ギリギリ。
微かに甲冑の表面を削られながら、紙一重でそれを回避。
走る俺に向けた追撃は、「剣」の雨と《巨人殺し》の突撃が阻害した。
いや、本当に助かるな……!
『確かに、《巨人》としては大分傷の治りが遅いな。
最初に付けた傷はほぼ治癒しているようだが、それ以外の傷はまだ残っている。
《巨人殺し》が執拗に古傷を叩いているのもあるだろうが』
「……推測だけど、あの装甲のせいじゃないかしら?」
「と言うと?」
ボレアスの口にした疑問。
それにアウローラは何かしら予想を持っているらしい。
走りつつ首を傾げる俺に、彼女は「本当にただの推測だけど」と念押しして。
「アレの言葉通りなら、あの装甲は《鬼神》の能力の再現のはず。
つまり元々は《秘神》の力じゃないわ。
そして幾ら不完全とはいえ、あれを維持する力が軽いモノとは思えない」
『つまり、普段は再生に回している力を装甲の構築と維持に回している。
だから結果として、再生能力の方が弱まっていると?』
「多分だけどね。
ホントに最上位の《巨人》だとすれば、あんなに再生が鈍い理由は他にないもの」
「なるほどなぁ」
筋は通ってるし、推測とはいえ多分間違いないだろう。
再生が遅いってのは、こちらとしては好材料だった。
あの装甲が多少面倒なのを差し引いてもだ。
「とりあえず、アイツは神様だって事以外は《巨人》と同じだと思う」
『そうさな、我も同意見だ』
「ええ、それで?」
「だから弱点とか、そういうのも《巨人》と変わらないんじゃないかな」
絶えず襲ってくる力場の嵐。
ギリギリで逃げ回り、黒金の外皮を削りながら。
俺は暴れる《秘神》を見上げて呟く。
神の力を宿した《巨人》。
コイツほどではないが、俺たちは既に似た奴と戦った経験がある。
「《核》ね。確かにアイツが《巨人》なら、持っていてもおかしくないわ」
「完全に息の根を止めるのは無理かもしれん。
けど《核》を潰せば、普通の《巨人》同様に活動不能になる……と良いな」
『そこは断言せんのか、竜殺しよ』
「いや俺はどっかの糞エルフじゃないんで」
ここまでほぼ根拠に乏しい推測だ。
《核》があって、それを潰せば動かなくなるかもとか。
我ながら大分希望的観測が入ってる。
あの糞エルフなら、それでも確信込めて堂々と言いそうだが。
流石に俺もそこまで図太くはない。
『で、《核》を潰すという結論は理解できたがな』
「具体的にどうやるんだ、って話だろ――っと!!」
見えない力が掠める。
進路を塞ぐ形で落ちてきた不可視の手。
それに潰され、地面ごと捏ねられる惨事を間一髪で回避。
そんな様子を見たか、頭上で《秘神》の舌打ちが聞こえてきた。
『ええい、どいつもちょこまかと鬱陶しい……!』
「いやいや、そんな苛つかんともうちょい余裕ぶっこいててくれよ」
癇癪でめちゃくちゃに暴れられたら流石に面倒だ。
正直あまり余裕はない。
が、特に上手い作戦も思い付かなかった。
まぁ、そうそう都合良くは浮かんで来ないよな。
ボレアスやアウローラも、打開策が無いかは思案してくれてるようだが。
そこに、何度目かも不明な《神罰の剣》が雪崩れ落ちてくる。
モロに浴びながらも、黒金を纏う《秘神》には僅かな傷しか刻まれない。
完全でなくともやっぱ厄介だな、アレ。
『お前もいい加減に無駄を悟れよアストレア!
こんなチマチマとした攻撃で、私に届くと思うな!
無敵の装甲と無敵の不死!
それを兼ね備えた私に――』
「黙れカスがっ!!」
これまでで一番の怒声だった。
アストレアの叫びと「剣」が《秘神》の戯言を蹴散らす。
「私が《粛清の剣》を構えた隙を狙いたいんだろうがな!
貴様の浅知恵などに私が乗ると思うなよ!!
盗み取った力を誇るような情けない神モドキが!!」
『ッ……言うに事欠いて、小娘がァ!!』
よっぽど今の罵倒がクリティカルに刺さったらしい。
真っ赤に燃える眼をアストレアに向け、《秘神》は怒りのまま吠え猛る。
俺や《巨人殺し》もそっちのけに、不可視の力場を叩き付けた。
莫大な力の質量。
幾らアストレアでもキツいだろうが、彼女は敢えて正面から受け止めた。
細い身体が砕けた大地に激しくぶつかる。
生身なら死んでもおかしくない衝撃。
だが、それでも。
「この程度か、痴れ者が!!」
アストレアは屈しない。
ボロボロでも構わずに即座に立ち上がる。
そして《神罰の剣》を操り、黒金の巨神に向けて全力で叩き付けた。
『っ、貴様ァ……!!』
「小娘一人黙らせられず、傷付いた《鬼神》から勝利を掠め取る!!
何が偉大だ笑わせるなよ!!
挙げ句に人間相手にもこのザマだ!
《鬼神》が万全ならば、お前如きに負ける事はなかったろうな!」
『黙れよ小娘!!
疲弊し切ったその状態で何ができる!!』
「…………」
《裁神》に蔑まれ、《秘神》は完全に怒りで我を忘れていた。
突き刺さる「剣」を叩いて装甲を割り続けている《巨人殺し》も。
荒ぶる力場を掻い潜って距離を詰める俺やアウローラの事も。
《秘神》は完全に忘却していた。
ただ侮辱を真っ向からぶつけた小娘を排除すべく暴れるだけ。
もしかしたら、ホントに単純にキレて罵倒しただけかもしれないが。
今はそれよりも。
「ちょっと、一つ思いついたわ」
『うん? どういう事だ、竜殺しよ』
「何か策でも考えついたの?」
「まぁそんな上等なもんでもないけどな」
策というよりは単なる可能性だ。
予想が当たるかどうかは、正直何とも言い難い。
だが、そう分の悪い勝負でもないはずだ。
「どうするつもり?」
「がんばる」
『お前は本当にいつもそれだな』
「レックスらしいと言えばそれまでね」
俺にできる事なんてそれぐらいだから仕方ない。
呆れて笑う竜姉妹に笑い返して。
俺は先ず、暴れ回る《秘神》の足元に辿り着いた。
そこにはズタボロの格好で戦い続ける《巨人殺し》の姿がある。
首元には黒蛇の相棒が巻き付いているのが見えた。
「無事か? 無事だな!」
「見えてる通り。それで?」
「いや、一緒にがんばろうかと思って」
『なんだそりゃ』
意味が分からなかったようで、黒蛇は首を傾げた。
まぁ、繰り返すが作戦ってほど上等なもんじゃない。
ただいつもの通りにやるだけだからだ。
「とりあえず、このままだとアストレアがヤバそうだからな。
先ずはそっからどうにかしたい」
「すっかりムキになっているようだしね」
淡々とした言葉だが、その芯に通った憤怒は煮えた溶岩と変わらない。
アストレアしか見えていない《秘神》。
その外皮を、手にした大剣で思い切りブン殴る。
「良く分からないけど、そちらに合わせるわ」
「頼むわ。上手く行ったら大笑いだ」
「もう大分悪い顔で笑ってない?」
兜の下を見透かして、クスクスと笑うアウローラ。
今の彼女も人のことはそう言えない顔だ。
怒り狂い、激情のまま力を無駄に振り回し続ける《秘神》。
その様を見上げながら、俺もまた黒金の装甲に刃を突き立てた。
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