127話:紙一重の攻防


 驚くべきは、ドロシアの剣が僅かでも鈍らなかった事だ。

 表情を少し歪めているし、痛みも感じてないワケじゃない。

 今度こそ完全に倒れ伏したゴライアス。

 その遮蔽が無くなった瞬間、更に無数の矢が飛んで来た。

 森の中にも関わらず正確無比な連続狙撃。

 しかしドロシアは、俺と剣を交えた上で鏃の全てを切り落とした。

 まぁ当然、そのぐらいはやるよな。

 此処まで来ると当たり前のように感じて驚くに値しない。

 ドロシアの剣は決して鈍らない。

 だがドロシア自身は、流石に先程までの余裕は無くなっていた。

 

「性格の悪い奴が潜んでたか……!」

 

 そう呟きながら、ドロシアは初めて後ろに退く動きを見せた。

 うん、それについてはまったく同感だ。

 そんでこっちも今さら間合いを離される気はない。

 牽制目的の斬撃を打ち払い、離れようとするドロシアを追う。

 その間も矢は変わらず撃ち込まれ続ける。

 俺もドロシアもかなり動き回っているはずだが、矢の狙いは一切ブレない。

 一本の例外もなく、確実に標的であるドロシアを捉えていた。

 ホント、この腕だけは凄いとしか言い様がない。

 

「キツそうだな」

「お互い様だろう?」

 

 様子見を兼ねた軽口に、ドロシアも似た感じに応える。

 矢で一発右肩を貫かれた以外に、今のところドロシアに負傷はない。

 こっちは深手は負ってないが、度重なる斬撃で鎧はかなり削られている。

 甲冑の隙間から受けた刀傷も少なくはない。

 受けている負傷の度合いで言えばこっちの方が重いぐらいだ。

 賦活剤を呑めば治る程度だが、流石に今は余裕が無い。

 ドロシアの余力を奪う為にも剣を振るう手は止められない。

 

「ハハハ――っ! 良いな、久しくなかった感覚だ……!」

 

 結構厳しい状況のはずだが、むしろドロシアはそれが楽しいようだ。

 声に出して笑いながら、彼女は俺の剣と飛んでくる矢の両方を弾き続ける。

 戦況は再び膠着する。

 何とか拮抗には持ち込めたが、俺もそれ以上は押し込めていない。

 力と装備の質では俺の方が上で、速度と技量は圧倒的にドロシアが上だ。

 性格の悪い矢の援護射撃がその格差を何とか埋めてる状態だ。

 押し込もうとすれば上手く受け流され、無数の剣撃を無理やり弾き落とす。

 神経を常時削り続ける攻防。

 永遠に終わらないのではないかと錯覚するが、当然そんな事はあり得ない。

 

「――――!」

 

 不意に、途切れる事の無かった矢の雨が途切れた。

 剣を振るう手こそ止めなかったが、ドロシアの警戒が一段上がる。

 右肩を射抜かれたのが大分効いてるな。

 その状態でも攻防に緩みは無く攻め切れない。

 射撃の切れ間は時間にしてほんの数秒。

 瞬間、刃同士がぶつかり合う硬い金属音が響いた。

 発生源はドロシアの背後。

 其方を見ないままで何かしらの攻撃を弾いたようだ。

 俺の視界は森の木々を駆けるウィリアムの姿を捉えていた。

 その手には弓ではなく、淡く輝く月の刃が握られている。

 剣が閃けば、繰り出されるのは例の「飛ぶ斬撃」。

 しかしそれをドロシアは易々と打ち払う。

 

「“森の王”の技か!

 まさかこんな場所でお目に掛かれるとはね!」

 

 どうやらドロシアは糞エルフの技を知っているらしい。

 歓喜の滲む彼女の声には応じず、ウィリアムは距離を保ったまま攻撃を続ける。

 しかしドロシアは、その全てを切り払った上で。

 

「良い腕前だが――甘いよ」

 

 少しだけ、ドロシアが振るう剣の流れに変化が生じた。

 剣閃がやや大きな軌道を描き、今までより遥かに広い間合いを切り裂く。

 それは距離を置いたウィリアムも射程圏内だ。

 

「ッ……!」

 

 何とか月の刃で受け止めるが、ドロシアの剣は一つじゃない。

 複数同時に向けられた斬撃はウィリアムの肩や脚を斬り裂いた。

 深い傷ではないが決して浅い傷でも無い。

 堪らずウィリアムの足が止まった。

 そしてドロシアは、当然その隙を逃さず――。

 

「は」

 

 その瞬間。

 俺は押し込むのではなく、その場から一歩退く。

 可能な限り大きく後ろに下がった。

 想定外の動きに、ドロシアの口から思わず間の抜けた声が漏れる。

 恐らく、ウィリアムへの追撃を阻もうとする俺を逆に狙っていたんだろう。

 それ自体は別に間違った想定じゃない。

 実際、俺も直前まではそのつもりで動いていた。

 ただ、見えてしまった。

 斬り裂かれ、血を流しながら膝を付くウィリアム。

 その眼が明らかに笑っていた。

 

「まさか、此方の意図に気付かんような間抜けではないだろう?」

 

 そんな言葉が音声付で頭の中を流れるような眼だった。

 だから俺は直感に従い後ろに下がる。

 ほんの一瞬――それこそ一秒の何分の一にも満たない空白。

 次の動きに迷ったドロシアの頭上から、無数の矢が降って来た。

 

「はぁ……!?」

 

 此処は密林の戦場で、上は枝葉の天蓋で殆ど覆われている。

 落ちて来た矢は、ウィリアムが事前に上空へ撃ち放っておいたモノだろう。

 葉っぱや枝を揺らさず、正確に標的へと当てる腕前は余りに変態過ぎる。

 それらを半分以上、紙一重で切り払うドロシアも化け物だ。

 しかし全てを防ぎ切る事は出来なかった。

 急所に当たりそうな矢は残らず落としたようだが、漏れた何本かが手足に刺さる。

 そして一瞬下がった俺は、再び前へと踏み込んだ。

 

「ハハッ……! まだまだ……!」

 

 当然、ドロシアは剣撃を放って迎え撃つ。

 その動きはさっきまでと比べれば間違いなく鈍っている。

 殆ど不可視だった剣の動きも見える程度には。

 弾く。弾く。弾く。弾く。

 剣と剣がぶつかり合い、その度にドロシア側の剣が軋みを上げる。

 此方の攻撃を完全には受け流せなくなって来てるな。

 それに対し、俺はより強く剣に力を込めて。

 

「――そこ」

 

 ドロシアは、その瞬間を正確に狙い打つ。

 軌道が大きくなった剣を、ドロシアの刃が絡め取る。

 力が入り過ぎていた分だけ大きく体勢を崩され。

 同時にドロシアの剣が閃いた。

 狙いは急所――つまり俺の首だ。

 俺の鎧は硬いし、今の状態じゃ心臓を狙うのは無理だと判断したんだろう。

 冷たい刃が兜と鎧の間に入り込み、首筋に触れる。

 そして――。

 

「ッ……!?」

 

 驚愕に震えたのはドロシアの方だった。

 まぁ無理もない。

 剣先に伝わる感触から、首を切ったと間違いなく確信したはずだ。

 実際に斬られたのは間違いない。

 但し斬り飛ばされたワケではなく、その大分前でドロシアの刃は止まっていた。

 刃が皮膚を斬り裂いて潜り込んだところで。

 俺は兜と肩の鎧、そして首の筋肉でドロシアの剣を挟み込んだ。

 上手く行く気はまったくしない、文字通りの大博打。

 ドロシアの負傷も軽くなく、そろそろ勝負を決めに来ると思っていた。

 其処で何処を狙うかは、先程考えた通り首一択。

 ドロテアの腕力がそう強くない事は、此処までの攻防で分かっていた。

 更にウィリアムの矢を何本も受けて身体能力も低下した状態だ。

 それでも首を飛ばされる可能性は十分にあったが。

 

「何とか上手く行ったな」

「っ、無茶苦茶するなぁ……!」

 

 勝つ為だから多少はな。

 笑うドロシアに俺は全力で拳を打ち込んだ。

 剣でぶった斬れたら早かったが、流石に体勢的に難しかった。

 拳をモロに受けたドロシアは、体重が軽いのもあって思いっ切り吹っ飛ぶ。

 その衝撃で首に喰い込んだ剣が更にザックリ来たが気にしない。

 これぐらいの傷なら賦活剤でどうにかなる。

 用意してくれた相手への信頼があるから、このぐらいの無茶は無茶じゃないのだ。

 ドロシアは殴り飛ばされた状態で茂みに転がっている。

 剣はこっちの足下に転がっているが、それを理由に気は抜けない。

 予備の武器ぐらい持っているはずだ。

 動きに注意しながら、一先ず懐から賦活剤の瓶を取り出す。

 それを呑めば刻まれた傷は急速に塞がっていく。

 肉がミチミチくっつく感触はイマイチ慣れないな。

 

「……流石、と賞賛するところか? コレは」

「そっちもな」

 

 手足を血に染めた状態だが、ウィリアムも復帰したようだ。

 丁度俺とは反対側、倒れているドロシアを挟む形だ。

 此方も不用意に距離を詰めたりはせず、慎重に相手の様子を見ている。

 ドロシアはまだ動かない。

 仰向けに転がった状態で、手はだらりと地面に落ちている。

 恐らく外套の下には小刀の一本ぐらいはあるはず。

 それだけでもドロシアの腕前なら容易く悪夢を演じて見せるだろう。

 ……そうなると。

 

「なぁ」

「何だ」

「弓は?」

「腕は切られているが、この距離なら問題ない。

 お前の方は?」

「とりあえず魔法でビシバシ撃ってみようかと」

「ハハハ、嫌らしいなぁ。男らしく直接トドメを刺しに来ないのかい?」

 

 それで不用意に近付いたらバッサリ殺る気じゃんそっち。

 こっちは賦活剤で傷を塞いだが、ドロシアの負傷もそこまで重くはない。

 仮に備えているのが小刀だとして、それで例の「技」を振り回せるかは不明だ。

 不明だが、下手な接近が危険なのは疑いようもない。

 なのでこの状況なら、とりあえず離れた場所から削ってみようかなと。

 

「魔法は良いが、視界を塞ぎかねん術は使うなよ」

「そりゃ分かってるよ。《魔法の矢》なら殆ど透明で丁度良いだろ」

「うーん、これはこっちも覚悟決める必要があるかな」

 

 ウィリアムは弓を構え、俺は片手で狙いを定める。

 ドロシアは笑いながら外套の下に指を伸ばす。

 下手に動かれる前に先ずは撃ち込むか――そう考えた矢先に。

 突然、戦場全体に巨大な鐘の音が響き渡る。

 頭を揺さぶるような騒音が、遠慮容赦無しにガンガン鳴らされる。

 

「何だこりゃ……!?」

「……《厄災カラミティ》か。面倒な」

 

 無駄にデカい音が響く中、ウィリアムの呟きはハッキリと耳に届いた。

 《厄災》とな。

 

「主催者様が狙ったか知らないけど、確かに面倒だね。

 ……はい、ちょっとそこの二人に提案」

「うん?」

「休戦しない? 《厄災》が始まった以上、僕らで殺し合う理由が無くなった」

「どういう事だ?」

 

 何やら《死亡遊戯》のルールに関わる事であるらしい。

 俺は良く分かっていないので、チラリとウィリアムの方に視線を送る。

 糞エルフはわざとらしく大きなため息を吐き出した。

 

「《厄災》とは、《死亡遊戯》中に偶に発生する特別なイベントだ。

 通常の《死亡遊戯》は五十名の参加者同士の殺し合いだが《厄災》は違う。

 戦場に投入される『災害』と呼ばれる敵を倒す事。

 それが参加者が戦場から生きて脱出する為の条件になる。

 《厄災》が発生した時点で、通常の《死亡遊戯》のルールは意味を無くす」

「成る程なぁ」

 

 だからドロシアは「理由がない」と言ったのか。

 そういうルールなら納得だ。

 

「で、どうする?」

「うん?」

「今の奴の発言だ。

 ゲーム上のルールで殺し合う理由が無くとも、逆に生かしておく理由も無いが」

「おっと、そう来る?」

 

 話してる間も、ウィリアムは照準をドロシアに合わせたままだ。

 ドロシアもドロシアで、外套下に指を入れた状態でこっちの様子を見ている。

 まぁウィリアムの言う通りではあるが。

 

「良いだろ、休戦で」

「……そう言うとは思ったがな」

「いや実際、このまま続行したとして三人とも無事じゃ済まんだろ」

 

 控えている「災害」とやらがどの程度の敵かは知らない。

 知らないが、ズタボロの状態でも仕留められると考えるのは流石に迂闊だ。

 少なくとも「殺し合う代わりにソイツを殺すのが勝利条件」と変更されるぐらいだ。

 最低限、複数の参加者で戦う事を前提にした強さのはず。

 俺が考える事ぐらい、ウィリアムも当然分かっていたんだろう。

 特に文句も言わずに構えていた弓を下ろした。

 それに合わせて、ドロシアも軽い動きで身を起こす。

 懐に伸びていた手は外し、戦意が無い事を示すように両手を広げた。

 

「いや、話が早くて助かるよ」

「必要があるなら幾らでも戦うけど、必要が無くなったワケだしな」

「そういう割り切りは嫌いじゃないね」

 

 そう言ってドロシアはクスクスと笑った。

 とりあえず、足下に落ちていた細身の剣を拾う。

 軽く投げて寄越せば、ドロシアはひょいっとそれをキャッチした。

 

「ありがとう。けど、良いのかい?」

「殺る気ならこれで不意打ちとか小細工せず、正面から殺るだろ」

「ハハハ、良く理解してるね」

「仲が良いのは結構だが、気を抜き過ぎるなよ」

「分かってる」

 

 あくまで「休戦」であって、別に味方ってワケじゃないからな。

 ウィリアムの言葉に応じていると、喧しかった鐘の音がふっと途切れる。

 辺りに落ちた静寂が酷く重いモノに思えた。

 腕に嵌めた端末を確認する。

 地図上での黒エリアの拡大は停止しているようだった。

 そして表示されている生き残りの数は三人。

 つまりこの場にいる俺達だけだ。

 

「悪いね、君ら以外はもう僕が全員仕留めた後なんだ」

 

 ハハハと、ドロシアは笑いながら言った。

 そりゃあまぁ別に構わんけど。

 などと話していると、ウィリアムの耳がぴくりと動いた。

 どうでもいいが、森人の耳ってやっぱり動くんだな。

 

「来るぞ、備えろ」

「了解」

「じゃあ、初めての共同作業と行こうか」

 

 ドロシアさんの言ってる事は良く分かりません。

 静寂に満たされていたはずの密林から不穏な音が聞こえてくる。

 大地を揺らし、木々を薙ぎ倒す音が。

 最初は微かにだが、それは直ぐに轟音へと変わる。

 そして。

 

『GAAAAA――――ッ!!』

 

 森の一部を粉砕しながら、「災害ソレ」は姿を現した。

 

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