56話:二人の竜殺し
ウィリアムの剣術は、此方の予想以上に巧みだった。
身の軽さを生かす素早い動きに、風のように変化する太刀筋。
間合いは踏み込み過ぎず、主に手足の末端部分を狙って剣は閃く。
しかし隙あらば、急所目掛けて鋭い突きも繰り出してくる。
弓の腕前は知っていたが、剣の腕もかなりの物だ。
一瞬も気を抜く事は出来ない。
「流石に強いな、竜殺し……!」
月の光を宿す刃を紙一重で弾くと、ウィリアムは笑った。
それは正直、こっちの台詞だと思うが。
「そっちこそ、弓が本職じゃなかったのか?」
「そう思わせる事が出来れば、相手は其方にだけ注意を向けるだろう?」
うーんこの糞エルフ。
弾く。弾く。弾く。弾く。弾く。
ウィリアムの剣は手数を優先している為か、一太刀は軽い。
其処を突き、相手の武器を弾き飛ばすつもりで剣を叩き付ける。
が、それは上手く行かなかった。
強く弾けばその勢いに逆らわず、すぐさま次の攻撃に繋げてくる。
まるで風を受けてしなる木の枝のようだ。
「ふっ……!」
「はっ!!」
激しい攻め手の中、俺も反撃はしていた。
向こうが手数で押すのに対し、此方は一撃を狙う。
僅かな隙に捻じ込んだ剣撃。
袈裟懸けに振り下ろされた太刀を、ウィリアムは刀身で受け止める。
剣と剣が正面からぶつかり合い、火花を散らす。
竜王の鱗すら断ち斬る《一つの剣》でも、その刃は欠ける事もない。
相当な業物である事は間違いないはずだ。
「良い剣持ってんなぁ」
「お互いにな」
言葉と一緒に刃の応酬は続く。
現状、お互いにまだ様子を見ている段階だった。
このまま剣だけで崩せれば楽だったが、やはりそう容易くはない。
とはいえ、この拮抗状態を自分で崩すのも一つの賭けになる。
これまでの《狩猟祭》で、糞エルフは俺の手札はある程度は把握してるはず。
逆に俺の方は「弓が得意」以外の事は殆ど知らない。
剣の腕が立つ事も、この瞬間まで知らなかったぐらいだ。
真竜の魂を奪った影響も未知数。
その辺を踏まえると、戦況は俺の方が不利かもしれない。
ウィリアムも当然、俺と似た事を考えているだろう。
――それで安心してゴリ押してくれれば、ちょっとは楽だったんだが。
「しゃーない」
このまま斬り合いを続けても、潮目が変わるのは何時になるか。
向こうが動かないなら、こっちから踏み込ませて貰おう。
それでしくじったらその時はその時だ。
とりあえずはいつも通りに魔法を試して見るかと、そう考えて――。
「――何だ、愉しそうだな。我も混ぜろよ」
完全に予定外なモノが森の方から飛んできた。
ボレアスだ。
恐らくサルガタナスが死んだ事で、足止めの獣も消滅したか。
放たれた矢よりも迅速に、彼女はその爪を振り上げて飛んできた。
いきなり過ぎて止める暇もありゃしない。
狙いはウィリアムだが、当然俺の巻き添えとか考えていない一撃だ。
「砕け散れ!!」
そして、言葉通りの事が起こった。
叩き込まれた爪は大地を紙の如くに引き裂く。
俺もウィリアムも、お互いに一歩退く事でギリギリ直撃は避けた。
足場が砕かれた中でも、糞エルフはバランスを失わない。
逆に大きく隙を晒す事になったボレアスに向けて、手にした刃を振るう。
完全な《竜体》でなくとも、その身を護る鱗は鋼以上。
だからボレアスも、その剣に大した脅威を感じていなかったようだ。
精々が牽制ぐらいの一太刀だろう、と。
――その月光の刃が、彼女の腕を大きく切り裂くまでは。
「何……っ!?」
「慢心はありがたいな」
驚きを隠せないボレアスに、ウィリアムは手を緩めない。
更なる一刀が無防備な首筋を狙っている。
だから今度は、こっちが大きく踏み込んだ。
「《
唱えた《力ある言葉》に応えて、力場の盾が発生する。
展開するのはボレアスの正面。
ウィリアムの剣を盾が一瞬塞き止め、直ぐに砕け散った。
だがほんの僅かに剣速は鈍らせた。
その瞬間に、俺はなるべく全力でボレアスの身体を横に蹴り飛ばした。
「貴様――!?」
「文句は聞かねーぞ!!」
逆にこっちが先にぶった斬って、剣の中に強制送還するのも考えた。
考えたが、結局蹴って助ける方にした。
多分こうした方が俺の隙も少なくて済むと、そう判断したんだが。
「ッ!!」
背骨を鷲掴みにされたような悪寒。
殆ど反射的に、俺は無理やり後ろへと飛び退いて――。
「痛っ!?」
何か鋭い物に腕や足を刺し貫かれた。
ウィリアムの剣ではない。
攻撃は足下からだ。
視線を向ければ、いつの間にか地面から黒い刃が生えている。
それは何となく見覚えがあるような気がした。
「流石に簡単にはいかんか」
呟くように言いながら、ウィリアムは剣を構える。
ボレアスの鱗もあっさりと斬り裂いた刃。
それを鋭い突きの形で向けてくる。
防ごうにも、地面から生えた黒い何かに縫い留められた状態だ。
―― 一か八か腕を貫かせて、刺さると同時に剣を捻る。
失敗したら酷い事になるが、喉とか胸突かれるよりは良いはず。
瞬時に覚悟を決めて、俺は糞エルフの剣に神経を集中させる。
切っ先が鎧に触れるか否かの、その刹那。
「《 爆ぜろ 》」
ウィリアムが爆発した。
正確には、ウィリアムを中心に魔法による爆発が発生した。
当然俺も勢い良くふっ飛ばされる。
ゴロゴロと草の上を転がって、何かにぶつかって止まった。
揺れる視界に、何かヒラヒラした物が映る。
「――この馬鹿、間抜け。
お前のせいでレックスが危なかったじゃない」
見れば、直ぐ傍にアウローラの姿があった。
彼女は俺が蹴り飛ばしたボレアスの背中を思い切り踏んづけている。
ちなみに俺がぶつかったのは、それとは逆の方の足だった。
うん、予想外に良い眺めだ。
「レックス?」
「おっと、すまんな。大丈夫だ。
それと助かった」
呼ばれたので、頭に引っ掛けないよう注意しながら身を起こす。
実際、アウローラの横槍がなければ結構危なかった。
そして流石のボレアスも、自分の油断で受けた傷は堪えたらしい。
いつもの笑みではなく、苦虫を噛み潰した顔で受けた傷を見ていた。
「確かに今のは油断であったが……あの剣は何だ?
竜殺しの持つ《一つの剣》以外に、我が身を切り裂く剣があるなど……」
「《
まさかあの男がそんな物まで持っていたとはね」
どうやらアウローラには、糞エルフの持つ剣が何か分かるらしい。
《月鱗》の銘は、確かウィリアム自身も口にしていたな。
「――この剣が何であるのか、知っていたか。
やはり侮れんな」
先ほどの爆発によって立ち込める煙。
その向こうからウィリアムの声が響いて来た。
当然、あのぐらいでは大した効果はなかったらしい。
それは仕掛けたアウローラも分かっていたようだ。
「私が鍛えた《一つの剣》を除けば、恐らく大陸で最も強力な魔剣でしょうね。
何処で手に入れたのよ、そんなもの」
「彼の神匠、《白き蛇》と友誼を交わした最初の“森の王”。
それより代々受け継いできた守り刀がこれだ。
月の光を宿す剣は如何なる物も、形なき物すら形ある物の如くに斬り裂くと言う」
成る程、そんなヤバい代物だったか。
それならボレアスの鱗をバッサリやったのも納得が行く。
「出来れば特性を知られる前に仕留めたかったが、そう上手くは行かんな」
煙は徐々に晴れて、その向こう側を晒す。
其処に立っているウィリアムの姿は、先程より少し変化していた。
概ねは変わっていない。
相変わらず月の剣を片手に構えた糞エルフだ。
ただその身体の周りを、黒い何かが纏わりつくように浮かんでいた。
一瞬、黒い外套か何かのようにも見えたが。
「……成る程。サルガタナスとやらの姿が見えないと思ったら。
其処のウィリアムに先を越されたわけね」
一目で現状を理解するとは、流石アウローラさんだ。
ウィリアムが腕を軽く動かすと、それに応じて黒い外套……いや、毛皮も動く。
俺を足下から刺し貫いたのも、恐らくアレの一部だろう。
動作を確認しながら、ウィリアムは小さく唸る。
「少しずつ、竜の力とやらも使おうと意識しているが。
成る程、これはなかなか難しいな」
「……普通は、魂が変質した影響で肉体が歪んだりするし。
最悪、身体が爆ぜて死ぬのだけれどね」
「その程度、気合で耐えれば何とでもなる」
呆れの混じったアウローラの言葉に、ウィリアムは即答した。
まぁ頑張って我慢すれば大体何とかなるよな、分かる。
「ふむ……しかし、少しずつ慣らしていく他ないな。コレは」
その呟きと同時に、黒い毛皮はザワリと蠢く。
広がり、撓み、見る間に何かの「形」を作り上げていく。
そして出来たのは――「腕」だった。
サルガタナスの物にも似た、二本の獣の腕。
鋭い爪を備えた一対の怪腕が、ウィリアムの肩から上辺りに浮かび上がる。
「悪いが、付き合って貰おうか」
「おう。ぶっ殺す」
頷き、同時に走った。
ウィリアムの方も、殆ど同じタイミングで。
「《
小さく《力ある言葉》を呟き、脚を魔法で強化する。
間髪入れずに一気に加速し、剣を振り上げながら距離を潰す。
何かされる前にぶった斬って殺す。
そのつもりで俺は全力で突撃する――が。
「っ!!」
黒い腕が動いた。
まるで蛇のように長さと形を変え、突っ込む俺へと爪を伸ばす。
殆ど反射的にそれらを剣で弾き落とす。
必然的に、俺はウィリアムの前で足を止める事になり。
「成る程、これは便利だな」
そんな事を言いながら、《月鱗》の一刀を打ち込んでくる。
ギリギリ、本当にギリギリだが。
薙ぎ払うような一太刀は、何とか身を捻って躱す。
当たり前だが、攻撃の手はそれで終わらない。
黒い腕それぞれ異なる軌道で爪を振るい、其処に月の刃が重なる。
三方向から別々に打ち込まれるのはなかなかキツい。
「もしかしてコレ、自動で動くのか!」
「あぁ、どうもそうらしい」
本人もまだ把握し切ってないのかよ。
そう突っ込む余裕はないので、とりあえず防御に専念する。
手数が多いだけならさっきと大きな差はない。
だから問題ないと思い込んだら、後は頑張って爪と剣を弾き落とす。
幸いと言うべきか、爪の動きは割と大雑把で読み易い。
その隙間を埋めるような糞エルフの剣が相当に鬱陶しいが。
「本当に良く防ぐな。呆れを通り越して感心する」
「そりゃあどうも!」
再び始まる剣の応酬。其処に黒い爪も加わる。
今度は俺も魔法も時折交える。
爪を力場の盾で受け止め、炎の矢を至近距離から打ち込む。
ウィリアムは毛皮を鎧にする事で魔法の攻撃を受け流す。
少しずつだが、あの黒い毛皮の動きが早くなっている気がする。
加えて、サイズも徐々に大きくなりつつあった。
戦う事で段々と「慣れて来た」わけか。
『――正直、此処まで面倒な相手とは思わなかったわね』
《念話》でアウローラが頭に直接語り掛けてくる。
いやまったく、戦ったら厄介な相手とは覚悟してはいたが。
正直に言って真竜の方は難敵という程でもなかった。
面倒は面倒だったが、それだけだ。
アウローラやボレアスがいた事を差し引いても、
だがそれは、目の前の男が千年を費やした「狩り」の成果だった。
――厄介な相手である事は分かっていた。
少なくとも、最初に森の空でこの男の矢を受けたあの時から。
「殺りがいのある相手だな、オイ」
「……サルガタナスを殺すのには、千年をかけた。
お前はこの場で殺す他ないとは、随分と危険な「狩り」になるな」
口ではそう言いながらも、ウィリアムは笑っていた。
俺も気が付けば少し笑ってしまった。
『……手伝いは?』
「任せた」
どうするかの判断は、アウローラに委ねる。
俺は目の前の相手に改めて集中する。
ウィリアムの方も、俺を「殺し甲斐のある獲物」と再認識したようだ。
互いの視線が殺意と共にぶつかり合う。
そして。
「――ウィリアム!!」
赤い月に照らされた、森の「深淵」。
其処に「彼女」の声が響いた。
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