64話:白き鍛冶師の娘


「広くない???」

 

 そう思わずぼやきたくなる程度には、此処は滅茶苦茶広かった。

 いや広い、マジで広い。

 何の必要があってこんな広く作ったんだ。

 そして通路もヤケに入り組んでいる。

 進む度に横道が顔を出すし、自分がどんだけ歩いたかも良く分からん。

 石人形のような守護者とも飽きる程に出くわした。

 両手の指を超えた辺りから数えてないが。

 その手の障害物を粉砕しつつ、俺は未だに彷徨っていた。

 

「音は聞こえるんだよなぁ……」

 

 規則的に響く鎚の音。

 それは間違いなく、今も聞こえ続けている。

 偶に途切れる事もあるが、それほど間を置かずにまた聞こえ出す。

 しかし音の発生源には未だに辿り着けないままだ。

 こうなると、何かしらの魔法罠の可能性も考えられる。

 それでも現状、この鎚の音以外に取っ掛かりも皆無。

 闇雲に歩き回るだけじゃあ埒が明かんし、どうしたもんか。

 

「……そういえば」

 

 一つ、思い付く事があった。

 出来るかどうかは不明だが、試す価値ぐらいはあるだろう。

 そう考えて、俺は意識を集中させる。

 耳に届くのは、未だに聞こえ続ける鎚の音のみ。

 それを聞きながら、自分の内で流れる魔力を術式に編み込む。

 上手く行くか。

 

「《導きガイダンス》」

 

 以前の森で出会った魔女が使っていた魔法。

 一度自分に使って貰っただけだが、それほど難しい術式でなかったのは幸いだ。

 「探したいモノ」を見つける為の術式は、上手い具合に発動してくれた。

 対象は「聞こえてくる鎚の音の発生源」。

 余り指定が曖昧だと正しく働かないらしいが、これならどうだ。

 俺の目には、通路の壁に浮かぶ大きな矢印がハッキリと映し出された。

 術に問題なければ、これを辿れば良いはずだ。

 

「ヨシ」

 

 これで駄目ならまた考えよう。

 そして俺は再び通路を進む。

 魔法が映し出す矢印に従い、右へ左へ迷宮を走る。

 またどっからか石人形が沸いて来たが、とりあえず無視する。

 いちいち殴って壊すのも面倒になって来た。

 それに《導き》にも持続時間がある。

 正式に教えて貰ったわけでもない、見様見真似で使った魔法だ。

 これでかけ直そうとして失敗しました、じゃ洒落にならん。

 なので今は目的地優先だ。

 後ろでドシンバタンと喧しいが無視だ無視。

 デカくて重い分だけ足は遅く、振り切るだけなら容易い。

 そんな具合で暫く走っていると。

 

「……む?」

 

 ふと、見慣れない場所に出た。

 これまではひたすら石造りの通路ばかり続いていた。

 その見栄えの変わらない景色に、ぽっかりと口を開いた隙間。

 壁の一部が崩れており、丁度入り口のようになっている。

 其処から、件の鎚の音がハッキリと聞こえる。

 見れば奥の方で、赤く輝く火が揺らめいているのも確認出来る。

 どうやら無事、目的の場所に辿り着けたらしい。

 

「さて……」

 

 この中で何が待っているのか。

 警戒はしながら、俺は壁の亀裂を跨いだ。

 多少狭かったが何とか引っ掛からずに潜り抜ける。

 其処にあったのは四角い空間。

 大体正方形の形をした、そこそこに広い部屋だ。

 割とボロボロだった通路とは異なり、此処には朽ちた気配はない。

 ただ部屋の床や壁を、「ある物」が埋め尽くしていた。

 それは。

 

「……剣、か?」

 

 剣だ。形状もサイズも様々な無数の剣。

 中には剣以外の武器もあるが、見たところ概ね剣のようだ。

 それらが床に転がり、或いは突き立てられて。

 壁に立て掛けられているモノもあれば、やはり突き刺してあるモノも。

 決して狭い場所では無いんだが、武器の数と密度が凄い。

 後は兵士の数さえ揃えれば、此処の剣だけで戦争が出来そうだ。

 鎚を振るう音は、部屋の内で反響して煩いぐらいに聞こえる。

 その場所の一番奥の片隅で。

 真っ赤に揺らめく炎の中に、「彼女」はいた。

 

「――――」

 

 片手に大きめな金槌を持つ、白装束の少女。

 ふわっとした独特の癖のついた髪も、その恰好と同じく白い。

 瞳は赤く、炎よりも血の色に近い。

 彼女は酷く真剣な面持ちで、手元に意識を集中させていた。

 金槌を持っている方ではない、逆の手に。

 握られていたのは一振りの剣だった。

 まだ完全には鍛えられていない、未完成の長剣。

 熱されて真っ赤に焼けているソレを、白い少女は平然と手で掴んでいた。

 そして真っ直ぐ迷いなく、刀身に鎚を振り下ろす。

 高い音を響かせて、また一つ鋼は剣に近付く。

 繰り返し、繰り返し。

 侵入してきた俺の存在には気付かずに、少女は作業に没頭していた。

 その様子が余りに真剣で、俺も声を掛ける事はしなかった。

 邪魔にならぬよう少し離れて、その姿を見物する。

 

「……もう少しね」

 

 呟いて、少女は一度鎚を振るう手を止める。

 代わりに剣の方を持ち上げると、直ぐ傍で燃え盛る炎の中に突っ込んだ。

 当たり前だが、握っている手も纏めて。

 少女の肌には汗が浮かんでいるが、熱さを感じてはいないようだ。

 激しく燃える炎で剣の鋼を熱すると、再び鎚で叩く作業を再開する。

 それをどれだけ繰り返したか。

 

「よしっ」

 

 満足の行く仕上がりになったようで。

 白い少女は鍛え終わった剣を、炎の明かりで照らすように掲げ持つ。

 遠目から見ても、それは実に見事な一振りだった。

 実際に扱ってみないと分からん部分もあるが、相当な業物なのは間違いない。

 そしてそれは、今少女が持っている剣に限った話じゃない。

 良く見れば、この部屋を埋めるように放置された武器の数々。

 そっちも例外無く、全てが等しく何かしらの魔法が刻まれた業物だった。

 今実質丸腰みたいなもんだし、出来れば一本ぐらい譲って貰えんだろうか。

 

「……ん?」

「お」

 

 作業も終わって一息吐いて。

 此処でようやく、少女は俺の存在に気付いたようだった。

 剣と金槌を手にしたまま、彼女の視線がこっちを向く。

 とりあえず挨拶代わりに軽く頭を下げて、ついでに手も振っておいた。

 大丈夫、見ての通り怪しい者じゃあないんです。

 

「……ギャアアアアアアア!!?」

 

 なのに凄い勢いで悲鳴が上がった。

 後ろに下がろうとするが、直ぐに背中が壁にブチ当たる。

 嘘って顔で俺と壁を見比べてから、手にした剣と金槌をそれぞれ構えた。

 まぁ何か、カマキリとかが威嚇するポーズみたいな感じでだけど。

 

「ちょ、何、アンタっ、どっから入って来たわけ!?」

「どっからも何も、あっちから。いや、俺は別に」

「クッッッッソなんでよ!!

 ちゃんと誰も入ってこないよう、《迷い家》は施したじゃないの!!

 私でもまともに使える数少ない魔法だってのにどーいう事よもォ!」

「ちょっと???」

 

 さっきの、いっそ神秘的とすら言える雰囲気は何処へやら。

 其処にはテンパりまくりでビビり散らす、不思議な女の子がいるばかりだ。

 いや、見た目とさっきの作業風景だけならホントにミステリアスだったんだが。

 

「……で、何?」

「ん?」

「だから何、アンタは何が目的なわけ?

 武器が欲しいって言うんなら、そこら辺のを適当に持ってきなさいよ。

 別に暇潰しで鍛えた物だから、どれも大したモンじゃないわよ」

 

 大したモンじゃないと仰せか。

 其処に刺さってる巨大剣グレートソード一本でも、多分金貨の山が必要だろ。

 

「此処にあるもの全部、アンタが鍛えた物なのか?」

「? そうよ、当たり前じゃないの。

 此処に私以外の誰がいると思ってんの?」

 

 まぁ、そりゃあ確かに。

 実際に鍛えてるところを見てなかったら、ちょっと疑ったかもしれんけど。

 涙目で俺を睨む姿は、控えめに言って小動物に近い。

 プルプル震える膝を隠して、手にした剣と金槌をブンブン無駄に振り回す。

 うーん、この哀しい生き物っぷり。

 いやホント、こっちは話をしたいだけなんだが。

 

「あー……とりあえず落ち着いてくれ」

「は??? わ、私のど、どどど何処が落ち着いてないってっ!?

 見なさいよ! どーぉ見ても、れ、冷静じゃない!

 久々に自分以外の他人と遭遇して、ビビってるとかそんな事ないわよ!?」

「おちついて???」

 

 話が進まないんですよ、ホントに。

 俺もとりあえずその場から一歩も動かず、似たやり取りを繰り返す。

 そうすると、白い少女の方もだんだんと落ち着いて来たらしい。

 叫び過ぎてちょっと肩で息はしていたが。

 

「っ……ほ、ホントに。

 私を狙って追って来た、どこぞの真竜の手先じゃあ、ないのね……?」

「あぁ、違うぞ。俺はまぁ、ちょっと事故で此処に迷い込んだんだ」

「……迷い込んだ? この場所に?」

「あぁ」

 

 俺の答えに、少女は猛烈に訝し気な顔を見せる。

 

「……此処、地下の相当深い場所にあるんだけど」

「アウローラ――いや、仲間の魔法で飛んできたというか、飛ばされたというか。

 まぁ事故だな、間違いなく。敵じゃないから其処は安心してくれよ」

「…………」

 

 これは全然信用されていない奴ですね。

 疑念と猜疑が渦巻く赤い瞳が、俺を正面から捉えている。

 腰の引けた先ほどまでの態度とは裏腹に、それは射貫くような眼差しだった。

 深い部分まで見透かされるような視線に、暫し晒されてから。

 

「……まぁ、怪しいけど。

 とりあえず、嘘を吐いてる感じじゃないわね」

「信用して貰えた感じ?」

「怪しいけどって言ってるでしょ??」

 

 怪しいと言われると実際反論が難しい。

 警戒は露わにしつつも、少女の方からジリジリと近付いて来た。

 何となく猫っぽいなとか、口に出したらキレられそうだ。

 危険性がない事を示す為に、両手を上げて直立不動を保つ俺。

 よし、完璧だな。多分。

 

「……ん???」

 

 と、何故か少女が足を止めた。

 目を丸く見開いて、俺の方をまじまじと見ている。

 何というか、心底ビックリしている顔だ。

 別にこれといって変わった事はしてないはずだが――と。

 今までの警戒モードが嘘のように、少女が俺の方に走ってくる。

 それこそ飛び掛かるような勢いだ。

 

「ちょっとアンタ!!」

「えっ?? 何事??」

 

 金槌は持ったまま、剣の方はそこらに放り投げて。

 白い少女は俺の襟当たりを掴むと、思いっ切り引っ張って。

 ……引っ張ったが、力が足りなくてウンウン言うだけで終わった。

 当然、俺はビクともしませんでした。

 

「ちょっと!! 屈んでよ!!」

「はい」

 

 涙目で叫ばれてしまったので、大人しく言う事を聞いた。

 力は特別弱い……というか、見た目相応の少女ぐらいのようだ。

 背の高さとかも多分、アウローラとそんなに変わらないな。

 その馬力で鍛冶を出来る事に驚きだが、そっちは魔法で補助してるんだろう。

 まぁ、それはそれとしてだ。

 

「……この匂いは……」

「ちょっと???」

 

 要求通り屈んだら、物凄い顔を近づけられた。

 その上で首元とか色々、思いっ切り嗅がれてしまった。

 というか現在進行形で凄い嗅がれている。

 どういう状況だコレ。

 

「……なんで」

「ん?」

 

 ぽつりと。

 顔を間近に寄せたまま、少女が小さく呟く。

 

「なんで、アンタから■■■■の……っ」

 

 彼女の口から出た言葉には、耳障りなノイズが混じっていた。

 あの《黒銀》とかいう奴の時と同じだ。

 アレも似たような感じで、言葉の一部が雑音にしか聞こえなかったが。

 言った少女の方もそれを自覚したのか、驚いた様子で口元を抑えていた。

 

「おい、今のは……?」

「まさか、《言語統一バベル》から自分の名前を除外したの? アイツ。

 一体いつの間にそんな……」

 

 そして何やら良く分からない事を仰り始めた。

 言葉は分かるんだが、言ってる意味がこっちには不明なヤツだ。

 

「それより、ちょっと!」

「おう」

「アンタは――その、えーっと。

 ……金髪の、私ぐらいの感じの女の子か。

 もしくは金色の鱗で凄い態度のデカいドラゴンを知らないっ?」

「アウローラの事か?」

 

 竜の姿は見た事ないが、そんな感じなのか。

 こっちの呼んだ名前にピンと来なかった様子なので、ちょっと補足する。

 

「いや、アウローラってのは俺が付けた名前なんだけどな。

 金髪の女の子って言われると、心当たりはそのぐらい」

「……ちょっと待って」

 

 と、説明してる途中でまた凄い嗅ぎ始めた。

 俺はどうすれば良いんだコレ?

 

「……ねぇ」

「はい」

「どうしてあの子――《北の王》の匂いまでするのよ」

「おう」

 

 あぁ、そういう事か。

 今のでやっと、彼女が俺の身体に着いた竜二人の匂いを嗅いでるのだと気付いた。

 気付いて、同時に疑問が沸いて来る。

 

「……なんでそんな事が分かるんだ?」

「いいから、こっちの質問に答えて」

 

 酷く真剣な面持ちで、白い彼女は言葉を重ねた。

 

「どうしてアンタから、■■■■……あぁ、面倒臭いっ!

 そのアウローラってのと、《北の王》の匂いが混じってするのよっ。

 ちょっと意味が分からなくて混乱してるんだけど」

「こっちも結構混乱してるんだけどなぁ」

 

 まぁ先に聞いて来たのは向こうだし、とりあえず答えるべきだろう。

 さて、どう伝えるのが正しいか。

 普通に事実だけを言えば問題ないはず。

 

「匂いがするのは、一緒にいるからな。最近……でもないな。

 ずっとだな、ウン」

「……は?」

 

 問題ないと思ったら、何か問題ありそうな反応が返って来た。

 白い彼女は信じられないモノを見る目を此方に向ける。

 

「……ずっと?」

「うん、ずっと」

「いや、えっ。どういう事??

 そもそもアイツと《北の王》が一緒にいるって事?」

「あー……そうだな」

 

 適当に受け答えしてたが、これはもう少しちゃんと説明した方が良いな。

 その「ちゃんと」を何処までやれるかは、あんまり自信ないけど。

 

「とりあえず、俺はすっごい昔の人間なんだが。さんぜんねんぐらい」

「は? 三千年?」

「おう。で、その時にアウローラと出会って《一つの剣》って魔剣を貰って。

 それで《北の王》と戦ってぶっ殺した」

「は??」

「だけど俺も殆ど相打ちの形で死んだ……らしい。

 悪いが記憶が結構抜けてて、自分の事だがハッキリとは言えないんだよな」

「………………それで?」

「あぁ、死んでからさんぜんねん経過したぐらいで?

 アウローラが俺を蘇生してくれたらしい。

 まぁまだ完璧じゃないらしくて、それでちょっと苦労してるんだが」

「………………」

 

 俺の完璧な説明を聞いた結果、何故か黙り込む白い彼女。

 何故か金槌を握った手がわなわなと震えているような気がする。

 自らを落ち着けるように深呼吸をしてから、また赤い眼が俺を見た。

 

「つまり――アンタは三千年前に《北の王》を殺して。

 それで死んだけど、■■■■……アウローラの手で生き返らせて貰った、と?」

「あぁ」

「……アウローラは別として、何で三千年経った今も《北の王》の匂いがするのよ」

「最近、完全じゃないけど復活して結構一緒にいるからなぁ」

「…………アウローラも、当然一緒にいるのよね。今」

「おう」

「二股???」

「なんて??」

 

 本当に良く分からん事を仰る。

 それは兎も角、大体のところは向こうも理解してくれたようだ。

 なら次はこっちの疑問を……。

 

「ねぇ」

「はい」

「……こんな事、私が言ったところでアイツらは不愉快なだけかもしれないし。

 何なら馬鹿にして大笑いするかもしれないけど」

「うん??」

 

 はて、一体何の話だ?

 俺が首を傾げた、正にその瞬間。

 

「ふんっ!!」

 

 何故か、思いっ切り頭を金鎚でブン殴られた。

 そんな大した威力じゃないが、兜が揺れて視界も揺れる。

 しかし白い彼女にとっては渾身の一撃だったようで。

 呼吸も少し乱しつつ、真っ向から俺の事を睨みつけていた。

 

、三千年も連れ回したのはお前か……!!」

「……はい?」

 

 涙目で怒りを露わにしながら。

 白い鍛冶師の娘は、なかなかとんでもない爆弾を口に出した。

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