第四章:夢の本質へ

73話:終わりと始まりの場所

 

 夢の迷路を彷徨い歩く内、此処が大体どういうモノか分かって来た。

 恐らく、俺の記憶の内から主に二つ。

 「印象深い場所」や「酷い目に遭った場所」を再現してる事。

 その再現も完璧に同一ではなく、一部歪んだり脚色がされている事。

 ただ基本的には、記憶にあるモノや出来事が起こる事。

 本来繋がってないような地形でも、夢の再現だからか平気で繋がっている事。

 多分、このぐらいだろう。

 なので、記憶を掘り起こせば次に何があるかは大体予想が付く。

 

「ちょっと」

「はい」

「危険なの分かってて何で開けたの??」

「好奇心に負けてつい」

「馬鹿ぁっ!!?」

 

 予想が付くのと、実際に危険を避けられるのはまったく別問題だが。

 昔のブリーデの部屋で物資を調達した後。

 地下道を通った俺達は、古びて朽ちかけた都市の遺跡を探索していた。

 其処で見つけたのは大きな宝箱。

 コレ確か、擬態した魔物だったよなーと一応覚えてはいた。

 覚えてはいたんだが、中身を確認しようとついつい開けてしまった。

 そしたら案の定、宝箱は牙の生えたデカい口を開き、触手を生やして襲って来た。

 あまりの勢いに、思わず半泣きのブリーデさんと都市中を逃げ回る事に。

 

「あの宝箱、ガッチガッチ歯を鳴らしてんだけど!」

「食う気満々だなぁ」

「呑気に言ってないで早く何とかして……!」

「おう」

 

 昔はコイツに頭から丸齧りにされたんだよなぁ。

 そんな事を考えながら、俺は足を止める。

 凶悪な牙を剥き出しに襲って来る人喰い宝箱ミミックを、剣を構えて迎え撃つ。

 人喰い宝箱は底から生えた触手を使い、器用に飛び掛かってくる。

 が、真っ直ぐ突っ込んでくるだけなら恐くもない。

 俺は剣を上段から振り下ろし、その一発で箱をバラバラに粉砕した。

 まぁ、こんなもんだな。

 

「終わったぞー」

「……それ出来るんだったら、最初からやれば良かったんじゃ……?」

「いや、昔を思い出したらついな」

「何よそれ」

 

 俺の言葉に呆れ顔のブリーデさん。

 ともあれ、この都市遺跡で遭った「酷い目」はこのぐらいだったはず。

 あんまり余裕もない訳だし、さっさと次へ行こう。

 

「……で」

「はい」

「今度はなに?」

「実は俺も良く分かってない」

 

 都市遺跡を出ると、其処はボロボロの砦跡。

 半ば崩れてしまった建物の中にいたのは、槍を構えた重装歩兵だ。

 但し人間より明らかにデカいし、それが何人も密集して槍衾を作っている。

 大きな動きは見せないが、進路を邪魔しているせいで無視も出来ない。

 うん、こんな奴もいたな確か。

 

「……どうするの?」

「面倒臭いが突破するしかないよな」

「……じゃあ、頑張って?」

「はい」

 

 巻き込まれないよう、そっと後ろに下がるブリーデさん。

 昔のアウローラもこんな感じで見物してたなぁ。

 ちょっと懐かしさを覚えつつ、目の前の過去に意識を向ける。

 ガチャガチャと金属音を鳴らして、槍の群れは通せんぼの構えだ。

 殴り掛からない限りは、向こうから距離は詰めて来ないはず。

 魔法で先制出来れば良かったが、今の状態で下手に魔力を使うのも危ない。

 やはり剣一本で殴り掛かるしかないな。

 覚悟を決めて、先ずは一発――。

 

「あっ」

 

 ブチ込もうと思ったら、何故か相手の方から動き出した。

 お前ら、昔は叩かれない限りは動かないタイプの敵だったはず……!

 出鼻を挫かれ、槍と盾を構えた鎧兵士の群れにもみくちゃにされてしまった。

 こうなった以上は仕方がないので、兎に角剣をブン回して抵抗する。

 

「ええい引っ付いてくんな糞! 痛っ! 槍が隙間に刺さった!」

「ちょっと、死んだら困るから死なないでよっ!?」

 

 とても心温まる声援をありがとう、ブリーデさん。

 痛いのと息苦しいのとで大分訳が分からん状態だが、がんばって抵抗を続ける。

 槍を折り、剣でぶっ刺し、盾を引っぺがして殴ったり蹴ったり。

 滅茶苦茶な殴り合いの末に、俺は無事に勝利を収めた。

 動かなくなった鎧の群れを山にして、その上に立って思わずガッツポーズ。

 

「流石にちょっと死ぬかと思った……!」

「生きてておめでとう、ウン」

 

 安全圏から心温まる言葉をありがとう、ブリーデさん。

 まぁ巻き込んで怪我とかしなかったのは良かった。

 危険が無いのを確認してから、彼女は改めて俺の傍に来る。

 

「しかしまぁ……昔もこんな感じだったわけ?」

「昔の方がもうちょい酷かったけどな」

 

 何せ盗賊上がりの破落戸ゴロツキが、凄い剣だけ一本持っての怪物退治だ。

 戦う度に死にかけたし、死なずに何とかなったのは奇跡に等しい。

 

「俺の記憶通りに進んでるなら、多分順調なはずだ。

 まぁ未だ細かい部分は朧気だし、ハッキリとは言えないんだが」

「そう言われると不安だけど……まぁ良いわ。

 どの道、危ないのはアンタに任せるだけだもの」

「がんばるぞー」

 

 危ないのは俺が何とかすれば良いから、その辺は特に問題ない。

 さて、この砦跡を抜けた次は……。

 

「ちょっとー!!?」

「はい」

「早く、あっ、コラ! 変なとこ触んなっ!?

 ちょっと、ぼーっと見てないで早く助けてよっ!!」

「はい」

 

 其処は空気が粘り付くような泥沼地帯。

 何とか無事な地面を探しながら、少しずつ前に進むしかない場所だ。

 その途中、ひと際大きな沼を通り過ぎようとした時。

 現れたのは無数の触手を蛇のように生やしたデカい化け物。

 あ、そういえばこんなのもいたなぁ。

 なんて考えている内に、伸びて来た触手にブリーデさんが捕まったのが現状だ。

 泥塗れでウネウネした触手に絡まれるブリーデ。

 当然俺はそれをただボーっと眺めていたわけではない。ないのだ。

 足下の泥に苦戦しつつも、沼の真ん中に陣取る触手お化けに殴り掛かった。

 動き辛いわ化け物がヌルヌルしてるわで超戦い辛い。

 なので結果的に、触手と戯れるブリーデを眺める形になっても罪はないと思う。

 

「こっち見てないで化け物の方を何とかしろぉ!!」

「はい」

 

 白い肌は泥だらけで、暴れる内に装束も半ば脱げかけてるブリーデさん。

 それでも元気に罵声を飛ばしつつ、触手から逃れようとジタバタしていた。

 ……昔のアウローラも似た感じで掴まってたなぁ。

 記憶の中では、黒い装束を剥ぎ取られかけた昔の彼女の姿が浮かぶ。

 うん、状況は近いがやっぱりブリーデの方がデカいな。

 などと考えつつ、いい加減真面目に化け物の相手に取り掛かる。

 いや、今までが真面目じゃなかったとか、そんな事は決して。

 コイツは獲物を沼の中に引き摺り込むらしいので、捕まるぐらいなら問題ない。

 だから沼に逃げられないように注意しながら、俺は触手を剣で斬り落とす。

 後はその単純な作業を只管繰り返せば終わりだ。

 

「死ぬかと思った……」

「大丈夫か?」

「大丈夫なわけないでしょ、もー……!」

 

 まぁ泥やら化け物の体液やらで酷い状態だしな。

 とりあえず沼地からは脱出したが。

 

「このまま進むのは、流石に気持ち悪いわね……」

「どうする? 近くに水場もないが」

「……一応、水ぐらい出す備えがあるから、それで最低限洗い流しましょう」

「マジか」

 

 ブリーデさんも思ったより器用じゃないか。

 何処からか取り出した大きめの水袋を手に、ブリーデは俺の方を見て。

 

「別に、こんなのは道具とか借り物で何とかしてるだけ。

 私自身は大した力もないナメクジよ」

「そう卑下する事もないと思うがなぁ」

 

 借り物でも何でも、あるなら使えば良いだけの話だ。

 水袋には中身が入ってる様子はないが、傾ければドバドバと水が溢れた。

 これは便利そうな魔法の道具マジックアイテムだな。

 その水を俺とブリーデは互いの身体に掛けて、泥とかその辺を洗い流していく。

 いっそ全力で水浴びしたいところだが、残念ながら鎧が脱げないのだ。

 ブリーデも泥は落ちたが、代わりに全身水浸しになってしまう。

 くしゅん、っと。軽いくしゃみも弾けた。

 

「平気か?」

「平気じゃないけど……まぁ、我慢するしかないわね。

 流石にこんな場所でまた火を焚いて、ってわけにもいかないし」

 

 ドロドログチャグチャの泥沼地獄だもんな、此処。

 此処を抜ければ多少マシな環境になるはずだから、それまで我慢だな。

 

「……それで? 次はどんな場所で、何がいるわけ?」

「確か谷みたいな場所で、そろそろ魔法使う奴も出てくる気がする」

「本当にろくでもないわね……」

 

 それについては俺もまったく同感です。

 嫌そうにぼやくブリーデの頭を軽く撫でてみた。

 特に拒否される事なく、けれど赤い眼でじろっと睨まれた。

 

「そういうとこ、気安いわね」

「嫌だったか?」

「そういうわけじゃないけど、誰に対してもそうなんじゃないの?」

「そんな事はないぞ」

 

 誰も彼もってわけじゃない。

 多分。そのはず。

 今のところはアウローラと、後はちょいちょい。

 うん、誰も彼もではないな。ヨシ。

 

「言い訳考えてる時点でアウトじゃないかしら」

「そうかぁ」

 

 また顔色(?)を読まれてしまったようだ。

 それはそれとして、泥とかその辺は無事に洗い流せた。

 身体は――うん、まだ動くな。

 出来るだけ急いで先に進まんとな。

 

「此処を抜けたら、とりあえず身体ぐらいは乾かしたいわね……」

「風引いたら困るしな」

「うっさい」

 

 俺の冗談に、ブリーデは軽く蹴りを入れて抗議してきた。

 そのせいで自分の爪先を痛めて悶絶するというオチが付いたが。

 何にせよ、道行きは非常に順調だ。

 沼地を過ぎてからも問題は起こりはしたが、特に滞りなく乗り越えられた。

 身体の重さはだんだんと無視出来なくなってきているが、それはまぁ予想通り。

 ブリーデが分けてくれる血のおかげで、何とか倒れずに進む事が出来た。

 霞がかった記憶も、一歩進む毎にハッキリしてくる。

 歪んではいるものの、それは確かに「俺達」が越えて来た旅路だ。

 今傍らにいるのは、昔とは違う相手だが。

 悪い気分ではなかった。

 

「巻き込まれた私は最悪だけどね」

「いやぁ本当に感謝してるんで」

 

 俺一人じゃ間違いなく力尽きてたしな。

 昔はどうだろう。戦ったり何だりは、俺一人の仕事だった。

 彼女――あの頃のアウローラは、それを傍らで見ているだけではあった。

 それでも、一人じゃなかったのは案外大きい気がする。

 助けられた事も、数えられる程度だが覚えてる。

 この場合は「思い出した」と言った方が正解だろうか。

 ――アイツとも、早いとこ合流したいな。

 俺がアレコレ思い出して来た事を知ったら、喜ぶだろうかと。

 そんな事を考えながら、とうとう俺達は「その場所」に辿り着いた。

 

「此処って……」

「あぁ」

 

 さっきまでは崖の上の細い道を進んでいたはずだ。

 それを超えた瞬間に、景色は一変した。

 荒れ果てた地に横たわる影。

 絵具を塗りたくったような夜空に、ぽっかり空いた穴みたいな月。

 その夜と月の下には、屍にも似た廃城があった。

 俺にとってはかつての旅が終わった場所で、今の旅が始まった場所でもある。

 この夢の終着は、当然この城になるか。

 

「行くか」

「だ、大丈夫なの?」

「怖いなら此処で待ってるか?」

「そっちの方がずっと怖いでしょーが!?」

 

 そりゃそうか。

 微妙に腰が引けてるブリーデと共に、俺は廃城に足を踏み入れる。

 此処まで何度となく襲って来た“獣”だが、今はその気配は何処にも無い。

 全てが死んだように沈黙し、風だけが空しく吹く。

 後ろのブリーデの様子を意識しながら、瓦礫を踏み越えて進む。

 

「……何にもいないの?」

「いや」

 

 ブリーデの言葉に、俺は首を横に振る。

 此処が俺の夢の終わりなら、当然何もないわけがない。

 口には出さない確信をもって、俺はある一点を目指して歩き続ける。

 それはこの廃城の中心。

 崩れた城の本体を乗り越えた先にある中庭。

 躓きそうなブリーデを支えてやりながら、俺はその場所に着いた。

 そして見た。偽物の月が丁度真上に来る、庭の真ん中。

 ――其処には、竜の亡骸が眠っていた。

 かつては《北の荒れ野》に君臨していた古竜《北の王》。

 これはその偽物レプリカだ。

 同時に俺は特に根拠もなく確信した。

 あの偽の屍が、この夢の先に進む為の出口だと。

 だが、悪夢は捕らえた獲物を容易くは離してくれないらしい。

 

「っ、レックス! アレって……!?」

 

 驚愕と恐怖に引き攣ったブリーデの声。

 彼女がビビったのは《北の王》の屍を見たからではない。

 それにも驚いたかもしれないが、意識は別のモノに釘付けにされていた。

 動かない竜の亡骸の上。

 其処で眠る姿もまた見覚えがあった。

 どころか、最近はずっと慣れ親しんでる相手だ。

 

「……アウローラ」

 

 それはあの日、俺が廃城で目覚めた時と同じ。

 夜と月に彩られた、美しい金髪の少女。

 狂った夢の中にあって、それだけは一つの歪みもなかった。

 名を呼ぶ俺の声に、「彼女」は応えない。

 今はまだ眠ったまま。

 

「ブリーデ、少し下がっててくれ」

「ちょっと、レックス……!」

 

 近づく。間違いなく危険なので、ブリーデはその場に留まらせた。

 一歩、二歩と、あの時をなぞり直す。

 これは何処ぞの真竜の狂気だか何だかだ。

 そういう良く分からんモノが、俺に影響して創り上げた悪夢の一幕。

 だからこれを越えて、次に進まなきゃならない。

 俺はとうとう、眠り姫の目の前まで来た。

 あの時俺は、彼女に手を伸ばした。

 だから今も、俺は手を伸ばす。

 そして。

 

「――――」

 

 目覚めた。

 アウローラと同じ形をした悪夢は、金色の瞳で俺を見た。

 その顔に浮かぶのは、獣に似た悪意の笑み。

 それを眼にした、次の瞬間。

 凄まじい衝撃が俺の身体を貫き、容赦なく吹き飛ばした。

 

 

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