166話:秘密の部屋
大真竜が支配している領域だ。
何が起こるか分からない。
……そう覚悟して飛び込みはしたが、其処は意外なほどに静かだった。
長く伸びる通路も、天井で揺れる魔法の灯りも。
足下に敷かれた赤い絨毯も今までと同じように見える。
ただ違うのは、迷路みたいに複雑に入り組んでるワケではない事。
それとこれまで通った場所はやたらと広い場合が多かったが。
この辺りは全て人間サイズでまとまっているようだ。
「……警戒は怠らずに行こう」
「あぁ、分かってるよ姉さん」
先を進む姉さんの声に頷き、オレは連れてる《金剛鬼》の
少なくとも周辺にオレ達以外の誰もいない。
誰もいないように思えたからといって油断はできないけど。
偶に扉を発見しては、その中も慎重に確認する。
大抵は何もない客室らしき場所で拍子抜けして終わる。
余り使われた形跡はないが、掃除は行き届いてるようで埃一つ落ちていない。
一応漁っては見たものの、やはり目ぼしいモノは見つからなかった。
「マジで何もねェなぁ。どうするよ、姉さん」
「難しいな。何かあからさまに怪しいモノでも見つかれば良いんだが……」
何度目かの家探しに、姉さんは少し難しい顔をする。
この辺りも大分広いようで、先はまだまだ続いている。
どこに何があるかも分からない、完全に手探りな状態だ。
それ以前に明確な目的があって探索してるかというとそういうワケでもない。
「此処に何かあるかもしれない」と、その程度の曖昧な状態だ。
心境としては藁にも縋るってトコロだが、藁を掴むだけでも
番人はウィリアムが相手してくれているが、他に誰もいない保証もない。
……最悪の場合、主人であるゲマトリアがいる可能性も。
「進もう」
グルグル思考を回すオレに、姉さんは短く言葉を掛ける。
それから安心させようとオレの髪を緩く撫でた。
「ウィリアムの言葉ではないが、此処で足踏みをしても仕方ない。
何があるか分からないが、何かあると信じて進むしかない」
「……そうだな、それしかないよな。
レックス達が今どうなってるかわかんねェけど、あっちも戦ってるだろうしな」
「あぁ、あの人なら大丈夫だ。
だから私達は、私達のできる事をしよう」
頷く。それこそレックスの言葉じゃないが、ダメならダメでその時だ。
死ぬ気はないんで足掻けるだけ足掻いて行こう。
面倒な考えは一度頭から追い出して、オレと姉さんは再び探索に入る。
警戒しながら通路を進み、時折見つけた部屋の中を漁る。
そう直ぐに成果が出たりはしないワケだが。
「隠し扉の類はあるかもしれない。
見落とさないよう注意を」
「だな」
城の中だし、そういうのは如何にもありそうだ。
何となくだが、ゲマトリアもその手の仕掛けは好きな気がする。
まぁそれはホントに根拠のない勘だけど。
壁や床、それに天井。
通路は勿論、何も無さそうに見える部屋の中まで。
見落とさないよう細心の注意を払いながら探索を続ける。
どれだけそうしたか。
「…………ん?」
廊下を進んでいる途中に、ふと違和感があった。
オレが立ち止まると、先を進む姉さんも直ぐに反応した。
「どうした?」
「ちょっと待ってくれ」
感覚器に妙な反応が出たのは、途中にある壁の一角。
微細な空気の振動で、周辺を「形」として捉える《金剛鬼》の感覚器の一つ。
それが壁の一部に対して違和感を浮かび上がらせた。
どうにも他の壁とは厚みが違う気がする。
直接見るが、まぁ単なる壁のようにしか見えない。
触っても継ぎ目はないし、叩いても音がおかしいという事もなかった。
普通に探索しているだけだったら、恐らく少しの違和感も感じなかったろう。
しかし機械の感覚は、この壁がおかしいと告げている。
「……姉さん」
「あぁ、少し下がって」
言われた通り、オレは件の壁から距離を取る。
それと入れ替わる形で姉さんの方が壁の前に立った。
「どの辺りだ?」
「今立ってる場所。其処に多分何かあると思う」
「分かった」
姉さんも最初は手で触れるなどして調べる動きを見せる。
しかし結果はオレの時と同様。
人の感覚ではおかしな部分は見当たらない。
それを確認してから、姉さんは壁から手を離して。
そして躊躇なく《分解》の魔法を発動した。
至近距離から青白い光が炸裂する。
まぁ、それが一番手っ取り早いのは間違いねェけどさ。
「なぁ、こう雑に決断が早いのレックスに影響されてない?」
「いや別にそんな事はないと思うぞ?」
「ホントかぁ?」
多分レックスなら最初の時点で壁を斬り破ろうとするだろうけど。
まぁそれは兎も角だ。
「……大当たりだったな」
オレの足下に転がるのは、壊れた壁の残骸……ではない。
それは此処に入って来る時のと似た両開きの扉だ。
《分解》の魔法でぶっ壊されてるから、残骸なのは間違いないが。
さっきまではどう見ても壁だった場所は、扉を失い大きく口を開いていた。
「認識を阻害する魔法が掛かっていたんだろうな。
単純な幻覚ではなく、他の感覚も含めて惑わすタイプだ」
「けどあくまで人間用で、機械の方は誤魔化せなかったと」
もし《金剛鬼》が無かったら、多分気付かず通り過ぎていただろう。
幸運と、ついでに死んだウェルキンに感謝しても良い気分だ。
「先ずは私が入る。安全を確認できたらイーリスも来てくれ」
「気を付けろよ、姉さん」
《金剛鬼》の感覚では、とりあえず怪しいモノはない。
部屋の中は……なんつーか、ゴチャっとしてる感じがする。
随分厳重に隠してたが、物置か何かか?
離れているのもあって、壊れた入り口から中の様子はチラっとしか伺えない。
姉さんは慎重な足取りで扉を潜り……。
「……イーリス、大丈夫だ」
「ん」
程なく、中から姉さんが呼びかけて来た。
一応は《金剛鬼》の感覚と意識を繋げた状態で、警戒しながら中へと入った。
其処は――何というか、随分と散らかった部屋だった。
これまで見た部屋がどれも掃除されていた分、えらく差が激しい。
「なんじゃこりゃ?」
「分からない。ただ、間違いなく今までの部屋とは違うようだ」
思わず漏れた独り言に、姉さんは律儀に応えてくれる。
足下にも色々転がってるので、踏んづけてしまわないよう注意する。
それから改めて、オレは部屋の中を見回した。
広い部屋だった。
ここまで見た部屋は大抵広かったので、そこは別に特別ではない。
ただこの部屋は、これまでとは異なり生活感があった。
間違いなく誰かが日常的に使用している。
掃除は完璧ではなく、余り触らないような場所は埃が薄く積もってもいた。
先ず目に付くのは幾つも並んだ背の高い本棚だ。
乱雑に突っ込まれた本には分類もクソもない。
埃が被ってる部分とそうでない部分が目に見えてハッキリとしていた。
どういう本が置かれてるかは、流石に手に取らないと分からない。
後はやたらデカい
どっちも相当なサイズだが、部屋が広いので狭苦しさは感じない。
で、寝台の上は……なかなかに筆舌に尽くし難い。
物自体は例に漏れず豪華なもんだ。
しかしどんだけ高級品だろうが、ぐちゃぐちゃになってりゃどうしようもない。
何枚もの毛布が団子になって転がってるぐらいは可愛いもんだ。
片付けが面倒なのか、色とりどりの服が乱雑に捨て置かれている。
ちなみに床の方も似たような状況だ。
こっちは更に
落ちてる衣装はどれもデザインが似通っていて、ついでに見覚えもあった。
十中八九、ゲマトリア達が着ていた服だ。
ここまで来れば、この部屋がなんなのかは明白だった。
「……此処は、ゲマトリアの私室か」
「多分な。書斎も兼ねてるっぽいけど」
しかし、モノの扱いは全般的に雑だな。
机を見ればこちらも当然のように例外じゃない。
とりあえず汚いって言葉じゃ不足なぐらいに散らかっている。
オレもそんな整頓が得意なワケではないけど、これは本気で酷いな。
何か書類っぽい紙束に無駄に積み上げられた本の山。
後は書きかけで投げ出された
どうやら大公閣下は基本手書きがお好みらしい。
今どき機械入力を使わないのは手間過ぎる気もするが。
まぁその辺は何か上手くやってるんだろう。
それはそれとして、だ。
「さて、なにか目ぼしいモノがあると良いんだが……」
「書類の中身は都市の運営絡みっぽいな。
これはこれで情報としちゃあ貴重なんだろうけど……」
少なくとも機密情報である事は間違いない。
しかし真竜どもの帳簿の数字とか、今の状況で出て来ても困る。
何か、ゲマトリアの喉元に迫るような情報は転がってないものか。
「ンな重要な代物、片付けもせずに放ってるワケないよなぁ……」
「可能性はゼロじゃないさ」
微妙に泣き言が入ったオレの一言に、姉さんは苦笑いをこぼした。
それは勿論分かってるけどな、ウン。
嘆いても仕方ないんで動かす手は止めない。
都市関係の書類以外に目を引くのは、総数不明の本の数々。
分厚く重そうな物が多く、抱えるのも難儀しそうだ。
で、一応中身も見てみるが……?
「……姉さん、分かるかコレ?」
「……どうやら魔導書と呼ばれる類の本だな」
見慣れない文字がびっしりと書き込まれた頁。
それが何百と束ねられている古びた本。
姉さんの言葉通りに、内容は魔法に関するモノのようだ。
オレは目を通してもサッパリ理解できんけど。
まったく知識がないせいで、其処に何が書かれてるかも分からない有様だ。
「相当に古い書だな。
《学園》で学んだ上古の言葉に似てる気はするが」
「読めそう?」
「いや、断片的にしか読み取れない。
解読するならば主の持つ知識が必要だろう」
「確かに、アウローラなら読めそうだよな」
なんと言っても《古き王》の頂点で、魔法使いとしても凄腕だしな。
もしこの本を持ち帰ったら喜ぶだろうかと、ちょっとだけ考えた。
ちょっとだけ考えたが。
「……こんなクソ重たい本を抱えて移動とか無いな。ないない」
「ま、まぁ、一冊二冊なら抱えられそうだぞ?」
「不測の事態になったらどうせ捨てる羽目になるし、意味ないだろ」
結局、ここの本を持ち出すのはあまり現実的じゃない。
実に分かりやすい結論に落ち着いた。
仕事関係の書類の山に、えらく古そうな無数の魔導書。
後は衣服や装飾品が無秩序に散らかっている。
現時点で部屋を漁って得られた成果はそれだけだ。
ゲマトリアの秘密につながりそうな物は一つも見当たらない。
……ここは空振りだったか?
「他に隠し扉や通路、それ以外にも何か仕掛けがあるかもしれない」
「頑張って探してはいるんだけどな」
とりあえず、最初の扉みたいに《金剛鬼》の感覚には何も引っ掛からない。
この部屋には迷宮めいた気の利いた仕掛けはなさそうだ。
まぁ普段使いする空間にそんなもん作る意味はあんまねーよな。
逆に趣味なら作りそうだとか。
それ以前に大公はこの城の中を好きに弄れるはずだとか。
アレコレと頭の中で考えを転がしていると。
「…………ん?」
何かが動いた。
《金剛鬼》の方にも反応があった。
それが見えたのは寝台の上。
毛布の塊が一つ、微妙に揺れたような気がした。
「……姉さん」
「あぁ、私も見えた」
オレの言葉に姉さんは抑えた声で応じる。
どうやら気のせいってワケじゃあなさそうだな。
改めて寝台へと視線を向ける。
よくよく見ると、ほんの少しだが毛布の一部が揺れていた。
あまりに微か過ぎて、《金剛鬼》の感覚ではオレ達の出す音に紛れていたか。
姉さんと二人で見ているが、目立った反応はない。
奇妙な沈黙が部屋の中を流れる。
「……私が行こう」
姉さんのその言葉に、オレは無言で頷く。
実際、直接的な危険があるなら姉さんが対処した方が良い。
歯痒くはあるものの、文句は言わずに後ろに下がる。
ゆっくりと、可能な限り慎重に。
姉さんは寝台に近付いて、問題の毛布の山へと手を伸ばす。
距離が縮まっても特に変化はない。
「…………」
緊張からか、姉さんは小さく息を呑んだ。
躊躇ったのは一瞬。
姉さんは意を決して、毛布の端に指をかけた。
勢いは付けず、薄手の生地をゆっくりと剥ぎ取っていく。
その下にあったのは――。
「……えっ?」
「……はっ?」
姉さんもオレも間抜けな声を上げてしまった。
剥いだ毛布の下にあったのは、罠でも未知の危険でもない。
其処にあったのは、オレ達の声よりも間の抜けた顔。
「…………んがっ」
だらしなくいびきを立てて眠る、ゲマトリアの姿だった。
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