49話:真実を騙ろう


「二人とも、何かあった?」

「いや、大丈夫大丈夫」

 

 無事に合流を果たして、アウローラからそんな事を聞かれつつ。

 俺達は一度広場で休憩していた。

 ちなみに場所は、一番最初に訪れた例の「戦士の館」の前だ。

 木陰に置かれた木製の椅子に腰を下ろして一息つく。

 

「しかし何だかんだで結構買ったな?」

「そうですね。余り荷物が増えぬよう、数は絞ったのですが」

 

 それでも一抱え程度のサイズになった荷物を見て、テレサは少し笑った。

 中身は服や装飾品など小物がメインなので、大して重くはない。

 

「森人はこういう物を作る技術に長けているから。

 思ったよりも楽しめたわね」

「そりゃ何より」

 

 機嫌良さげなアウローラの髪を撫でながら軽く頷く。

 空を見上げれば、日がそれなりに傾き出しているのが確認出来た。

 この状態で《狩猟祭》が始まるのは面倒だな。

 少し休んだら、一度拠点の方へと戻るべきだろう。

 そんな事を考えていると。

 

「……レックス、ちょっと良いか?」

「ん? あぁ、何か話があるんだったよな」

 

 イーリスは頷き、それから周囲を確認するように視線を巡らせた。

 彼女はその能力もあってか、俺達では気付かない事に気付きやすい。

 改めて、彼女はやや声を潜めて話を始めた。

 

「此処までで、何か違和感を感じた事ないか?」

「と、言うと?」

「なんつーか……、というか。

 この森林都市に入ってから此処まで、誰かに誘導されてるような」

「ふむ」

 

 そう言われてみるとそう、なのか?

 最初に弓矢で撃たれて、《鱗》の黒獣達に襲われて。

 森人の狩人達と接触して、この森林都市に招かれて入った。

 後はいきなり《狩猟祭》に巻き込まれて、其処でアディシアと出会って。

 都合が良いかは分からないが、トントン拍子で話が進んだという印象はあるな。

 

「何に気付いたんだ? イーリス」

「……最初は、ちょっとした事だったんだけどな。

 《狩猟祭》の森で、覚えてるか?

 《牙》の連中が無線通信を使ってたの」

「あったなぁ」

 

 テレサの問いにも、イーリスは言葉を選びながら応える。

 俺は相槌を打ちながら、その時の状況を思い出す。

 イーリスがそれを能力で拾えたおかげで、あの場は安全に離脱出来た。

 

「連中は魔法だけじゃなく、機械的な技術も使ってる。

 だからオレは一応、日常的に気にはしてたんだ。

 監視とか、そういうのが来る可能性は十分にあったからな」

「成る程」

 

 実際、それは大変ありがたい事だ。

 それで彼女は、何かに気付いたのか。

 

「……電波がな、飛んでたんだよ。

 頻繁じゃないが、定期的に」

「? それはどういう事?」

「拠点にしてた館、あそこから決まった時間に通信が行われてたんだ」

 

 俺の隣で首を傾げるアウローラ。

 イーリスは何故か、アディシアの様子を気にしているようだった。

 館の中で、誰かが通信を行っていたか。。

 それが意味するところは。

 

「確証はない。その通信に関しては、かなり厳重に保護プロテクトがされていた。

 狩人連中が使ってたのとは段違いだった。

 中身まで盗み聞きしようとしたら、相手にバレる。

 その可能性があったからオレも其処まではやらなかった」

「……つーしんがあったって事は、誰かが誰かに何か伝えてた。

 そういう認識で良いんだよな?」

「そうだ。それは間違いないはずだ」

 

 イーリスは肯定し、俺は小さく唸る。

 何となく、彼女が言いたい事は分かって来た。

 それを何故、あの拠点以外の場所で伝えたかったのかも。

 核心について、直接触れるのをギリギリ避けている理由も。

 だが、いつまでも迂遠に話を続けるわけにもいかないだろう。

 イーリス自身もそれを分かっているはず。

 だから彼女は、意を決した様子で。

 

「……流石、と言うべきだろうな。

 この短期間で、其処まで勘付かれるとは思わなかった」

 

 その声は、まったく唐突に木々の陰から沸いて来た。

 黙って話を聞いていたアディシアが、弾かれるように顔を上げる。

 向けた視線の先に、その男は立っていた。

 

「貴様、ウィリアム……!」

「落ち着け。敵対するつもりはない。

 その気だったら姿は見せんし声もかけん」

 

 懐に手をやりかけたアディシアに、ウィリアムは制止の言葉を投げる。

 何日ぶりかに見たその男の姿は、以前出会った時と同じだった。

 ただ一点、前と違う事があった。

 

「お前、腕どうしたんだ?」

「あぁ。少々面倒があったが大した事でもない。

 これは必要があったので使っただけだ」

「そうか」

 

 ウィリアムの右腕は、肘辺りから無くなっていた。

 最近の《狩猟祭》でコイツが関わって来なかったのは、これが原因か。

 何があったかは知らないが、本人が言うなら本当に大した事じゃないんだろう。

 

「……それで、敵であるはずの貴方が一体何の御用ですか?」

「敵対するつもりはない、と言ったはずだがな」

 

 アディシアとイーリスを庇う形で、テレサはウィリアムに警戒を向ける。

 元《爪》が放つ鋭い敵意を受けても、男はそよ風程度にも感じていないようだ。

 そのまま何気ない足取りで、ウィリアムは俺の前まで来た。

 

「で、何の用だ?」

「接触はもう少し後のつもりだったがな。

 少し予定を前倒しにした」

「うむ、それで?」

「話をしないか?」

 

 話、話と来たか。

 ウィリアム自身が言う通り、敵対の意思は感じない。

 だがそれで油断するのは拙い事だけは分かる。

 恐らく、この男を排除するだけなら今すぐ斬りかかるのが正解だろう。

 そうする事も微妙に考えはしたが。

 

「話? 俺とか? 何か話すような事あったか?」

「あぁ、未来についての話だ。

 聞いて貰えるのなら、悪いようにはせん」

「未来ね」

 

 何とも曖昧な表現だった。

 傍らのアウローラにちらっと視線を向けてみる。

 彼女は何も言わず、ただ俺の腕辺りに引っ付いているのみ。

 この状況に対して特に意見はないようだった。

 つまりは俺の好きにして良い、という事。

 それならまぁ、少し付き合ってみてもいいか。

 

「アディシア」

「……レックスの判断に従う。

 あたしも、戦うつもりのない隻腕の男に、斬りかかるつもりはない」

 

 口で言うほど割り切れてはいないだろうが。

 アディシアの意思も確認出来た。

 テレサとイーリスの姉妹も、警戒はしているが特に何も言わないようだ。

 

「ふー……分かった。とりあえず聞くわ。

 内容次第じゃそのまま殴るけど」

「あぁ、それでいい。賢明な判断に感謝しよう」

「嫌味にしか聞こえねぇ」

「本心から感謝しているんだがな」

 

 仮に本音だとしても、それを真に受ける奴は多分いないと思う。

 間違いなく誤解されるし、分かってるけどこの男は訂正とかしないタイプだな。

 そう考えていると、ウィリアムはそのまま踵を返し。

 

「こんな場所で立ち話もなんだ。

 付いて来い、案内をしよう」

「それ待ち伏せとかされる奴では?」

「話がしたいと言ったのは此方だ、そんな事をする意味がないだろう」

「そうとも限らんと思うけどなぁ」

 

 とはいえ、話をすると決めた以上は仕方ない。

 

「荷物、持ったままじゃ不便でしょう?

 私が預かっておくわ」

「む、助かる」

 

 アウローラはそう言うと、俺が抱えていた荷物に手を触れさせる。

 可愛らしい唇が小さく囁くと、荷物が一瞬で消えてなくなる。

 うむ、これで身も軽くなった。

 

「随分と腕の立つ魔導師だな」

「ええ、貴方の同僚よりかはずっとね」

 

 ウィリアムの賞賛に対しても、アウローラは皮肉たっぷりで返した。

 さて、行くとしますか。

 荷物のなくなった腕にアウローラを抱え、男の背に付いて行く。

 それに続いて、イーリスとアディシア。

 その後ろにテレサがなるべく離れない位置で歩く。

 人の多い通りから、ウィリアムは素早く細い路地に入る。

 俺達もその後を追う形で足を踏み入れる。

 すると。

 

「少し酔うかもしれんが、我慢しろ」

 

 一方的に言い放ち、ウィリアムは軽く指を鳴らした。

 たったそれだけの動作だが、大きな変化が起こる。

 ただの裏路地だった場所の空間が歪み、俺達はそれに呑み込まれる。

 そして気付けば、何処かの室内に周囲の景色が置き換わっていた。

 

「《転移》か?」

「似たようなものだが、少し違うな。

 空間構造の変化は、本来《爪》にしか許可されてない。

 が、俺はこの手の抜け道を幾つか用意してある」

 

 俺の疑問に律儀に答えながら、ウィリアムは置かれている大きな机に向かう。

 ざっと見た感じ、此処は書斎か何かのようだった。

 広い部屋には必要最低限の家具と、書き物をする為のデカい机。

 後は色々な本が並んだ棚が幾つも置かれていた。

 

「椅子はある。適当に使ってくれ。

 悪いが人払いは済ませてあるから飲み物は出せんぞ」

「それは別に良いけどな」

 

 来客用に置かれた長椅子に、とりあえずアウローラを抱えたまま座っておく。

 イーリスやアディシアも、微妙に躊躇いながらも腰を下ろす。

 テレサだけは直立不動のまま、俺とアウローラに近い位置に陣取った。

 

「で、流石に本題か?」

「いや、その前に一つ言っておく事がある」

 

 椅子に腰を下ろし、ウィリアムは改めて此方を見た。

 そして表情も声も、何一つ調子を変える事無く。

 

「確かレックスだったな」

「おう」

の身命を守ってくれた事、先ずは父親として感謝したい」

「んんん??」

 

 いや待て、ちょっと待て。

 今なんかとんでもない爆弾投げなかったかコイツ。

 アディシア当人なんて、信じ難い物を見る目で糞エルフウィリアムを見ていた。

 しかし本人は、驚かれた事が心外みたいな面だ。

 

「なんだ、其処まで呆けるような事だったか?」

「それマジで言ってる??」

「別に勿体ぶって話す程の事でもない。

 個人的に礼を述べる必要があると判断したから口にしたまでだ」

「お、おう……」

 

 凄いぞ、此処まで全部本気みたいだ。

 特に興味が無いアウローラは例外として、姉妹も余りの物言いにドン引きだ。

 当事者であるアディシアは堪ったもんじゃない。

 

「……ふざけて、いるのか?」

 

 その声からは、困惑と怒りの情が滲んでいた。

 ウィリアムは動揺の欠片も見せず、静かに首を横に振る。

 

「事実だ。それ以上でも以下でもない」

「嘘だ、とても信じられない」

「証拠が必要か」

 

 アディシアの否定を受けて、ウィリアムは小さく息を吐く。

 それから彼女の方を指差して。

 

「お前が持つ守り刀は、俺が仕立てて与えた物だ。

 柄尻を外せば、中にはお前の母の遺髪が入っているはずだ」

「…………!」

 

 その言葉にアディシアは息を呑む。

 微かに震える手で自らの懐を探り、一本の小刀を取り出した。

 古びた木製の鞘と柄には、美しい彫刻が施されている。

 アディシアは未だ信じられない表情のまま、柄の部分を指で触れる。

 果たして、ウィリアムの言葉通りに柄尻が外れた。

 出て来たのは、一房の赤い髪。

 それを彼女は茫然と見下ろしていた。

 

「証拠としては十分だと思うが」

「嘘……だって、母さんはそんな事は何も……」

「ヴェネフィカか。アイツから聞いていないのは当然だろう。

 俺がそのように命じておいたからな」

「え……?」

 

 或る意味、今の言葉の方がアディシアには衝撃的だったかもしれない。

 イーリスは顔を顰めて、小さく舌打ちをした。

 

「……さっきの話の続きだけどな。

 あの館では定期的に通信が行われてた。

 じゃあ誰と誰が?って考えたら、候補は直ぐ絞れた。

 最初っからんだよ」

 

 イーリスはその言葉を繰り返した。

 都合が良すぎると。

 それは果たして、誰にとって都合が良いのか。

 自らの推測混じりでイーリスは続ける。

 

「一番違和感が強かったのは、二度目の《狩猟祭》だ。

 あの時、オレ達は森に入って迷わず供物にされた連中を見つけられた。

 狩人共は、まるで来る事を最初から知っていたみたいにレックスを待ち伏せした。

 《爪》を含めた最大戦力を一ヵ所に集めてだ。

 幾ら何でも偶然で片付けるのは無理だろ」

「そうだな。そこまで理解しているなら隠す意味もないか。

 ――おい、出て来て構わんぞ」

 

 ウィリアムがそう促すと、部屋の片隅に変化が生じた。

 空間が僅かに歪み、それが消えると同じ場所に一人の森人が立っていた。

 確認するまでもなく知った相手だ。

 フードを目深に被った女性――ヴェネフィカだ。

 彼女は何も言わず、ウィリアムの傍らに立つ。

 

「母さん……っ、なんで……?」

「……黙っていてごめんなさい、アディシア」

 

 感情を抑えた声で、ヴェネフィカは謝罪を口にする。

 それからフードの端に指をかけると、それをゆっくりとどかした。

 露わになったのは、歳を重ねても美しい女の姿。

 眉間に出来た皺が消えなくなってるぐらいで、特別何かあるわけでもない。

 目を引くのは、その耳に付けているものだ。

 小さくて白い卵のような形状のモノが、ヴェネフィカの片耳にくっついていた。

 

「何だ、アレ?」

「通信用の端末だよ。

 あれであの館からウィリアムと連絡を取り合ってたんだろ」

「成る程なぁ」

 

 ずっとフードを被っていたのは、アレを付けているのを隠す為だったか。

 ウィリアムは何処か楽し気に笑ってみせる。

 

「バレんよう細心の注意を払って来たつもりだがな。

 やはり完璧にとは行かんか」

「ごめんなさい、ウィリアム。一応注意はしていたのだけど……」

「構わん。遅かれ早かれ知られた事だ」

「あー、とりあえず。二人が繋がってるのは分かったけどな」

 

 結局、コイツらは何がしたいのか。

 問題はその一点だ。

 アディシアのメンタルを打ちのめすだけの仕込みじゃあるまい。

 俺がそれを口にするより早く、ウィリアムは言葉で応じる。

 

「知りたいのは、此方の目的だろう。

 これに関しては、お前達とは利害の対立はないと考えたが」

「具体的に何だ?」

「決まっている、だ」

 

 大抵の人間は、それを聞いただけで恐怖に震え上がりそうだな。

 竜殺し――いや、真竜殺しか。

 その配下であるはずのウィリアムは、己の主人を微塵も恐れてはいなかった。

 

「あの千年前の時から此処まで、俺は真竜を殺す為に準備を進めて来た。

 そしてお前達もまた、竜を殺す為に此処にいるはず。

 ならば手を組む余地があると思うが――さて、どう考える?」

 

 今や片腕を失い、この男はもう弓も引けないはずだ。

 にも拘わらず眼光は鋭く、此方の真意を射貫くような視線を向けてくる。

 反面、語る言葉はまるで買い物にでも誘う気軽さだった。

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