95話:出処不明の暴れ牛

 

 後日。

 我は一人で構わんと言ったが、結局マレウスが同行する事になった。

 まぁ我とてこの《学園》に詳しいワケでも無し。

 道案内として連れて行く意味ぐらいはあるだろう。

 それにマレウスとは古き兄弟の誼だ。

 特別に共に行く事を許す事にした。

 

「ありがとう、ボレアス。

 ……これはこれで、昔の貴方なら考え難い事よね」

 

 と、マレウスは複雑そうな顔でそんな事を言った。

 不変である我ら古竜とて、変わる時は変わるだろうよ。

 尤も、我自身は「変わった」などという自覚は持っていないが。

 

「で、場所は此処であっているのか?」

「ええ。イーリスから貰った情報通りなら、この辺りのはずよ」

 

 我とマレウスが来たのは、本校舎とかいう巨大な塔の外。

 小さい森、というよりは大きな林と言うべきか。

 草木は青々と茂り、枝には小鳥の姿も見える。

 アレコレと「機械」とやらが使われてる都市の中では珍しく随分自然的だな。

 

「生徒のメンタルケアを目的に開放されてる自然公園ね。

 この時間は殆どの生徒が訓練中だから、余り姿は見えないけど……」

「そんな事はどうでもいいが、本当にこの場所であってるのだろうな?」

 

 見える範囲に視線を巡らすが、特に怪しげな物は見えない。

 此処で語られている《七不思議》とやらは確か……。

 

「出処不明の暴れ牛だったな。何故暴れ牛なんだ?」

「それは私も聞きたいかなぁ……」

 

 まったく意味が分からん。

 マレウスの方も困った顔で笑うばかり。

 良く分からんが、別に理解する必要も無いだろう。

 要はその《七不思議》が我を楽しませてくれるかどうかだ。

 眠気は感じているが、昨日ほどではない。

 気分も悪くは無いしこれならば行動に支障もあるまい。

 さて、先ずは暴れ牛とやらを探す為、この辺りを適当にひっくり返して……。

 

「……ヤ、本当にいらっしゃるとは」

 

 と、我が動こうとした矢先。

 聞き慣れぬ男の声が背後から聞こえて来た。

 

「貴方は……」

「ドーモ、マレウス副学長。

 正直、会長から聞いても半信半疑だったンですけどネ」

 

 どうやらマレウスは知っている相手らしい。

 振り向けば、其処には一人の男が立っていた。

 背は高くも低くも無いが、鍛えられているのか体格は悪くない。

 短く切った黒髪に、目はかなり細い。

 制服とやらが余り似合っていないソイツは、我らに軽く一礼して見せる。

 

「《黄金夜会》書記、ヤオフェイと。

 此処の《七不思議》の対処を任されとります、ドーゾヨロシク」

 

 そう言って、ヤオフェイとやらはお道化た態度で笑った。

 が、我としては正直どうでもいい。

 

「マレウス、案内をしろ。

 此処まで来たのだ、成果無しでは長子殿に笑われてしまうぞ」

「え、ええ、それは分かってるけど……」

「オ、何か冷たくない??

 俺としちゃァ折角のご縁だし、仲良くしたいンですけどネ」

 

 相手をせず公園とやらの探索をしようと思っていたが。

 ヤオフェイとかいう小僧は、馴れ馴れしい態度で此方に近付いて来た。

 ……ふむ、今の我は寛大だからな。

 

 

「とッ……!?」

 

 爪では万一もあるだろうと、尾の一発で勘弁してやった。

 軽く鞭打つぐらいの力加減で小僧に尾の先端を打ち込んだ。

 ゴロゴロと草むらの上を転がっていく。

 

「ボレアス……!

 貴方、いきなり攻撃するなんて……っ」

「落ち着けよマレウス。少し撫でただけだぞ」

 

 この程度で死ぬようなら、そもそも我の傍に近付いたのが悪い。

 それに我は寛大だ、大事なことなので繰り返すが。

 今ぐらいの一撃ならば耐えるだろうと、そう見立てての事だ。

 我が予想した通り、小僧はふらつきながらもその場に立ち上がった。

 暫くは動けんかと思ったが、これは予想外だな。

 

「イタタタ……っ」

「ヤオフェイ、大丈夫っ!?」

「いや、ダイジョーブダイジョーブ。

 しかしまァとんでもない人……人? 連れて来たなァ副学長」

「どうでもいいが、どうやら少しは使えるようだな?」

 

 《黄金夜会》とやらも、ただの烏合の衆でも無いらしい。

 我の尾で打たれた腕をさすりながら、ヤオフェイとやらは苦笑いを浮かべる。

 

「これでも夜会のメンバーなんで、エエ。

 《七不思議》の対処に協力するって話、勘違いじゃあないっすよネ?」

「……それは間違いないわ。

 けど、ごめんなさい。危ないから、彼女には余り近付かない方が良いと思うわ」

「みたいですネェ、いやおっかない」

 

 などと、マレウスとヤオフェイは言葉を交わしている。

 だが、双方の間に置かれた距離は表面上の態度ほど近くは無いようだ。

 どういう事情があるかとか、その辺は別に興味はないが。

 

「足手纏いなら優しく撫でて寝かせてやろうという、我の心遣いだぞ?」

「生徒をいきなり叩くのは止めてって話よ……!」

「だから力加減はしただろう」

 

 見たところ、ヤオフェイも殆ど傷んだ様子もない。

 加減はしたつもりだが、其処まで軽く打ったつもりもないはず。

 其処はこの小僧が我の思った以上に実力を持っていた、という事だろう。

 まぁそんな事をグダグダと話す意味も無い。

 

「で、ヤオフェイとやら」

「アッハイ、何でしょ? ちなみにまだお名前伺ってませんけどネ」

「そうだな、最初の一打に耐えた褒美は必要だな。

 我の事はボレアスと呼ぶがいい。

  それで、此処には本当に《七不思議》とやらはいるのか?」

「ボレアス姐さんと。エエ、間違いなくいますヨ、《七不思議》」

 

 言いながらヤオフェイが近付いて来るが、今度は距離を測っているようだ。

 我の尾がギリギリ届く程度の位置。

 最悪また殴られても見切って躱せるぐらいの場所だろう。

 マレウスが軽く睨んでくるので、流石に二度やるつもりはない。

 が、慎重さは評価しても良いか。

 

「出処不明の暴れ牛……で、良いのよね?」

「デスヨ。意味分かんないデショ」

 

 不安げに確認するマレウスに、ヤオフェイは苦笑いで応える。

 しかし見たところ、公園の空気は静かなものだ。

 特にこれといって怪しげな気配なども感じぬし、やはり与太話では無いのか?

 

「そもそもだけど……」

「何だ、マレウス」

「こういう怪談話って、日が沈んで暗くなったりとか。

 夜の内に起こるのが基本じゃないかしら……?」

「そんな事は我は聞いてないぞ」

 

 マレウスの言う事が正しいのなら、完全に無駄足ではないか。

 少々憤慨する我に、マレウスも困った顔をして。

 

「ごめんなさい、私もそう詳しいわけじゃないから……」

「イヤイヤ、大丈夫ですヨお二人とも」

 

 言いながら、ヤオフェイはその場から一歩踏み出す。

 相変わらず公園には何の変化も無い。

 けれど《黄金夜会》の小僧だけは、何かに勘付いたようだった。

 

「マレウス副学長の言う通り、《七不思議》の舞台は主に夜中。

 人目のない環境にこそ怪異が現れる、ってのは噂話としちゃ正しいデスヨ」

「それなら……」

「けど、この《学園》の《七不思議セヴンス・ワンダー》は無責任な噂話じゃナイ」

 

 その発言が引き金となったのか。

 それは我の知り及ぶところではない。

 起こった事実は一つ。

 気付けば全ての明かりが消え失せ、我らは「夜の公園」の真ん中に立っていたという事だけ。

 流石のマレウスも驚きを隠せぬようだった。

 かくいう我も少しばかり驚いている。

 これほどの変化が起こったというのに、直前まで気が付かぬとは。

 

「そんな、何の兆候も無かったのに……」

「あ、そういうのは無駄ですヨ。

 《七不思議》はこの《学園》の一部みたいなもんデスから」

 

 ヤオフェイの言う事は我にもよく分からんが。

 兎も角、これで望むモノが現れるようだ。

 夜に包まれた公園は、今や隠しようもない「敵意」に満たされていた。

 

「さて、お出ましのようだな」

 

 夜になった事を差し引いても、不自然なほどに暗い木々の向こう。

 其処に浮かび上がるのは赤く燃える獣の双眸。

 穏やかだった空気はもう欠片も無く、噎せ返るような獣臭が流れてくる。

 

「下がっていろよ、マレウス。

 何ならそこの小僧を守ってやるといい」

「ダメよ、ボレアス。

  一人じゃ危ないわ。油断しないで」

 

 そうは言いながらも、マレウスは小僧の方が心配であるようだ。

 正しい判断だ、我は《北の王》なのだから。

 《七不思議》だか何だか知らんが、暴れ牛などに遅れを取る事は……。

 

『オオオォオオオオォォォ――――ッ!!!』

 

 地を揺るがすが如き咆哮。

 夜の気配を引き裂くように「暴れ牛」は姿を見せる。

 なんというか、その有様は。

 

「……デカ過ぎやせんか??」

「どこら辺が牛なのコレ……!?」

 

 マレウスの叫びには同意せざるを得ない。

 デカい、兎に角デカい。

 現れたソレは、外見だけは牛と言われれば牛に見えん事もない。

 しかし我の知る限り、牛は見上げると首が痛くなるような巨体ではあるまい。

 まして後ろ足で二足歩行はせんし、前脚もあんな巨木のように太くないはずだ。

 捻じれた角で夜空を突き、高らかに雄叫びを上げる暴れ牛。

 うむ。コレのどの辺が牛だ?

 

「ボレアスっ!」

 

 物珍し気に眺めていたら、マレウスが我の名を叫んだ。

 まだ多少離れていたはずだが、暴れ牛には一歩の間合いであったらしい。

 巨躯に似合わぬ恐るべき速度で、牛は我の眼前に迫っていた。

 衝撃。前脚――いや前腕か?

 暴れ牛が振り回した一撃が我を捉える。

 見た目と違わぬ膂力は、人の身である我を大きく弾き飛ばした。

 

「クソ、マジで貧乏くじだネ……!」

 

 おかしな訛り方をした言葉で吐き捨てると、視界の端で小僧が動いた。

 見れば、その腕や首辺りに赤黒い紋様が走っている。

 強い魔力の脈動と共に、ヤオフェイは暴れ牛に襲い掛かった。

 

「オラァっ!!」

 

 雄々しく叫び、その拳が暴れ牛の顔面に突き刺さる。

 体格差など語るのも馬鹿馬鹿しい。

 多少鍛えた程度の小僧と暴れ牛では、文字通り質量の桁が違う。

 だが、小僧の拳は牛の巨体を僅かに揺らした。

 

「ちょっとお姉サン、生きてるか!?」

「この程度で死ぬかよ」

 

 立ち上がり、身体に付いた埃を払う。

 長子殿とマレウスに無理やり着せられた制服とやらも、端が僅かに裂けていた。

 先程の攻撃でこの程度とは、思いの外頑丈だな。

 

「ボレアス、大丈夫なの?」

「平気だ。しかしまぁ、勝手をさせるのは気に喰わんな」

 

 案ずるマレウスに軽く手を上げて応えておく。

 その間もヤオフェイの小僧は、荒れ狂う巨牛相手に立ち回っていた。

 改めて観察すると、小僧が使うのは単純な身体強化の魔法ではないようだ。

 浮かび上がる赤い紋様。

 それは人体ではあり得ぬ力と強度をヤオフェイに与えている。

 推測だが、その実態は「血」だろうな。

 高い魔力と高度な強化術式を宿した血液を全身に巡らせている。

 それにより超人じみた身体能力を発揮しているのだろう。

 暴れ牛を相手に一歩も退かず、人間にしては良く戦っている。

 だが。

 

「チッ……!」

 

 ヤオフェイは舌打ち一つして、暴れ牛から一度距離を取る。

 標的を一時見失った牛は、間抜けに首を振りながら雄叫びを上げる。

 地団駄を踏めば地面が割れ、振り回す腕に周りの木々は容易く薙ぎ倒されていく。

 良い勝負をしていたが、暴れ牛に大したダメージは無い。

 逆にヤオフェイの方は短い攻防で明らかに消耗しているようだ。

 

「体内から強化を全身に循環させるのだ。

 負担は相当激しかろうな」

「こんぐらいやらなきゃァ、あのデカブツの相手は出来ないンで……!」

 

 息は上がっているようだが、それでも笑うヤオフェイ。

 なかなか気骨もあるらしい。

 暴れ牛の方は、未だに獲物を探して同じ場所で暴れるだけ。

 なんとも醜悪な獣の様よ。

 

「無茶し過ぎよヤオフェイ。一度下がりなさい」

「そうしたいンはヤマヤマなんですけどネ。

 少なくとも消耗させんと、この《寓話結界フェアリーテイル》から出てきちまう」

「ほう、そういう仕掛けなのか」

 

 《寓話結界》とやらが何かは知らんが。

 察するにこの夜に変わった範囲の事だろう。

 そして最低限弱らせなければ、あの牛は結界の外に現れる。

 そうなれば相当な被害が出るだろうな。

 

「――さて、我は行くが。

 お前はどうする? マレウス」

「援護するわ。大した事は出来ないと思うけど」

「構わん。我一人で十分だからな」

 

 軽く笑って、我は暴れる巨牛へと近付く。

 狂うばかりだった牛だが、獲物の気配には敏感なようだ。

 燃え上がる獣の瞳に我は笑みを返した。

 

「たかだか畜生が我を睨むとは、身の程を知らんと見える」

『ガァアアアァアア――――ッ!!!』

 

 言葉を理解した様子もなく、暴れ牛は猛り狂う。

 ヤオフェイも動こうとするが、それはマレウスが抑えた。

 

「副学長、アレに一人は拙いでショ……!?」

「大丈夫、私も援護するから一人じゃないわ。

 ――――それに」

 

 何やらグダグダと話しているようだが、今は目の前からだ。

 怒り、咆哮を上げながら迫る《七不思議》の巨牛。

 振り下ろされた前脚を、我は正面から迎え撃つ。

 右の拳に力を込め、落ちてくる暴れ牛の足へと叩き込む。

 轟音。爆発にも似た衝撃が炸裂する。

 

「ハハハハハハハッ――――!!!」

 

 純粋な力勝負。

 軍配が上がったのは当然我の方だ。

 本当ならそのまま足を掴んで放り投げるつもりだったが、其処までは難しいか。

 押し負けた巨牛は後ろへと転がりかけ、ギリギリで踏み止まる。

 良いぞ、下等な獣だがなかなかに楽しめそうだ。

 

「かつては《北の王》と名乗った貴女が、このぐらいで負けるはずがない。

 そうでしょう、ボレアス?」

「良く分かっているではないか、マレウス。

 そちらの小僧も、我が威光を拝んでいるがいい」

 

 今の光景に間抜け面を晒すヤオフェイ。

 その畏怖の宿った視線はなかなかに心地いい。

 改めて我は暴れ牛を見る。

 こちらはこちらで、燃える眼に未だ敵意と殺意を滾らせたまま。

 良い度胸ではないか、獣風情が。

 

「では、暫し戯れようか不可思議なる獣よ――――!」

 

 暴れ牛の咆哮に応じるように我は笑う。

 地をどよもす巨体に、再度右手の爪を叩き付けた。

 

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