第三章:《七不思議》の秘密

94話:眠たい王様

 

 ……どうにも眠くて頭が重い。

 抗い難く、我は大きく欠伸をしてしまう。

 このように酷い眠気に襲われる事など、あまり記憶にない。

 《学園》とやらに入ってからはほぼ毎日がこの状態だ。

 別に大した問題ではない故、特に気にはしていない。

 他の者らが拘る「訓練」とやらをサボる良い口実にはなる。

 まぁ、それは兎も角。

 

「……《七不思議》?」

 

 竜殺しが持ち帰った言葉を、姉妹の片割れ――イーリスは訝し気に繰り返す。

 日は沈み、時間は夜を回った頃。

 今いるのはこの《学園》で暮らす者達に宛がわれる場所。

 マレウスが全員纏まっていた方が良いだろうと用意した五人用の大部屋だ。

 我は並んだ寝台の一つに横たわり、眠気と少々格闘している。

 姉妹などは明日以降の訓練の確認をしていた処に、竜殺しが帰って来た。

 長子殿は即座に引っ付いて、甘えた猫に堕ちたがそれは良い。

 

「あぁ、えーっと……《黄金夜会》だったか?

 とりあえず、其処で話してたら聞かされたんだけどな」

「まさか本当に殴り込みに行ったのですか?」

「いやいや、平和的に話し合いで済ませたからな」

 

 驚く姉の方――テレサに対し、竜殺しは手を振って応える。

 真面目に聞いてはいなかったが、そういえば何やら揉め事があったとか。

 我がその場にいれば暴れる口実になったが……まぁ、それより今は眠たい。

 しかし易々と眠気に屈するのも恥辱の極みだ。

 欠伸を噛み殺しながら、一先ず寝台から身を起こす事にする。

 

「で、一応その《七不思議》とやらについて聞きはしたんだが。

 俺も良く分からんし、調べたりなんだり出来そうか?」

「とりあえずやってみるが……マレウスは何か知らないのか?」

 

 丁度様子見という名目で部屋にやって来ていたマレウス。

 この《学園》の責任者であるらしい彼女は、その問いに少し考え込んで。

 

「知ってはいる……けど」

「けど?」

「所謂、怪談話――生徒達の間で流行った『怖い話』の類よ?

 なんだかんだでこの《学園》も歴史は長いから。

 その手の噂話は幾つも囁かれてるし、私も多少は知ってるけど……」

「……《七不思議》の対処は、《黄金夜会》の最優先事項とか言ってたけどな」

 

 竜殺しの言葉に、マレウスはまた難しい顔で黙り込んだ。

 どうやらその《七不思議》とやらについて、彼女は詳しく知らないらしい。

 寝台の上から様子を見ているが、特に偽っている様子も無い。

 長子殿は然程興味も無さそうな様子で。

 

「その《七不思議》とやらがどうしたの?」

「対処に協力して欲しいんだと。

 なんでも『学園長』絡みで、ほっとくとヤバいらしい」

「……どこまでマジか分からんが、調べてみる価値はありそうだな」

 

 竜殺しの発言を受けて、イーリスは真面目な顔で頷く。

 それから目を閉じ、何やら意識を集中させ始めた。

 我は良く分からんが、「きかい」とやらを操る《奇跡》という奴らしい。

 見えない場所から知識や情報を引っ張り出す事が出来る、というのはなかなか便利そうだ。

 その場にいる全員が、暫しその様子を見守り――。

 

「うーん……」

「大丈夫か? イーリス」

「あぁ、大丈夫。

 とりあえずそれらしい情報データは引っ張って来たけど……」

 

 気遣う姉に、妹は歯切れの悪い言葉を返す。

 何らかの情報は引き出せたようだが、余り芳しくはなさそうだ。

 

「マレウスの言う通り、与太話っつーかなんつーか。

 『本当にあったかも分からない、何だか怖い話』みたいなのばっかだなコレ。

 しかも《七不思議》とか言ってんのに七つじゃねぇし」

「どういうこと、ソレ?」

 

 良く分からない、と首を傾げる長子殿。

 確かに傍から聞いているだけでは良く分からんな。

 イーリスは自分の頭を乱雑に掻きつつ、言葉に迷っている様子だった。

 

「だから、大体が『生徒が誰かから聞いた』とか『どっかの誰かの体験談』とか。

 情報の出所がハッキリしない上、類型バリエーションもやたら豊富なんだよ。

 似てるけど微妙に内容が違う話とかもかなりあるし。

 《七不思議》って話の組み合わせ自体、パターンが山ほどある感じだ」

「私が知ってるのも、大体そんな感じね。

 ……まさかそれに、『学園長』が絡んでるなんて……」

 

 そう言って、マレウスは難しい顔で小さく唸る。

 抜いた情報を確認しているのか、イーリスの目が何もない宙を追うように動く。

 

「ただまぁ、ちょっと気になる事はあるな」

「気になる事?」

「今言った通り、《七不思議》つっても話は色々ある。

 『廊下を歩いてると、誰もいないのに足音だけが追いかけてくる』だとか。

 『運動区画の床から突然手が出て来て足を引っ張られる』だとか。

 その話を纏めたのが《七不思議》で、パターンはホント色々あるんだが……」

「何かおかしな事でもあるのか」

「どの話にも共通してる事がある。

 『』って事だ」

「? 良く分からんな、どういう意味だ?」

 

 我は横から聞いていただけだが、つい疑問を声に出してしまった。

 それを受けて、イーリスは肩を竦める。

 

「言葉通りだよ。

  どの《七不思議》も決まって『七番目の不思議は存在しない』ってあるんだ。

 偶然っつーか、そういう定型フォーマットなのかもしれねェけど」

「ふーむ」

 

 竜殺しも理解が及んでいない様子で軽く唸る。

 同様に話を聞いていたテレサも、難しい顔をしながら。

 

「レックス殿、夜会の者は他に何と?」

「あー……なんか、俺がその《七不思議》を一個ぶっ壊してるらしい」

「は?」

「校舎を徘徊する騎士像だか何だか。

 確かに似たようなのと出くわして壊した覚えはあるんだよな」

「それはもっと早く言うべきじゃない??」

 

 真面目なマレウスらしい、実に真っ当な意見だ。

 しかしその馬鹿を常識の物差しで測っても意味はあるまいよ。

 道理を蹴飛ばしながら此処まで生きて来たような男だ。

 そら、長子殿など無駄に嬉しそうだ。

 

「流石ね、レックス。

 私を置いて特に意味も無くフラフラしてたわけじゃないのね?」

「いや何か楽しそうだし邪魔しちゃ悪いと思ってな?」

 

 腕を引っ張られるように長子殿に抱き締められる竜殺し。

 相当な力が込められているようだが、まだ戯事の範疇だろう。

 そんなじゃれ合いを余所に、イーリスがまた何やら調べ始めたようだ。

 目を閉じ、小さく幾つか呟いて。

 

「……あった」

「イーリス?」

「レックスが今言った徘徊する騎士像。

 それが含まれてる《七不思議》を見つけた」

「お、マジか。あのイヴリスって子は其処まで教えてくれなかったんだよな」

「協力を頼まれた、という話ではなかったか?」

 

 我が聞くと、竜殺しは首を横に振って。

 

「向こうも色々あるらしい。

 イーリスがいなかったらちょっと面倒だったな」

「煽てても何も出ねーぞ」

「感謝は素直に受けておくべきだぞ、イーリス。

 それで、他の《七不思議》はどんなものがあるんだ?」

「ぶっちゃけ名前と簡単な概要しか今は分かんねーけど……」

 

 姉の疑問を受け、イーリスは調べた情報を語り出す。

 我は大して興味も無かったが、声は自然と耳に入ってくる。

 曰く、特定の時間で段数が変化し異界へ繋がるという『魔の十三階段』。

 曰く、真夜中に覗き込むと未来が見える『合わせ鏡の怪』。

 曰く、校舎裏を縄張りにする『出処不明の暴れ牛』。

 曰く、死んだ少女が絵画の前で啜り泣く『美術室の幽霊少女』。

 曰く、招いた者の命を対価に願いを聞く『フラワーチャイルドさん』。

 曰く、出くわす者に襲い掛かる『校舎を徘徊する騎士像』。

 曰く――『七番目の不思議は存在しない』。

 仮に知ろうとするならば、その者は死を以て贖う最後の不思議。

 以上が、イーリスの調べたらしい《七不思議》の概略だ。

 聞いていたその場の全員、先ず言うべき言葉を探す必要があった。

 

「……全部、聞き覚えはある内容ね。

 生徒が面白がって話してるのを聞いた程度だけど」

 

 最初に口を開いたのはマレウスだ。

 彼女もやはり困惑した様子ではある。

 無理もない、正直に言えば子供のたわ言めいた話だ。

 これが一体「学園長」とやらとどんな関係があるのやら。

 

「まぁ、何にせよ調べるしか無いだろうな」

 

 あっさり結論を口にしたのは竜殺しだった。

 奴の態度はいつもの如く、悩む方が面倒と言わんばかりだ。

 

「夜会とかいうのも協力してくれって言って来てるし、何とかなるだろ」

「喧嘩売って来た相手だぞ。信用できんのか?」

「別に信用する必要は無いし、敵対してくるのなら相手すればいいさ」

「そういう事ね。敵なら踏み潰せば問題ないわ」

 

 乱暴な話ではあるが、実際それが真理だろう。

 長子殿は賛同し、意見したイーリスも「まぁそうか」と納得したようだ。

 が、マレウスは言いたい事があるようだった。

 

「私も、その《七不思議》が『学園長』に関係してるなら調査するべきだと思う。

 夜会の子達と協力する事も賛成だわ。

 ……けど、出来ればあの子達と戦うのは避けて欲しいの」

「マレウス、気持ちは分かるが……」

 

 甘い事を言うマレウスをテレサが諫めた。

 昼間に夜会とやらのメンバーと戦った本人だ。

 その場にマレウスも居合わせたと聞いたが……。

 

「必要なら、そうするしかないのは承知してる。

 けれど、あの子達も私にとっては大事な生徒だから。

 嫌われてしまっていても、その立場は変わらないと私は信じてる。

 だから……」

「殴り掛かられたら殴り返すが、別にこっちから殴る気はないな」

 

 言いながら、レックスは一つ頷いた。

 それから部屋に置かれた椅子に腰かけて、膝に長子殿を乗せる。

 もう完全に扱いが猫のそれだが、当人が満足そうなら良いか。

 

「仮に戦り合う事になっても、殺さないぐらいの加減もするさ。

 とりあえずそんなところで良いか?」

「ええ、それで十分。

 ……無理を言ってしまってごめんなさい。

 それと、本当にありがとう」

「いや、こんぐらいはな。何だかんだ世話になってるし」

 

 などと言ってるが、本音は別だろうな。

 恐らくだが、長子殿の姉妹という事で奴なりに気を使った結果か。

 そういうところは妙に義理堅いというか、面倒な男だ。

 

「とりあえず、方針を確認しましょう。

 先ず『学園長』の手掛かりを掴む為にも《七不思議》の調査をする事。

 それからその過程で、《黄金夜会》とも可能な限り協力すると」

「相手が敵対する気なら、相応の報いを受けさせるのも忘れないでね」

 

 話を纏めるテレサに、長子殿は嫌な笑みと共に付け加える。

 まぁ敵になるなら踏み潰すだけよな。

 我はその点に異論はないが、折角落ち着いたマレウスがまたそわそわし出す。

 諦めろ、お前が慕う長子殿は昔からああなのだ。

 

「……しっかし、《七不思議》を調査ってもどうすりゃ良いんだろうな。

 一応、怪談の舞台になってる場所についても調べたけど」

「荒唐無稽というか、よく分からないモノも幾つかあるな」

「ホントだよ。暴れ牛どっから出て来た。

 出処不明とかふざけてんのか」

 

 愚痴るイーリスにテレサは苦笑いをこぼす。

 言いたくなる気持ちは分からんでもないが、やはり眠い。

 

「まぁそれは兎も角。

 《七不思議》の場所は調べがついてるから、直接行って確認すりゃいいか。

 ……ただ昼間は訓練入れてんだよな」

「あぁ、私もだ。そう時間は遅くならないと思うが……」

 

 姉妹は少し困ったように言った。

 訓練など、我からすると別に重要な事でも無いと思うが。

 しかし竜殺しの膝上で微睡む長子殿も。

 

「私も現代の魔法関連の座学入れちゃったのよね。

 まぁ調査自体手探りだし、別に焦る必要もないでしょう」

 

 そんな事をあっさりと言った。

 勤勉というか、長子殿は学ぶ事についてはかなり貪欲だったな。

 今でこそ衰えているが、生まれついての最強生物が良くやるものだ。

 ……何とも眠いが、さりとて惰眠を貪るばかりでは我の沽券に関わるな。

 

「ふーむ、なら昼間の内は俺が――」

「どれ、此処は少し我が動いてやろうか」

 

 竜殺しの言葉を遮って。

 我がそう声を上げると、何故か場がざわついた。

 なんだ、そんなに意外な事か。

 

「え、お前が? 訓練課程とか大丈夫かよ」

「長子殿と違って然程興味が無いのでな。

 『学園長』とやらの尻尾を追う方が愉しめそうだ」

「そういう事なら、任せてみても良いかもしれないが……」

 

 何故か不安げな顔をする姉妹。

 如何に竜体を取れぬとはいえど、我は偉大なる《北の王》だぞ。

 子供騙しの怪異など物の数ではないわ。

 

「竜殺しも暫しゆるりとしているが良い。

 我が動くなら無粋な助けも不要。

 精々長子殿の機嫌でも取っているがいいさ」

「良く分からんが凄い自信だな……」

 

 竜殺しも胡乱な事を言うではないか。

 我が《北の王》である事は、貴様が一番良く知っているだろうに。

 

「さぁ、その《七不思議》とやらの居場所を教えろ。

 別にどれでも構わんぞ?」

「わっ、ちょ、分かったから上に乗って来んな……!?」

「……これは、どの道任せざるを得ないか」

 

 姉妹も我の偉大さを良く理解したようだな。

 さぁまだ見ぬ「学園長」とやら。

 せめて我の眠気を晴らす程度の見世物を期待しているぞ?

 

「……マレウス?」

「何? アウローラ」

「あれ、お守りに付かないと多分拙いわよ?」

「……何とか、出来るだけ頑張ってみるわね……」

 

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