321話:酒宴


「なにこれ美味い」


 というわけで。

 トウテツら鬼の宴に招待されたワケだが。

 石の器に盛られて出て来たのは正体不明の肉だった。

 「山盛り」という言葉通りの大量の肉。

 赤、というより全体的にピンク色で火はしっかりと通っているようだ。

 逆に言えば「火で焼いただけ」の代物ではあったが。

 後は同じく石の器に注がれた白く濁った液体。

 こっちは匂いからして酒のようだ。

 かなりキツそうではある。


「さぁ久しくやって来た客人よ。

 遠慮はいらん、存分に飲んで食ってくれ!」


 呵々大笑。

 言ってるトウテツ本人が、既に酒も肉もガツガツやっている。

 他の鬼たちも大体同じ様子だった。

 目の前に出て来た謎の肉。

 ろくに草木も生えておらず、そもそも鬼以外の生き物も見当たらない。

 そんな環境で出てくる肉とは何ぞやと。

 当然のようにテレサやイーリス辺りは躊躇しているようだ。

 なので先ず、俺が先陣を切って肉を食べてみる事にしたのだが。


「マジで?」

「うん。ヤバい。なにこれマジで美味いんだけど」

「そ、そんなにですか?」


 驚く姉妹。俺は喋りながらも食べる手を止められなかった。

 いや美味い、マジで美味い。

 これまで食べて来た肉とは、何と言うか味の質そのものが違った。

 歯応えはプリプリしていて肉としてはかなり柔らかい。

 味は甘味が強く、焼いてるからか香ばしさが際立っている。

 脂のくどさも微塵もないし、幾らでも食べられそうな気さえする。


「……ホントに美味しいわね、コレ」

「うむ、なかなか悪くないのではないか?」


 古竜組も手を付けたが、大体同じ反応だった。

 酒の方も口にしてみる。

 こっちは酸味がかなり強く、舌先にやや苦味が残る。

 どうやら何かの動物の乳から作った乳酒のようだった。

 それにしては大分酒精が強いが、こっちの味も悪くない。

 まぁ肉の方が美味すぎるだけではあるな。


「……ホントに美味ェ。なんだこの肉?」

「……驚いた。一体これは……?」


 遅れて食べたイーリスとテレサ。

 こっちも似たような反応をしながら、山盛りの肉をどんどん食べて行く。

 うーん、美味すぎて逆にヤバいんじゃないかなコレ?

 マジで何の動物の肉なのか。


「……《巨人》の肉」


 ぽつりと。

 俺たちの傍で、同じように肉を食べながら。

 そう言ったのは《巨人殺し》の少女だ。

 うん、《巨人》の肉?

 その一言に、イーリスは危うく噴きそうになっていた。


「マジで? いや、アレって食えるもんなの?」

「普通の《巨人》の肉は、人間は食べない方がいい。

 鬼と、後は一部の人間は口にするけど。

 普通はまだ『生きてる』肉に腹の中から逆に食われて死ぬ」

『ちなみに鬼でもそうなる奴はいる。

 が、こんなろくに食う物もない荒野だからな。

 《巨人》の肉は貴重な食糧ではあるんだよ』

 

 傍らで黒い蛇が補足してくれる。

 や、それは良いんだけど。


「普通の、という事は。

 この肉は普通の《巨人》の肉じゃないの?」

「うむ、『カンバ』の名で知られる珍しい《巨人》の肉だな」

 

 他より大きな石器を片手に、トウテツの方が疑問に応じる。

 ぐいっと酒を一気に飲み、がぶりと肉の塊を齧った。

 ふむ、名前のついてる《巨人》もいるのか。


「カンバは《巨人》としては珍しく、大して強くもないし気性も大人しい。

 むしろ危険に晒されると率先して逃げ出すような奴だ。

 《巨人》であるから不死で、殺しても放っておけばまた蘇る。

 弱いが死なないなどという奴、本来なら捨て置いても良いわけだが……」

「肉が美味いのよね、カンバ。

 だから見つけ次第、みんな全力で狩ろうとする」

「肉が美味い」


 ある意味で凄い特徴ではある。

 肉を齧りつつ、トウテツは大きな声で笑う。


「カンバの肉は、鬼どころか《巨人》も狙うほどの物。

 奴自身も《巨人》であるが故に、一度仕留めれば肉も大量に手に入る。

 これも暫く前、たまたま見かけたカンバから剥ぎ取った肉だな」

「成る程なぁ」


 となると、かなり貴重な代物のはずだ。

 宴とはいえ、それを惜しみなく出してくれるとは。

 しかし。

 

「弱い《巨人》なのよね? そのカンバって。

 だったら生かして捕らえたままにしておけば良いんじゃないの?」

「うむ、そうすれば幾らでも肉を取れそうなものだが」

 

 古竜二人の言うことは、俺も今丁度考えていた事だ。

 《巨人》は死なないワケだし、そうすれば半永久的に肉を取ることが出来る。

 悪くない考えだと思ったが。

 横で肉を食べていた《巨人殺し》が、ゆるゆると首を横に振る。


「やった事のある鬼の部族は知ってる。

 けど、

「なんで??」

「《巨人》に襲われたの。

 言ったでしょう、カンバの肉は《巨人》も狙ってるって」

「あー」


 成る程。

 カンバの肉は同属である《巨人》も狙っている。

 それを一ヵ所に長く留めておくと、《巨人》が集まって来るのか。


「欲張り過ぎるとロクな目に遭わねェって事か」

「寓話のような話だな」

「うむ。故にカンバが動ける程度の肉を取ったら、後は放すのが基本だな。

 でなくば《巨人》が群れて襲って来る」

 

 テレサとイーリスの言葉に、トウテツは頷く。

 うん、なかなか面白い話だった。

 《巨人》ってのもなかなか個性的だな。

 貴重な肉を頬張ると、甘い肉汁が口いっぱいに広がる。

 マジで美味すぎて幾らでも食べられそうだった。


「で、そちらの話というのは?」

「そうでした」

「?」


 はい。

 肉が美味すぎてすっかり忘れてました。

 トウテツに促された事で、本題がある事をようやく思い出す。

 ちなみに俺以外も、大体肉のせいで頭から飛んでたようだ。

 事情を知らない《巨人殺し》だけは不思議そうに首を傾げている。

 さて、話すのは良いがどう話したもんか。


「全部言って良いと思うか?」

「まぁ、そうね。特に隠すような事はないでしょうし」

「うむ。別に問題はあるまいよ」


 では、とりあえず一通りの事情は伝えるか。


「一応要約はするつもりだが、多少長い話になるとは思う」

「構わんぞ。肉も酒も十分にあるからな」


 言いながら、トウテツは器の酒をぐいっと飲み干す。

 こういう軽い対応は実際ありがたい。

 そんなワケで、飲み食いしながらの事情説明タイムが始まった。

 俺たちが海の向こうの大陸から来た人間である事。

 アウローラとボレアスに関しては、竜という別の種族である事。

 海の上で派手に戦ってたら、気付くとこの《巨人の大盤》に流れ着いた事。

 そして大陸に戻る手段がなく、困っている事。

 その辺をざっと掻い摘んで説明する。

 最後まで話し終えると、トウテツは「ふぅむ」と小さく唸った。


「まぁ、そんな気はしておったが。

 まさか本当にあの海の向こうから来た者だったとはな」

「そういう奴は他にもいるのか?」

「まさか。あの海を越えた者など、少なくともワシはこれまで聞いた覚えもない」

「……そうね。私も初耳」


 肉を齧りながら、《巨人殺し》も小さく呟く。

 やっぱ相当珍しい事例ではあるらしい。


「そうなると、海を渡る手段とかは……?」

「ワシは知らんな。《巨人殺し》はどうだ?」

「知らないわね」

「うーむ」


 まぁ、いきなりその方法が分かるとは思っていなかったが。

 運良く出会った話せる二人が知らないとなると、さて次はどうしたものか。

 こちらも首を捻っていると。


『……大昔に、こっち側から海に渡った奴ならいるけどな』


 そう言ったのは、《巨人殺し》の傍らにいる黒蛇だった。

 何というか、「出来ればあまり話したくはない」と。

 そんな感じの苦みが混じる声だ。

 相方である少女は、そんな蛇を横目でチラリと見る。


「初耳だけど」

『大昔も大昔の、それこそ御伽噺に近い話だ。

 ブラザーだって別に子守歌を聞きたい歳でもないだろう?』

「……大昔に、この場所から海を渡った。それって……」

「我らの大陸で言うところの、第二次入植者の事であろうな」


 第二次入植者。

 聞いた覚えがあるようなないような。

 はて、どうだったっか?


「《十三始祖》たちが大陸に降り立った後。

 海の向こう側――つまり、この《巨人の大盤》から流れ着いた人間たちの事よ。

 現在、私たちの大陸に住んでいる人類の祖先に当たるわ」

『俺が言ってるのも、多分そっちのお嬢さんが言ってるのと同じだろうな。

 本当に遠い昔の話だし、アレに関しちゃ特殊な「例外」があっての話だからな。

 参考にはならないと思うぜ?』

「けど、手掛かりにはなるんじゃないの?」

 

 話は終わりだと、そう言わんばかりの蛇に。

 《巨人殺し》の少女は、淡々とした口調で踏み込んで行く。

 うん、わざわざ口に出したって事は、多分そういう事なんだろう。

 つい口を滑らせただけで、蛇の方は詳しく語る気はなかったのかもしれないが。

 視線が集まったのを感じたか、やや居心地悪そうにクロは身動ぎをして。


『……俺も、そう詳しく知ってるワケじゃない。

 ただ、カドゥルの奴ならより詳細な知識を持ってるはずだ。

 なんたって、その「移民船」にはあの女も直接関わってるからな』

「カドゥル?」

 

 確かそんな名前を、最初にトウテツを見た時に聞いた気がする。

 トウテツに視線を向けると、軽く頷いて。


「カドゥルとは、ワシと同じ鬼だな。

 この《巨人の大盤》で最も古くからある《鬼王》。

 これまで百人を超える子を産み、大盤でも最大の鬼属領を有する鬼の太母だ」

「は? ひゃくにん?」

 

 突拍子もない数字にイーリスさんは死ぬほど驚いているようだった。

 百人産んでるとか、俺もちょっと驚いたが。

 《鬼王》カドゥル。

 どうやら次に会うべき相手は定まったようだ。


「……カドゥルの鬼属領、《国》と呼ばれているけど。

 そこなら、私が案内できる。トウテツも知っているでしょうけどね」

「知ってはいるが、ワシは気軽に行く立場ではないからな。

 形だけとはいえカドゥルとは敵同士よ。

 名のある鬼なぞ大体敵対関係ではあるから、特別な話でもないが」

「成る程なぁ」


 まぁ、事情はそれぞれだよな。

 しかし《巨人殺し》さんは道が分かるって事だが。


「……良いわ、案内ぐらいなら。カドゥルとは知らない仲でもないし」

「やったぜ」

「悪いな、ホント助かるわ」

「別に。気にしないで」


 態度こそ素っ気ないが。

 殆ど行きずりの俺たちに、本来ならそこまで親切にする義理はない。

 それでも《巨人殺し》の彼女は、俺たちに親切にしてくれる。

 彼女が単純に根が優しいだけなのか、それとも他の理由があるのか。

 流石にそこまでは俺にも分からなかった。

 とりあえず、これで行くアテもなく彷徨う事はなくなりそうで助かった。


「どうやら話は決まったようだな。

 カドゥルは鬼としては異端なほどに寛容だ。

 奴の《国》では、戦う力も持たぬ人間も多く暮らしておるからな」

「ええ。だから私のような人間も不自由なく滞在できるわ」


 鬼の領域に人間が普通に暮らしている。

 まだそれほど多くを見たワケじゃないが、凄い事だってのは良く分かった。

 弱い人間はどう考えても生きられない過酷な環境。

 《鬼王》カドゥルは、そんな人間も庇護しているのか。


「さて、すぐに出るか?

 そうでないなら一晩寝て行く場所ぐらいは用意してやろう」

「どうする? 世話になってくか?」

「そうね。別にそう急いでいるワケでもないし」


 寝床自体は、アウローラが「隠れ家」を用意できるので困らないが。

 トウテツは純粋に厚意で申し出てくれているようだし。

 ここは素直に頷いておくところだろう。


「じゃあ悪いが、一晩だけ構わないか?」

「おぉ、勿論だ友よ。これで夜までは騒ぐ理由ができたな!!」


 ガハハと大笑するトウテツ。

 それが狙いだったかと、こっちも思わず笑ってしまった。

 《巨人殺し》の表情は変わらないが、彼女もこの空気を嫌がってはないようだ。


「別に良いけどよ、あんま呑みすぎんなよ?」

「そういうイーリスも、程ほどにな」

「ハハハ、こんな美味い飯を食うアテも暫くはなかろう。

 今の内に食えるだけ食っておくべきではないか?」


 などと笑いながら言葉を交わし、宴の時間は過ぎる。

 辺りが暗くなっても、大きな火を焚いて辺りを赤く照らし出す。

 結局、騒ぎは酒と肉が無くなる真夜中まで続いた。



 

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