第二章:天空城塞の攻防
156話:前哨戦
「くたばれ
そう叫んで向かって来るのは三つ頭の怪物。
人の胴体の上に獅子と山羊、それと蛇の頭が乗っかっている。
一応人型とはいえ体格は俺の倍以上はある。
酒宴の場で見た記憶のある相手だ。
三つ頭は両手に鋭い爪を伸ばし、それで通路の壁をガリガリと削る。
「張り切るのは良いが、ワタシの分も残しておいてくれよ?」
その後方で嘲るように言うのもやはり怪物だ。
妙に痩せぎすな事と、背が常人の倍ある事以外は人間に近い。
ただ
その先端には毒々しい花が咲き、余り良くない気配を漂わせている。
どちらも真竜、見た目通り――いや見た目以上の怪物だろう。
しかし魂の内に取り込んだ竜の性か、どちらも遊んでいる様子だ。
相手を先ず侮る悪癖は共通しているらしい。
こっちとしてはありがたい話だ。
「ぬっ……!?」
突っ込んで来た三つ頭の間合いに躊躇なく踏み込む。
俺の首を刈り取ろうと両の爪が振り抜かれる。
しかし鋭い先端が斜めに斬り裂いたのは城の通路のみ。
こっちはそれを掻い潜り、三つ頭の懐に躊躇なく入り込んだ。
警戒している様子はまるでなかった。
恐らくは剣ぐらいで自分が傷付くとは思っていないんだろう。
俺が《闘神》を倒した事も知らずに来たのか。
それとも知った上で舐めてるかは知らない。
「ガアアアァッ!?」
知らないので、とりあえずぶった斬っておいた。
竜の鱗に守られていようが関係ない。
その竜を殺す為に鍛えられた、この世に一つだけの剣。
鈍く輝く刃は容易く三つ頭の胴体を袈裟懸けに斬り裂いた。
当然、一太刀程度じゃ致命傷にはならない。
竜の生命力は良く分かってる。
だから俺は手を緩めず、更に二度三度と剣を打ち込んだ。
真っ赤な血が弾け、合わせて苦痛を叫ぶ三つ頭。
「オイ、何を遊んで――」
「何だ、遊びたいのか小童?」
後ろで見ているだけだった木の根。
流石に危機的状況を察したようだが一歩遅い。
その前には既にボレアスが立っていた。
両手と背の翼を軽く広げ、火の粉をこぼす笑みを真竜へと向ける。
幾ら昔より衰えているとはいえ彼女は《北の王》だ。
格下の竜は王の殺気に晒されて、たじろぐように一歩下がる。
不幸なのは、それで見逃してくれるほどその王様は寛容じゃない事だ。
「別に竜殺し一人に任せても問題なかろうがな。
我も少しばかりは遊びたい気分だ」
「お、お前は……」
「臆する事はない。
全てよくある戯れ事だ――強者が弱者を甚振るのは、貴様も好みだろう?」
笑いながら、ボレアスは拳を叩き込んだ。
爪でもなく炎熱の《吐息》でもなく。
固めた拳を真っ直ぐに、木の根の生えた真竜の身体にブチ込んだ。
枯れ枝のように見えても相手は真竜。
その膂力は凄まじいモノのはず。
だがそんなものは知らぬとばかりに、木の根は通路を跳ねるように転がる。
ボレアスはそれを追わなかった。
追わずにその場で胸いっぱいに息を吸い込む。
殴り飛ばされた木の根は大したダメージは受けていなかった。
強靭な竜の五体ならば当然だろう。
ダメージは無いが、体勢は崩れて床に這いつくばった状態。
その上どれだけ広くても此処は閉所だ。
つまり逃げ場は何処にも無かった。
「ッ――――!?」
木の根が何かを叫んだような気がする。
気がするが、全て炎の中に呑み込まれてしまった。
ボレアスの放った《
それは通路全体を焼き焦がしながら、木の根を丸ごと吹き飛ばす。
進行方向があっという間に灼熱地獄になってしまったのは、まぁ今は置こう。
火の粉を軽く吐き出して、ボレアスは小さく鼻を鳴らした。
「くだらんな、まさかコレで終わりか?
最初から《竜体》になっておれば多少はマシだったろうに」
「ッ……どういう事だ……!?」
三つ頭の内、蛇の首が呟く。
表情からは読み取りづらいが、その声は明らかに動揺していた。
まぁ連れの一人が瞬殺されたんだ、無理もない。
「ただの、大公閣下に無礼を働いた人間を……!
余興として、狩り出すだけの遊戯ではなかったのか……!?」
「ま、やっぱりそういう趣旨よね」
アウローラがため息混じりに応えた。
「こっちが《闘神》倒したって話は知らんのか?」
「ッ、そんなもの、あり得るか……!
どうせ大公閣下が思い付きで言い出した与太かと……!」
「うーんそういう認識になるのか」
まぁそもそも、コイツらの常識では考えられないんだろう。
ただの人間が真竜を討ち取るなんて。
「お前らだって元は人間で、古竜を倒して真竜になったんじゃないのか?」
「っ、我らとお前を一緒にするなよ小童!」
純粋に疑問だったが、どうやら三つ頭の逆鱗に触れたらしい。
怒りに震える真竜は大音声で叫ぶ。
同時にその身体はメキメキと音を立て急速に変化していく。
「そうだ、我らは真竜! 古き王を駆逐したこの時代の覇者!
その勝利は盟約を支える偉大なる礎の御方々の力があってこそ!
彼の大いなる英雄とお前とでは、そもそも比較する事も烏滸がましいわ……!」
「竜の威を借る何とやらだな。
台詞もなんかどっかで聞き覚えがあるような話だ」
以前に死肉漁りと評したアウローラの言葉はそう間違って無いワケだ。
言葉を交わしている間に、三つ頭の姿はすっかり変わっていた。
獅子と山羊、それと蛇の頭は変わらず。
しかしその胴体は人から竜に近いモノとなっていた。
背には大きな翼を広げ、先っぽに短剣のような棘が無数に生えた尾をうねらせる。
図体も更にデカくなって、広いはずの通路が狭く感じる程だ。
「《竜体》か」
「さぁ、震えて死ぬが良い!!」
爪の二連打と獅子の牙。
雄叫びと共に放たれた真竜の乱舞。
ほんの少し遅れて飛んでくる尾の一撃も見逃さない。
俺は床を転がる形でその全てを回避した。
《竜体》になったことで動きは各段に早くなっている。
だがこのぐらいならば問題はない。
「“竜の如き力を”」
後方に立つアウローラが《力ある言葉》を囁く。
様々な身体強化を複合した竜の魔法の効果は凄まじい。
全身に力が漲るのを感じながら、俺は振り下ろされた爪を剣で防ぐ。
尖った先端は不気味な色に濡れていた。
《竜体》になった事で、爪や牙に毒が付与されたようだ。
「思ったより姑息だな」
「ほざけ……!」
爪に力を加え、三つ首は俺をその場に抑え込もうとする。
動きを封じた処で横から飛んでくる棘付きの尻尾。
鋭い棘の先も当然毒で濡れていた。
喰らえばタダじゃ済まないだろうが、タダで喰らうつもりは毛頭ない。
先ずは受け止めた状態から竜の爪を真横に切断する。
そのまま尾の方にも剣を一閃し、棘の付いた先端を斬り飛ばした。
瞬間、背筋に走る悪寒。
勘に従って床を転がれば、頭上を何かデカいモノが掠めた。
三つの内の蛇の頭だ。
針にも似た牙から毒液を垂らし、伸縮する蛇の頭が鞭のように
「手助けは必要か、竜殺し?」
「いや、新手の警戒を頼む」
ボレアスの声に応じながら素早く体勢を立て直す。
出来れば速攻で片付けたいが、増援がいつ送り込まれるかも分からない。
もしもの対応をボレアスに任せ、こっちは目の前に集中する。
「ガアァアッ!!」
必殺の奇襲をスカされたのが腹に据えかねたか。
三つ首は獣じみた唸り声を上げる。
わざわざ聞く意味もないので俺は構わず走った。
蛇と獅子の牙、それを追う爪、爪、爪。
全てを躱した直後に、山羊の頭が炎の塊を吐き出した。
そっちが《
少し驚いたがその攻撃自体は予想出来ていた。
《吐息》による攻撃は竜の基本装備だ。
一週間ほど前に喰らった《闘神》の炎に比べれば、それは随分大人しかった。
それでも竜の放つ《吐息》だ、直撃すれば流石にキツい。
直撃すればだが。
「――まるで獣の戦い方ね。
これで真なる竜を名乗るなんて、嘆かわしい話と思わない?」
嘲笑と憐憫。
二つが綯交ぜになった言葉にアウローラは魔力を乗せる。
炎塊が当たる寸前に、術式が俺を包み込む。
耐火の魔法は熱の大半を防ぎ、衝撃は身に着けた鎧で受け止める。
結果としてダメージは殆ど無し。
炎の残滓を突き抜けて、俺は改めて三つ首に肉薄する。
「人間がァ!!」
「悪いかよ」
異口同音に叫ぶ三つの首。
最初に伸びて来た蛇の頭を正面から断ち割る。
毒の混ざったドス黒い血が噴き出せば、鎧の表面を軽く焼かれる。
その毒気を吸わないよう注意して、次は獅子の顎を蹴り上げた。
魔法で脚力を増加した渾身のキック。
噛み付こうとしていた牙の何本かは砕け、下からの衝撃に首も仰け反る。
そして再び炎を吐こうとしていた山羊頭に剣を投げ放つ。
切っ先が喉を貫き、同時に《吐息》が暴発した。
真っ赤な炎が花開けば山羊の頭は半ば砕ける。
三つ首は声を上げる事も出来ず、苦痛と衝撃に硬直した。
俺は止まらず、山羊の首から零れ落ちた剣を掴む。
そして一閃。狙うは残る獅子の首。
他より肉も骨も太いせいか、一太刀では切り落とせなかった。
それでも半分以上は断たれた首から血と絶叫が噴き出す。
真っ当な生き物なら既に死んでもおかしくない。
しかし真竜は死なず、爪や尾を無茶苦茶に振り回して抵抗し始めた。
最早もがいているに近いが、だからこそ面倒だ。
「下がって、レックス」
囁く声に俺は迷わず従った。
暴れる真竜の間合いから一歩離れる。
それに合わせて、アウローラの放つ術式が三つ首に突き刺さった。
「いい加減に見苦しいわ。大人しくしなさい?」
怒った結果はその言葉の通りだ。
術式による束縛が三つ首の動きを容赦なく封じ込める。
光る鎖に似たソレは竜の膂力でも揺るがない。
それでも戒めから逃れようと足掻く真竜。
魔法の効果が永続でない以上、その試みはいずれ成功しただろう。
だが俺はそれまで待ってやるつもりは毛頭なかった。
「ッ、待て……!?」
そして当然、そんな寝言で待つつもりもない。
拘束された三つ首、残る獅子頭に剣を振り下ろす。
硬い頭蓋を砕き、顔面を真っ二つに斬り裂く。
真竜はまだ死んでいない。
手にした剣が魂に届くように、更に肉と骨を刻んで行く。
首を全て断ち、胴体を割いて心臓を抉る。
そこまでやってようやくだ。
剣の切っ先に手応えを感じ、それで完全に仕留めた事を確信する。
若干手間取ったが、これで一体目だ。
「――お疲れ様、レックス。
向こうの方も意外と大丈夫そうよ?」
労うアウローラの言葉。
彼女が言う通り、ウィリアム達の方も善戦しているようだった。
見えるのは青白い鱗に覆われた、一見すると巨大なカエルにも似た真竜。
身体のあちこちに開いた口から刃じみた水流を吐き出している。
ウィリアムは最前線でそれを捌き、テレサが魔法で動きに合わせて援護している。
イーリスはイーリスで、呼び寄せた《金剛鬼》で身を守っていた。
恐らくこのまま戦っても此方側が勝つだろう。
テレサが強いのは当然として、味方なら本当に頼りになるな糞エルフ。
「竜殺しよ、あちらより先にこっちのトドメを刺しておけ。
《吐息》で砕いただけで死んだワケではないからな」
「あぁ、分かった」
ボレアスは先ほど粉砕した真竜の残骸を示す。
完全に消し炭に見えるが、それでもまだ生きているらしい。
本当に竜の不死身っぷりはヤバいな。
まぁそれを殺す為に、この《一つの剣》があるワケだ。
何にせよボレアスに促され、俺は手早く真竜の残骸に刃を突き立てる。
正直どの辺を刺したかは良く分からない。
良く分からないが、切っ先に手応えは感じ取れた。
断ち切った魂を刃に取り込む。これで二体目。
後はテレサ達が戦ってる奴を協力して仕留めれば――。
「――雑魚とはいえ真竜二体を瞬殺ですか。
いやぁホントに強いですねぇ! 惚れ惚れしちゃいますよ!」
ゲマトリアの声は、驚くほど間近から湧いて来た。
アウローラとボレアスも警戒を怠っていたワケじゃない。
俺自身だってそうだ。
特にボレアスは俺が頼んだ通り、特に新手の接近は注意していたはずだ。
にも関わらず、黒装束のゲマトリアは俺の直ぐ近くに現れて。
「ッ――――!?」
振り下ろされた右手を、俺は奇跡的に剣で受け止めていた。
殆ど勘だけで動いたワケだが、ギリギリで間に合った。
竜鱗を容易く斬り裂くはずの刃。
しかし今は少女の薄皮一枚を裂く事も出来ていない。
少女――いや、少女の形をしただけの怪物は獣のように笑った。
「逃がしませんし、逃げられませんよ。
だって此処は《天空城塞》――大公であるボクの腹の中なんですからね!」
その笑い声と共に、城全体が大きく鳴動した。
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