91話:翼のオーガスタ

 

「……すまないが、言っている意味が良く分からないな」

「意味も何も、過不足なく言葉通りです。

 《黄金夜会》は貴女の性能を評価しています」

 

 やはり、内容とは裏腹に語る言葉は剥き出しの刃のようだった。

 マレウスに向ける程ではないにしろ、オーガスタは明らかに私を敵視している。

 その敵意の由来が何かは不明だが……。

 

「そちらも把握しているだろうが、私は単なる新入生だ。

 入って間もないし、特別な事など何も……」

「貴女の意思や事情など関係ありません。

 ――もう一度だけ言いましょう、《黄金夜会》は貴女を迎えに来ました。

 後は会長の判断次第で、貴女には夜会の参加資格も与えられる。

 これは極めて異例かつ、名誉な事。貴女に拒否権は存在しません」

 

 まったくもって一方的な物言いだった。

 不穏な空気を感じ取り、訓練室にいる生徒達は距離を取り始める。

 離れるよう誘導しているのは、先程一戦交えた男子生徒のアレックスだ。

 察しが良くて本当に助かる。

 

「待ちなさい、オーガスタ。

 幾ら貴女達が『学園長』に認められた自治組織とはいえ、そんな一方的な……」

「――二度は言わないと、そう言ったはずです」

 

 あくまでオーガスタを言葉で諫めようとするマレウス。

 そんな彼女に対し、オーガスタの黒翼が開く。

 

「私の行動を妨害するなら、それは敵だ。

 そして敵は、実力で排除します」

「オーガスタ……っ!!」

 

 マレウスの悲痛な声は、オーガスタには届かない。

 次の瞬間には力場の矢――《魔法の矢マジックボルト》の魔法が放たれていた。

 当然、私がそれをただ黙って見ているわけがない。

 身体に刻まれた術式に魔力を通し、即座に魔法を発動させる。

 

「……何のつもりですか」

「それは私の台詞だと思うが」

 

 短距離の《転移》。

 マレウスと共に僅かに位置をずらした私に、オーガスタは淡々と言葉を向ける。

 見れば、先程までいた場所の床には幾つもの穴が穿たれていた。

 竜であるマレウスなら死ぬ事はないかもしれないが。

 それでも明らかに殺意を込めた攻撃だ。

 仮にも副学長である彼女を相手に、此処までやるとは。

 

「私としてはな。

 こんな狼藉を働く輩の言う事を大人しく聞く義理など無いと考えるが」

「我々は『学園長』から、一般生徒に対する上位権限を与えられています。

 それは夜会の意向に逆らう者に、実力行使も許可されているという事です」

 

 何ともまぁ勝手な話ではある。

 だが、「学園長」が都市の支配者である真竜ならあり得る話か。

 かつての私も似たような立場だった。

 言葉遣いは変わらないが、オーガスタの纏う気配に変化が生じる。

 私に向く敵意が、マレウスに向けたモノと同じぐらいに高まっていた。

 

「ちょっと導火線が短すぎるんじゃないか?」

「本来なら、私は警告を二度はしません。

 先のマレウス副学長や、貴女への扱いは例外的なものだと認識してください」

 

 成る程、それはつまり。

 

「既に私も敵と認定したと、そういうわけか」

「いいえ? ただ夜会に逆らう不出来な生徒に、上下関係を教えるだけの事です」

 

 その言葉が開戦の合図だった。

 バサリと、音を立ててオーガスタの翼が開く。

 私はマレウスを巻き込まぬよう、床を蹴ってその場から離れる。

 訓練に参加していた生徒の大半は、既に部屋の外に避難している。

 これなら巻き添えを心配する必要もないだろう。

 

「――確かに、訓練結果から性能の高さは評価しますが。

 その程度の力でのぼせ上って貰っても困ります」

 

 文字通りの上から目線で、オーガスタは私に語り掛けてくる。

 余り意識していなかったが、訓練室は天井もかなり高く作られているようだ。

 既に翼を持たない身では届かない位置でオーガスタは翼を広げていた。

 

「現実を教えて差し上げましょう。

 その上で、改めて貴女を夜会へと連れて行きます」

「……そちらも、余り思い上がるのはどうかと思うがな」

 

 私の言葉をオーガスタは鼻で笑ったようだった。

 再び上空から、無数の力場の矢が降り注ぐ。

 追尾性能も付加された攻撃魔法を単純に回避するのは難しい。

 また実体のないエネルギーは視認し辛く、その点でも命中率の高い魔法だ。

 《転移》で標的を見失わせるのが一番簡単だが、それでは此方の消耗が大きい。

 故に、私はその場に留まり矢の雨をギリギリまで引き付ける。

 その上で、体捌きと訓練用の装甲に当てる形でそれらを受け流した。

 オーガスタは驚きも見せず、淡々と《魔法の矢》を追加で撃ち込み続ける。

 私の対応も変化はない。

 相手は速度に緩急を付け、矢の密度を変えたりして来るが。

 問題は無い、このぐらいならば。

 

「――どうした、馬鹿の一つ覚えか?」

「調子に乗らないで貰えますか」

 

 私の方もまったく無傷とは行かない。

 直撃こそゼロだが、矢が掠めた事で腕や脚には幾つか傷が出来ている。

 それでも負傷としてはかなり軽微な方だ。

 圧倒する気でいたようだったオーガスタの方が少し表情を歪めた。

 これ以上は自分が消耗するだけと判断したか、《魔法の矢》の連射は止まる。

 当たり前だが、オーガスタの敵意と戦意は途切れていない。

 

「翼よ」

 

 静かだが、力強く呼びかける声。

 それに応じたのは、彼女が背負った翼だった。

 その間、私は一瞬たりとてオーガスタから意識を外してはいなかった。

 どんな動きにも対応できるよう、最大限の注意を払う。

 ――しかし彼女は、そんな私の警戒をあっさりと飛び越えて来た。

 さながら映像のコマ飛ばしのように。

 気付けば目の前に迫るオーガスタの姿に、流石に驚きを禁じ得ない。

 

「私の翼が、ただ高い場所に上がるだけの飾りと思いましたか!」

 

 肉薄すると同時に、オーガスタは強烈な蹴りを叩き込んで来た。

 体格からして彼女自身の重さは然程でもない。

 しかし体重が軽くとも、莫大な加速は恐るべきパワーを生み出す。

 

「くっ……!?」

「さぁ、この翼の意味を骨身に刻んで差し上げましょう……!」

 

 息を詰めて体勢を崩す私に、オーガスタは更に攻め込む。

 翼から生じる加速を打撃に上乗せし、防御の上から執拗に叩き付ける。

 ――強い、予想以上の実力だ。

 侮っていたつもりは毛頭ないがこれ程とは。

 少々前のめりに過ぎるが、それは自分の性質と割り切った戦い方だ。

 だが、こちらもやられたままではない。

 

「――――っ!?」

 

 再び放たれた渾身の蹴撃。

 しかしそれは派手に空を切るのみ。

 瞬間的に《転移》を発動させての緊急回避。

 再出現する座標は、空振りでバランスを崩したオーガスタの背後。

 現実世界に現れると同時に、今度は此方が前蹴りを打ち込んだ。

 《転移》したばかりの不安定な体勢だが、可能な限りの全力を注いだ一撃。

 しかしオーガスタはギリギリで反応し、これを装甲で受け止める。

 その上で翼を動かし、一息に空中へと離脱を果たす。

 蹴りで打ち落として捕まえるつもりだったが、反射速度も素早い。

 

「この……っ!!」

 

 想定外の反撃を受けた事が余程頭に来たらしい。

 怒りに頬を紅潮させ、オーガスタは翼を拡げて再度加速する。

 今度は真っ直ぐ此方を狙わず、私を中心に訓練室の天井スレスレを旋回。

 その状態でまた《魔法の矢》の連続射撃を開始した。

 先程とは違い、一方向ではなく全方位からの飽和攻撃。

 加えてただ短調に《魔法の矢》をばら撒くだけではない。

 飛行の速度と軌道を変化させる事で、矢の弾道に複雑さを与えてくる。

 その弾幕に対し、此方は防御と回避に専念する他無い。

 最小限の動きで矢を叩き落とし、或いは装甲の表面で受け流す。

 負傷を受ける頻度は明らかに増えている。

 傷が多くなればそれだけ出血し、体力も集中力も削られてしまう。

 だが焦ってこの弾幕の檻から脱出しようとすれば、間違いなく狙い撃たれる。

 今も幾つか脱出できそうな隙は見えていた。

 同時に、それがオーガスタの仕掛けた罠である事も分かっていた。

 故に今は只管耐え続けるのみ。

 私の防御を削る為に、相手も無理をして消耗しているはず。

 ――であれば、ここは我慢比べだ。

 

「しぶとい……!」

 

 オーガスタの呟く声を、矢の雨の中でも私の耳は捉えていた。

 案の定、膠着状態に焦れて来たか。

 元々気の長い方でも無いのだろう、戦術の選択を誤ったな。

 だが状況が厳しいのは私も同じだ。

 このまま持久戦を続けた場合、切り抜けられるかは五分五分。

 ならば一つ、勝負をかけてみよう。

 

「ぐっ……!?」

 

 先ず、私は覚悟を決めて弾幕の中を動いた。

 オーガスタが作り出す包囲の隙へと、さも追い詰められた末のように。

 結果として、何本かの力場の矢が手足を貫く。

 深手ではないが、決して浅くもない傷。

 その痛みに呻きながらも、私は半ば強引に床を蹴った。

 

「馬鹿め!!」

 

 それに対しオーガスタは即座に動いた。

 殆ど直角に軌道を変更し、頭上から私目掛けて突撃してくる。

 加速状態は維持したままで、牽制の為に《魔法の矢》も放ちながらだ。

 速度も凄まじいが、その機動性と並列処理マルチタスクの精度には舌を巻く。

 人間サイズの戦闘ヘリ――いや、性能はそれ以上か。

 

「これで!!」

 

 短く叫び、オーガスタの姿が迫る。

 私の誘いにまんまと乗せられた形だが、彼女は油断しているわけではない。

 例え罠があろうと、それを食い破る覚悟と自信を持って攻めてくる。

 だからこそ魔法による遠隔攻撃ではなく、敢えて白兵戦で決めに来たのだろう。

 「お前より私の実力が完全に上回っている」と、勝敗を明確に刻む為に。

 悪いがそうは行かない。

 

「っ、また……!」

 

 私の顎辺りを狙ったオーガスタの拳が空を切る。

 《転移》による回避だが、これを見せるのは二度目だ。

 故にオーガスタは即座に対応する。

 外しても隙の少ない拳による打撃、そして翼の力で身体の加速を一瞬でゼロに。

 急停止にも関わらず、オーガスタはバランスを一切崩さない。

 そして、彼女は死角――背後から仕掛けてくるだろう私を迎え撃とうとして。

 

「がっ――!?」

 

 殆ど無防備な状態で、私の攻撃を受ける事になった。

 ――《転移》の魔法で、物体が空間と距離を無視して移動した場合。

 移動先の座標に既に何かの物体があると、互いに「押し退ける力」が発生する。

 この力は物体の質量が重く、また座標の重なる位置が近い程に強くなる。

 私はこれらの作用を特殊な術式で操作する。

  本来は双方向の「押し退ける力」を、転移先に一方的に押し付ける事が出来る。

 今の《転移》の再出現先――オーガスタの身体に私は「拳」一個分を重ねた。

 物体の強度を無視する破壊的な衝撃が、オーガスタを貫く。

 

「……ふー……」

 

 残心。

 吹き飛ばされたオーガスタは、受け身も取れずに壁に叩き付けられた。

 最近はまともに通らなかったが、決まれば必殺の一撃だ。

 私の奥の手である独自技法なのだが、実は名前は無かったりする。

 以前に「テレポート発勁」とか「短距離ワープタックル」など考えてはみたが。

 イーリスの「だせェ」の一言で全て不採用となった哀しい過去を思う。

 いや、それは兎も角。

 

「っ……まだ……!」

 

 驚くには値しない事だが。

 オーガスタは当然のように立ち上がって来た。

 見るからにダメージは深刻だが、強烈な精神力で身体を支えている。

 彼女を此処まで突き動かすのは何なのか。

 《黄金夜会》という上位者の矜持だけで、果たして其処まで耐えられるか。

 私には不明のまま、オーガスタは再び翼を拡げる。

 

「私は《黄金夜会》副会長、翼のオーガスタ……!

 貴女のような新入生如きに容易く遅れを取りはしない……!」

「その戦意の高さは認めるが、これ以上の戦闘行動は無謀だぞ」

 

 あの背中の翼、恐らく相当高度な魔術制御による代物だ。

 精神的にも肉体的にも、かかる負担は決して軽くはないはず。

 一応忠告はしたが、オーガスタは当然聞く気はない。

 むしろそれで闘争本能に火が点いたのか。

  彼女はボロボロの身体にも関わらず、魔力を激しく励起させる。

 

「止めなさい、オーガスタ!

 テレサの言う通り、それ以上翼を使うのは危険よ!」

「マレウス先生は黙っていて下さい……!!」

 

 血を吐くように叫び、オーガスタの身体が浮き上がる。

 これが単なる敵ならば、今の隙に《分解》を撃ち込んでいるところだが。

 オーガスタは加減が出来る強さではないが、何とか殺さず制圧するしかない。

 相打ちに近い状態に陥る事も視野に入れ、私も再び構えるが――。

 

「――そこまでよ、オーガスタ。

 大人しく先生の言う事を聞きなさい」

 

 穏やかと言うには、余りにも稚気を含み過ぎた少女の声。

 その一言が、私達の戦いを強制的に中断させた。


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