464話:暴君の嘲笑


「……それはまた、随分と私に都合が良さそうな話ね?

 オーティヌス、かつての《始祖》の王」

『…………』


 笑う声。

 アウローラは、俺よりも更に前へと進み出る。

 睨み合う二人。

 かつてこの地に渡ってきた十三人の魔法使い、その王様。

 彼らと取引をし、魔導の技と引き換えに「不死の秘密」を与えた古き竜。

 因縁は、もう何千年続いているのか。

 不死じゃないただの人間では、想像もつかないような年月だ。

 オーティヌスが、何を思って今の選択を口にしたか。

 アウローラが、何を思ってそれを聞いたのか。

 きっと、その感情は当事者同士でしか通じないものだろう。

 俺は――俺たちは、一先ずその様子を黙って見守る。

 風が流れる音。

 それは、髑髏が吐き出すため息の音だった。


『返答を聞こう、《最強最古》。

 お前の一番の目的は、そこの男の完全な蘇生のはずだ。

 であるならば、悩む必要はないと考えるが』

「……まぁ、そうね。

 貴方の提案を受け入れ、大真竜として《盟約》に参加するのなら。

 戦いに備えて、剣に溜め込んだ魔力を温存する必要はないもの」

「…………」


 確かに。

 来る前の話が正しければ、蘇生術式の完成はもう可能なはず。

 《盟約》の味方となり、そのまま《造物主》の残骸とやらを封印し続けるなら。

 これ以上、戦う相手はいなくなる。

 アウローラの望み。

 それを叶えるのなら、間違いなく美味しい話だった。

 オーティヌスが言う通り、悩む必要などないぐらいに。

 だから俺は何も言わなかった。

 これは、アウローラ自身が選ぶべき事だと思ったからだ。

 事実、彼女の方から俺に何かを聞く事もしていない。

 視線はあくまで、相対するオーティヌスに向けられたまま。


「そうね、悪くない話だけど……」

『何か問題でも?』

「むしろ問題しかないと、貴方はそう思わないの?

 まぁ、その辺りは全部呑み込んでるつもりでしょうね。

 だったら、答える前にこちらから質問しても構わないかしら?」

『…………答えられる事であれば、な』


 髑髏の顔は、ロクに表情は出ない。

 それでも感情は滲むので、顔色が読めないワケではなかった。

 明らかに、今のオーティヌスは不快そうだ。

 逆に、アウローラは満面の笑みを浮かべている。


?」

『質問の意図が分からんな』

「あぁ、別に答えたくないなら答えなくて良いわよ。

 こんな合理的で性格の悪い話、考えそうな心当たりは一人だけだもの」


 糞エルフかな?

 俺もアイツぐらいしか心当たりはないな。

 問われたオーティヌスは、沈黙。

 その態度が、こっちの予想が正しい事を暗に示していた。


「――まぁ、これは予想通りと。

 幾ら利が勝るとはいえ、貴方がこんな馬鹿な話を考えるわけないもの。

 いえ、考えはしても口に出すはずもないわよね」

『何が言いたいのだ、《最強最古》よ』

「未だにトラウマなんじゃないの? 貴方」

『――――』


 空気が凍った。

 勿論、それはただの錯覚だ。

 錯覚に過ぎないはずなのに、酷い寒気を感じた。

 俺だけでなく、テレサやイーリスも。

 ボレアスでさえ、その表情に強い緊張が走る。

 ――地雷を踏んづけたな。

 しかも意図的かつ、全力で。

 アウローラはもう本当にニコニコだった。


「ねぇ、図星?

 だったらこの話自体、あの時の意趣返しのつもりかしら?」

『…………』


 オーティヌスは応えない。

 沈黙を守り、髑髏の面に隠しきれない激情を映しながら。

 その真意だけは、決して悟らせまいと隠している。

 けど、アウローラの言葉はそれを容赦なく暴き立てようとする。


「私と貴方が、この地で最初に行った取引。

 《始祖》と古き竜同士の不可侵。

 その証として、私たちは互いの『秘密』を交換しあった」

『…………』

「私は《始祖》の魔導の技を、貴方は古竜の『不死の秘密』を。

 お互いが一番欲しているものを、交換という形でそれぞれ差し出した。

 ――あぁ、今でも昨日の事のように覚えてるわ。

 それで私は欠けていた知識を補い、貴方たちは『不死の法』を完成させた」

『…………』


 オーティヌスは応えない。

 空気……いや、空間そのものが軋んだ気がした。

 テレサは黙ったまま、妹のイーリスの肩を抱き寄せる。


「けど――ええ。今だから、告白するけど。

 私、ホントは気付いてたのよ?」

『…………』

「貴方の息子が、とうとう完成させた不死化の術式。

 永遠を生きるように設計されていない魂が、永遠となったらどうなるか?

 結果は――概ね、予想した通りだったわね」

『…………黙れ』

「あら、私も積極的に騙すつもりはなかったのよ?

 不死の秘密を求めたのは貴方たち自身。

 私はただ、それに一言添えなかっただけ。

 『人間が不死になったら、頭がおかしくなって死ぬ』――なんて。

 あんなに嬉しそうにしてるところに言えるほど、野暮じゃないもの私」

『黙れと言っている……!!』


 感情が爆発した。

 比喩ではなく、物理的に衝撃を伴っていた。

 オーティヌスが立ってる辺りを中心に、空間が破裂する。

 意図的な攻撃魔法ではなく、単なる魔力の暴発か。

 大した威力はなく、ちょっと熱い空気が吹き付けてくるぐらいだ。

 だからアウローラも、平然と言葉を続ける。


「私と彼――レックスを大真竜として迎えたい。

 それは事実でしょうね。

 もし仮に《虚偽感知センスライ》の魔術を使っても引っかからない。

 ま、アレは結構誤魔化すの簡単だから意味ないんだけど」

『この無駄話は、いつまで続けるつもりだ?』

「良いじゃない。数千年ぶりの会話で、私と貴方の仲なんだから」


 バチバチと、火花が散る。

 これも比喩じゃなく、ホントに火花が散っていた。

 アウローラとオーティヌス、二人の間の空間。

 まだ術式を発動させる程じゃない魔力。

 それらがぶつかって、火花に変わっているようだ。


「繰り返すけど、貴方の提案に虚偽はなかった。

 私たちが大真竜となり、《盟約》の封印を支える礎となる。

 戦う理由は失せて、愚かな父の残骸は再び地の底。

 誰もが得する素晴らしい結果ね?

 ――けど、貴方は全てを語ってはいない。

 私があの時、本当のことを口にしなかったのと同じ」

『…………』

「レックスを大真竜にする際に、

 それこそ、自由意志を維持する事さえ不可能なぐらいに。

 二度と解けない鎖で縛り付け、永遠に『私』という自我が表に出ないよう。

 『大真竜にする』って、つまりそういう意味じゃないの?」


 ……成る程、そういう魂胆だったのか。

 それならば確かに「嘘は」言っていない。

 ただ、ついでにアウローラを無力化するという腹を隠していただけで。

 オーティヌスは沈黙する。

 何をどう返しても虚偽になると、そう考えたからか。

 逆にアウローラの舌は止まらない。


「――ねぇ、オーティヌス。

 知りたくはない?」

『だから、何の話を……』


 すっげェ楽しそうですねアウローラさん。

 イーリスさんとか、完全にドン引きですけど。

 辺りの空気はもう絶対零度だ。


「これが正しい、自分がやるしかない。

 あの時のどん底まで思い詰めた顔は、今でも覚えてるわ。

 ――ホント、親子揃ってどうしようもないわよね。

 自分だけで何もかも背負い込んで、最後の最後で悪しき結果を招く。

 そういうところそっくりだと思うわ、貴方たち」

『ッ――貴様ァ……!!』


 アウローラの激しい煽り攻撃。

 それに耐えかねて、とうとうオーティヌスはブチギレた。

 髑髏の手が杖を振り上げると、魔力が勢いよく拡大していく。

 何かしら、ドデカい規模の術式を発動する前触れだ。

 が、それは寸前で霧の如く霧散する。

 アウローラの仕業だ。

 彼女の方もまた、強い魔力を展開してオーティヌスの術式を妨害していた。

 激昂する老魔法使いを、アウローラは声を上げて嘲笑う。


「アハハハハ! 結局こうなるんじゃないの!

 慣れない詐術なんて用いるから、逆に間抜けを晒したわね!」

『私は最初から、こうするしか無いと思っていたわ……!』


 これ以上ないぐらいの大激怒だった。

 虚ろな眼窩に炎を燃やし、冷静さもかなぐり捨てて叫ぶ。

 オーティヌスのキレっぷりは本物だ。

 見た目に似合わず、かなりの激情家であるようだ。

 それは良い。

 この瞬間、俺はオーティヌス以外の存在を警戒していた。


『交渉などもう良い!

 貴様がその気ならば、今度こそ私の手で長き因縁を清算してくれようぞ!』

「年寄りの冷や水って言葉を知ってる!?

 無理をし過ぎて後悔しても――」


 さらなる挑発を、アウローラが言い終えるより早く。

 俺は虚空に向けて剣を振り下ろした。

 何もないはずだが、切っ先から軽い衝撃が伝わってくる。

 硬い音を立て、床に落ちるのは一本の矢だ。

 当然、見覚えのある代物だった。


「ホントにやる事が性格悪いよなぁ糞エルフ!!」

「待ち伏せぐらいは想定の範囲だと思ったが、こちらの勘違いか?」


 気配など欠片も感じさせず、暗がりから現れる糞エルフ。

 ずっと潜んで様子を見てやがったな、コイツ。

 隙なく弓を構えたまま、オーティヌスの後方へと音もなく移動する。

 ブチギレ中のオーティヌスは、そちらに見向きもしない。

 宿敵であるアウローラに、意識は完全に釘付けだ。


「さて、すまんな。上手く行かなかった。

 ブリーデの術で身を隠してまでの奇襲だったが」

『別に構わん。先ほどの話に相手が乗るのも、お前の矢が当たるのも。

 どちらも私にとっては「手間を省く」以上の意味はなかった』


 軽い口調のウィリアムに、オーティヌスは重い声で応じる。

 欠片も気配を感じさせない隠蔽は、ブリーデの仕業だったか。

 術をかけた本人は、とりあえず近くに見当たらない。

 とはいえ、同じ術で隠れてる可能性もある。

 ブリーデの名を聞くと、アウローラは小さく舌打ちをした。


「ちょっと、そこの糞エルフ!」

「なんだ?」

「アンタ、この期に及んでどういうつもり!?」

「どうした、俺のことを友達かなにかと思ってたのか?」

「友達いねェ奴が言うとなかなか面白ぇジョークだな」


 後ろから飛んでくるイーリスさんのツッコミ。

 その尖すぎる一発に、一瞬ウィリアムの喉が詰まったように見えた。

 が、すぐに余裕の笑みで取り繕う。


「俺は大真竜ブリーデの《爪》だ。

 なら、こちら側に立つのは別に何の不思議もあるまい?」

「まー、それはそうだけどな」

「……まぁ、ウィリアム殿らしいと言えばそれまでですが」


 コイツはそういう奴だから仕方ないと、テレサも諦めた様子だ。

 いやホント、死ぬほど面倒臭いタイミングで死ぬほど面倒だなコイツ。

 ボレアスはわざとらしく指を鳴らし、口元を笑みの形に釣り上げる。


「どうあれ、敵ならば殴り倒せば良かろう。

 あの男が味方であった時期があったか、我としても疑問ではあるがな」

「その辺は多分、考えるだけ無駄だな」

「レックスの言う通りね」


 やっぱり呆れ顔のアウローラ。

 彼女の言葉に頷きながら、俺は剣を構える。

 そう、クソエルフに関しては考えるだけ損する事が多い。

 それは分かってるんだが、微妙に気になる事があった。

 ……さっきの矢、何で単発で済ませた?

 ウィリアムの腕なら、同時に二の矢三の矢と撃てたはず。

 それでも防ぐ自信はあるが、防げるという確証はない。

 アウローラは守り切れても、俺自身は幾つか当たったかもしれない。

 そうなれば、戦闘は相手の有利でスタートだ。

 いや――まさか、コイツ。


『……無駄な茶番だったな。

 やはり、初めからこれで良かったのだ。

 大陸の秩序と未来のためにも、古き大悪は誅さねばならん』


 怒れる大真竜オーティヌス。

 手にした杖を握り締め、莫大な魔力を纏いながら一歩踏み出す。

 一秒後には、戦いが始まる。

 後方のテレサにイーリス、傍らに立つアウローラとボレアス。

 誰もがその瞬間に備えて、警戒を強めた。

 そして。


「あぁ。


 世間話でもする程度の、そんな軽い言葉と共に。

 ウィリアムは、背後からオーティヌスの身体を剣で刺し貫いていた。

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