285話:二人の決闘の結末
真っ赤な血が飛び散る。
その色は誰のものか。
私もブリーデも、すぐには分からなかった。
その時に何が起きたのかを知るのは、戦う二人だけだった。
「……まさか、コレを狙っていたのか?」
「いいや、単なる思い付きだ」
苦々しげに、けれど笑みを含んだウィリアムの声。
応えるレックスの声は、精も根も尽き果ててしまったようで。
「……けどまぁ、上手く当たったな」
床に尻餅を付いた格好で、彼も笑っていた。
前に突き出した右手。
そこには何も握られていなかった
さっきまで剣を構えていたはずの手だ。
手元を離れた刃は、何処へ行ってしまったか。
「ぶっつけ本番でやる事かよ」
抗議めいた言葉と共に、ウィリアムは膝を付く。
放つはずだった「奥義」を中断して。
いや――「中断」したんじゃない。
させられたのだ。
大剣を握る右腕、その肩と胸の間に剣が突き刺さっているから。
それは当然、レックスが投げ付けたものだった。
……投げた。そう、投げたのだ。
信じられない。
あの状況でそれをやる?
間合いを離され、回避も防御も不可能と判断したあの瞬間。
彼は手にした剣をウィリアムに向けて投擲したのだ。
ウィリアムも魔法で対応されるぐらいは想定していたはず。
それがギリギリ間に合わないという計算で、「奥義」を放つ予定だった。
しかしまさか、土壇場で武器を投げてぶつけるとか。
苦し紛れの悪足掻きを、本気で実行するとは思っていなかったろう。
見ている私も、呆れて言葉を失ってしまった。
「ッ……!」
痛みに小さく呻いて、ウィリアムは突き刺さった剣を引き抜く。
かなり深くは刺さっていたようだけど、致命傷ではない。
心臓さえ貫いていれば、それで終わりだった。
けれどそうはならず――状況は、レックスが決定的に不利だった。
あの傷では、幾らウィリアムでも「奥義」はもう使えまい。
上から射撃してきた騎士はいつの間にか消え去っていた。
あっちもあっちで、恐らく維持するのに魔力か体力を消耗するのだろう。
弾かれた方の白刃は離れた床の上に落ちている。
それでもまだ、ウィリアムの手には月の光を宿す大剣が残されていた。
対するレックスは丸腰だ。
魔法を使うだけの魔力や集中力が、今の彼に残っているかどうか。
こうなったら、私が無理をしてでも割り込むしか……。
「……多分、その必要ないと思うわ」
「え?」
不意に、ブリーデが呟くように言って来た。
ナメクジに思考を読まれたとか、今はそんな事はどうでもいい。
だけど、その必要がない、というのは一体――。
「……ふん」
どこか不満げに鼻を鳴らして。
ウィリアムは何を思ったか、引き抜いた剣を床へと放り捨てた。
丁度、レックスがいる前辺りの床に。
「続けるか?」
「そっちはどうよ」
「続けても構わんが、今は剣を持ち上げるのも厳しいな。
そういうお前はどうなんだ?」
「俺も別にやるなら付き合うけど、まぁ立ち上がるのも割としんどいよな。
やってやれん事はないと思うが」
「ふん、お互いまぁ随分と無様な状態だな。
これでは続けても、戦いと呼べるものにはなるまい」
「いっそ武器無しで殴り合うか?」
「お前にしてはなかなか魅力的な提案だな」
何事もなかったみたいに、言葉を交わす二人。
確かに、ブリーデの言う通り。
レックスもウィリアムも、いつの間にやら戦意が殆ど消失していた。
……結局、戦いの決着はどうなったのかしら。
「それで、勝敗はどうする?」
「どう見ても俺の勝ちでは??」
「一体何をどう見たらその結論になるんだ?
なんだ、その兜の下の両目は実は腐っているのか?
まぁ元は死体だった男だ、それも十分あり得るのか」
「勝手に人をゾンビ扱いで納得すんのやめて貰えます??」
訂正。まだやる気は十分だった。
いや、本当にどっちも立つのも厳しい状態でしょう?
私が言うのも何だけど。
ブリーデも黙ってる顔に「アホだコイツら」って思い切り書いてあるし。
そんな話をしてる間に、フラフラと立ち上がる二人。
……うん、レックスもウィリアムも、どっちも膝が爆笑してるわね。
というか、よくそんな状態で直前までビシバシと殺り合ってたと思うわ。
精神力とか気合いとか、そんなもので気軽に物理を突破し過ぎじゃないかしら。
「しかし、一度始めた以上は決着を付けねばなるまい」
「喧嘩吹っ掛けて来た側の言う台詞かなぁ?
いやまぁ、白黒つける必要があるのは同感だけどな」
「ではどうする?」
「どうするかねぇ」
どちらも武器は構えていなかった。
レックスは床に落ちた剣を拾い、右手にぶら下げる。
ウィリアムは大剣を左手に持ち替えたが、やはり切っ先は下ろしたまま。
フラフラ、よたよたと。
おぼつかない足取りで、互いに距離を詰めていく。
相変わらず戦意は見えない。
……一体、どうするつもりかしらね。
じっと見守る中、二人は手を伸ばす距離まで近付く。
剣の間合いで考えると、あまりにも近すぎる。
「このまま握手でもするか?」
「ふむ、お前にしては面白い提案だな」
笑う。
冗談なのか本気なのか分からない言葉に、どちらも笑っている。
古い友人同士が和気あいあいと会話をしているような。
そんな空気さえ両者の間には流れていた。
本当に握手でもして手打ちにするのかと、見てる私も考えてしまった。
けど。
「「ぐッ!?」」
同時だった。
まったく、寸分違わず同じタイミングだった。
レックスは剣を持っていない左の拳で。
ウィリアムは傷付いた方の右の拳で。
どちらも相手の顔面を全力で殴り抜いていた。
あんなフラフラだったのに、何処にそんな力が残っていたのか。
どちらも、相手の拳の衝撃で大きく首を仰け反らせて。
やっぱりまったく同時に、二人ともその場に崩れ落ちた。
「……糸が切れたようにって、まさにああいう事ね」
「本気でバカなんじゃないかしら……」
「ホント、今日は良く気が合うわね」
やめてよ、とはブリーデも言わなかった。
言えないぐらいに呆れ返っていた。
レックスもウィリアムも、どちらも動かない。
時々ピクピク震えているから、死んではいないはず。
……まぁ、あの二人があれぐらいで死ぬワケもないか。
それについては絶対の信頼があった。
「そろそろ手を出しますか。
腕も足も、とりあえずは繋がって来たし」
「別にそれは良いけど、いい加減に放して貰える??」
「嫌よ、そしたら貴女逃げるでしょ?」
「逃げたいからそう言ってるんですけど……!」
ジタバタするナメクジの抗議は無視して。
私は一先ず繋がった足で、よいしょとその場から立ち上がる。
うん、まだ完全には塞がっていないけど。
動く分には支障はなさそうね。
ブリーデを抱えたまま歩くのはちょっと面倒だけど、そこは我慢しましょう。
ほら、暴れると余計歩きにくいから大人しくしてったら。
「……で、どっちも生きてる?」
「元気いっぱいだぜ」
「もう少しすれば立ち上がれる。少し待て」
うん、どっちも懲りてないようで何よりだわ。
立つのは無理でも、二人とものたくたと半身は起き上がらせる。
流石にしぶと過ぎてちょっとヒくわね。
「あー、死ぬ。死にそう。
くっそ好き勝手斬りまくりやがってこの糞エルフ」
「お前こそ、剣を投げ付けるとかどういう神経をしてるんだ?
意味が分からな過ぎて回避が間に合わなかったぞ。
お前と違って刺しても死なない化け物ではないんだ」
「いや俺だって深く刺されたら死ぬからね??」
いや、貴方はそのぐらいじゃあんまり死ななくない?
糞エルフに同意するのも癪だから言わないけど。
言ってる方も、そのぐらいの負傷じゃまだ全然死にそうにないし。
で、そういう馬鹿な話はいいとして。
「まだ続ける気なの?」
「続けても良いけどなぁ」
「あぁ、続けるのは別に問題ないがな」
「アンタらも大概面倒臭いわよね……」
呆れるブリーデに、私も頷いた。
それより、肝心なことを確認しておきましょうか。
「で、決着は付きそう?」
「…………」
「…………」
答えは返って来なかった。
レックスも、ウィリアムも。
どっちも一瞬押し黙ってしまう。
まぁ、そうよね。
多分さっきと同じ流れになるのが目に見えてるし。
沈黙はそう長くは続かなかった。
「ねぇ、引き分けじゃダメなの?」
「まぁ、そうねぇ」
「仕方あるまいな」
ブリーデが口にした現実的な結論。
白黒つけることを望んだ二人だけど、それには反論しなかった。
まぁ、これ以上続けても明らかに不毛だし。
何なら私たち、まだ大真竜の庭先にいるのだから。
「決着は次の機会に取っておくとしよう。
そちらもそれで構わんな?」
「一勝一分け」
「やはりここで白黒つけるか」
「アンタたちやっぱりバカでしょ??」
ホントにね。
レックスも、話が済みそうだったのに挑発しないで?
「ほら、馬鹿なことを言ってないで。
とりあえず治療するから、大人しくして頂戴。
糞エルフも、傷ぐらい塞いであげるから言うこと聞きなさいよ。
文句はある?」
「ありがたいが、ご主人様の意向もあるのでな」
「うっ……」
話を振られて、ナメクジが私の腕の中で呻く。
うん、そういえば貴女のポジションとか、今ちょっと曖昧よね。
聞くまでもないって思ってた部分もあるけど。
やっぱり意思確認は大事ね。
「まさか今さらまた敵になる、とか言わないでしょう? ね?」
「別に私は何も言ってないんだけど!?」
「あら、でも結局私を負かせなかったわよね?
つまり貴女が負けたと言っても良いんじゃないかしら?」
「そんなメチャクチャな理屈があるかー!」
メチャクチャも何も、単なる世の道理じゃない?
暴れるナメクジを片手で抑えつつ、先ずレックスの治療から進めてしまおう。
まぁあんまり余裕がないし、とりあえず傷を塞ぐ程度で。
「言っては何だが、先の決闘で始末を付けられなかった時点で負けも同然だぞ。
本気で争う気がないのであれば、大人しく従う他あるまい」
「ぐぅぅっ……!
い、いや、確かに本気で殺す気とか、そういうのは自信ないけど……!」
「あら、殺すの? こんな可愛い妹を? 本気で?」
「今さら妹面すんなよ……!!」
何故か割と本気でキレられてしまった。
屈辱を呑み込んで、私の方から下の位置に行ってあげたのに。
一体何が不満なのか、ナメクジの考えてる事は本当に良く分からないわね。
「まーまー、喧嘩する気ないんだったらとりあえず良いんじゃないか?
俺は先に行ったテレサやイーリスたちがちょいと気になるし」
「……そうね。一先ず、大きな変化は感じ取れないけど」
既に大階段の遥か先へと消えた者たち。
彼らは今、どうなっているのか。
歪んだ理想都市の中心、愛に狂った大真竜の住処。
私たちは未だに、その脅威の渦中にいる。
「コッペリア……いえ、ヘカーティアは、正直危うい状態よ。
私もさっきまでは、人のこと言えた義理じゃないけど」
「もし既に爆発していたら、此処はとうの昔に嵐の渦中だ。
嵐が訪れる前の凪の瞬間なだけかもしれんがな」
糞エルフめ、余計なことを言うのは止めて頂戴。
簡単な治療だけど、レックスはすぐにその場から立ち上がった。
手足を動かして、状態を確かめる。
「向こうヤバそうなら、手伝ってくれって頼んでも良いか?」
「………………仕方ないわね」
彼の言葉に、ブリーデは不承不承といった様子で頷く。
「別に、仲間になったとかそういうのじゃないから。
向こうにはゲマ子もいるし、ヘカーティアの事も心配だから。
それだけよ。本当にそれだけ」
「あら、私のことは心配してくれないの?」
「いいから私の知らないところでひっそりと死になさいよ……!!」
嫌よそんなの、寂しいじゃない。
まぁ、そんな馬鹿話は横に置くとして。
「糞エルフも治療してあげる。最低限治ったら、すぐに動きましょう」
「あぁ、礼は必要か?」
「いらないわ。その口は大人しく閉じておいて」
魔力を操り、ウィリアムの傷も急いで塞いでいく。
……ここから見上げても、摩天楼の先は暗く淀んでいて見ることは叶わない。
嵐が訪れる前の、凪の瞬間。
糞エルフの戯言も、あながち間違いではないような気がしていた。
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