幕間2:食事休憩
「酒の回し呑みまでしたとか、やっぱり仲良しじゃねーか」
「う、うるさいわねっ。何か文句でもあるの?」
またついツッコんでしまった。
仲良し、という
それこそ酒に酔ったみたいに、アウローラは顔を赤く染める。
いや文句はないし、別に悪いとも言ってねーから。
ただ、やっぱ割と早い段階から
しかし。
「『獣』だの、よく食えたな。マジで」
「それについては私もそう思うわ」
苦笑交じりに言いながら、アウローラは膝上の兜男に視線を落とす。
寝息っぽい音は聞こえるけど、ホントに寝てんのかコイツ?
いつの間にやら移動してきたヴリトラ猫が、腹の辺りに寄りかかっていた。
こっちもこっちで、竜の誇りとかどっかに投げ捨てて来たらしい。
無駄に長く身体を伸ばしているが、まだ寝てはいないようだ。
「ボレアス殿は、食用される事は想定されていたので?」
「馬鹿をぬかせ」
即答だった。
姉さんの問いに、やっぱり寝転がった状態でボレアスは苦笑いをこぼす。
「アレらはあくまで、父なる《造物主》の御業を模倣した結果。
それ故に我自身も想定していない変化が起きたのだろうな」
「そんな雑な仕事してるから失敗するのよ」
「長子殿にだけは言われたくないな」
何よ、と文句は言うがそれ以上は噛み付かない。
昔を懐かしむように語った事で、アウローラの機嫌はかなり良かった。
しかし、旅の行程的には今どんなもんなんだろうか。
その辺も聞いてみると。
「まぁ、まだ前半ぐらいかしら。
何だかんだで、一年ぐらいは旅をしてたから」
「一年ぐらいかぁ……」
人間のオレからすると、長いようで短い。
竜であるアウローラにとっては、瞬きぐらいの時間か。
「全部を細かく語ってたら、流石に長すぎるし。
ここからは、大まかには同じ事――道中で『獣』を狩っての繰り返しだから。
ある程度ははしょって行くつもりだけど、構わないわよね?」
「オレはそれでいいぞ」
「私も、聞かせて貰えるだけありがたいですから」
オレと姉さんが頷くと、アウローラは「宜しい」と笑った。
「獣」を狩りながら前へと進み、やがては北の果てへと辿り着く。
物語の続きは非常に気になるものだが。
「その前に、少し休憩をしませんか?
主も語り通しですし、私やイーリスは食事も必要ですから」
その前に、姉さんがそう提案した。
熱中するあまり、時間の経過をあんまり考えていなかった。
詳しい時間の経過は不明だけど、多分何時間かは過ぎているはず。
腹具合も、良い感じに減って来ていた。
「やっぱり不便よね、竜以外の生き物って」
「むしろそっちの方が特殊例じゃね?」
「せめて凡百とは違う、と言って欲しいわね」
さいですか。
や、アウローラは古竜どころか竜王だしな。
言ってる事はそう間違いでもない。
「食事は良いが、こんな場所に食料など残っているのか?」
「私も、最初はそれを懸念しましたが……」
寝転がったまま疑問を呈するボレアス。
その言葉に頷きながら、姉さんは朝の見回りで得た「収穫物」を広げた。
アウローラはそれを見て、軽く首を傾げる。
「これは?」
「携行の圧縮栄養食――まぁ、保存食と似たもんだな」
銀色の袋でパッケージされた、手のひらサイズの細長い物体。
オレが知ってるのとタイプは違うが、中身は似たようなモンだろう。
合成した栄養素を圧縮した、所謂「とりあえず栄養の取れる土の塊」って奴だ。
味はまぁ二の次三の次で考えれば、便利と言えなくもない。
なにせこれ一本で一日は動けるって代物だ。
……ぶっちゃけこんな状況でもない限り、好んで食べたいモンじゃないが。
「美味しいの、それ?」
「くっそ不味い」
「そう……」
その可哀想なモノを見る目は即刻止めてくれ。
苦笑する姉さんが差し出した銀の包みを、オレは素直に受け取る。
いやホント、「獣」とコレのどっちがマシかって話だな。
『俺も初めて見たけど、こんなもんが残ってたのか?』
「ええ、まだごく近辺しか探索していませんが。
建物の一部は、まだ機能している場所もありました。
その一つに、この携帯食料の置かれた倉庫が」
「……それ以外には、何か見つけた?」
ふと、妙に真剣な面持ちでアウローラがそんな事を聞いて来た。
確か姉さんは、特に問題はないと言っていたはずだけど……。
「いえ。発見した倉庫含めて、特に誰かが使用した痕跡もありませんでした」
「そう……まぁ、詳しい事はレックスが回復してからね」
『長兄殿は何か気になるのか?』
「ないではないけど、今はレックスに休んで貰うのが優先ね」
どうも気になる話をしているけど、とりあえずは飯だな。
……これを飯と言うのは、かなり心理的な抵抗があるけどな。
贅沢は言えない。そう、贅沢を言える状況じゃない。
心の中で何度か繰り返してから、銀色の包みを引き千切る。
顔を覗かせるのは、悲しいぐらいに見慣れた食べられる土の塊だ。
見た目も綺麗で、特に痛んでる様子もない。
「私も確認したが、駄目になってる様子はない。
毒の類も混ざっていなかったから、食べても大丈夫だ」
「これ食うの自体が大丈夫じゃないけどな、正直」
あんまり慰めになってない姉さんの言葉に、ため息一つ。
……あれ、そういえば。
「……なぁ、これって《
「私もね、そこが少し気になったの」
応えたのはアウローラだ。
膝上の兜を、軽く指の先で撫でながら。
「都市機能の一部が生きてるっていうのも、まぁ気になるけど。
その手の食料とかも、あの頃の《王国》なら普通にあるとは思うわ。
ただ、それが当時から今まで無事に残ってるかというと……」
「……不明、ですか。
すみません、私も単純に食料が残っていたと喜んでしまって……」
自分の認識が足りていなかった事実に、姉さんは恥じ入って頭を下げる。
いや、ここの都市遺跡があんまり綺麗に残ってたから、オレもうっかりしてたわ。
そもそも
少なくとも、何千年も前の都市遺跡とは考えなかっただろう。
まぁ仕方ないと、特に姉さんを咎めたりはせずアウローラは肩を竦めた。
「一先ず、それは食べてしまいなさいな。
怪しい魔法が掛かってる様子もないみたいだし。
さっきも言ったけど、今はレックスの回復が優先だから」
「あぁ、分かってる」
オレは一つ頷いてから、改めて土塊――いや、圧縮栄養食に口を付けた。
味は……やっぱり、見た目通り。
いやコレを味と言って良いものかどうか。
比喩でもなんでもなく、乾き切った土を噛んでる感覚だ。
腹は一応膨れるし、必要な栄養だけは取れる。
ただ、口の中の水分が根こそぎ持ってかれるのだけは流石に辛かった。
「ほら、水ぐらいは用意してあげるわよ」
「助かります……」
「味が酷いのまでは我慢できるんだけどなぁ……」
差し出された水袋を、オレと姉さんは遠慮なく受け取った。
たっぷりと中を満たす水は、アウローラが魔法で出したものだ。
三千年前も、こんな感じでやってたのかな。
「? どうしたの?」
「いや、昔のレックス相手にも同じようにしてたのかなって」
「あぁ、そういうこと?」
オレの言葉に、アウローラは愉快そうに笑ってみせた。
「まぁ、そうね。似たようなものよ。
彼は人間だったから、食べるのも呑むのも必要だったし」
「……森を抜けた後も『獣』は食べたりしたのか?」
「ナメクジ――昔のブリーデの住処から持ち出した物もあったけど。
それでも偶にはやったわね。一応、食べられそうなのは選んでいたけど」
……正直、それでも危ないと思うけどな。オレは。
「何にせよ、北の果てまで辿り着くのに凡そ一年ほど。
進んで、休んで、探索できる場所は探索して。
出会った『獣』を狩って、また休んでから進んで。
繰り返しね、基本的には」
懐かしむように。
愛おしむように。
アウローラは微笑んで、囁くように言った。
オレと姉さんは、渡された水で土の親戚みたいな食料を流し込む。
不本意極まりないが、腹具合はこれでマシになったな。
「最初は、もっと時間が掛かると思ったのだけどね。
竜である私からすれば、一年も十年も『ほんの少し』でしかない。
彼はそんな『ほんの少し』の間で、随分と強くなったわ」
「今みたいな感じか?」
「北の果てに行く途中は、流石にそこまでじゃなかったわね」
オレからしたら、番兵だの八本腕だの化け物を退治してる時点で大概だけど。
姉さんの方も同じことを思ったか、少し笑って。
「それでも、レックス殿はそうして強さを重ねて。
最後は、ボレアス殿と戦ったのですね」
「思い出すも忌々しい話ではあるがな」
ボレアスはそう言うが、言葉ほどに不快さを感じてる気はしなかった。
こっちもこっちで、色々感情がありそうだけど。
それを聞いても、多分素直には話しちゃくれないんだろうな。
こっちも興味本位で話を聞いてるだけの部外者だ。
流石に、そこまでは軽々しく踏み込めない。
だから乗り気なアウローラの話で満足するのが一番だろう。
「さて――それじゃあ、続きを話しましょうか。
まぁさっきも言った通り、ここからは大体同じ流れなんだけど」
言いながら、アウローラの視線が少し遠くを見た。
今はもう過ぎ去った、三千年もの昔を思い返しているのか。
過去を覗く視線。
それはすぐに、今膝の上で眠る最愛の男へと向けられた。
最も古い竜が戯れに語る、最古の竜殺し。
大陸の歴史に埋もれてしまった御伽噺の、その結末。
直接それを目にしたアウローラの口から間もなく語られる。
「歪んだ森を抜け、打ち捨てられた都市跡を越えて。
私達はまた暫く荒野を旅し続けたわ。
北の最果ては、人の足では少しばかり遠いから。
うろつく『獣』を狩り、身体を休めて夜明けと共に進む。
繰り返して、繰り返して。
そんな小石を積み上げるような旅は、瞬く間に過ぎて行ったわ」
懐かしみながら、古い竜たる彼女は歌う。
北に君臨した竜の王。
三千年前に大陸を脅かした災禍の象徴。
それをただの人間が殺した――あり得ざる、最初の物語を。
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