496話:世界の『果て』を越えて


「……で、なんだ?

 つまり我は、《造物主》に操られる形で大暴れしていたと?」

「ええ、そうよ」

「しかも、その状態で普通に竜殺しに負けてしまったワケか」

「そうね。何か言うことある?」

「……それでは、ちょっと前の長子殿と同じではないか……!」

「正しい理解ができてるようで何よりだわ」


 楽しそうですね、アウローラさん。

 朽ち果てた廃城の中庭で。

 意識がハッキリしてきたボレアスに、一通りの経緯を説明した。

 全てを聞き終えると、彼女は顔を抑えて微妙に項垂れてしまった。

 で、上のやり取りに至るワケだ。

 うーん、なんか割とガチめに凹んでるな。


「そんな落ち込むことか?」

「分かっておらんな、竜殺しよ。

 我はお前と『相討ち』だったからこそ、長子殿の優位に立てていたのだ。

 それが普通に負けたのでは、同条件となってしまうではないか」

「ようこそ、こちら側へ」

「そうかぁ」


 楽しそうで何よりだ。

 メチャクチャ悔しそうなボレアスに、何故か凄いドヤ顔のアウローラ。

 ……アウローラが暴走した時は、俺一人で勝ったワケでも無い。

 ボレアスもボレアスで、理性が完全にぶっ飛んでる状態だったからな。

 少なくとも、三千年前の方が体感的には強かった。

 それは間違いない。


「……うむ。そうか。いやそうだな。

 理性なき獣も同然では、我も本領を発揮してたとは言えまい」

「まぁ、そうかな?」


 と、そのまま伝えてみたら。

 ボレアスは妙に嬉しそうに、何度も俺の言葉に頷く。


「つまり、今回の結果は考慮に値せぬ――それで問題ないな?」

「問題なく無いわよ。

 素直に負けを認めて、私の足元に跪きなさいな」

「それは単に、長子殿が我を屈服させたいだけであろうが。

 断固として断るぞ」

「楽しそうだなぁ」


 姉妹仲が良いのは喜ばしいことだ、ウン。

 で、それはそれとしてだ。

 アウローラたちの騒ぐ声を聞きつつ、周囲の様子を探る。

 暴走するボレアスを倒したが、見たところ大きな変化はない。

 多分、さっきの屍竜が此処の番犬か何かだったはず。

 それを倒せば、道ができるかと考えてたが。


「……多分、この場は私やその剣を閉じ込めておくための牢でもあるんでしょうね。

 他の誰かだったら、単純に道が開くかもしれないけど。

 私たちだけは、そう簡単には出して貰えないんだと思うわ」

「うーん、面倒だな」


 微妙に取っ組み合いになってるアウローラ。

 その言葉に頷きながら、どうしたものかと首を捻る。

 言われてみると、俺も一人じゃあの荒れ地の牢屋から出ることは難しかった。

 《黒銀の王》――オイフェのように、外部からの助けが必要なのかもしれない。

 とはいえ、オイフェが来たのも相当な特例のはずだ。

 助けてくれる誰かが来るのを待つ――というのは、流石に都合が良すぎるな。

 どうにか、自力で脱出する手段を……。


「……ん……?」


 考えていたところで、気が付く。

 見上げた空に、星が流れた。

 単なる流れ星かと思ったが……違った。

 星は夜空に消えるのではなく、こっちに向かって来ている。

 遙か彼方から、物凄い速度スピードで。

 これは、ちょっとヤバいのでは?


「アウローラ、ボレアス!」

「? 何――って、この気配……!?」

「オイ、マズいのではないかコレ」


 ボレアスの言う通り。

 眩い光を放つ星……いや、星だと思っていた「何か」。

 それは廃城の真上まで接近して、全く速さが衰える様子もない。

 反射的に竜の姉妹を抱え、転がるように地面に伏せる。

 一瞬遅れて、光と衝撃が廃城を激しく揺さぶった。

 飛び退いていたおかげで、吹き飛ばされる破片を浴びる事は避けられた。

 派手な爆発音で、ちょっと頭がクラクラするが。


「敵か……!?」

「敵――とは、ちょっと違うみたいよ」


 剣を構えて立ち上がろうと。

 したところで、腕の中のアウローラが戸惑った声で呟いた。

 とりあえず、落ちてきた「何か」の方を見ると。


「ッ……お前、マジでふざけんなよ……!?

 着地ぐらい普通にやれよ! 殺す気か!」

『何か問題が?』

「問題しかねーよ意味分からんわ!

 こんな隕石ばりに衝撃波ばら撒きながら落ちる意味ねぇだろ!」

『理解は求めていませんが』

「そればっかじゃねーかうるせェよこの天秤バカ!!」

「お、落ち着け、イーリス!

 それよりも、早くあの方たちを探さないと……」

「…………」


 えー、とりあえず。

 中庭に大穴を抉ったのは、白い甲冑を纏ったような巨体。

 サイズこそ小さくなってるが、間違いなく竜王ヤルダバオトだ。

 それは良い――いやあんま良くないか?

 まぁ、兎も角だ。

 ヤルダバオト自身より目を引いたのは、その肩の上の二人。

 俺の見間違いか、もしくは《造物主》の悪ふざけの類でないとしたら……。


「……テレサ、イーリス?」

「! あっ、レックス!?」

「レックス殿!!」

「おう、元気そうだなぁ二人とも」


 こっちの声に、勢い良く反応する姉妹。

 うん、間違いなくテレサとイーリスだな。

 軽く手を振ると、どちらからともなくヤルダバオトの上から飛び降りる。


「無事かよお前!

 こっちマジで大変だったんだからなオイ!」

「うん、メチャクチャ大変そうだったのは見て分かる」


 何せヤルダバオトに乗って、隕石みたいに突撃して来るぐらいだもんな。

 殴り掛かる勢いのイーリスを受け止めつつ、テレサの方も見る。

 彼女は心底安堵した様子で、ほっと息を吐いた。


「良かった……本当に。

 一時はどうなる事かと思いましたが……」

「心配かけたなら、悪かった。

 ほら、アウローラたちも無事だからな?」


 手を伸ばし、テレサの頭を撫でる。

 照れて頬を染めるものの、特に嫌がる様子はなく小さく頷いた。

 と、姉妹相手と会話しつつも、一応警戒はしておく。

 佇んだまま動きを見せない、ヤルダバオトに対しては。


「……無事なのは、ええ。本当に喜ばしいけど」

「また妙なモノを連れてきたな」


 アウローラとボレアス。

 彼女たちも《均衡の竜王》には注意しながら、こっちの傍に寄って来る。

 要警戒対象であるヤルダバオト当人は、特に気にした感じもない。

 揺れない天秤の如く、ただそこに立っているだけだった。


「ねぇ、何でアレがいるワケ?」

「お前が封印したあの天秤バカを、オレに押し付けたの忘れたワケじゃねぇよな??」


 はい。

 そういえば、そんな事もあった気がしますね。

 アウローラの方も、指摘されるまでうっかり忘れてたなコレ。

 詰め寄るイーリスに、微妙に視線が宙を泳いでいる。


「あー……そうね、確かに。そんな事もあった気がするわね」

「予想外の事態に陥ったから、ありがたく使わせて貰ったんだよ」

「…………いや、万一の場合の抑え役は期待してたけど。

 まさかホントにヤルダバオトを引っ張り出すとか、流石に考えてなかったんだけど」


 心底困惑しているアウローラさんである。

 うーん、流石はイーリスだなぁ。

 ヤルダバオトの方は、何も語らない。

 その眼は果たして、どこを見ているのか。


「どうあれ、長子殿の期待以上の働きを見せてくれたのだ。

 そこは素直に喜ぶべきであろうよ」

「……まぁ、そうね。

 本当に、ここまでやるなんて想像すらしてなかったわよ。

 凄いとしか言いようがないわ、ええ」


 脱帽とばかりに、両手を上げてみせるアウローラ。

 その言葉を聞いて、イーリスはちょっと照れた感じで笑ってみせた。


「とりあえず、ヤルダバオトの奴が派手に穴をブチ抜いたからな。

 割と簡単に出られると思うぜ、ここ」

「流石だなぁ」

「あぁ、称賛の言葉しか出てこんな」


 俺もボレアスも、ここぞとばかりに褒めちぎってみる。

 そうしたら、流石に羞恥の方が勝って来たらしい。

 耳まで赤くして、イーリスは片手をぶんぶんと振ってみせた。


「いい、もういい。

 分かったから、そんぐらいにしろよ」

「そんなに照れずとも良いだろう。

 皆、本心からそう思っているんだからな」

「だから余計に恥ずいって言ってんだよ、姉さん。

 ンな事よりだ」


 真っ直ぐに。

 イーリスの瞳が、俺の眼を見た。

 強い眼差しだった。

 どんな暗闇でも見落とさない、一番明るい星の輝きに似ていた。

 ……ホント、最初に出会ったのがイーリスで良かった。

 生き返ってから一番幸運だったのは、間違いなくそれだと断言できる。

 イーリスの方も、きっと似た事を言いそうだが。


「……なんだよ、ニヤニヤして」

「あ、兜越しでも分かる?」

「分かるに決まってんだろ、付き合いも短くねェんだから。

 ……脱線したな。

 この理想世界から出る、お前の判断はそれで間違いないよな?」

「あぁ」


 頷く。

 それは今更確認されるまでもない。

 此処から脱出して、《造物主》の残骸とやらをブチ殺す。

 既に決めた通りだ。

 俺の言葉を聞いて、イーリスは満足げに笑ってみせた。


「そうこなくっちゃ、無理して迎えに来た甲斐がねェからな」

「流石に無理し過ぎだと思うけどね」


 呆れながら微笑むアウローラ。

 けど、そんなイーリスの無茶のおかげで助かった。

 アウローラも、思う事は同じだろう。


「無理に関しちゃそこのスケベ兜からは言われたくねーよ」

「それはそうであろうよ」

「ええ、まぁ、それは確かに」

「俺もイーリスさんほどじゃないと思うよ??」


 ボレアスとテレサは神妙な顔で頷いてるが、まあまあ心外である。

 アウローラは「どっちもどっちよ」って目で語っておられるが、さておき。


「それで、問題の脱出手段だけども」

「コイツにしがみついて飛んでく」

「マジかぁ」

『何か問題が?』


 問題と言えば問題だらけだが、他に選択肢も無いよなぁ。

 予想していたとはいえ、アウローラは露骨に嫌そうな顔を見せる。

 佇んで微動だにしないヤルダバオト。

 そっちを見上げて、ため息一つ。


「この状況は味方だって、そう考えても良いのかしら」

『それは意味のない問いだ、長子殿。

 私は誰の敵でも味方でもない。

 私はただ、均衡を正しく保ちたいだけですから』

「要するに全方位に対して敵ってことでしょう、それ」

『理解は求めていませんが』

「うーん、ホントにブレんなぁ」


 ここまで突き抜けてると、逆に畏敬の念を覚えるな。

 ただ、アウローラに対してそう応えた上で。


『私は敵でも、味方でもない。

 ですが今はそちらの娘――イーリスに従っている。それも間違いありません』

「いつ暴れ出すか、マジで気が気じゃねぇけどな」

『その意思が揺れず、均衡を保ち続ける限り。

 「従う」という契約関係を維持することに、私から異論はありません』

「……だ、そうだ」

「なるほどなぁ」


 だったら大丈夫か。

 イーリスがブレるなんて、それも先ず有り得んだろうしな。

 メンタル含めた『強さ』に関しては、間違いなく誰よりも信用できる。


「……また変なこと考えてねぇか?」

「いやいや」

「まぁ、ヤルダバオトは兎も角、貴女の事は信じるわ。

 それにもし暴れでもしたら、こっちで殴れば良いだけの話ね」


 笑って、アウローラは軽い足取りで宙を舞う。

 そして音も無く、ヤルダバオトの肩に着地した。

 で、上から俺たちに向けて手を振る。


「ほら、行くのでしょう?」

「だな。ヤルダバオトの操縦は、イーリスさんに期待しよう」

「変なプレッシャーかけるの止めろよ……!」

「みんなお前を信じてるだけだから、大丈夫だ」


 そこはテレサの言う通りだな。

 信じてるからこそ、全面的にお任せだ。

 あと、ヤバい事態になったらアウローラや俺が対処すれば問題ないはず。

 ともあれ、アウローラに続く形で残る全員がヤルダバオトの肩に乗る。

 若干狭いので、とりあえずアウローラはこっちで抱えておいた。


「大丈夫か?」

「貴方こそ、狭くはない?」

「このぐらいは平気だ」


 可愛い女子たちと距離が近いだけなら、むしろご褒美だしな。

 なんて考えたら、微妙にイーリスさんに睨まれてしまった。


「……イチャつくのは良いが、振り落とされないよう気を付けろよ。

 あと、あんまアホなこと考えるなよ。スケベ兜め」

「ハイ」


 兜越しでも顔色を読まれてしまったようだ。

 流石に鋭いと感心するべきか。

 ボレアスさんも、そんな腹を抱えて笑うのはどうかと思う。


「ハハハハハ、まったくこんな状況でも変わらんとは。

 まぁお前らしいと言えばそれまでか」

「まぁ、やることは大体いつも通りだしな」


 気に入らない相手に挑んで、そのままぶっ倒す。

 うん、大体いつもと同じだな。

 相手がどんだけヤバかろうと、特別に気負う必要もない。

 腕の中のアウローラを抱き締め、軽く笑う。


「――さぁ、行くか」

「ええ、行きましょう」

「よもや、今更愚かな父を殴る機会を得られるとな」

「気を付けろよ、イーリス」

「あぁ、でも安全運転は期待するなよ……!」


 それぞれ、思うままの言葉を口にして。

 正十字の翼が輝くと、ヤルダバオトは俺たちを乗せて飛び上がる。

 高く、高く、夜空よりも更に高く。

 この理想世界の『果て』の、更に向こうへ。

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